表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/127

110話 遠乗り




「アルトお兄様!」

「やあ」

「こらこら、お嬢様。廊下を走ってはなりませんぞ」



 王城の二の郭にあるブロックマイアー家を訪ねた俺は、玄関ホールに入るなり飛び付くような勢いで歓迎されていた。


 俺を案内してくれたブロックマイアー家の家令・セバスチャンさんが、淑女らしからぬ振る舞いをした少女を注意しながらも、微笑ましいものを見るように目を細めている。



「ごめんなさい。でも、アルトお兄様に少しでも早く会いたくて」



 叱られた少女は、悪びれた様子で丸い頬を上気させながらも紫水晶のような瞳を煌めかせて、俺を見上げている。



 俺をお兄様と呼ぶ少女。


 彼女はルーカスの妹・カティアだ。


 赤ん坊の頃からくりくりと大きな瞳をして愛らしかった彼女は、両親と兄の愛情を一身に受け、可憐な美少女へと成長を遂げていた。


 兄のルーカスも薄幸の美少年と呼びたくなる容貌だったけれど、妹のカティアはどこか陽だまりのような暖かさを感じる美少女だ。


 あと十年もすれば、皇国で指折りの美女と呼ばれるようになるに違いない。



 そんな彼女は俺が以前よりブロックマイアー家と懇意にしていることもあってか、俺を実の兄と同じように慕ってくれている。



「……カティア。やっぱりここにいた」

「お兄様?」

「まったく、これじゃあどっちが本当の兄か分からないね」



 奥の方から、どうやら置いていかれたらしいルーカスが遅れて姿を現す。


 俺に抱き着くカティアの姿を見とめた彼は、俺とカティアの顔を見比べながら苦笑している。


 彼の瞳も妹のものと同じ紫色だけれど、今は少し寂しげだ。



「だ、だって、お兄様は先週も先々週もいらっしゃったから。アルトお兄様はたまにしかお会いできないし、ご用が終わればすぐに帰ってしまわれるんでしょう?」



 慌てて実の兄に弁解するカティア。


 それでも彼女は暗に『泊まって帰ればいいのに』という含意をほのめかしている。



「今日は僕と一緒に遠乗りに行く予定だよ」

「まあ、だから今日はお二人とも乗馬服なのですね。私もご一緒出来たらいいのに……」



 二人の兄(・・・・)を見比べて得心がいった様子のカティアは、しかしすぐに眉尻を下げて表情を曇らせた。



「カティアはまだ小さいし、女の子だから乗馬なんて危険なことを無理にしなくてもいいんだよ」

「でも、お兄様たちだけでズルいですわ」



 妹を大事に思うルーカス。大切に思うあまり、少し過保護気味な彼は、自分も連れて行ってほしいと言う妹に首を振る。


 優しい言葉でやんわりと、それでもはっきりとわかるようにダメだと言われたカティアは目に見えて落ち込んだ。



 彼女は兄に似て動物好きだが、両親と兄に加えて使用人たちまでもが彼女に対して過保護なため、噛まれたりしたら大変だと、動物とあまりふれあうことが出来ないでいる。


 また、ルーカスの契約獣であるオスカーは一般的な動物とは違う意味で彼女にとって危険なため、これも意図的に遠ざけられていた。


 オスカーは今のところイルメラに夢中だけど、女好きの奴のことだ。


 カティアを見て興奮し、理性を失くしたオスカーが彼女に襲いかからないとも限らない。


 万が一、奴の毒牙にかかってしまったら大変だ。



「俺がもう少し乗馬が上手くなったら、一緒にフリューゲルに乗せてあげるよ」



 落ち込む妹分が見ていられなくて、そんなことを言いながら自分のそれより少し低い位置にある赤銅色の頭を撫でてやる。



 一人で乗せるのが不安なら、二人で乗ればいい。簡単なことだ。


 今はまだ、無理だけれど。



「本当ですか、アルトお兄様? 約束ですよ?」

「ああ、約束しよう」

「もう、アルトくんはカティアに甘いんだから」



 頭を撫でられて嬉しそうにしながら、ひたと見上げてくるカティアと約束を取り交わすと、ルーカスが揶揄やゆしてくる。



「それはルーカスも同じだろ?」



 俺がやり返すと一瞬の沈黙の後、皆で顔を見合わせ、声を揃えて笑った。




*****




「風が気持ちいいね!」

「少し寒いけどな!」



 転位魔法で北領に移動し、ブロックマイアー公爵に挨拶をしてから、予定通り二人で遠乗りに出掛けていた。


 乗っているのはもちろん、それぞれの契約獣だ。



 魔法を使ってまでわざわざやってきたのは、王都周辺ではペガサスとユニコーンがあまりに目立ち過ぎるからだけど、たまには二頭を慣れ親しんだ土地に連れてきてやりたかったのもある。


