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102話 声の正体




「イルメラ、どうしたのだ?」

「何でもありませんわ」

「何でもないという態度ではないように見受けられるが?」

「何でもないと言ったら、何でもないわ。しつこい殿方は女性に嫌われましてよ?」



 ディーとともに集合場所に現れたイルメラは、誰にでもすぐにわかってしまうくらい、不機嫌になっていた。


 レオンとバルトロメウスが代わる代わる声を掛けるも、彼女は(かぶり)を振るばかりだ。


 何でもないと言っているわりには彼女の声色は刺々しく、その後に付け加えられたひと言にも険がある。


 これは何かあったに違いない。



「ディー、遅くなったみたいだけど何があったんだ?」

「女の子に囲まれた」

「なるほど、そういうことか……」



 イルメラ本人から聞き出すことを早々に諦めてディーに話を振ると、あっさり原因が判明した。


 乙女ゲーム『運命の二人』に登場するディートリヒ・クラウゼヴィッツは、ハーレム体質だった。


 本編中の彼は退廃的で物憂げな表情を浮かべ、視線ひとつで幾人もの令嬢を虜にしていた。


 彼の在るところに、令嬢の姿ありと言われていたくらいだ。


 そして、目の前のディーもその片鱗を見せつつある。


 寡黙で年齢に似合わずアンニュイな雰囲気を身に纏う彼は、生まれ持った美貌としどけなさを武器に、老若男女の心を奪い続けている。


 学園に入学したことで、未婚の女性たちと接する機会が増え、彼を囲む令嬢たちも増える一方だ。



 それでも学園の生徒の大部分が貴族家出身か、それに準ずる身分の子たちなお陰で、常日頃は遠巻きにしつつ噂話に花を咲かせている者たちが殆どなのに、今日に限って囲まれてしまうとは運が悪い。


 会えない時間が愛を育んで、休暇中に想いを拗らせた子が続出したのだろうか?



「もしかして、さっきまで聞こえてた女の子の叫び声って……?」

「ディーを囲む女子の感極まった声、だな」

「なんだ、お化けじゃなかったんだ……」



 迫りくる叫び声に身を強張らせて全身で警戒していたルーカスががっくりと、それでも幾分かほっとしたように脱力した。


 よほど怖かったのだろう。


 ホラー映画を見た直後なんかは、ちょっとした物音にも過敏に反応してしまいがちだけど、ルーカスの反応もそれに近い。



「二人だけで納得するでない。そういうこととは、どういうことなのだ? 仲間ハズレは嫌なのだ」



 ここで訳知り顔で頷き合う俺とルーカスの間に割って入ったのはレオンだ。


 自分が事情を飲み込めていないのが面白くないようで、不貞腐れたような顔をして説明しろと迫ってくる。


 常なら叫んでいるであろうこの状況で、それでも声のトーンを落として不満を漏らしているのは、さっきの『ハンゾー』の話が効いているに違いない。



 しかし、どう説明したものか?


