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116話 キーガン・フランシス・アイゼンフート

遅くなりました。




 葬儀も終盤。突如、外側から勢いよく開け放たれた扉。


 参列者たちが驚いて振り向く中、闖入者は特段慌てた様子もなく入口ホールに立って会場を見渡している。


 大幅に遅れてやってきた上に、しかもおよそ葬儀に似つかわしくないだろう白地に紫の派手な衣装を身に纏って焦りもしないその人物は誰なのか?


 俺の席からはちょうど頭部の位置が陰になって見えないが、服装から男性と推察できる。



 ーーカツン、カツン、カツン。


 

参列者たちの波打つようなざわめきを気に止めた様子もなく、天井に高らかな音を響かせながらゆったりとした足取りで男性が歩いてくる。


 こちらに近付いてくるに従って、彼の衣装に幾つも縫い止められた装飾品が彼の歩みに合わせてしゃなり、しゃなりと音を立てているのが聞こえてきた。



 そうして、彼が主通路を三分の一ほど進んだ時。


 ちょうど雲を抜けた陽の光がステンドグラスから差し込み、闖入者の顔を照らすと俺は思いもかけない見覚えのある人物の顔があらわになったことで息を呑んだ。



「……キー、ファ!?」

「……ん? その声はもしかして親分ですか?」



 存外に大きな声が出ていたようで、俺の声に反応した彼がこちらに顔を向けたことで、俺は見間違いや他人の空似でないことを確信した。


 いつもの質素な服装が嘘のように、豪奢な服装を身に纏っている上、服装に合わせたのか出会った頃のように丁寧な言葉遣いだけれど、間違いなく彼はキーファだ。


 いつも伸ばしたい放題の絡まった状態で雑に後ろで束ねられている彼の黒髪は、櫛を通され香油でも塗られたのか艶やかで、パッと見では別人のように見える。



「ちょっ……眼鏡はどうしたんだ!?」

「それが、なくしてしまったようで。いやぁ、困りましたね!」



 闖入者がキーファだとわかり、席を立って主通路に転がり出たものの、想定外すぎる状況に困惑する俺の口から最初に飛び出したのはどうでもいい質問だった。


 元から細めの目を眇めて困ったと言いながらもキーファがあっけらかんとしているのは、ぼんやりとしか周囲の状況が見えていないからなのか?


 何故こんな時にまで眼鏡を失くしているんだと、キーファのおっちょこちょいを呪いたくなる。


 高価なもののはずなのに、キーファが眼鏡をなくすのは何もこれが初めてのことでは無い。



「管理が雑すぎるだろう!」

「無くても死にはしませんよ」



 一般人の感覚ではなくしたら確実に冷や汗もののはずなのに、さらに言えばなくしたことで確実に不便を強いられているだろうに、キーファはのほほんとしている。


 彼の実家は豪商か何かだろうか?


 目つきが悪いせいで冷淡そうに見える人だけど、悪い人ではないとは思う。


 思うが、どこまでもマイペースで変わっていると思う。


 豆腐屋でそこそこ稼いでいるはずなのに、稼ぎの殆どを酒代に注ぎ込んでいるせいで、いつ会ってもボロを纏っている彼が上等な仕立ての服を着ている理由はまあ聞かなくてもいい。


