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111話 騒乱の幕開け




 休暇が終わり、学園の授業が再開され、俺とレオン、ルーカス、イルメラの四人は第四学年、中等部に進級した。


 初等部から中等部に上がったと言っても、通う校舎は初等部同様、学園の敷地内にある。


 寮にしても、俺たちの白陽寮は入学以来、一切の入れ替わりなく同じメンバーで共同生活を送っている。


 これに関してはやはり大人たちのなんらかの思惑が働いているのだろう。


 最初の進級の際、新入生が来るかもしれないとウキウキしていたのに、誰も来なかったせいでディー以外の皆ががっかりしていた。


 以降、全員が何となく『そういうもの』として認識している。



 一方で、授業の内容は本人の希望を踏まえて魔法科・騎士科に分かれ、一般的な教養から一歩踏み込んだ専門的なものへと変わることになる。



「……どうなってるんだ、これ?」



 始業式を終え、寮の談話スペースに移動して。


 今まさに今年の時間割表を見ていた俺は驚愕に目を見開いていた。


 休暇前、俺はたしかに魔法科希望と書類を提出したはずだ。


 なのに今この手にある、必修科目が予め記入された時間割表には何故か剣術の文字がある。


 剣術は騎士科の必修だ。



「まさか、誰かのと取り違えたとか?」



 そう思って、時間割表に記入された名前を確認するが何度見ても俺の名前に間違いない。



 そもそも、この時間割表は取り違えたにしてもおかしい。


 何故なら、魔法科の必修科目も組み込まれているのだから。



「どうしたの、アルトくん?」

「俺の時間割がおかしい」



 一人でウンウン唸っていた俺を、ルーカスが怪訝そうに見つめる。


 論より証拠とばかりに穴が空くほど見つめていた時間割表を渡すと、彼は自分のものと見比べて俺とは違う意味で唸った。



「魔法科と騎士科両方受講するの? アルトくんすごいね!」

「いや、俺はそんな希望は出してない」



 無垢なる称賛を惜しみなく向けてくるルーカス。


 そんな彼も俺と同じ、魔法科志望だったはずで。


 両方の受講を希望するどころか、両取りできることすら知らなかったと首を振る。



 白陽寮のメンバーのうち、学年が上のディーとバルトロメウスはすでに魔法科を学んでおり、同学年の四人のうち三人が魔法科を希望したことで、レオンのみが騎士科に進むはずだった。



「私の時間割表は、今のところルーカス様と同じですわね」



 イルメラが『今のところ』と限定して言ったのは、空き時間にいくつか希望する科目を選択して盛り込むつもりだからだ。


 魔法科なら魔法科の選択科目から、騎士科なら騎士科の選択科目から選ぶことになる。


 魔法科なら、薬の調合を学ぶ魔法薬学などがそれに該当する。


 もっとも、俺の時間割にはすでに空き時間があまりないが。



「どうしてこうなった……?」

「フッフッフッフッフ……」



 頭を抱えていると、隣の席のレオンがわざとらしい笑い声を立て始めた。



「はっはっはっは! 夢幻の如くなり!」



 レオンに同調したバルトロメウスも、演出魔法による煩わしい後光を背負って意味なく高笑いをし始めた。 



「あれは何ですの?」

「見ない方がいい」



 不審がるイルメラに、ディーが関わるなと忠告している。



「ふふん。実は余が直々に学園に掛け合ってな。今年から両方受講できるようになったのだ」

「まさか……」



 得意げに語られるレオンの話に、俺はある一つの可能性に思い至った。


 可能性と言っても、最悪の可能性だ。



「今年も余と一緒に受講するのだぞ、アルト」

「やっぱりお前のせいか!」



 鼻の孔を膨らませて喜べと言わんばかりのレオン。


 たまらず、叫んだ。



「魔法師の夢も大事だが、アルトは余の側近であろう?」

「いや、そうだけど! それとこれとは話が違う!」

「マヤも賛成しておったぞ?」

「マヤさんもグルなのか!」



 とんでもないことをしでかしてくれたと怒るよりも先に、新たにもたらされた情報に目を剥く。


 恐らくはどこまでいっても、俺にレオンの面倒を見させようという魂胆なのだろう。


 顎に手を当てて高笑いする元近衛騎士団長の声が聞こえてくるようだ。



「今からでも、変更を願い出てくる!」

「待つのだ、アルト。学園長も『前代未聞ではあるが、教育者たるもの、広く学びたいという子どもたちの選択肢を狭めるものではないな。それにシックザール侯爵令息が一緒であれば安心であろう』と、申しておったぞ?」



