魔王討伐、二周目
竜ヶ崎冥は、魔王を相手に無双していた。
絶対的に、圧倒的に、完膚なきまでに──無双していた。
振り下ろされた敵機の大剣を、冥の操る龍王機が弾き返す。
自機の倍近い巨体から繰り出された体当たりをいなす。
悪あがきのように放たれた砲撃をやすやすと避ける。
冥の卓越した操縦技術と、最強の性能を誇る龍王機『九天守護神』の前に敵はいない。
「ば、馬鹿な……」
魔王が愕然とうめいた。
稲光が、乗機である漆黒の機体を照らす。
その装甲はいたるところに傷があった。
背後の魔王城は勇者と魔王の激しい戦いによって、半ば廃墟と化している。
「余の『堕天の魔導王』が、貴様の動きについていけぬだと」
「──遅い」
冥はさらに機体を加速させた。
翼を広げ、天使を思わせる優美な機体が推力全開で突進する。
魔王の機体を置き去りにして背後に回りこんだ。
一閃。
繰り出した黄金の剣が、敵機の禍々しい装甲を切り裂く。
火花をまき散らしながら後退する、魔王の機体。
「ゆうしゃさま……」
すぐ傍で少女の声が響いた。
エルシオンの操縦席は広めに作られているし、彼女の体は小柄だ。それでも一人用のシートに彼女と二人で乗るのは狭い。
横抱きに近い形で彼女を抱きしめた密着状態になっていた。
「もうすぐおわるのですね、このたたかいも」
桃色の髪を肩のところで切りそろえた可憐な少女だった。
少女──いや、幼女といっていい年齢だ。
あどけない顔には不安と期待が等分に浮かぶ。
「うん、あと少しだよ、ユナ」
冥は万感の思いを込めてうなずく。
「今までありがとう」
右も左も分からない異世界クレスティアで、この幼い少女は心の支えだった。
「わたしのほうこそ、かんしゃしています」
ユナの蒼い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「だいすきです、ゆうしゃさま。まおうをたおして、ユナをはなよめにしてください」
あどけない少女からの、甘い求婚。
胸が熱くなるのを感じながら、冥はスロットルを踏み込んだ。
最後の突進──。
エルシオンが空中で剣を抜く。
最後の一撃を放つべく、すべてのエネルギーが黄金の刀身に集まる。
「余を討つのか、勇者よ……」
コキュートスから魔王の声が響いた。
「だが余は死なん。たとえ肉体は滅びても、この意志は滅びぬ。いずれ必ず──もう一度、この世界に……今度は、貴様の姿を──」
「次なんてない。これで──終わりにするっ」
魔王の言葉を遮り、冥が叫んだ。
そう、終わりにするんだ。
すべてを。そして、この世界に平和を。
『祝福の雷閃』。
必殺の剣撃が魔王の乗機『コキュートス』を両断した。
こうして竜ヶ崎冥は世界を救う英雄となった。
魔王を倒した直後、彼はいつの間にか元の世界に戻っていた。
夢のような体験だった。
──普通の中学生だった冥が勇者として異世界に召喚されたこと。
──龍王機と呼ばれる巨大ロボットのパイロットになったこと。
──魔王軍の龍王機と死闘を繰り広げ、ついに魔王を倒したこと。
物語ならこれで結末だ。
だが当然ながら、冥の人生がこれで終わるわけではない。
ふたたび中学生としての生活が始まった。
毎日決まった時間に起き、学校に通う。
退屈な授業を朝から夕方まで聞く。
部活には入っていなかったため、放課後はまっすぐ家に帰る。
ゲーセンに寄ったり、好きなマンガやアニメを見たりする時間は楽しくはあったが、やはりどこかに『物足りなさ』があった。
傍らに愛らしい姫がいるわけでもなく、強大な力を持つ愛機があるわけでもなく、世界を賭けた戦いに身を投じるわけでもない。
そんな、ごく普通の生活。
世界を救うという劇的な冒険の後に訪れた平凡は──
あまりにも、どこまでも平凡だった。
嫌になるくらいに、平凡だった。
もう一度、あんな冒険がしたい。
何か月たっても、何年経っても衰えないその気持ちは、ついに報われるときが来る。
冥はふたたび──異世界に召喚されたのだ。
世界は暗雲に包まれていた。
ふたたび現れた魔王と、その配下たる魔族の操る龍王機の軍団によって。
破壊された城を炎の照り返しがオレンジ色に染めている。
次々と上がる爆炎と轟音。
大気を揺らす衝撃と爆風。
それらは、人類側の龍王機が撃墜された証だ。
かつて勇者とともに魔王軍と戦った四英雄も、数多の兵士たちも──。
魔族の龍王機によって次々と撃ち落されていく。
「強い……強すぎる……!」
兵士の一人が空を見上げてうめいた。
龍王機を駆る歴戦の勇士だが、今回の戦いではなすすべがなかった。
先ほど愛機を失い、かろうじて脱出したのだ。
かつての魔王軍とは桁違いの強さだった。
「だけど、なぜ勇者さまが──」
魔王を討った後、勇者はすぐに姿を消してしまった。
平和を取り戻したクレスティアを見ることもなく。
その勇者が十年ぶりにこの世界に現れた。
──だが、勇者はかつての勇者ではなかった。
人が変わったように……いや、まさしく別人のような悪の権化となっていた。
ある者は先代の魔王の呪いを受けたと言い、またある者は魔王の意志にその体を乗っ取られたのだと言う。
いずれにせよ、勇者は新たな魔王となった。
善良な人々を魔族に変え、最新鋭の龍王機を与え、無敵の軍勢を結成したのだ。
階層世界クレスティアは全部で八つの層に分かれているが、そのうちの七層までが瞬く間に制圧されてしまった。
そして最下層──残された最後の人類圏もそのほとんどが魔族の支配下に落ちた。
人類の命運は、風前の灯だった。
「新たな勇者を召還するしかありません」
背後から一人の少女が歩いてきた。
豪奢なドレスは煤にまみれ、あちこちが焼け焦げている。
美しい桃色の髪も、白く滑らかな肌も、汚れて泥だらけだ。
その両脇には十数人の兵士たち──王女の親衛隊が突き従う。
彼女こそは人類の最後の砦たる組織の盟主。
そして世界に唯一残された召喚魔法の使い手だ。
「魔王となり下がったかつての勇者──それを討つ、新たな勇者を」
王女は凛とした声で宣言した。
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