 この場において状況が理解出来ている者とそうでない者はすなわち、察しが良い者とそうでない者だ。


 下手に刺激して、イルメラの機嫌をこれ以上損ねてしまわないように話をぼかして説明したところで、レオンが理解出来るとも思えない。



 考えあぐねている俺に、レオンは無言ながらも早く早くと肩を揺さぶってくる。


 こうなると、まとまるものもまとまらない。




「ディーくんが他の子たちに取られちゃったから、イルメラちゃんは寂しくなっちゃったみたい」

「わっ、私は寂しくなど……! ただ、お兄様に群がるご令嬢方の言動が……そう! 品位に欠けていたから、注意して差し上げただけですわ!」



 あ、それ禁句と思った時には遅かった。


 ルーカスの言葉に顔を紅潮させたイルメラが猛然と反論する。



「それで、本当はどっちなのだね? アルト?」

「いや、なんでここで俺に振るかな?」



 俺にとって都合が悪いようにお鉢を回してきたバルトロメウスに恨めし気な視線を送る。


 ルーカスの言葉を否定したところで、説明に次ぐ説明になって自分の首を絞めてしまう可能性は否めないし、イルメラの説を否定すれば彼女に嫌われてしまう恐れがある。


 どっちが正しいかだなんて、俺に選べるわけがない。



「こら、イルメラ」

「ぁたっ……」



 究極の二択を前に、文字通り頭を抱えていた俺を助けてくれたのは、意外にもディートリヒだった。


 おもむろに妹の方に手を伸ばした彼は、そのままイルメラの丸い額の中心を指先でピンと軽く弾いたのだ。


 所謂、デコピンだ。



 やられた妹の方はというと、小さく声を上げて両手で額を押さえ、信じられないものを見るように兄を見つめている。



「お友達を困らせては駄目だろう?」

「お、お兄様?」

「それが好きな子なら尚更ね」

「お兄様、いったいなにを……」

「わかったなら、返事」

「は、はい、お兄様」



 妹の言動を窘める兄と、それに従う妹の図。


 微笑ましいけれど、殊にクラウゼヴィッツ兄妹にとっては非常に珍しい光景だ。


 ディートリヒがちゃんと兄をしている。


 普段あまり喋らない彼の発する言葉の効力は絶大で、妹と揃いの赤い瞳は穏やかな光を携えているのに、有無を言わせない雰囲気がある。


 何事にも関心のなさそうな彼のこの言動はかなりレアで、誰よりもそれが解っているイルメラは、言われるがままだ。



「それと、皆にごめんなさいは?」

「ごめんなさい……」



 促されるがままに謝罪を述べながらも、イルメラはなんだか嬉しそうに乱れた前髪を直すフリをしながら、自分の額を撫でている。


 つい先刻まで、へそを曲げていたのが嘘みたいだ。


 兄は妹がしっかり謝ったのを見て、満足げにしている。



「こういうところが、ディーって狡いよなぁ……」



 助け舟に感謝していないわけじゃない。


 それでも思わずボソッと本音を零しながら、イルメラが喜んでいるならまあいいかと思い直すことにした。




「むむむ? 何やら解決したようだな? しかし、結局どっちなのだ……?」

「まっこと、兄妹の仲良きこと、美しきかな」

「良かったね、イルメラちゃん」



 ジジ臭い口調の二人に続いたルーカスが、バルトロメウスの背後で花や葉っぱが閃くうるさい演出も気にせず、眩しそうに目を細めながら満面の笑みを浮かべていた。




 ――ほぅ……。



 眉根を寄せて難しそうな顔をしていることの多いイルメラが、頬を弛めて感動に浸っている姿は、俺にとっても喜ばしい。



 ――ケラケラケラケラ……。



 ツンツンしているのも可愛いけど、やっぱり笑顔の方が安心するよな。


 バルトロメウスが効果音をつけているみたいだけど、イルメラの今の笑顔はケタケタだとかケラケラというやかましい感じではなく、もっと控えめだ。


 例えば、えへへとかニコッとかそんな……。



 ――うぉおおおん!



「……バルトロメウス? さっきからうるさいぞ?」



 時折混じる、思考を邪魔する音の煩わしさに俺は思わずバルトロメウスを振り返った。


 隣のルーカスがしきりに俺の言葉に頷いている。



「なんの事かね?」

「いや、何ってこの音だよ。いくら目立ちたいからって、せっかくのいいムードに変な効果音を被せたら台無しじゃないか」



 合流する前も好き勝手にやって皆を怖がらせていたというのに、まだ続けるだなんて悪趣味が過ぎる。


 百歩譲って効果音を付けるのはいいとして、場面に似つかわしい音をつけるべきだと告げると、バルトロメウスは思い切り怪訝そうな顔つきをした。



「私は効果音など、鳴らしていない(・・・・・・・)が?」

「えっ……?」



 全身の血の気が引くとは、このことを言うのだろうか?


 ゾワッと、身の毛のよだつような感覚が足先から背筋を通って頭のてっぺんまで伝搬する。



 バルトロメウスがやったのではないとしたら、このおかしな声はいったい……?



 すぐ近くで、ヒュッと短く息を呑む音がする。


 瞬間、誰もが言葉を失って、辺りが不自然な程に静まり返ったその時。



 ――タチサレ〜! ココカラ、タチサレ〜!



