表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/127

103話 亡霊事件の真相

少し長くなりました。




 休暇期間も完全に終わり、授業が開始されたその日。


 前回の敗北をものともせず突撃してきたゲルダ少年を俺は適当にやり過ごそうとしていた。


 彼が挑んでくる勝負の内容は多岐に渡る。


 最初が魔法、次は駆けっこと勝敗が分かり易いものだったはずなのに、回数を経るにつれてだんだんと奇妙なものに成り下がっていった。


 前回のワイルド勝負なんて、勝負にすらなっていない。


 そんな中で挑まれた今回の勝負は、力比べだ。



 授業の冒頭で新しい教材の配布のお手伝いを募る初等文学の先生の呼びかけに真っ先に名乗りを上げたゲルダは、当然の如く俺を巻き込んだ。


 正直なところそんなに気乗りしなかったけれど、『身分の垣根を越えた友情とは、なんで素晴らしいんでしょう!』とか先生や他の子たちに感激された手前、断りにくかったのだから仕方ない。


 手伝う気ゼロで手を振ったり、痛ましいものを見るような視線を送ってくる本当の友人たちに裏切られたような気持ちになりながら手を振り返して、廊下に山と積み上げられた新品の教科書たちに向き合った。


 これも貴族家に生まれた者の勤めと思って諦めるしかない。



「アルフレート・シックザール! オレとお前、どっちが教科書をたくさん運べるか勝負だ!」

「あ~、はいはい」


 毎度お決まりの文句の、お決まりの人差し指を突きつけるポーズで意気揚々と勝負を挑んでくるゲルダに、鷹揚に頷く。


「よっと……」

「お、お前! なんでそんなに軽々と!?」


 力比べなら負けないとでも思っていたのか、十冊ずつの束三つを軽々と持ち上げた俺に、ゲルダは目を剥いた。


「これでも時々、レオンの鍛錬に付き合っているからな」

「お、オレだって毎朝トレーニングしてるのに……ぐぬぬ」


 悔しがっているゲルダ少年は、なんとか俺と同じ量の教科書を抱えはするものの、これで精一杯という様子で細い両腕がプルプルと震えている。


『何でこんなに重いんだ』と言いたげな彼の口からはしかし、うめき声しか出てこなかった。


 魔法使いというと、体力や腕力は常人並かそれ以下のイメージがあるけれど、国内の精鋭に限って言うならばそれは違う。


 あの日、母上による教導(扱き)に倒れる魔法師団の人たちを目の当たりにした俺は悟った。


 魔法使いにも体力は必要だ。


 それでなくとも世話の焼ける幼馴染の暴走を止めるためには、最低限彼と同じペースで動き回れるだけの体力と持久力がなければ困る。



「あ、あの、無理に一度に運ばなくても良いですからね? 本は貴重品ですから、大切に扱って下さい。教科書で遊ばないで。それと、くれぐれも怪我だけはしないでください」


 完全にゲルダの扱いに慣れ切っている俺と違って、先生は不安げだった。


 ある程度魔法技術が化学を補っているとは言っても、この世界の本は現代日本に比べれば、まだまだ高級品だ。


 学園の運営費、それから生徒に配布される学術品の購入資金は国費と、国内の貴族からの寄付金によって賄われているが、無料で配布されるからと言って大事にしなくていい理由にはならない。


 先生からしてみれば大事な教科書で遊んでいるようにしか見えないので、不安もひとしおだろう。


 名前に反して少し気弱なバメイ先生に、俺は心の中で静かに手を合わせた。



「今回も俺の勝ちみたいだな」


 一往復目を終えて、未だのろのろと重い足取りで廊下の途中で足元を見つめているゲルダ少年の背中を追い越そうとする。


 すると彼は何を思ったのか、追い抜き際に弾かれたように顔を上げた。


「フンッ、いくら鍛えたって幽霊には勝てないくせに!」

「いや、君の言ってた星詠塔の幽霊なら、この間追い払ったけど?」

「嘘をつくな! 昨日の夜だって、オレの部屋からでも『タチサレ~、タチサレ~』って声が聞こえてたんだからな!」

「亡霊騒ぎがまだ収まってない、だと……?」


 驚愕とともに、俺とゲルダ少年の双方の腕から教科書の束がバサバサと音を立てて滑り落ちた。




*****


 夜も更けて、辺りがすっかりと暗くなった頃、俺は寮の自室を抜け出していた。


 目的は勿論、亡霊騒動の再調査だ。


 星詠塔に程近い、石英(せきえい)寮に住まうゲルダ少年からもたらされた情報は俺にとって無視のできないものだった。



 前回の調査で、幽霊の正体はバルトロメウスの案山子(かかし)と結論づけた。


 少なくとも、あの場の騒動の元凶は間違いなくあの案山子だった。


 だけどそれがイコール、幽霊の正体ではなく他の要因があるのだとしたら?


