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27話 闇の足音



「……あったぞ!」



 毎度恒例の魔石探し。

本日はビリで見つけたレオンが意気揚々と拳を突き上げて、お開きとなった。

最初に比べるとみんな随分見つけるのが早くなったと思う。


 魔法の訓練になっているのかどうかは現段階では未知数だけれど、移ろいやすい子供の気を引くという点では間違いなく一役買っていた。


 俺は……さくっと終わらせたい時は呼び寄せ、たいてい最後になってしまうレオンに付き合う時は全手動と切り替えながら俺なりに楽しんでいた。


 今日は魔石が来い方式だったのは言うまでも無い。

そのくせルーカスの事が気掛かりで集中が乱れたのか、いつもより苦戦してしまった。



「母上」

「ルーカスくんの事かしら?」


 引き寄せた魔石をポケットの中に押し込みながら話し掛けると、俺が何か言うよりも先に母上の方から切り出してくれた。

話が早くて助かる。


「お見舞い、ダメ?」


 こくんと一つ頷くと、懇願した。


「そうね……。突然訪ねるのはお作法的にはあまり良くないのだけれど……」


 顎に手を当てて、どうしましょうと呟く母上は悩んでいた。


 確かに先触れが必要だとかそんな話はゲームで出てきた気がする。

あと一押し必要か。



「お願い」


 母上の青いドレスの裾を掴み、ストレートに一言。

それで十分だった。


「もうっ、母様がアルちゃんのお願いに弱いのは知ってるでしょう?」

「ふあっ……」


 ずるい、と言いながら母上は大事そうに俺を抱きかかえる。

母上の身体から立ち上る花のような香りにざわついた胸が少し落ち着いた気がした。


 では早速、と親子で仲良く手を繋いで部屋を出ようとしたところで背中に声が掛かる。



「アルト!」


 名前を呼び声に振り返ると、ハニーブロンドのくしゃくしゃヘアに、青いビー玉のようなくりくりの瞳の我らが殿下だった。


 毎回登場前か登場後に襲撃してきたマヤさんに髪の毛を完璧に整えられているのに、気付くといつの間にかボサボサになっている。


 もう、これはある種の才能かもしれない。

残念ながら、将来何かの役に立つ気配は微塵も感じられないけれど。



「レオン、ごめん。今日はお茶は出来ないんだ」


 そういえばここの所は特に誘われずともお邪魔するのがお約束になりつつあったなと断りを入れるが、レオンは乱れた髪を余計にボサボサにさせながら、ブンブンと首を左右に振った。

イヤイヤをするような動作に思わず身構える。


 しかし、レオンの我が儘は俺の想定していたのとは違う方面で炸裂する事になる。



「余も行くぞ」

「へっ……?」


 素っ頓狂な声が口から溢れた。


「だから余も行くと申したのだ!」

「行くって何処へ?」

「ルーカスの家に決まっておろう!」

「えええぇぇっ!?」


 間抜けだった声は、驚愕へとその色を塗り替える。

予想だにしていなかった事態だった。


 ルーカスのお見舞いより、自分との恒例のお茶会を優先しろとごねるのかと思っていた。

だけど実際は違っていた。

自分も連れていけ、と言ったのだ。


 どういう風の吹き回しだろうか。


「何故そのように驚くのだ?」

「いや、だって……。どうして急に?」

「アルトの友人なら余にとっても他人では無いからな」



 本人は当たり前のようにいうけれど、聞いているこちらとしては予想外という言葉に尽きる。


 ルーカスに興味があるとか、仲良くなりたいだとか、そういうのじゃないのか。

アルトの友達だからというのは俺が信頼されている証拠だろう。


俺にとっては重圧に成りかねないが、困ったことに王子にはごく自然な事らしい。



「……ダメなのか?」

「えっ、ああ、うん。ダメじゃない、かな?」

「かな、とはなんだ!」


 結論を言わない俺に痺れを切らせた王子は再度募った。

それでも煮え切らない俺の言葉尻にレオンが突っ込む。


 堪らず母上に助けを求めると、母上はまた少し考え込む素振りを見せた後に、頷いた。



「殿下が会いたがっていると言えば、多少のマナー違反も大目に見ていただけるかしらね」

「母上?」


 ぞわりと全身の毛が逆立って、距離を取りたい衝動に駆られる。

さらっととんでもない事を言う母上がいつもと違って見えて少し怖かったのだ。


 だが、繋いだままの手がそれを許してはくれなかった。


 キャッチフレーズは“王子は伝家の宝刀”か。

お見舞いに行く事は決して悪い事では無い。

だけど、突然の訪問の言い訳が何故だか悪人っぽい気がする。

普通に心配だったからじゃ駄目なのか?