 知らない誰かのおどろおどろしい声が、その場に鮮烈に響き渡った。



「お、おおお、お化けがっ……! で、出たのだ!」

「わ、私は……、何も聞いておりませんわ!」

「ひっ……!」

「そ、そんなま、ままま、まさか!」



 慌てふためいて互いが互いの背に隠れようとしたものの上手くいかず、その場で三回回って結局俺を盾にすることにしたレオンとイルメラ。


 俺の腕に掴まりながらも、身を固くしてギュッと目を瞑るルーカス。


 動揺しつつも右へ左へと視線を忙しなく動かして、音の正体を探すバルトロメウス。


 一方、俺は三人にくっつかれているせいで身動きが取れない。



「皆、落ち着くんだ!」



 せめてとばかりに声を張り上げると、ディーの背中が目に入った。


 背を向けているから、表情は見えない。


 けれど、皆が謎の声に対する恐怖に震え上がる中で、彼だけは様子が違った。




「あそこ」



 いつもよりほんの少しだけ好奇心を秘めた声色で彼がスッと指差した先、星詠塔の屋上によく見えると何か人影のようなものが見える。



「……誰か、いる?」



 でも、いったい誰が?


 あそこは転落事故防止のために基本的には立ち入り禁止のはずなのに。


 確かに何かいるように見えるのに、俺の思考がその事実を拒否しようとしている。


 だからだろうか。



「あっ……」

「落ちた!?」



 人影に見えたそれはふらりと宙に躍り出て、そのまま重力に身を任せ、落下運動を始めた。



 幽霊なら実体はないのだから、助けなくてもいい。


 でも、もしあれが人だったら?



「ディー!」

「わかってる」



 名前を呼ぶと、彼はこちらを振り返ることなく頷いた。



「風よ……」



 穏やかな声音で魔法の詠唱を始めたディーの周りに風が巻き起こる。


 最初はそよ風のように小さく彼の巻き毛を揺らす程度だったそれは、すぐに上空まで吹き上げる大きな風となる。



「初嵐」



 ゴウゴウとうるさく吹き荒れる風。


 しかし、それは決して制御を失うことなく、主の静かなる意思に従って、星詠塔からの転落者を受け止めた。




*****



「というわけで、一件落着なのだ」

「は、はあ?」



 調査から戻ってきて。


 他寮の学生でも出入り可能な寮のロビースペースで、数人の上級生を前にレオンはふんぞり返っていた。


 そんなレオンの手には、薄気味悪い笑顔を浮かべた案山子が握られている。



 星詠塔から落下してきた人のようなもの、そして俺たちが聞いた謎の声の正体は、この案山子だったのだ。



 ディーが魔法を使って受け止めた案山子を見るなり、『おお、こんなところに私の試作品がいたのだな』と言ってバルトロメウスが駆け寄る様を見て、全員がどっと疲れた表情をしたのは無理もない。


 東領の特産・高級茶葉の畑に時々忍び込む泥棒や、害獣を追い払うためにと開発の始まった自立歩行し、侵入者に対して警告を発する案山子。


 その試作品・第参号が、いつの間にか開発者(バルトロメウス)の管理下から抜け出して学園内を自由に徘徊し、星詠塔の番人になっていた。


 これが今回の事件の真相だ。



 説明されても理解が追いつかないのか、上級生たちは時折顔を見合わせては首を傾げている。



「バルトロメウスにはよくよく言い聞かせておく故、安心するがよい」



 レオンが偉そうにしているが、彼は今回とくに活躍していない。道中、忍者ごっこを楽しんだだけだ。


 お手柄と言えば、試作品を壊すことなく魔法の風で受け止めたディーだろう。



 本来であれば騒動を起こした本人の口から説明させるべきだが、彼はただいま絶賛、『ひよこ豆を数えるの刑』の執行中だ。


 調査の道中に騒動を起こし、そして試作品の管理を怠ったのがその罪状だ。


 他にも、今回特に怖がっていたイルメラとルーカスによる小言を、豆を数えながら聞かされている。


 それも彼にとってどこまで効力があるのか、よくわからないけれど、一応のけじめをつけることとなった。



「まあ、殿下がそう仰るのなら?」

「ありがとうございます」



 王子直々の説明に否を唱えるわけにもいかず、御礼を述べてすごすごと帰っていく上級生たちの背中を見送る。



 こうして、万事解決となったかに見えた、『星詠塔の夜泣き霊』事件。


 しかし、騒動の幕は未だ閉じてはいなかった。



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