 キーファの実家が裕福であることは何度か聞いたことがあったから、久々に実家に顔を出した帰りか何かなのだろう。


 だが、上等ではあっても葬儀に適していない服装であることには変わりない。



「……わかった、眼鏡はもういい。それより、キーファは何故ここへ?」

「それは決まっています。キーガン・フランシス・アイゼンフートの葬儀に参列しに来ました」

「だとしてもなんでこんなに遅れてくるんだよ!? 今から出棺するところだったんだぞ?」

「眼鏡がないせいで道に迷ったんですよ。眼鏡がないとぼんやりとしか見えないのを知っているでしょう?」

「見えない状態で平気で出歩く奴があるか! だから、眼鏡の管理はしっかりしておけとあれ程……! ……まあいい。出口まで連れて行ってやるからすぐに帰るんだ」



 要領を得ない会話に調子を狂わされながらも、状況を打開すべくキーファの身体を押す。


 しかし、悲しいかな。比較的小柄とはいえ大の大人と子どもの体格差のせいでキーファはビクともしない。


 出口に追いやるどころか、くるりと身を翻され、俺の方が体の向きを変えられてしまう始末だ。



「いえ、こんな面白い機会なんて滅多にありませんから。見物しない手はありませんよ」

「葬儀を見物なんてさすがに不謹慎が過ぎるぞ。故人に失礼じゃないか! しかも眼鏡なしじゃどの道見えないだろう?」



 キーファの実家がどれほどの権勢を誇っているかは知らないけれど、故人との最後の別れに水を差すなんて顰蹙ものだ。


 バルトロメウスが兄殺しの嫌疑を掛けられた一幕もあって、アイゼンフート公爵家の空気はピンと張った糸のように張り詰めている。


 そこへ来てこの失言は、公爵家に対する侮辱と取られても文句は言えず、俺とキーファを中心に波紋のような聖堂にざわめきが拡がっている。



 何故、バルトロメウスの兄の死をキーファは見世物であるかのように言うのか?


 意図が全く掴めず、怒りから語気を強めた俺に、何故かキーファはふっと噴き出す。



「失礼も何も、キーガン・フランシス・アイゼンフートはここにいますが?」

「……は?」

「だから、キーガン・フランシス・アイゼンフートはここにいると言ったんです。ああ、でも眼鏡がないのは困りましたね。……そうだ、バルテル! バルテルはいますか?」



 いったい何がどうなっているのか?


 意味不明な発言に理解が追い付かず呆ける俺をよそに、キーファは名案を思い付いたとばかりに手を打ってあろうことかバルトロメウスの愛称を親しげに呼び始める。



「なっ、なにを……!?」

「不敬ですわ!」

「終わった……」



 会場中で困惑からのどよめきが起こる中、前方にいたアイゼンフート公爵家の面々がサッと立ち上がったのを見て、もはや事態の収拾は不可能であると確信し、右手で額と目元を押さえた俺の横を誰かが通り過ぎた。



「あ、兄上……?」



 半信半疑。


 そんな感情がありありと伝わってくるバルトロメウスの発言に三度会場がどよめく。


 今、バルトロメウスの目の前に立っているのはゲオルグではない。



「おお、その声はバルテルですね。すみませんが、貴方の眼鏡を貸して下さい」

「キー兄上っ!!」



 眼鏡を奪われたバルトロメウス。


 しかし彼は怒るでもなく、俺が背後を振り向くと同時に床を蹴ってキーファの胸に飛び込んだ。



「少し見ない間に大きくなりましたね」

「キー兄上! 本当にキー兄上ですよね?」

「他の誰に見えますか? ……ところでこの眼鏡、度が入っていないようですね。全然見えません」



 泣きじゃくるバルトロメウスの頭をポンポンとやって慰めてはいるものの、相変わらずキーファはマイペースだ。



「これはいったい、どういう事なんだ、キーファ?」

「私が正真正銘の、キーガン・フランシス・アイゼンフートということです」

「それじゃあ、あの棺の中の遺体は誰なんだ?」



 キーファが名乗り出ると今日一番のどよめきが会場を満たした。


 若干の不便を感じながらも目の前でピンピンしている人物が本物のバルトロメウスの長兄ならば、必然的に棺の中の遺体は偽物ということになる。


 じゃあいったいそれは誰なのかと、至極当然の疑問をぶつけるとキーファ……いや、キーガンはぼんやりとしか見えていないであろう目で、祭壇の灯りを見つめた。



「それは判りかねますが……。自分の葬儀に参列する経験なんておそらく二度と出来ないでしょうから、こうしてわざわざ見物にやってきたというわけです」



 キーガン・フランシス・アイゼンフートは殺されてなどいなかった。


 こうして、間違いだらけの葬儀は幕を閉じた。





やっと伏線が1つ回収できました。

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