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23話 毒見と子ライオン殿下の確執


「余はカリカリを所望する!」

「だからもう無いんだって」



 ごねる殿下を前に俺は眉をハの字に寄せていた。

テーブルを挟んだ向こう側では、俺の返事を聞いたレオンが不満を募らせている。



 週は変わって、闇の日。

授業が終わった後、今日もレオンの上から目線な誘い文句とまごまごした仕草のギャップに陥落し、お茶を楽しんでいた。

王族からのお誘いだとか、そういうのを置いておいても、このお誘いを断れる人はいないんじゃないだろうか。


 まごまごする姿が可愛いので敢えて、『もっと気軽に誘ってくれていいのに』とは言わないでおこう。


 カリカリ、というのは俺が手土産として持参したお茶請けの事だった。

おから揚げを作り過ぎたのでお裾分けしてみたら、殿下はこれをいたくお気に召したらしい。


 おから揚げをカリカリと呼ぶ彼の姿にさすがネコ科と口元をにやけさせたのは云うまでも無い。

子ライオンの愛くるしさは猫そのものだと思う。


 体調を崩したとかで欠席したルーカス以外の他の子達にも同じものを配ったのだが、さすがに皆お行儀が良いようで、帰ってから食べると言っていた。

明日どんな感想が返って来るか楽しみだ。



 目の前のレオンの、おから揚げへの食い付きようといったらなかった。


 さすが王族というべきか、彼の喫食の際には必ず毒見役がつく。

そして俺が持参したおから揚げとて、それは例外では無い。


 しかし、年幼い王子は待ての出来るワンコでは無かった。

いや、待てどころの話じゃなかった。



「これは余がアルトから貰ったものだ。そなたのでは無い!」

「しかし……」

「余がならぬと言ったらならぬのだ!」



 まず待てがどうのという以前に、おから揚げの入った包みをがっちりと抱きかかえて離さなかった。

彼にとって、それは初めての友達から最初に貰った贈り物という位置づけらしい。


 『自分のもの!』という主張は間違ってはいない。

俺がレオンにと言って渡した時点で所有権は彼にある。


 本来ならばそれをどう扱おうとレオンの自由だが、これは彼の身の安全の為だ。

無論、毒物など入れていないが俺がそう宣言したところで納得してもらえるとも思えない。


 かといって幼子が大事そうに抱えているものを無理やり取り上げるのは憚られる。

それをやったら大泣きするんじゃなかろうか?


 レオンの碧い瞳にキッと睨まれた毒見役の青年は手をこまねいていた。

敵認定されてかかっているな、これは。



 ここは説得するのが一番か。

こういう時に頼りになりそうな人物――マヤさんに視線を送るが、壁際に控える彼女に動く気配は無い。


 俺に任せるって事ですか。

子供に子供の面倒を見させるとはこれ如何に。


 どうも丸投げされているような気がしてならない。

本当に困った事になったら助けてくれるよね?


 母上は……うん、どこか常人と感覚がずれているからこんな状況ですら、微笑ましいと心の底から思っていそうだ。

どっしりと構える様はやはり大物なのだなと思わせるものがある。



「俺は色んな人に食べてもらいたいな」

「うっ!」


 ちょっとズルイ言い方だったかな、と思う。

レオンは俺と胸に抱いた包みを交互に見比べた。


 迷いに迷っただろう。

だけど最終的には折れてくれた。



「あい……」


 不本意丸出しで毒見役に包みを引き渡す。


 受け取った青年はあからさまにホッとした様子で、そこは心得ているのか手早く包みを解き、おから揚げを一片摘まんだ。


「これは何というのですか? 焼き菓子……のようですが、クッキーやビスケットとは少し違った香りがします」


 そのまま口に放り込んで、異常無しで終わりかと思っていたが、毒見役といえど不用意に口に運ぶ事はしないらしい。

見た目や匂いでわかる異常が無いか確認しているようだ。



「それは焼き菓子ではなく、揚げ菓子でおから揚げというお菓子です」

「おから?」

「あっ、えーっと、おからっていうのは豆の搾り滓の事で、そのおからと小麦粉を混ぜて焼いて水気を飛ばした後に、油で揚げたものです」



 俺の説明を聞いている間も彼は手を休める事をしなかった。

パキッと真ん中でそれを割り、断面をしげしげと眺めた後に懐から小さなすり鉢と乳棒を取り出して片割れを粉砕する。


 続いて金属製の器にすり鉢の中の粉末を放り込み、これまたポケットから出てきたコルク詮つきの小瓶を傾けて無色透明の液体を加えた。

実に手際が良い。


 毒見というと身分の低い人が高貴な人に無理やりさせられているというイメージがあるけれど、この人はそうじゃないのかもしれない。


 黒いボサボサヘアに、しわくちゃ白衣。

鼻先に掛かった半月型のメガネ。


 ザ・研究者という感じだ。

専門は薬学とか?


 詰問口調が何となくお医者さんを彷彿とさせる。

カルテとボールペンを持って診察中、みたいな。



「ふ~む、なるほど。豆ねぇ……」

「はい、ひよこ豆が主原料です」


 銀色の器の中を皆が……いや、レオン以外が注視する。

レオンの目は狐色のおから揚げをロックオンしたままだ。



 結局数分経っても器の中には何の変化も顕れなかった。



「異常無し、のようですね。……うん、美味しい」


 仕上げに一言。

彼はおから揚げの欠片を放り込むなり、太鼓判を押して去っていった。


 その後ろ姿を見て、ふと思う。

毒見って即効性のあるものなら見つけられそうだけど、遅効性の毒はどうするんだろうか?


