3 魔王の影
「これが、かつての魔王の龍王機……」
コーデリアの前には、漆黒の機体がたたずんでいた。
堕天の魔導王。
十年前の戦いの折、冥のエルシオンと激戦を繰り広げた魔王ヴァルザーガの機体。
「正確にはその後継機体だね」
「能力は第八世代相当──つまり、魔界最強の機体である『煉獄阿修羅』と同等か、それ以上よ」
傍らの女たちが告げた。
赤い髪をショートヘアにした女戦士ミレーヌ。
青い髪を長く伸ばした女僧侶イレーヌ。
瓜二つの美貌を誇る彼女たちは双子だ。
そしてコーデリアと同じく、かつての大戦で四英雄と呼ばれた龍王機の乗り手たちだった。
勇者とともに戦場を駆け、魔王を打倒した戦士たち。
今回の魔王の侵攻の際に、それぞれの居住層で魔族軍と戦い、離れ離れになっていたのだが──。
コーデリアが第二層で冥やシエラに敗れた後、二人は彼女の元にやって来た。
『あなたを迎えにきたの、コーデリア』
『私たちは同じ思いを抱き、同じ人を愛する同志よ』
その言葉を信じ、彼女は二人について来た。
そして、ここまでやって来たのだ。
クレスティアの第六層。
極寒の世界の最果てに眠る、この機体の元へ。
「コキュートスの後継機……」
コーデリアは十年前の戦いの記憶を反すうする。
確かに、全体的なシルエットは酷似しているものの、よく見ると細部のデザインが違っていた。
より禍々しく、より力強い印象を与える機体だ。
「かつての戦いで勇者に討たれたために放置され、忘れ去られた機体──」
「これには人の精神に干渉するシステムが乗せられているんだ。そして他の世界に移動するシステムも、ね」
「かつての魔王ヴァルザーガはこの世界だけでなく、他の世界をも掌中に収めようとしていたの」
「あなたたち──」
コーデリアはようやく気付く。
彼女たちの瞳に異様な光が宿っているのを。
まるで、何かに操られているように──。
「竜ヶ崎冥……我が野望を二度も打ち砕いた憎き勇者。だが三度目はない」
ふいに、昏い声が響く。
声を発したのは、黒い龍王機。
いや、正確には──そこに宿る『何か』だ。
「えっ……!?」
驚いて振り返ると、彼女の視界が黒く染まった。
龍王機から吹き出した、漆黒の霧によって。
「な、何、これ……は……!?」
「あなたも、あたしたちと同じになるんだよ」
「魔王様の駒になる」
「そして勇者を倒す」
双子が、笑っていた。
楽しげに。
苦しげに。
切なげに。
愛おしげに。
「倒した後は好きにしていいとのこと」
「やっと、愛する勇者様と結ばれるんだよ、あたしたち」
「ずっと勇者様と一緒にすごせるのですよ、私たち」
たとえ悪の尖兵に成り下がってでも、愛する男と共に過ごしたい──そんな情念が双子から伝わってくる。
いや、それは自分も同じだ。
魔族軍に与してまで、冥に近づく機会を得た。
結局、自分の想いは彼には届かなかったが──。
その末路が、これなのか。
失ったと思った希望にすがり、結局はかつての仲間たちに裏切られ。
魔王の駒として、終わる。
「かつての勇者の同志たちよ。貴様らの力で」
闇から響く声に、喜悦の色が混じった。
ドス黒い──復讐の喜びの色が。
「勇者を討て」
次の瞬間、コーデリアの意識は暗転した。
──竜ヶ崎冥、二度も我を討った憎き者よ。
──クレスティアで、そして星天世界で、この身は二度敗れ去った。
──だが、我は滅びぬ。
──何度でもよみがえり、すべての世界を手に入れてみせる。
──魔界だけでなく、クレスティアも、地球も。
闇の中に、くぐもった笑い声が響いた。





