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35話 嘘つきは泥棒の始まり



「おはようございます」



 翌日、眠たい目を擦りながら部屋を出るとカーヤさんに出くわした。

窓から射し込む太陽の光と、カーヤさんの白い肌が眩しい。


「おはよう、俺の……何でもない」

「アルト様?」


 寝起きのぼんやりとした頭で何も考えずに挨拶を返したら、後ろに余計なものをくっ付けてしまいそうになり、俺は慌てて口を噤んだ。

油断するとすぐにこれだ。


 たゆまぬ努力によって呪いは早々に調伏されるかと思いきや、ふとした時にすぐに顔を出してくる。

なかなかにしつこい。


 カーヤさんを『俺の女王様』なんて呼ぼうものなら、二重三重の意味でまずい。

何この子と白い目で見られるのは当然の事ながら、昨日のごろつきとのやり取りの一部始終を見ていた事がバレてしまう。


 言ってしまったが最後、上手い言い訳なんて俺には出来やしない。

呪いが発動すると滑らかに動く癖に、上手く言い繕いたい時ほどぎこちないのがこの口だ。


 母上は心が海のように広くて、ちょっと天然だから俺が呪いで何を口走っても笑って気にしないでくれるけれど、カーヤさんは一度引っ掛かると厄介そうだ。


 まともに喋り始める前は楽で良かった。

さすがに喋らなければ、呪いも牙を剥きようが無い。

このところは全く喋らないわけにもいかなくなって、大変だ。


 呪いを抑え込みつつ、呪いがポロッとおくびを出してしまった時には上手い具合に言い繕う。

言うほど簡単じゃない。


 こんなので、イルメラと仲良くなれるのだろうか、俺は。

男相手なら無問題なんだけどな。


 でも俺は女の子と、イルメラちゃんとお話しがしたい!

いや、うん、レオンはいい子だけど。

何が悲しくて野郎とばかり喋ってなくちゃいけないんだ。

俺は女の子が、イルメラが好きだ!



「ちょっと庭をお散歩してくる!」


 胸の内でイルメラへの愛を叫ぶと不思議と力が沸いてくる気がした。

誰に向かって言い訳をしているのかだなんてこの際どうでもいい。


 よし、この調子で朝御飯前に日課の発声練習を済ませてしまおう。

そう考えて、俺はカーヤさんの脇をすり抜け、脱兎の如く駆け出す。



「あっ、アルト様!」


 背中から追い掛けてくるカーヤさんと共に気まずい空気を振り払うかのように俺は足を早めた。




「そのうお、浅瀬で刺しました!」



 えーっと、一応言っておこう。

俺は錯乱しているのではない。

発生練習応用編の真っ最中なだけだ。


『アメンボ赤いな』から始まる有名なあれだ。

初期にやっていた基礎編の発声はだいたい及第点に達したので、最近はちょこちょこ応用を入れていっている。


 その際、ただ言うだけではなく、詩の意味や描かれた風景を想像しながら、魔粒子制御の練習も平行して行うのがポイントだ。

魔法にしろ、呪いにしろ、不意を突かれるという状況も十分に考えられる。

むしろそれだけに全神経を集中させていられる方が稀だろうと考え、編み出した訓練法がこれだった。

こうして同時進行する事で時間短縮短縮にも繋がり、一石二鳥である。


 ただ一点だけ問題があった。

それは詩の内容をリアルに鮮明に想像すると、深く考え込んでしまう事だ。


 魚はまだいい。

銛突きの光景が思い浮かぶ程度だ。


 他がすごいというか厄介だった。

『ささげに酢をかけ、さしすせそ』がその最たるものだ。

ささげといえば豆の名前だったと記憶しているが、豆に酢ってどんな味なのだろう、などと考えてしまう。


 とりあえずやたら美容と健康に良さそうなイメージだよな。

味は人を選びそうな気配大だ。

素直に言えば美味しくなさそうである。

豆と酢だけではあまりに酢のパンチが強い気がするけれど、アレンジを加えれば意外といけるのだろうか?