 時間割表を引っ掴み、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった俺を、レオンが引き止める。


 俺を追撃するようなレオンの言葉、そして変わらずテーブルにつく友人たちの表情を見て、この件に関してもはや俺の味方は誰もいないのだと悟った。


 もっともらしいことを言っていても、学園長の本音は後半でダダ漏れだ。


 この場合、安心するのはレオンではなく、学園長を始めとする職員も皆様ならびに、国の上層部の皆様だろう。



「いったい、何をそんなに嫌がっているのかね? 前代未聞ということは、学園並びに皇国の時代を切り拓いたということだ。大変、栄誉なことじゃないか」

「器用貧乏って言葉を知ってるか? 『二兎を追う者は一兎をも得ず』でもいい」



 炎を纏った剣で袈裟斬りをする騎士の映像を背景に背負い、他人事のように言うバルトロメウスの言葉を否定する。



 この世界を模した乙女ゲーム『運命の二人』には、RPGパートがあった。


 第一部の学園編でキャラクター育成をおこない、第二部ではその育成結果がキャラクターの基礎パラメータに反映された状態で旅立つことになる。


 そこで全パラメータを満遍なく上げてしまったキャラは、第二部の中盤辺りで苦戦を強いられ始め、終盤はまるで役に立たなくなるのだ。



 聞き慣れない言葉に首を傾げる面々をぐるりと一周見回してから口を開いた。



「器用貧乏とは、器用であるがゆえに何でもこなして中途半端になってしまうこと。二兎を追う者は一兎をも得ずは、欲張るとどっちつかずになって何も得られないということだ」

「それは……嫌ですわね……」



 他に言葉が見つからない。


 そんな表情と声色でイルメラが呟くと、皆が口許を真一文字に引き結んで頷いた。


 ーーただ一人を除いて。



「……余は、余はいずれ王となる身。しかし、サムライの夢も捨てきれぬ。無論、ニンジャもだ。ダメなのか? 全部目指してはダメなのか……?」



 茫然とする王子殿下は誰よりもショックを受けていた。


 血の気が引いた表情で、虚空を見つめている。



「うわっ、レオンくん! だ、大丈夫だよ、多分!」

「そ、そうですわ。才能があるなら、そんなのは関係ありませんわ!」

「……サムライとニンジャの才能とは何なのだ?」



 レオンを宥めようとした気遣いのできる二人が、虚ろな目をした殿下の問いに対する答えに窮して無言のままに顔を見合わせ、同時に俺に視線を送る。


 水を向けられても、そんなものは俺だって知らない。



「それこそ、運命の女神に意思を問うべき内容ではないか?」

「まさかの神頼み!?」

「流れ星に願うといいってアルトが言ってた」

「こっちは星!?」



 神頼みの星任せ。


 本人たちは至って真剣だが、投げやりにしか聞こえないバルトロメウスとディーの発言に、レオンが浮上するはずもなく。



「余は……サムライを……、ニンジャを諦めねばならぬのか?」



 レオンの青い瞳の端に、みるみるうちに涙が溜まってゆく。



 これは俺が悪いのだろうか?


 俺が悪いのかもしれない。



「……諦めなくていい。いや、諦めるな。俺も一緒に考え……頑張るから」

「……本当か? 一緒に講義を受けてくれるのか?」

「ああ、約束しよう」



 レオンはまんまと俺の言質を取り、ようやく両の瞳に浮かぶ涙を拭った。


 これが計算尽くでないところが、彼の一番おそろしいところだ。



「……前代未聞がなんだ。俺はやってやる。俺は立派な魔法師になるんだ!」



 結局、予定外にも魔法科と騎士科の両方の科目を履修することになり、天を仰ぐ。


 破れかぶれの決意表明に対する憐れみの視線を肌に感じたけれど、気付かなかったことにした。



「では、選択科目を選ぼうではないか。無論、私のオススメは魔法薬学だが……」

「魔道工学を勉強したいんだけど俺、取れるのかな? 空きコマが……」

「うーんと、リストには載ってないね?」

「それは来年からですわ。始業式で先生が仰っておりましてよ?」

「余は何を取ればいいのだ?」

「僕は今年もリストの上から順番でいいかな」



 意気揚々と己の得意分野の魔法薬学について語り始めたバルトロメウスをスルーしつつ、各々リストと時間割表を見比べながら、和気藹々と履修科目を決めていく。



「闇の日から土の日の午前中までびっしりだ……」



 隙もなければ空きもない時間割表ができて、これからやってくるだろう忙しい日々を思い、再び遠い目をした時のこと。


 それは突然やってきた。




 ドカドカと聞き慣れない急ぎ足の足音が複数、こちらに迫ってくるのが聞こえる。


 それはさながら、穏やかな日常を踏み荒らす者の足音のように俺には思えた。



 明らかにいつもと違う寮内の空気に、誰も何も言えぬまま互いに顔を見合わせていると、足音の正体が姿を現す。


 腰に剣を()き、揃いの服を身に纏った男たち。


 彼らの身につけているのが、皇国騎士団の制服だと俺が気付いたのと同時に、一人が前に進み出て、巻きグセのついた羊皮紙を手に口を開く。



「バルトロメウス・アイゼンフート殿。キーガン・アイゼンフート殺害の重要参考人として、貴公にご同行を願う!」



 その声は振り払おうとしても振り払えない耳鳴りのように、俺の脳内で耳障りな音を響かせていた。




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