ノアとペネロペ
かさこそ。
背後で音がする。
続いて何かが倒れるような、がしゃんという音。
数十人の生徒達は一斉に振り返り、最後列のノアの方を見やった。ノアは黙ったまま首を振って、彼もまた他の生徒と同様、自分の後ろを振り返った。
椅子が倒れていた。あと、女の子も。金髪の髪の短い子だ。背中に革のリュックを背負っている。首に淡い色のスカーフを巻いていた。
「何してるの、ペネロペ」
ペネロペと呼ばれた彼女はしかし、ノアの問いには答えず、酷く不機嫌そうな顔でざんばらになった前髪を撫で付けた。
「また遅刻だね。今月に入ってから何回目?」
ペネロペはギロリとノアを睨んだ。かなり険悪な雰囲気だった。
「知らないわよ、そんなこと。数えてないもの」
「マクバード!」
ペネロペがぎくっと肩を震わせた。
片手に教科書を持って、ノアの方へと歩いてくる。足取りはゆっくりだったが、目が笑っていない。口元が引き攣って、歩く度に地味な紺色のスカートが揺れる。
「オノオ先生!」
ペネロペが悲鳴のような声を上げる。
オノオ先生は、厳格で杓子定規な性格で有名だった。歴史は彼女の担当科目だったが、ペネロペは殆ど毎日遅刻しているため、今月に入ってから、先生のクラスを全く受けていなかった。
「20分47秒遅刻です、マクバード」
オノオ先生がペネロペの目の前に立って、恐ろしい口調で告げた。
「わたし、今日いろいろあったんです」
「いろいろあった?」
ペネロペは泣きそうな顔で、ちらりとノアを見た。
ノアは肩をすくめて、教科書を読む真似をした。
「毎日毎日、いろいろあると?」
「はい」
ペネロペは、もうすぐ泣きだしそうだ。
拳を、ぎゅっと握りしめている。
「わたしの授業を遅刻してもやむおえない、そんな理由があなたの毎日にあるようには思えませんがね」
突き放すように言ってから、オノオ先生は本当のことをおっしゃい、と叫んだ。
「ね、寝坊しました」
「寝坊? それが理由ですか?」
「・・・・・・・・ごめんなさい。反省はしてるんです」
「当然です!」
オノオ先生は、教科書を近くの机に叩きつけた。その机は、偶然にもペネロペの席だった。
「マクバード、今月中金曜日は必ず書き取り罰則を受けてもらいましょう。今日は掃除を一人でして帰りなさい」
「そんなあ」
ペネロペは恨めしそうにノアを睨んで、席に座った。
革のリュックから、汚れて破れたノートを取り出して、頬杖をつく。
「ねえ、ペネロペ。怒ってるの?」
「別に。怒ってないけど」
ペネロペは目を合わせようしない。
オノオ先生が、うるさですよ、というように二人を睨んだ。
ノアは教科書でさりげなく顔を隠して、その視線を遮った。