 いや、待て。

後ろに続く『さしすせそ』は実は料理のさしすせその事だろうか?

だとしたら、砂糖、塩、酢、醤油、味噌がまさかの揃い踏み、全部入りドリームマッチだ。


 醤油まではいいとしても、豆に味噌を加えてさらに豆度を上昇させましたとか、不思議な感じだ。

醤油とて主流なものは大豆が主原料の筈。

どれだけ豆が食べたい人なのだろう?


 いや、味噌汁に豆腐が定番として存在するのだから、今更突っ込むべきところでは無いのか?

……まあいい。


 それにしても最近の俺は随分、豆と縁があるようだ。

俺は断じて豆オタクではない。

たまたま豆を目にする機会が多かっただけだ。


 豆は給料日前の庶民のお助けマンな筈なのに、どうして俺の前ばかりに現れるのか。

俺よりもっと豆が必要な人がいるじゃないか。

ほら、ちょうどそこにも。



「まだいたの?」


 庭園の茂みに胡乱うろんな目を向けると、ガサガサと緑が揺れた。



「おい、馬鹿。押すな!」

「前がよく見えねーんだよ……のわっ!」

「おいっ、俺に掴まるんじゃねえ!」


 コントのようなやりとりの末に、緑が割れて三人の男が頭から突っ込んできた。

皆で仲良く転んだようだ。


「イテテテテ……」

「誰だよ、あんな所に足伸ばしてた奴は!?」

「俺の足だよ、文句あんのか?」

「文句は大有りだ。お前のせいで俺は……」

「おい、馬鹿、テメーら二人とも黙りやがれ! バレちまうだろうが!」


 仲間割れで喧嘩を今にも始めそうなごろつき風の男三人は、どうやら昨夜縛られていた三人で間違いないらしいが、突っ込みどころが非常に多かった。


 第一に茂みに隠れている間から、両端の二人の腕が見えていた。

何故三人で隠れるのに、二人分しか隠せそうにない茂みに隠れるのか?

もっと大きな茂みを選ぶか、別々に隠れればいいのに。


 第二に、そうまでして三人で隠れておきながら、仲間の足につまずくのは間抜け過ぎるだろうという事。

チームワークがまるでなっていない。


 そして第三に黙れと言った人の声が一番大きい事。

バレるも何も、とっくに見つけている。

ここに不審人物がいると宣言しているようなものだ

ものすごく今更だった。



「ねえ、そこの人たち?」


「おっ、おい? まさか気付かれちゃいねーよね?」

「偶然だよな?」

「そうだそうだ」


 改めて声を掛けるも、彼らの中では俺はあくまで『気付いていない』事になっているらしい。

俺をそっちのけで仲間内でひそひそ話をしている。

いわゆる、現実逃避というやつだ。

まあ、全部聞こえているんだけどな。


 ひそひそ話とは他人に話が聞こえないように声を落として囁き合うものだが、ただ顔を突き合わせているだけで声が十分に潜められていない。

全員天然か!