 結論を急ぎ過ぎて、何かを見落としてしまっているのではないか?


 そう考え始めて、すぐにある事に思い至った。



 夜泣き(・・・)霊だ。


 七七七七不思議の一つ、『星詠塔の夜泣き霊』と噂されていた。


 だけど、俺たちが調査したのも、案山子に遭遇したのもお昼過ぎから、夕暮れ時の話だ。


 夜に泣くから、夜泣きと呼ばれているのであって、昼間に泣き喚いているのは夜泣きとは言えない。


 とりあえずその場の勢いで夜を待たず、昼間に調査を行なった結果、たまたまそれらしいモノに鉢合わせてしまったがゆえの早合点だったのかもしれない。


 それもこれも、ゲルダの話が本当という前提の話だけれど、嘘をつくのは彼の信じる騎士道に反する行為だ。



 夜にもう一度調査しよう。


 そう決意した俺は、一人でこっそりと調査するべく、誰にもこのことを告げなかった。


 幸いなことに廊下でのゲルダとの会話は、レオンたちには聞こえなかったようで、何があったのか聞かれても口を割らなかった。


 トラブルメーカー同伴の調査はもう懲り懲りだ。



 こうして、レオンたちが各々の自室に引き上げ、寝静まった頃合を見計らって、俺は寝台から抜け出したわけだが、夜中に学園をコソコソと歩き回るというシチュエーションに妙に興奮を覚えていた。


 見慣れているはずの景色も、昼間と夜では違って見える。


 屋敷にいた頃も、昼寝を脱走しては書庫に忍び込んで本を読み漁っていたけれど、やっぱりスニーキングミッションこそ漢のロマンだ。


 あの時は最初から母上に知られていたことが後々判明したけれど、今は漏れ出した魔力で居場所を気取られないようにする術もきっちり覚えたので、同じ轍は踏まずに済むはずだ。



 時折やってくる見回りと、俺と同じく真夜中の学園散策を楽しむ女子生徒の集団をやり過ごす。


 おまじないがどうとかヒソヒソと囁き合っている声が聞こえたけれど、ここで声を掛けるのは野暮だろう。



 案山子と遭遇した辺りまで来ると、誰かの視線を感じて一旦足を止めた。


 キョロキョロと辺りを見回して、ある一点を見定めて動きを止める。



「あれは……?」


 小さく呟いた声が夜の静寂に包まれて姿を消す。


 星明かりに照らされた天文台の屋上に、前回と同じようにちょうど人の形をした影が見えた。


 まさかまた案山子、じゃあないよな?


 あの案山子は今は動力源の魔石を抜かれ、白陽寮のバルトロメウスの部屋で横たわっているはずだ。



 ごくり、と唾を呑み、意を決して再び足を踏み出す。


 星詠塔の螺旋状になった石の階段を、逸る気持ちを抑えるように一段ずつゆっくり上った。



「やはり、君は来たね」


 屋上に足を踏み入れると同時に、彼は話し掛けてきた。


 きちんと声に出しているのに、念話の時みたいに脳内に直接語りかけられているように感じる、不思議な声だ。



 裾や袖、襟などに細かい模様の入ったローブを着たその人は、目深に被ったフードから緩やかに弧を描いた口元を覗かせている。



「私の名はヨシカ。ここで占い学を教えているよ。そういう君は、シックザール家のアルフレートくんだったかな?」

「はい」

「ごらん、今夜も空が美しい」


 深夜に出会ったいかにも怪しい人物が学園の先生と判ってほっと胸を撫で下す俺の心境を知ってか知らずか、ヨシカ先生は子どもがこんな時間に一人で出歩いていることを咎めるでもなく、むしろ歓迎するように夜空を示して見せる。


 促されるがままに見上げると、視界いっぱいに広がる星空に思わずほうっと感嘆の息を洩らした。


 星座なんて判らなくても、星が綺麗なことには変わりない。



「先生は俺がここに来ることをご存知だったんですか?」

「そう、占いで……と言いたいところだけれど、ここで昼寝をしていた時にたまたま君たちが案山子くんを回収していくのを見かけただけだよ」


 空を見上げたまま、先生に最初に言われた言葉の意味が気になって訊ねると、隣から含み笑いの声が聞こえてきた。


 あの日も先生はここにいたのかと軽く驚きながらも、たしかにここは日当たりが良さそうだから昼寝にはうってつけかもしれないと頭の片隅で考える。


 それからしばらく、互いに無言で星を眺めていたけれど、ふと思い出したように先生は語り始めた。


「最近、ここにやってくる女生徒が多くてね。恋の行方を占ってほしいとかなんとか。私はどうも占ってほしいと頼まれると、占いたくなくなってしまう性質(たち)なんだ」

「もしかして、それで先生があの噂を?」

「そう、私が『星詠塔の夜泣き霊』の噂を流した張本人だよ。君は頭がいいね」


 俺の方から訊ねたわけでもないのに、俺が聞きたかったことを語って聞かせてくれるヨシカ先生は、フードの下で何を考えているのだろうか?


