4 加速する勇者伝説
クレスティア第六層。
そこは、氷に覆われた極寒の世界だ。
「冥、あなたはさらに強く──どこまでも、強くなっていく」
ユナは、魔族の龍王機と戦う勇者専用機に熱い視線を注いでいた。、
圧倒的。
そして、無敵。
冥は、まさに向かうところ敵なしだった。
十年前に召喚され、魔王ヴァルザーガを打ち破ったあのとき以上の快進撃だった。
第五層をまたたく間に奪還し、現在はこの第六層で戦いを繰り広げている。
第三層のアッシュヴァルト戦で、冥は覇王の領域を自在に引き出せるようになった。
そして、その力は戦いを経るごとに、さらに研ぎ澄まされていくようだ。
昨日よりも今日、今日よりも明日。
冥の進化は続いている。
どんな魔族であろうと、どんな龍王機であろうと。
もはや、これを止めることは能わない──。
「これなら、第八層まで一気に行けますね」
ユナは込み上げる喜びや達成感を、
「……と、油断は禁物ですね」
理性で押し殺した。
まだ戦いは終わっていない。
魔王を討つまで、自分たちの戦いは終わらない。
気を、引き締めなければならない──。
そう思っていても、つい気が緩んでしまうほどに、今の冥の強さは神がかっていた。
翼を備えた白い騎士、といったデザインのエルシオンが、魔族の龍王機たちと対峙している。
その数は全部で四機。
「ば、馬鹿な……俺たちの第七世代機のほうがパワーでもスピードでも圧倒しているはず……なのに、まるで歯が立たない……!?」
「あり得ない。俺より早く、俺が動く先に移動している……!?」
「化け物かよ……!?」
「駄目だ、勝てるわけがない……!」
敵機から驚愕の声と悲鳴とが反響する。
もはやプライドを捨てたのか、第六層に着いたとたん、各エリアを治める魔族たちが全員で襲ってきた。
誇りを重視して、一対一で迎え撃つスタイルを取る余裕はないのだろう。
だが、そのすべてを冥とエルシオンは一蹴する。
「終わりにするよ、エルシオン」
白い騎士が駆動する。
鮮やかなフェイントを織り交ぜ、四機のうちの一機に肉薄した。
すべての動きを予測し、先を行くエルシオンに、敵機たちはまるでついていけない。
性能では相手が勝っているが、冥の技量はそんな差を易々と踏み越えてしまうのだ。
回避しても先回りさせる。
防御してもかいくぐられる。
敵からすれば、まさしく悪夢だろう。
振り下ろした剣が、正面の機体を両断する。
さらに返す刀でもう一機。
最後は、双翼に取り付けられた予備の剣で残り二機を貫き、爆散させた。
第六層の精鋭魔族と高性能龍王機の組み合わせ──四機を倒すのに、わずか二分足らず。
「片付いたよ。後は紋章を取り返すだけだね」
エルシオンから冥の声が響いた。
胸部ハッチが開き、冥が顔を出す。
ユナに向かって微笑んでくれた。
「冥……」
彼女はうっとりと勇者の少年を見上げる。
素敵だ、と素直に思った。
胸が熱くなり、全身が甘く火照った。
彼に対する甘美な恋心を、ユナはすでにはっきりと自覚している。
先ほどの活躍にも、胸を熱くしていた。
とはいえ、自分たちの使命はクレスティアを魔族の手から奪い返すこと。
そのための組織『奪還機関』の主として、ユナは行動しなければならない。
恋心は、その後でいい。
きっと、ユナの親友であり恋のライバルでもある少女も同じ思いだろう。
ディーヴァの側に立つ赤い機体を見上げる。
「すごいね……あたしの出番が全然ないよ」
驚きと呆れ、そして感動の入り混じったシエラの声が聞こえた。
彼女の機体は第五層で改修され、パワーアップを果たしている。
が、その実戦の機会すらないほどに、冥は単独での連戦連勝を続けていた。
第五層でも、この第六層でも、エルシオンの戦いは圧勝に次ぐ圧勝だ。
どれほどパワーやスピード、火力や特殊機構に長けた龍王機が出てきても、冥の先読み能力はそれらすべてを封殺する。
相手が動く前に、相手が動く先を予測し、強大なパワーとスピードで致命の一撃を叩きこむ。
その繰り返しだ。
作業ゲームじみた戦いをひたすら続け──。
ユナたちは第六層も易々と奪還し、第七層にたどり着いた。
いよいよ、残るは二層。
第七層に着いたとたん、
「ここから先は通さない」
金色に輝く龍王機が上空から現れた。
細く優美な四肢に、四枚の翼。
巨大な角と牙を備えた、どう猛な頭部。
右手には、長大な斧槍を備えている。
「待っていたよ、勇者さま。再戦のときだね」
黄金の機体から朗らかな声が響く。
「あなたは──」
ユナはハッと息を飲んだ。
第一層でも一度相まみえた、魔族最強の乗り手と龍王機。
エルナ・シファーと金翼の魔姫だ。