 しかしそんな疑問も続く騒ぎですぐに頭の片隅へと追いやられてしまうのだった。



「やはり余のものをくすねて、余より先に食らうとはあやつはけしからん奴だ」

「食べ物の恨みは恐ろしいな……」


 溢れ落ちてきたレオンの恨み言にボソッと小声で感想を洩らす。


 王子だから、普段から珍しい物を食べているんじゃないのか?

珍しい物が美味しい物とは限らないが。


「お二人とも、逸るお気持ちはお察し致しますが、手を洗ってからお召し上がり下さいませ」


 さあ食べようと伸ばした手を制止するマヤさんの声にレオンと二人して顔を見合わせるのだった。

そんな俺達を見て、母上はたおやかな笑みを浮かべていた。




「何なのだこれは!?」

「おから揚げ、と云うそうよ?」



 待ちに待った手土産を口にしたレオンの最初の一言は驚愕に彩られていた。

そこへ、『ねえ、アルちゃん?』なんて俺に同意を求めながら母上が返す。

うん、発言の意図はそこじゃないと思うけどね。



「これが本当にあの豆から出来たのか?」

「うん」

「旨い、旨過ぎるぞ!」

「うん、解ったから口の中にものが入ったまま喋るのはやめような」


 ハイテンションに叫んだレオンには俺の忠言も届かぬようで、カリポリと景気の良い音を立てながら口の中いっぱいにおから揚げを詰め込んでいく。


 自分でも一つ摘まんで口へ運んだ。


 カリッと噛み締めれば豆の味とほんのり塩味が広がる。

おからで出来たかりん糖、というと分かりやすいだろうか?


 無くなってしまう前にマヤさんにもお一つどうぞと差し出せば、『殿下の好みの味を把握しておくのも女官の勤めですから』とゴニョゴニョ言い訳をしながらも受け取ってくれた。


「あのひよこ豆でこんな美味しいお菓子が出来るものなのですね」


 独特な食感に驚きながらも、マヤさんにしては珍しくストレートに褒めてくれる。


 マヤさんによると、この国でひよこ豆は非常に安価で手に入るものだが、それだけに貴族の食卓にはあまり上がってこないものだと言われていた。


 安価というのがどれくらいかというと、給料日前の庶民がこれを買って大量に炒って数日食い繋ぐらしい。

もやし、みたいなものか。


 そういえば、もやしも豆の新芽なんだっけ?

汎用性高いな、おい。



「かわりを持て!」

「食べるのはやっ」



 そんなこんなでおから揚げはすぐに無くなってしまった。


 小刻みに口を動かしながらカッカッカッと頬いっぱいに詰め込んだものを咀嚼する小さな友の姿に、喉に詰まらせやしないだろうかと心配になりながらも、こうしているとハムスターやリスにも見えるなーなんて考えていたら、あっという間に空になった。


 おかわりですか。

だが、今日持ってきたのはさっきので終わりだ。



「余はカリカリを所望する」

「ごめん、今日はもうそれで終わりなんだ」


 家では大好評だったものの、口に合わなかった場合も考えて処理に困らぬように少量しか包んでいなかった。

それでも欠席で渡せなかったルーカスの分まで食べてしまったのだから、レオンは相当気に入ってくれたらしい。


 嬉しいと思う半面で困ったなと頭を抱えた。



「余はカリカリを所望する!」

「だからもう無いんだって」


 無い袖は振れない。

無いものは無いのだ。


 家に帰れば作り置きが大量にしてあるし、ひよこ豆もまだまだ沢山残っているが、ここに無いものはどうしようも無い。

仮に転位魔法が使えたとしても、あまり間食を摂り過ぎるも良くないよな?



「また明日……」

「うっ……」


 明日持って来ると言いかけて口をつぐんだ。

見る間にレオンの瞳に涙が溜まり始めたからだ。


 大好きになったお菓子がもう無いと言われて、余程ショックだったらしい。

むずかるレオンを前に、俺は只々おろおろするばかりだった。


 何と声を掛ければ良いのか判らない。

言葉が見当たらない。



「マヤ!」


 喚ばれた瞬間には彼女は既に彼のすぐ隣まで移動していた。

幼い手が、彼女のお仕着せの生地を握り込む。


それと同時にレオンの涙腺が崩壊した。



「うわ~ん……!」


 声をあげて火がついたようにレオンは泣く。

見ているとこっちまで悲しくなってきた。

きゅっと自分の服の裾を握る。



「はいはい、殿下。男子たるもの簡単には泣いてはならないのでは無かったのですか?」

「うっ……ふぐっ……」

「アルト様に笑われてしまいますわよ」

「……っ! よ、余は泣いてなどおらぬ!」



 慣れた様子でレオンをあやすマヤさんの手腕はやはりさすがベテランと言わざるを得なかった。

彼女の口から紡がれるのは厳しくも優しい嘘だ。



「殿下、こちらを向いて下さいませ」

「むっ……?」



 涙と鼻水と涎と汗。

顔から出る汁というが出てきている。


 それら全てでグチャグチャになった幼き王子の顔を、傍らに跪くメイドはそっと、真っ白な手巾で拭ってやるだった。





おから揚げ。モデルはきらず揚げです。

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