こんな時になって、息が合ってきているというのがこれまた皮肉である。



「そこのお三方。ここで何をしているの?」


 『お三方』の部分にアクセントを付けて、ダメ押しのように強調すると、さしものごろつき三人衆もぎくりと背筋を凍らせた。

現実逃避力が足りなかったようだ。



「何故バレた!?」

「まあ落ち着け。相手は子供だ」

「そうだな」


 短い時間で作戦会議を終えたごろつき三人衆は俺を振り返った。



「お前様こそどうされたのでごじゃりまするか?」

「わ、私達は庭師です」

「そう、園丁なのです」


 どうやらごろつきは使用人のふりをして俺を騙すつもりらしい。

騙すつもりらしいが……。


「ぬるい!」

「なぬっ!?」


 俺の声と三人衆のリーダー格らしい男の声が交ざり合って青い空に響く。



「嘘つきは泥棒の始まりって異国の言葉があるんだけど知ってる?」


 脳裏に浮かんだ言葉を口にすると、あたふたしていた三人衆は、揃って動きを止めた。


「それは……」

「俺達の為にあるよな言葉じゃ無いか!」

「バカ野郎! 自白すんじゃねえ!」


 感嘆するごろつきBの頭をリーダー格のごろつきAがグーで殴り飛ばす。

フルスイングだった。

殴られた方はもの凄く痛そうだ。


「あ、悶えているところ悪いけど、その花は母上のお気に入りだから踏み潰さないでね」

「俺の頭より花……。この家はどこもかしこも鬼畜ばかりなのか……」


 ごろつきさん達の足元に青い花を見つけて注意を促せば、ごろつきBが盛大に嘆く。

だって無駄にガタイの良い男に踏まれたら、花が枯れてしまいそうなんだから、仕方無い。

二次災害は避けるべきだ。

母上の悲しむ姿は見たくない。


 でもこれじゃ痛みに頭を抱えているのか、俺の発言が悩ましくて頭を抱えているのか判らないな。



「しかし、何故バレた? 俺達の計画は完璧だった筈……」

「完璧どころか、エメンタールチーズ並みに穴だらけだよ」

「何だと!? エメンタールは何だか知らないが、馬鹿にされているのは何となく分かるんだからな!」


 鼻息の荒いリーダー格Aと絶賛悶絶フェア中のBを他所に三人衆の最後の一人、ちょっと細身で小柄なごろつきCが心底不思議そうに呟く。


 掛け値無しの本気で言っているんだから恐ろしいよな。

お前らは天然か。


 思わずこっちも本音を溢せば、リーダー格の癇に障ったようだ。

顔を真っ赤にして、見るからに怒っている。

ごろつきリーダーは気が短いタイプらしい。



「穴……というのは何だ?」


 三人の中で唯一冷静なのがごろつきCだった。

この人となら少しはまともに話が出来そうだな。


「まず、隠れ方がなっていないのと、使用人のふりをするのは悪くはないけど、言葉遣いがおかしいよね。ごじゃりまするって……。それに俺の事をお前様なんて呼ぶ人はこの家には一人もいないよ」


 珍妙過ぎる言葉遣いはそれだけで浮いてしまう。

そう指摘すると、ごろつきCはふむと唸った。


 視界の端でごろつきBが、『ほらやっぱりリーダーのせいだ』なんて余計な事を言ってAにはたかれているが、今は放っておこう。


「それと致命的なのがもう一つ。そもそも、常駐の庭師なんて三人も要らないよね」

「そういうものなのか?」


 所詮は子供だなんて馬鹿にする事無く意外にも素直に俺の話を聞いてくれるのに何だか拍子抜けした。

さっきと違って、人数の事はいまいちピンと来なかったようだが。


 我が家の庭は広い。

だけどそれぞれ趣味・嗜好の異なる三人が庭を管理したらどうなるだろうか?

カオスな庭になる事請け合いだ。

船頭は三人も要らない。



「嘘を吐くなら、バレないようにもっと上手にやらないとね」


 そう言うと、ごろつき三人衆は互いに顔を見合わせた。



「ガキんちょ、お前やるな!」

「弟子入りさせてくれ!」

「先生……いや、親分と呼ばせて下さい!」


 スサッと地に伏す三人衆は今日一番の団結力を見せた。

示し合わせたように同じ動き、同じタイミングで地に膝を付ける。



「え……」


 そんな三人を前に俺はポカンと口を開けたまま呆けた。


俺が、ごろつきの親分?

嘘の指南役?



「ええー!?」

「どうしたのだ、アルト?」


 まさかまさかの超展開に仰天する俺の背中へ、幼くて無垢な声が掛かった。




『アメンボ赤いな、あいうえお』は、北原白秋(1842年没)の『五十音』という作品の引用です。

本文中の主人公の解釈はもちろんただのギャグなので、本気にしないで下さい。

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