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11話 金色の焔

「アルちゃんは魔法って何だと思う?」


 謎掛けのように母上は俺に問うた。



「……生きる、力?」


生きとし生けるもの全てに宿る生命力。

書物に載っていた師匠の言葉を思い出しながら俺は応えた。


自然と囁くような微かな声になる。


そんな俺の言葉に母上は目を見開いた後、ふわりと頬を綻ばせた。


「そうね。母様もその通りだと思うわ。これはね、母様も昔投げ掛けられた質問なのよ。その時の私は今のアルちゃんに比べたらうんと年上だったけどアルちゃん程賢くは無かったし、自分の力に酔ってたから、随分と生意気な答えを返してしまったの」


俺を通して少し遠くを見る眼差し、懐かしむような顔色。

母上にも愚かだったと云える時代がある事が驚きだった。


「それからこれは王立魔法師団に入団する時に必ず訊かれる問いでもあるのよ。今アルちゃんに問い掛けたのと同じように新入団の子たちに何度もこの質問をしたわ。だけどその答えは皆バラバラだったわ」


便利な道具、選ばれた力、優れた力、武力にとって代わるもの、必要不可欠なもの……。


過去に行われた通過儀礼の中で実際に返ってきたという答えを母様はいくつも並べていく。

それらは明確な答えから抽象的な例えまで様々だった。



「どうして同じものの事を指しているのに、こうも答えが違ってくるのかしらね。だけど、どれも間違ってはいないのよね、困った事に」


どれも間違ってはいない。

全てが正しい?


そんな事が有り得るのだろうか、と疑問が浮かんだ瞬間に頭の中で一条の光が閃いた。


「……人によって違うから?」


俺の言葉に母上が頷いた事で思いつきが確信へと変わった。


「そう、魔力はそれを使う人、そこに込める思いによってその意味が変わってくるのよ」


 例えば同じ大きさの火の玉を魔法で生み出したとしても、単に誰かを傷付けるために放つか、人を守る為の手段として放つかでその意味合いは大きく変わってくる。


つまり、癒しや救いの力として使うも、破壊の力として使うも本人次第って事か。


それって魔力だけじゃないよな。



「武力も同じかな?」

「そうね。だけど魔力は武力と違ってもともと形が見えないものだからそれを忘れてしまいがちなのよ」


ブロンドの髪が一筋はらりと落ちて、母上の頬に掛かった。

いつもハーフアップに後ろで纏められている髪が今朝は全て下ろされ、緩やかなウェーブを描いている。


「昨日、私がマヤに捕まった時、アルちゃんはとても恐い顔をしていたの。それと同時に膨大な魔力をあたりに放出させていたわ」


息を呑む。

それと同時にようやく色んな事に合点がいった。


 魔力の暴発。

例の書物にもちらっとだが書かれていた。


曰く、魔法を巧く使いこなせない子供が、また感情的になった魔法師が膨大な力を持て余し、意図しない爆発を生み出してしまうというものだ。


先天的に強大な魔力を宿して生まれた子供が引き起こしてしまった事例が多いが、成人した大人の、それも保有魔力が少ない人間に依る事例も少なからずあるらしい。


薬物や魔道具等を使って所謂ドーピングを行い、己の肉体と精神が耐えきれない量の魔力を行使しようとして身を滅ぼしたケースも散見される。


 恐らく、俺はこの魔力の暴発の前段階に片足を踏み込んでいたのだろう。

だというのならは、子供の回復力と一晩の休息を以ってしてなお、この身に残る倦怠感にも納得がいくというものだ。


 魔力、魔粒子の先天的な保有量は遺伝に拠るところが大きいらしい。

つまり、一人で城を落とすような戦略級の魔力を持つ母上がお腹を痛めて産んだ息子である俺も弱冠二歳児ながら、戦略級と呼ぶに値する魔力を持っているわけで。



「少し身体から洩れ出すくらいなら何でもないのよ?そのくらい子供にはありがちだし……。でも昨日のアルちゃんの場合は……」


昨日の惨劇を思い出したのか、母上は言葉を濁して天を仰いだ。


ええ、判ります。

よっぽど酷かったんですね?


