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17話 魔石探し




「ありましたわ!」


 高い声でそう叫ぶと同時にイルメラは己が拳を高く突き上げた。

その手には両端を捻った、ピンクのハート柄の可愛らしい包みが握られている。


「イルメラ、声が大きい」

「わ、わたくしったら少しはしたなかったですわね……」


その横で憂いを帯びた視線を妹に送るディートリヒの手にも色違いの包みが握られていた。

苦情を言われた妹の頬は彼女の手の包みと揃いの色に染まっている。



 魔石探しの課題が母上より提示された直後、メンバーは各々室内に散った。


大捕物。

そんな表現が似合いだろうか。


絨毯を捲ってみたり、テーブルの下へ潜り込んでみたり。

ちびっ子たちがちょこまかと忙しなく動き回り、思い思いの場所を探している。


中でも一番熱心なのはレオンだった。


「ここか! それともここか?」


花瓶の中身を引っくり返したり、飾り棚のガラスに顔を押し付けて覗き込んだり。

叫び回りながら効率的に部屋の中を散らかしていっている。


後で怒られやしないだろうか?


ひやひやしながら母上の様子を窺うも、ただ微笑んでいるだけだった。

仕方無しにレオンが散らかした後をついて回って出来る限り片していく。


残るルーカスといえば、ソファーに置かれたクッションの下に隠れていた魔石を地味に一番乗りで発見していた。

母上に一度に二つ食べるのは良くないから、夕飯後にしなさいと言われ、本気でショックを受けた彼は半ベソで帰っていった。



 はっきり言って、魔法は全く関係が無かった。

皆、気配を探るなんて事はせずに闇雲に探し回っている。


それでも探す範囲は限られているのだから、見つかるのは時間の問題だった。

ルーカス、ディートリヒ、イルメラの順に発見し、残るはレオンと俺だ。


俺と二人で取り残された殿下は次第に焦りを見せ始めた。


暖炉の灰をつついてみたり、扉の外の守衛さんのお口をチェックしたりと目の付け処が変だった。

一応口に入れる可能性のあるものなのだから、衛生上問題がある場所には隠さない事など少し考えれば判るだろうに。


暖炉の中や、人の口の中になんてあるわけがない、論外だ。


仮にもしそこで魔石の水浸しや魔石の煤まみれが見つかったとして、食べたいと思うのだろうか?

俺なら要らない。


魔石はそんなマニアックな場所では無く、もっと身近な場所に置かれている筈だ。


イルメラたちが見つけたのは、入口ドアの正面の床の上、テーブルの下、飾り棚の一番大きなゴブレットの中だった。

どれもちょっと探せばわかる場所だったり、目立つ位置だったりする。


落ち着いて探せば見つかる事に早く気付いてくれと思うも、目の前のちびっ子は全員の身体検査まで始める始末だった。


こそっと耳打ちでもしようかと考えたが、幼くともプライドの高いレオンが、他の子に遅れを取っているこの状況で素直に聞き入れてくれるかどうかも怪しい。


だいたい、俺自身もまだ見つけられてはいないのだ。

まだ真面目に探していないだけだが。


ここで俺が先に見つけたら、きっと面倒な事になるだろう。

そう考えて待つ事にした俺だったが、予想よりも早くレオンの限界はやってきた。



「何故だ? 何故見つからぬのだ?」


全員の身体検査を終えてなおも見つける事の叶わなかったレオンは癇癪を起こした。


「余が欲しいと申しておるのだから、魔石の方から出てくるのが道理であろう?」


大きな碧い瞳に山盛りに涙を溜めてレオンは暴論を述べる。

けれど彼にとってはそれが真実なのだと思った。


マヤさんという例外はいるものの、彼はこの国の王子として甘やかされて育ってきた。

沢山のものが彼の意のまま、望むがままに手に入ってしまうのだ。



 椅子を引く音がして、母上が腰を浮かせたのがわかった。

それを目で制して、自分の足で五、六歩程離れた位置からレオンに近寄る。



「女人の前で泣くのか?」


小波の立った湖のような瞳を正面から覗き込んで告げた。

並んで立つと俺の方が少しだけ背が高い。


ここで甘やかせば今までと同じだ。

それではレオンはいつまで経っても生意気殿下のままである。

だから俺とマヤさんくらいは厳しく接した方が良いのだろう。


彼が裸の王様になってしまわぬように。



 レオンはプライドが高い。

だったらそれを利用してしまえと思った。



「余は泣いてなどおらぬ」


斯くして俺の思惑通りに泣き止んだレオンは上等な仕立ての服の袖でぐいと涙を拭った。


擦れた目元が赤い。


髪もぐちゃぐちゃ、顔もぐちゃぐちゃ。

酷い格好だなぁと思う。

それでも彼は王族なのだなと納得した。



「そういえばこれはどこか遠くの国の言い伝えなんだけど、探し物をする時はその名前を唱えながら探すと見つけやすいらしいよ」

「そうなのか! むむっ、こうか? 魔石、魔石、魔石……」


何か手助けがしてやりたくて、でもズルを勧めてもきっとレオンは喜ばないだろうからと考え、前世で聞き齧った知識を授ける。


名前を呼ぶ事で潜在意識に働きかけて見つかりやすくなるとか、ならないとか聞いた事がある。

ほんの気休め程度だけどな。


ぶつぶつ念仏のように魔石と唱えるレオンだったが、五回に一回くらいの割合で噛んでいた。


こいつはこういう奴なのだ。

生意気だけどそこに悪意は全く感じられなくて、つい甘やかしてしまいそうになる。

弟キャラっていうやつか?



「……あった! あったぞ!」


程無くしてレオンは魔石を見つけた。


テーブルの天板の裏側に貼り付けてあるなんて、へそくりか何かか?