斜め上に視線を移せば、モナリザも顔負けのアルカイックなスマイルにぶつかる。


「うん? 余がどうかしたか?」


 悶々と悩み始めたところに、当の本人がよく解っていない発言が飛び出して俺は一気に脱力するのだった。




「ここね」


 広い城の敷地内を歩き回る事、十数分。

二の郭の一角にその邸宅はあった。



「大きい……」

「そうか?」


 思わず前世の日本人的な基準で感想を洩らせば、隣でレオンが首を捻る。

やはり王子はその辺の感覚も規格外なのだろうか。


 その邸宅は前世の感覚でいえば、家カテゴリーの建て物としては間違い無く大きい部類に入る。


 白亜の高い壁に囲まれた広大な城の敷地を考えればそれでも大したことはないのかもしれないが、間近に見るとやはり驚嘆の声をあげてしまう。


「アルフレート様は嘘がお上手ですね。シックザール家のお館はこの軽く倍の広さがございますのに」


 道中でいつの間にかどこからともなく現れたマヤさんに笑われて、少し恥ずかしい気持ちになった。


そうだ、俺の家もかなり大きいんだった。


 こんな大きなお屋敷がありながら、俺の家よりさらに大きいブロックマイアー公爵家の本邸なるものが遠方の領地に存在している。


 どうもその辺の感覚がなかなか貴族の基準に切り替わらない。

高位貴族としては、庶民的な俺の方がむしろ異端だった。



「さてと……、マヤ」

「はい、心得ておりますわ」


 母上がマヤさんの名前を呼んだ瞬間、和やかだった空気がピリリと引き締まる気配がした。


 呼ばれたマヤさんの方も、皆まで云われずとも母上が何を頼みたいのかが解っているようで、サッと行動に移す。

さすが長年攻防を繰り広げた仲だと思った。


 マヤさんは躊躇ためらう様子も無く、一人で黒塗りの門扉を潜っていく。

そのまま数分。


 『あの木の実は何と言うのだ?』とか『アルトの家はどんな家なのだ?』とか、いつも通り俺を質問攻めにしつつ辺りをもの珍しげに見て回るレオンが遠くへ行ってしまわぬように、時に言葉で関心を引いていた。


 何しろこの王子、少しもじっとしていない。

気分は猛獣使いだ。

知らない間に変なものを食べたり飲んだり、触ったりして、何かあっては困る。


 そんなこんなで待つ間、特に手持ち無沙汰になる事は無く、むしろレオンの一挙一動にハラハラしているとやがてマヤさんが妙齢の男性を伴って戻ってきた。



「こちらの方が快く中を案内して下さるそうです」


 そう言ってマヤさんが示した男性は、快くというには表情が固い。

何があった?


そんな疑問を口にする前に、マヤさんが示した男性が一歩前に踏み出した。


わたくし、ブロックマイアー公爵家で家令を務めております、セバスチャンと申します」

「セバスチャン!?」


 優雅な一礼は洗練されていてとても美しい。

だけど俺の声がしっとりと優美な雰囲気にヒビを入れた。



「私めがどうか致しましたか?」

「あ、いや。ううん、何でも無い」


 俺が大きな声を出したせいで、セバスチャンさんは砂浜に打ち上げられた魚の如く跳ね、可哀想なくらいに驚いていた。

それでもすぐに居住まいを正す様子はプロフェッショナルという言葉を思い起こさせる。



 セバスチャン。

執事と聞いて多くの人が一番最初に挙げる名前だ。

家令は厳密にいうと執事とは違うけれど、イメージの方向性としては間違っていない。


 こんな隠されたところにテンプレ設定が存在したなんて、と驚いたのが叫んだ理由だった。



「では早速ご案内お願いしますわ」

「は、はい……」


 外で長々と立ち話というのもおかしな話なのでマヤさんが、セバスチャンさんに声を掛けると彼はますますびしりと萎縮した。


 遠目に判るくらい二人の間に流れる空気がピリピリしている。

本当に何をどうしたら、こんなにスペシャリストを困惑させられるのだろう。


 マヤさん、何をしたんだ?

いや、それをけしかけたのは母上だけれど。



「お邪魔します」

「さっ、殿下」

「うむ、よし。たのもー!」

「ふふふ」


 事態を把握しきれぬまま、話は進んでいく。

思い思いの言葉と共に、めいめいがブロックマイアー家の中へと足を踏み入れた。



――カツカツカツ。


 高い天井に人数分の足音が反響する。

天井に当たって、跳ね返って壁にまた当たってまたもそれは行き先を変える。

乱反射する音に立体感を覚えた。


 俺達を最初に出迎えてくれたのは、紫がかった黒の大理石をふんだんに使った立派な玄関ホールだった。


 公爵家の名に恥じぬ荘厳な空間だ。

だが、それゆえか人らしい温もりが微塵も感じられない。

血の通っていない芸術だと思った。


 そんな玄関ホールを抜けると、後は一歩進むごとに第六感が異常を訴えてくるばかりだった。


 花瓶に活けられた花が萎れている。

照明が点いている筈なのに、どこか薄暗い。


 一つひとつは大した事では無いけれど、そんな些細な異変・違和感が重なって、俺の勘に異常だと強烈に訴えてかけてくる。


 何より、人気が少ないのが気になった。

人の気配がしないせいか、余計に閑散としているように見える。



「他の使用人さん達はどこに行ったの?」

「実は先日、奥様が皆に暇を出してしまわれまして……」



 歩きながら俺の質問に答えてくれたセバスチャンさんの言葉で、いよいよ怪しさが現実味を帯びてきた。


 この家に何かあったのはまず間違いない。

風邪を引いたルーカスの看病に今は人手が必要な筈だ。

このタイミングで全員に暇を出すなんて有り得ない。



「ルーカス様はこちらのお部屋になります」


 セバスチャンさんが示した扉の向こうでは、この家にとって異分子である俺達を真っ黒な闇が口を開けて待ち構えていた。


 同じように何かを感じ取っているのか、あれだけ騒がしかったレオンですら口を閉ざしている。


 ルーカス、それから公爵夫人が心配だ。



「奥様、レオンハルト殿下他数名をお連れ致しました」



 静かに無事を祈る。

金切り声と共に濁流のような闇はすぐそこまで押し寄せていた。




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