大抵の事では狼狽えない母上が取り乱しているのを見て俺は自暴自棄な気持ちになった。



「……とにかく、とっても危険な状態だったのよ?あの場にいた殆どの人が元から昏倒していたのと、私が周囲に結界を張ったから、表面上は大した騒ぎにならなかったけど」


「表面上は?」



確かに俺達が到着した時点で既に訓練所は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

勿論、やらかしたのは母上だが。


親子揃ってあの美しい白亜の城を乗っ取る気かと疑われたとて文句は言えまい。

それだけの珍事を一方で引き起こしながら、もう一方で鎮圧させた母上はどれだけ規格外なのだろう。


気の遠くなりそうな話に再び眩暈を覚えながら、引っ掛かる言葉を復唱した。


表面上とわざわざ云い置くからには、内面や裏面というものも存在する筈。


自分のそれよりも少し高い位置にある顔を見上げると、ゆっくりと上下した。



「国の上層部が蜂の巣をつついたような大騒ぎだったわ。テロリズムか、反乱か、ってね」


思っていた以上の事態に言葉を失い、生唾を呑んだ。


たかが子供一人の癇癪があわや国際問題に発展するだなんて、誰が考える?


「通常、成人した魔法師は魔力の気配をある程度まで抑えて生活しているのだけれど、それにも例外があるのよ。その例外の一つが、魔力をわざと周囲に撒き散らして魔法師同士が牽制し合う時なの。自分の方が強いんだぞ、ってね」



なるほど。

つまり剣に例えるなら両者剥き身の刀を構えて、今にも斬りかからんと互いの隙を窺いつつ対峙している状態という訳か。


うん、物凄く物騒だ。


そして母上が害された事に怒り狂った俺は、意図せずしてマヤさんどころか城全体に向けて脅しを掛けてしまった訳か。



「あの訓練所はもともと頑丈な作りだし、結界も掛けられているから滅多な事では外に洩れだしたりしない筈なんだけど、許容量を超えてしまったみたいね。結界が一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだもの」

「あはっ……」


口から出るのは最早渇いた笑いのみだった。


あそこって一応国のエリート魔法師が集う場所だよな?

その彼らが少々本気で魔法を放ったところでびくともしない筈の結界が粉々って……。


俺はどんだけ馬鹿魔力なんだ?



 ゲームでのアルフレートも魔法が得意で、スランプに陥ったヒロインの練習相手に名乗り出るというイベントシーンが割と序盤にあったとは記憶している。

だけど、どちらかというと繊細な制御と魔法の多様性に長けている印象で、力でごり押ししている印象では無かったのだが……。


こんな高出力だなんて聞いていない。


もともと多方面で謎が多いキャラではあるけれど。

思ってたよりも苦労人だったのか、アルフレート……。


 ゲームのアルトは俺の道標であり、反面教師でもある。


前世からの呪いが大暴走しそうなのでヒロインとはあまり関わりたくは無いし、自分の傷口に塩を塗り込むに等しいので女性への接し方は真似たくは無いが、勉学・魔法に対するストイックな姿勢や高位貴族にも関わらず領民を思いやる心など、見習うべき点も多いのだ。


見習うべきところは見習って、ヒロインはなるべく避けて平和に暮らしていこうと思っていた。


安易に考え過ぎていたのだろうか?

どこで踏み違えた、俺?


国に喧嘩売ったと見なされたとあっては、この国では表を歩けないよな。

高位貴族の御曹司から日陰者の暮らしに急転直下だ。



『遺伝的に魔力が高いと判ってるいるなら、ちゃんと対策打っておけよな。子供にそんな恐ろしいもの持たせるな! 野放しにするな!』などと叫んだところで今更。


後の祭りだ。

それにこの場合、多分母上と俺が異端分子なんだよな。


皆様、ご迷惑をお掛け致します。

それと父上。


育ててくれた恩義も忘れて、父上が職を追われるような未曾有の大事故を引き起こしてしまった事、深くお詫び致します。



さて、これからどうしたものか?