文字通り跳び上がって喜ぶレオンを微笑ましく思いながらも、脱力してしまった。



 さて、俺はここからだな。

心境的には腕捲りをしながら、荒らされた部屋の中をぐるりと見回した。


俺が自力で直せるものは元に戻しておいたが、水浸しの絨毯は修復不可能だ。

今度、レオンに整理整頓の重要性についてよく言い含めておこう。

場合によってはマヤさんに言い付ける方法も辞さない。

そう心に決めて漸く俺は課題に向き合った。



 実は一つ試してみたい事がある。

それというのも先程レオンが短気を起こした時に口走った言葉を聞いて思い付いたのだが。


『魔石の方から出てくる』


これ、出来ないだろうか?



具体的に方法を述べるなら、日課の魔法基礎訓練の応用である。

身体の内側だけでおこなっていた魔粒子の収束の効果範囲を体外まで広げてみたらどうだろうか。

理論的には可能な気がする。


イメージはこの手の中に魔石が飛び込んでくる感じだ。

成功図を思い描け。

それもより具体的に、より鮮明にだ。


自分の右手を開いたり閉じたりしながら凝視する。



「アルト……?」


魔石を探すでも無く黙って立ち竦んだ俺を不審に思ったレオンが名前を呼んだその時だった。


ころんと拳の中で何かが転がった気がした。

期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと手を開く。


「なっ……」


母上の息を呑む声がした。


青い包み紙でラッピングされた魔石が俺の右手に鎮座している。


「……出来た」


レオンのように跳び上がる事はせず、言葉ごと口の中でゆっくりと喜びを噛み締める。


正直、自信の程は五分五分だった。

日課の基礎訓練では魔粒子の色を選んで動かす事くらいなら出来るようになったが、体外の魔力に干渉するのは初の試みだ。

理論的には出来る筈だと思っていても、自分が実現出来るかどうかというと話は別だ。


技術・経験など不安な部分が多い。

だからこそ、出来なかった時にあまり落ち込まなくて済むようにと自分すらも欺いてしまうような言い訳染みた自己弁護の言葉を考えていた。

もっとも、それも不要に終わったけれど。



「すごいな、アルト! どうやって出したのだ?」


魔石で口をもごもごさせながら駆け寄ってきたレオンはまるで自分の事のようにはしゃいでいる。


何と答えようか煩悶した俺が口を開いたり閉じたりしていると、ガタンという鈍い音がして、母上が立ち上がった。


音に釣られるように目を向けると、大きなガラス窓の脇に置かれた書棚へと一直線に歩いていくところだった。

棚の正面で立ち止まった母上は特に変わったところは見受けられない本を取り出し、カードを繰る手品師のような手付きでページを捲る。



「無いわ」


裏表紙にまで到達し、パタンと本を閉じると同時に母上は独りごちた。


無い、とはこの場合、魔石の事を指していると考えるのが妥当だろう。


本を捲って母上は無いと呟いていた。

という事は本の間に魔石が隠されていたというわけで……。


なんでまた隠し場所がへそくり基準なのですか、母上!?


タンスの中やテーブルの天板の裏、本の間と云えばすぐに見つかるへそくりの場所の定番だ。

ベッドの下のエロ本に近い。


いや、子供相手に本気で隠されても困るがもう少し捻った場所でも良かったんじゃなかろうか。

裏を掻こうとしたレオンがなかなか見付けられないのも道理だった。

始めから裏など存在しないのだから。



「アルちゃ……アルフレートくん。その魔石をちょっと先生に貸してもらってもいいかしら?」


部屋の中央付近で王子と二人して呆けたように目の前で動くものをそれと無しに目で追っていると、本を棚に戻した母上は今度は俺に歩み寄った。


アルフレートくん、か。

母上にそう呼ばれたのは始めてだ。


わざわざ言い直された呼び名に若干戸惑いを覚えながらも素直に魔石を渡す。



「うーん、確かに私が作ったもので間違い無いわね」


人差し指と親指でそれを摘まむようにして持った母上はクルクルと指の間でそれを回しつつ向きを変え、時折ノックをする要領でそれを叩いていたが、その表情は魔石が一周して尚、困惑の色を深めていた。


何だろう?


怪訝に思いつつも、お礼と共に返された魔石を待ちきれず口に含むと淡い桃のような優しい甘さが口の中に広がった。


うん、美味しい。

これならルーカスが夢中になるのも解る気がする。


幸せな気分に浸っていると、頬に両手を当てて同じく恍惚の表情を浮かべるレオンと目が合い、どちらからともなくニヤッと笑みを浮かべた。




「ねえ、アルちゃん? アルちゃんはどうやって魔石を見つけたの?」


帰りの馬車道で。


うとうとする俺の髪を行きと同じように撫でながら、母上はふと思い出したというように手を止めて俺に訊ねた。


「う~ん、魔石が出て来てくれたらいいなーって思ってたら、いつの間にかあったよ?」


まだ慣れぬお出掛けと初めての授業。

加えて魔石探しに精神力を使った俺は疲れていた。


乳色のけぶるような思考の中で、懸命に言葉を紡ぐ。


どうやって、なんてどうして聞くんだろうか?


片隅に疑問が浮かんだが、それも大きな波に呑まれてすぐに見えなくなった。


「いつの間にか、ね……」



駄目だ、眠い……。

くあっと小さな口を目一杯開けて欠伸をするとふふっと母上の笑い声が聞こえた。


「家に着くまで寝てていいわよ?」


往復を再開した手の動きと馬車の揺れ、それから聞き慣れた母上の声に促され、俺はどうしようも無く心地よい微睡みに身を委ねた。




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