 狭い厩に閉じ込められてばかりでは、幻獣だって退屈だろう。


 伸び伸びと走り回る二頭を見て、やはり連れて来て良かったと思った。



 訓練を経て、乗馬が得意と判明したルーカスも、風を切って草原を駆け抜ける感覚を楽しんでいる。


 ルーカスに乗馬の才能があると知った彼の父親は、殊の外これを喜んでいた。


 北方の大領主に必要な素質だと言って、公爵は頬を綻ばせながら感極まったように息子を抱きしめていた。


 北領は優秀な軍馬の産地でもある。



 季節は春先で、まだ花は咲いていないけれどその時を待って蕾を膨らませている草が足元に幾つもある。


 夏のように生い茂っているわけではないが、これはこれで趣深い。



「あそこの木の辺りで休憩にしよう」

「いいね」



 少し先に見えるぽつんと一本だけ生えた背の高い木を指差して提案すると、ルーカスが首肯する。


 手綱を使わずとも意思疎通が可能な二頭にも念話で伝えると賛成の声が帰ってきた。



 ひらりと飛び降りて、馬首を撫でてから鞍や鐙などの馬具を外してやる。



『帰る時には声を掛けるから、ここから見える範囲内なら自由に過ごしていいぞ』



 晴れて自由の身となった二頭は、窮屈だったとばかりにブルブルッと首を振り、一声鳴くと嬉しそうに駆けていった。



「あんなにはしゃいでるオスカー、久々に見たよ」

「フリューゲルも同じだ」



 木の根元に二人して腰掛け、あっという間に豆粒程にしか見えなくなった二頭を目で追って笑い合う。


 二頭に聞かれたらきっと猛抗議されるだろうが、ああいう一面を見ると知性は高くてもやっぱり幻獣とて動物なんだと思う。


 乗馬訓練を始めて二年足らずで、大人の同伴なしの遠乗りを許可されたのは、騎乗するのが契約している幻獣だからこそだが、あんな姿を大人たちに見られたら考えを改めてしまうかもしれない。



「アルトくん、これ」

「ありがとう」



 ルーカスに差し出されたのは、茶色い包み紙に包まれたサンドイッチだ。


 受け取ってひと口かぶりつくと、歯ごたえのあるパンの弾力とシャキシャキの野菜の食感、そして少し酸味のあるソースが引き立てる素材の旨みが口の中に広がる。



「美味しいね」

「そうだな」



 少し食べにくそうにしながら、それでも頑張ってパンの端を齧るルーカスの言葉に頷き返す。



 屋外で食べる食事はこういうのがいい。


 馬を駆って、都会とは違う新鮮な空気を吸って、俺自身がいいリフレッシュとなっていた。



 ルルに試練を課すと言われた俺は、真っ先に自分の家族、そして友人たちの無事を確認して回った。


 魔力消費の激しい転位魔法を使っての行脚は、馬や馬車を使うより圧倒的に早いけれど、苦行には違いない。


 それでもこの目で無事を確認しないと、気が済まなかった。



 前回はレオン、そして前々回はルーカスが狙われた。


 それなら今回はイルメラか、ディーか、バルトロメウスか、それとも俺の家族の誰かか?


 いずれにしても、ルルと彼女が『内なる声』や『神』と呼んでいる存在が俺の大切な人たちを狙っているのはまず間違いない。


 そう思うといてもたってもいられなくて、数日かけて西へ東へと移動した。


 アポなしで突然押し掛けたせいで、西領ではクラウゼヴィッツ公爵に門前払いされそうになりながらも、なんとか面会叶って無事な兄妹の姿を確認し、一度家に戻って一晩寝た後に今度はバルトロメウスを訪ねた。


 三人とも、狐につままれたような顔をして不思議がっていたけれど、急に思い立って旅行しているだけだと適当に言い繕っておいた。


 レオン、そして最後にルーカスのもとを訪れたのが今朝の話だ。


 ルーカスについてはバースデーカードで誘われていた遠乗りを口実に訪ねたものの、会った瞬間にはすでに俺の目的は達成されたと言っていい。



 遠乗りはついでのつもりだったけれど、考え込むばかりよりもこうして体を動かすのも悪くないかもしれない。



「……ありがとう」



 前世で乗馬クラブに入会させ、馬術を仕込んだ女神に少しだけ感謝した。



「……え、なに?」

「何でもない。そろそろ帰ろうか」

「うん、そうだね」



 聞き返してくるルーカスに首を振って、立ち上がる。



「悩み事がある時は、僕に相談してね」



 ペガサスとユニコーン。


 白黒の二頭を呼んで、嫌がるのを宥めながら鞍を付け直している最中に、こちらを見るでもなくぽつりと呟いたひと言に、俺はまだ何の言葉も返せずにいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