5 VS金翼の魔姫
「エルナ・シファー……か」
エルシオンに乗りこんだ冥は、モニターに映る黄金の機体を険しい表情で見据えた。
かつて第一層で少しだけ相まみえた相手。
そのときは、エルナが妹のマリーベルを連れて去っていったため、ほとんどまともに戦うことすらなかった。
ただ、一度だけ──エルナが冥の前でその動きを見せてくれた。
そして、反応すらできなかった。
圧倒的な先読み能力を誇る、冥の龍心眼をもってしても──見切ることができなかったのだ。
「第七層の魔族たちは引き上げさせた。束になったところで、君には勝てないからね」
「じゃあ、ここを守るのは君だけか」
「そういうこと。ボクが負けたときのために、彼らには全機で第八層を守らせているよ」
言って、エルナは微笑む。
「負けないけど、ね」
「まず、あたしが行くね」
前に出たのは、シエラとサラマンドラだ。
改修を受けた彼女の愛機は、パワーもスピードも強化されていた。
特に増設されたブースターによって、今までの三倍の推進力を備えている。
その名も『焔の烈神龍・劫火』。
「いくよ、エルナ・シファー!」
シエラが勝ち気に叫んだ。
赤い機体の背部ブースターから青白い炎が噴き出す。
轟っ!
大気を震わせ、サラマンドラFBが突進した。
速い──。
冥はそれを見て、うなる。
第五層、第六層とほとんど彼の独壇場だったため、パワーアップしたサラマンドラの戦闘を見るのは初めてなのだ。
旧サラマンドラをはるかに凌ぐ超加速で、一気にアプサラスへと接近するサラマンドラFB。
「えええええいっ」
気合の声とともに、シエラが必殺の槍撃を繰り出す。
──アプサラスの姿が、かすんで消えた。
「えっ……!?」
サラマンドラFBが突き出した槍は空を切る。
そして、その背後からアプサラスが斧槍を振り下ろす。
背部バーニアを切り裂かれ、サラマンドラFBはその場に崩れ落ちた。
「そ、そんな、動きが見えない……!?」
シエラの呆然とした声が響く。
「あのときと同じだ──」
冥はシエラとエルナの戦いを見ながら、戦慄していた。
龍心眼でアプサラスの動きの一挙手一投足を追っていた。
先読みも、していた。
にもかかわらず、突然アプサラスの姿が消えたのだ。
「まず、一体」
エルナが微笑み混じりに告げた。
「──何っ!?」
と、アプサラスが氷の大地を蹴り、飛び上がった。
次の瞬間、先ほどまでアプサラスがいた地点を、サラマンドラFBの槍が貫く。
「まだ動けるの……?」
着地したアプサラスから驚いたような声が響く。
「ぎりぎりで致命ダメージは避けていたのか」
つぶやく冥。
彼にもはっきりとは見えなかったアプサラスの動き。
それを、シエラはある程度反応していたのだ。
予測と、そして野生のカン。
それらを極限まで駆使して行う機動──。
第二層で身に付けた彼女だけの先読み能力『烈炎龍心眼』だ。
「君もやるね」
「勇者さまに頼りきりってわけにはいかないからねっ」
吠えて、サラマンドラFBがアプサラスに肉薄する。
繰り出される槍撃に、アプサラスは斧槍を振るい、五合十合と渡り合う。
押しているのは、アプサラス。
だが、サラマンドラFBも時折、鋭い反撃を繰り出しては一発逆転を狙う。
決して一方的な戦いではなかった。
「確かに君は強い」
エルナが微笑んだ。
「思ったよりもずっと。でも──残念だけど、ボクには届かない」
確かに、そうだ。
シエラは本当に強くなった。
第一層で初めて模擬戦をしたときより、数段力を増した。
今までの戦いを通じて、成長してきたのだ。
「……シエラ、下がっていて」
だが、冥は決断を下した。
「でも、勇者さま」
シエラの動きが止まる。
悟ったのだろう。
いや、すでに悟っていたのだろう。
自分では、エルナ・シファーには勝てない、と。
「もし僕が負けたら、そのときは頼む」
「ごめんね……」
シエラはすまなさそうに、同時に悔しそうにつぶやいた。
「謝らないで。君は強いよ。ただ、今はまだ彼女には勝てない」
冥は優しく声をかけた。
「今はまだ──ね」
同時に、彼女を勇気づけられるように。
「勇者さま……」
「いつか、君はもっと強くなれる。エルナ・シファーにも勝てるくらいに。だから今は、退いてほしい。僕に任せてほしい」
「分かった。負けないでね、勇者さま」
シエラがコクピット越しに微笑んでいるのが、見えた気がした。
「大好き、だよ」
「……ありがと」
甘酸っぱい喜びと、照れくささと。
それらを噛みしめ、冥はレバーを握り直す。
アプサラスと正面から対峙する。
「ふふ、この世界で最強の乗り手はどちらなのか──勝負といこうか」
エルナの声とともに、戦いが始まった。
「つぁぁぁっ!」
エルナの気合の声が響く。
斧槍が縦横に旋回し、襲いかかった。
超重武器であるはずのそれを、まるで小枝のように振り回すのはアプサラスのパワーがあってこそだろう。
だが、それだけではない。
機体の荷重移動やスラスター操作に推進力、単純な重力から反発力や遠心力など、あらゆるエネルギーを使いこなし、力のベクトルを巧みに操作し、超速での連続攻撃を可能にしている。
魔界最高レベルの機体性能と、卓越した乗り手であるエルナの技術の融合──それこそがアプサラスの猛攻の要だ。
冥の『龍心眼』ですら、かろうじて見極められるレベルの。
「ふふ、まだ速くなるよ」
エルナの笑みが聞こえた。
「──虚空跳」
そんな声とともに、アプサラスの姿が消え失せる。
「っ……!?」
冥は反射的にエルシオンを後退させた。
予測ではない。
反応でもない。
それは、数々の戦いで培った野生の直感だった。
その直感が──冥とエルシオンを救う。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
アプサラスの渾身の一撃が、一瞬前までエルシオンが立っていた場所を薙ぎ払う。
「へえ、今のを避けるなんて、ね」
「僕にも見えなかった……」
先読みできなかった。
──いや。
冥はアプサラスが一瞬前までいた地点をジッと見つめる。
そして、先ほど攻撃した地点も。
その二カ所から、陽炎のような何かが立ち上っていた。
もしかして、と思った。
いや、おそらくは──そうだ。
そして移動の直前にエルナがつぶやいた言葉。
あれは、おそらく──。
「分かったぞ」
つぶやく冥。
「君なら見切るかもしれない、と思ってたよ」
エルナが静かに告げる。
「でも、だから何? ボクの技の正体が分かったところで、君に勝ち目はない」
「そうかな?」
エルシオンが剣を構え、アプサラスは斧槍を掲げる。
両者の間に、緊迫した空気が張り詰めていく。
それが弾けたときが、ふたたび二機の攻防が始まるとき。
そして──決着が訪れるときだ。
最終回まで書きあがったので、ちょっとずつ見直しつつ、1、2日に1話のペースで最終話まで投下していきます(´・ω・`)
今しばらくお付き合いいただけましたら幸いです。
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