この国で暮らせなくなった以上、早急に荷物を纏めて隣国にでも落ち延びるべきだよな。


俺の大事なものといえば例の魔導書と母上がくれたペガサスの氷像と……。



「……ちゃん? アルちゃん?」



その二つくらいか。

うん、俺まだ二歳児だしな。



「アルちゃん!」

「あ、えっ……?」


近くで大きな声がして、びくりと身体を震わせた。

見れば母上が眉をハの字にしてこちらの様子を窺っている。


そうか、そりゃそうだ。

いくら気丈な母上とて、今後の事が心配に違いない。


ここは俺がしっかりしなくては。

まだ二歳だけど漢は漢だ。


そんな思いで努めて明るく振る舞う。


「ささ、母上。共に行きましょうぞ。わたくしめは荷物を纏めて参りましゅ故、母上は玄関ホールでお待ち下され……」


不自然だっただろうか?


情けなくもこんな時になんと声を掛けて良いか判らず、書庫で最近読んだとある本のダンディーな主人公の台詞をほとんどそのまま口にする。

すると母上はさらに眉を歪めた。


「ちょっと、アルちゃん! 行くっていったい何処に?」


困惑の色が見てとれる母上の手を強引に引いて立ち上がった背中に疑問がぶつけられる。


何処へ行くのか。

北か南か、それとも東か西か。


逡巡している俺には到底応えられない。

けれど、俺の口からは臆する事なく返り事が紡がれた。



「……貴女となら何処へでも」



また、やらかした。

自分で言っておいてそう思うのだから相当だ。


その証拠に彼女は何も言って来ない。

だけど今回ばかりはこの思い通りにならない言語中枢に感謝したくなった。


怒るでも何でもいい、母上が元気を取り戻してくれるなら。




 結論から言おう。

俺の発した乙女ゲー言語により、母上は無事元気になられた。


「ふふっ……。アルちゃんったらおマセさんね」


代わりに俺が精神をごりごり削られる事になったが。


「大丈夫よ、国の上層部には母様が適当に言い訳をしておいたから」



ぐぬうぅっ……。


熱い、顔が熱い。

今なら髪色と相俟って極彩色なコントラストになっている自信がある。



「母上、それを早く言ってくだしゃい……」


一言くらい苦情を申し立てたところで罰は当たるまい。


「様子がおかしいと思ったら、母様の事を心配してくれていたのね。ありがとう、小さな紳士さん」


こうして淡い光が辺りに散っていくように微笑まれば何も云えなくなってしまうのだから。


ちなみに何と言い訳をしたのか尋ねたけれど、ただ微笑むだけで詳細を教えてくれる事は無かった。

仕方ないので、国の上層部って懐が深いんだなぁと持ち上げておくことにする。



「それで母様がアルちゃんに言いたかったのはね、どんな素晴らしく思える力でも、それを振るうには危険が伴うって事なの。だから、何のために力を振るうのか、それは本当に必要な事なのか考えてほしい」


初めて語られた母上の願いに思わず下を向いて考え込んでしまった。


 例えば誰かを殴ったとして、殴られた人間が痛いのは当然だが、殴った拳も少なからず痛みを感じるだろう。


格闘技選手の話だが相手を殴った己の力に耐え切れず、拳が自壊したと聞いた事もある。


魔力だって使い過ぎれば生命力が枯渇し、死に至る。

権力に驕れるは権力に溺れる。


――驕れるものは久しからず、ただ春の夜の夢の如し。


力というものは使わずに済むのなら、いっそ使わない方がいいのかもしれない。


俺は仮にも国の最古参の家の次期当主だ。

一挙手一投足が、俺の何気無いひと言が周囲に大きな影響を及ぼすと考えていい。


大事なのは何を思い、何を為すか、か……。


魔力の暴発を恐れ、今後一切魔法を使わずに生活する事もシックザールの名を以ってすれば可能なのだろう。


危険かもしれない。

けれどそれでも俺は魔法を使いたい。


魔法など存在しない国の小庶民として暮らした前世の記憶を持って生まれたのには何か意味がある気がする。

……いや、そう思いたいだけなのかもしれない。



自分の為に、持てる才能を伸ばしていこうと思った。

今もそれは変わらない。


だけど俺が自分の為にこの力を伸ばす事が廻り廻って誰かの幸福に繋がるのなら、それもまた幸せでは無いだろうか?




 ゆっくりと顔を上げる。

ひたと母上の顔を見上げた。


――金色の瞳に決意の焔を燃やして。



「俺は、それでも魔法を学びたいです」



凪いだ声が、静かに空気を震わせた。




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