10 勝者
「我が奥義──裂神斬舞。その名の通り、神をも両断する気迫を込めた全身全霊の剣だ」
日輪のブレードを構えた煉獄阿修羅から、アッシュヴァルトの声が響く。
「この一撃を放った後、私は完全に無防備になる。反撃を受ければ、待っているのは確実なる敗北──凌げばお前の勝ちだ、勇者」
「凌げなければ、確実に機体を両断される、ってことだろう?」
冥が告げた。
最後の勝負はこれ以上ないほどにシンプルだ。
アッシュヴァルトの一撃をさばき、反撃の剣を打ちこめば冥の勝ち。
さばけなければ、エルシオンを破壊されて冥は敗北する。
つまり、ユナやシエラたちの命運も──さらには人類の命運すらも尽きるということだ。
「不思議だ……」
冥はつぶやいた。
恐怖が湧いてこない。
不安が湧いてこない。
自分でも驚くほど静かな心境だった。
「僕も全力で応えるよ、アッシュヴァルト」
エルシオンの翼が大きく開く。
否、翼に見えるのはサブアームだ。
予備の剣を握らせ、四刀流モードになるエルシオン。
そこから繰り出される『祝福の雷閃』は、まさしく必殺技と呼ぶべき威力を持っている。
「お前も奥義を出す、ということか。面白い。この戦いの幕引きにふさわしいな」
アッシュヴァルトは小さく笑ったようだった。
静寂が、流れる。
互いに間合いを計り。
仕掛けるタイミングを計り。
二機の間の空気が緊張の極限で張り詰め、弾けそうなほど白熱する。
その白熱が頂点を越えた、刹那──。
エルシオンと煉獄阿修羅は同時に突進した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
アッシュヴァルトが吠える。
第八世代龍王機の性能をフルに活かした、全速の突進だ。
手にした日輪のブレードが大気を砕かんばかりに振動する。
わずかでも触れれば、エルシオンの貧弱な装甲など一たまりもないだろう。
確実に、真っ二つにされる。
その前に、エルシオンの四本の剣を叩きこむしかない。
冥は限界までフットペダルを踏みこんだ。
廃部のバーニアが悲鳴寸前まで火を噴き、機体を加速させる。
だが、
(足りない──!?)
冥は悟った。
互いの動きの先を読み。
斬撃の先を読み。
先の先を、さらにその先までも読み切り──。
確信、してしまう。
相手の剣が、自分の剣よりも一瞬だけ速い、と。
冥の強みは先読み能力だ。
それによって相手の動きを見切り、最短距離で相手の急所に斬撃を叩きこむ。
アッシュヴァルトの強みは機体性能だ。
この世界で最高の性能を誇る煉獄阿修羅のパワーとスピードを全開にし、それに振り回されないだけの技量で乗りこなし、力と速さを最大限に発揮した斬撃を叩きこむ。
先読みと最短距離を兼ね備えた剣と。
最高の力と速さを兼ね備えた剣と。
研ぎ澄まされた二人の斬撃は、わずかにアッシュヴァルトが速い。
今のままでは、相手の方が速い。
(まだだ──)
ならば、『今』を超えるしかない。
冥の全力である覇王の領域と龍心眼の複合技。
それをさらに──超える。
ふいに、急激に。
時間の流れが緩やかになった。
煉獄阿修羅の動きがスローモーション映像のように映る。
周囲の大気の揺らぎが。
風の流れが。
舞い散る埃すらも。
すべてが緩やかに流れていくのを感じ取る。
「これは……!?」
感覚が、どこまでも拡大していく──。
「いや、これが。これこそが」
冥はようやく気付いた。
覇王の領域の正体に。
あの全能感は戦士としての到達点だと思っていた。
だが、違う。
まったく違う。
あれは『入り口』だ。
覇王の領域に入ることは、単なるスタートラインに過ぎない。
つまり──。
「その先が、ある」
冥はフットペダルを静かに踏みこんだ。
エルシオンがさらに加速する。
白い閃光と化して、どこまでも加速する。
──凛、と。
澄み渡った金属音とともに、煉獄阿修羅の最後の腕が半ばから斬り飛ばされた。
そして、エルシオンの四本の剣が敵機の頭部に突きつけられる。
「終わりだ、アッシュヴァルト」
冥は静かに告げた。
勝利の、宣言を。