 身に纏う空気でさえも、ミステリアスでありながら親しみ易いようでもあって、話上手でもないけれど、穏やかな声で紡がれるその話はずっと聞いていたいと思わせる何かがある。


 占い師なのに、占ってほしいと言う人間を突っぱねるだなんて、絶対に変わり者だけれどそれすらもなんだか微笑ましい。


「恋が実るまじないとやらをしに、深夜にここへ来ようとする生徒を追い返すのにあの案山子くんも一役買ってくれて、有難かったんだけどね。彼がいなくなってから、また自分で追い返さなければいけなくなってしまったよ」


 彼と呼ぶあたり、先生はあの案山子に愛着が湧いていたのだろう。声に少しだけ寂しそうな色が混じっている。


 ただ暴走していただけと思っていたけれど、あれはあれで一応役に立っていたみたいだ。


「本当は君のことも追い払うべきなんだけどね。君は私が追い返そうとしたところでここへやってくるだろうから、無駄な努力はやめてこうして待っていたんだ」

「それも占いですか?」

「さあ、どうだろうね?」


 向き合わないまま交わした会話は、ヨシカ先生が(うそぶ)いてみせたところで、ぷつりと一度途切れた。


 それを合図に、互いに向き直る。



「そうだ。せっかくだから今日という出会いの記念に、一つ占ってあげよう。何がいい? 恋愛かい?」

「いえ、俺は占いは信じないタイプなので」

「そう言わずに。ああ、君の年齢なら恋愛はまだ早かったかな? それなら、別のものを占ってあげることにしよう」



 俺を押し切って占いの押し売りをした先生は、頭を覆っていたフード脱ぐ。


 はらりと黒い髪が零れ落ちて、露わになった瞳は夜空と同じ色をしていた。


 俺の側頭部を両側から挟むように手を添えた先生は、グッと背を屈めて俺の顔を覗き込む。


 間近に見た先生の瞳には、星屑のような金色の光がいくつも瞬いている。



「……蝋燭の灯、彫刻、女神像。ここは教会かな?」


 何かを読み解いているような声音で、先生はいくつかの単語を並べていく。


 まあ、所詮はただの占いだから、そんなに強固に拒むほどのことでもないかと思い直し、大人しく占いの結果を待つことにした。


「美しい歌声の聖歌の調べが聞こえる。君は教会と縁が深いようだね」

「ははは……」


 縁が深いどころか、女神は前世の母だとはさすがに言えなくて、曖昧に笑って誤魔化す。


 しかし、笑っていられるのはここまでだった。


「それから、大量の花だ。それと、誰かがすすり泣く声が聞こえる。泣いているのは君の友達? 祭壇に飾られた棺も見える。棺の中にいるのは……」

「やめてください!」


 鋭い声を上げて、先生の手を振り払った。そして続けざまに距離を取るように一歩後ずさる。


 うるさいくらいに心臓が早鐘を打っていた。



「続きを聞くのが怖くなったのかい?」

「いいえ」


 意味を考えるよりも先に、否定の言葉を口走っていた。


 そう、ただ衝動的に振り払ってしまっただけ。ただそれだけのことだ。


 (かぶり)を振りながら、自分に言い聞かせる。



「帰るのなら、君の寮まで送ろう」

「いいえ、一人で帰れます」


 親切心、もしくは大人としての義務感から申し出てくれた先生の気遣いにも首を振る。


 ゆったりと心地よい時間の流れだったはずなのに、気付かないうちに壊れて不快なものに変わってしまった。そんな気分だ。


「ならば私に出来るのは、神に君の幸福を祈ることだけだ。だが、これだけは覚えておいてほしい。未来とは人のおこない、人と人との交わり、その心の在り方によって変わりゆくものだ。他ならぬ、君が変えたいと望むなら」

「……ありがとうございます。おやすみない」


 去ろうとする背中を呼び止める占い師の声にもう一度立ち止まった俺は、静かにお礼と辞去の挨拶を述べる。


 そのまま、先生を振り返ることなく来た道を戻った。


 道中、どこかで星が流れたような気がしたけれどその日、俺が願いをかけることはなかった。




バメイ:クマのように勇敢な

ヨシカ:未知の


次回より新章突入。

少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・評価・感想等いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