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101話 ニンジャごっこ




 紆余曲折あって、七七七七不思議の調査をすることになった俺たちは、思い立ったが吉日とばかりにすぐに星詠塔に向かっていた。



「サササッ……。ササササササッ」

「こらこら。口に出して言ったら、せっかく人目につかないように行動しているのが意味ないだろう?」


 時折立ち止まって周囲を警戒し、足音を立てずに移動しているのに口から謎の効果音を発している相棒・レオンの姿に苦笑した。


 全員で一度に移動してはどうあっても目立つからと、不自然でないように二人一組で行動し、現地付近で合流する約束をして各ペアごとに方々に散ったところまでは良かった。


 問題はその後だ。



 レオンと二人になって、俺は開口一番に騒がず大人しく歩くように伝えた。


 それもただ普通に静かにしろと言ったところで聞き入れてくれるか危ぶんだ俺は、ある奥の手を使うことにしたのだ。



「レオン、忍者って知ってるか?」

「なんだ、それは? 美味しいのか?」

「いや、食べ物じゃない。忍者とは、東方のとある島国にかつて存在していたという、伝説の仕事人たちの総称だ」

「伝説の仕事人とな? どのような役職なのだ?」



 想定通りに俺の話に食い付き、両の瞳に好奇心の色を滲ませるレオン。


 レオンは美味しい食べ物と、英雄譚には目が無い。



「実のところ、彼らの仕事内容については正確には伝わっていない。だが、一説によると彼らは手裏剣や苦無といった暗器の扱いに長け、薬物にも精通し、俊敏性にも優れ、諜報員としても活躍した他、戦闘だけでなくその智謀でも敵軍を翻弄・攪乱し、到底困難だと思われるようなあらゆる任務を遂行していたらしい」

「ほほう! そのような優れた人材たちならば、ニンジャとやらは後世にも勇名を轟かせておるのだろうな」

「いや、ごく一部の例外を除いて彼らの正体は(おろ)か、その名さえも知られていない」

「何故だ!? サムライ同様、その活躍は後世に語り継がれるべきではないか!」



 サムライになるのはレオンにとって、王位につくのと同等かそれ以上に重要な目標だ。


 そんなサムライと同列扱いするのだから、相当ニンジャがお気に召したと見える。



「彼ら自身が目立つことを望まなかったんだ。彼らは決して歴史の表舞台に立つことはせず、生涯唯一人と決めた己が主を陰ながら支えることに心血を注いでいた」



 乞われるがままに語って聞かせてやると、レオンは言葉を失って暫しの間、あんぐりと口を開けたまま固まっていた。


 あの、お喋りなレオンが、だ。



「しかし、余には王とサムライになるという使命があるゆえ……」

「ああ、でも一人だけ、ニンジャでありながらサムライとしても名を馳せた人物がいたな」

「なんと! それを早く言うのだ!」



 サムライとニンジャの間で揺れる王子に助け舟を出してやると、彼はすぐさま飛びついた。


 表で華々しく活躍するサムライと、闇に紛れて暗躍するニンジャという一見して両立出来なさそうな夢だが、どちらか一方を諦めなくてもいいと知った王子の表情は実に晴れやかだ。


 将来の夢が三つもあるとは欲張りさんめ。


 いや、それも俺のせいなんだけど。



「して、その者の名はなんと申すのだ?」

「……服部半蔵。人呼んで、鬼の半蔵だ」

「ハンゾーだな! しかと覚えたぞ!」



 レオンの心にまたひとつ、ヒーローの名が刻まれた。



「それで、ニンジャになるには余はどうしたら良いのだ? やはりサムライ同様、修行と鍛錬が必要なのか?」

「そうだな。差し当たってはまず、忍耐力を鍛えるべきかな?ニンジャは別名・忍びとも呼ばれるように人目を忍び、また堪え難きを堪え忍ぶものとされている。誰にも気付かれないように星詠塔まで移動するんだ」

「なるほど。前にやった、かくれんぼのようなものだな」



 ようやく。本当にようやく、長い下準備を終えて本題に移ったところで、ここぞとばかりに目立つなと伝えると、レオンは少々独特な解釈をしながら大きく頷いた。


 こうして、レオンの一人かくれんぼもとい、ニンジャごっこが始まった。



「サササッ……。ササササササッ」

「レオン……。見つからないようにするのに身を屈めるのはいいとして、足音の代わりに自分で効果音をくっつけてたら、まるで間抜けなこそ泥みたいじゃないか」

「こうした方がニンジャっぽいと思ったのだが、違うのか?」



 楽しい遊びを中断されたと言わんばかりで不服げにレオンは片眉を顰める。


 いや、眉どころか口元まで歪んでいる。



「とりあえず口を閉じて、喋らなければいいんじゃないか?」

「しかし、それでは息が出来ぬぞ?」

「いやいや、呼吸はしていいから」

「口を閉じたままでどうやって呼吸するのだ?」

「いや、鼻を使って、鼻を。さっきまで鼻呼吸してたじゃないか」

「改めてどうやるのか考えたら、よくわからなくなってしまったのだ」



 レオンにとって、喋ることとは呼吸をすることと同じらしい。


 騒がしい呼吸法だ。



「そもそも、そんなにコソコソしてたら逆に不自然じゃないか?」



 まだ休暇が明けおらず、講義が始まっていないこともあって人の往来はまばらだけれど、まったく人気がないわけでもない。


 そこへ来て、いかにも人目を憚っているとわかる動きをしては、何か後ろ暗いことがあると触れて回っているようなものだろう。


 実際に、あからさまに注目している人物こそいないものの、レオンの今度の奇行は何事かと、道行く人たちがたまに視線を送って来ている。


 これが夜ならば、もしくはもともと人の往来の少ない星詠塔近くなら話は違うけれど、あいにくと今はそのどちらでもない。



「では、どうやって目立たぬようにするのだ? これでは修行にならぬぞ」

「ひとくちに隠れると言っても、色んなやり方があるんだ。たとえば、人に紛れるとか。人がたくさんいる場所に人が一人増えたところで、気付きにくいだろう?」

「なるほど。さすがアルトだな!」



 木を隠すなら、森に。人を隠すなら、人混みに。


 周囲の環境に溶け込めと言うと、レオンはようやく合点がいったようにポンと手を打った。




****



「六○二秒遅かったな」

「やっと来てくれた……」



 合流地点に到着すると、そこには先客がいた。


 したり顔のバルトロメウスと、明らかな疲れが見て取れる表情のルーカスだ。


 

 目尻に涙を浮かべたルーカスは、こちらの姿を認めるなり駆け寄って俺の肘辺りに掴まった。



「どうしたんだ、ルーカス? もう大丈夫だから、落ち着いて」



 くっつかれているのと反対の手を伸ばして、白銀の頭を撫でてやりつつ、訊ねる。


 理由は十中八九、アレだと検討はつくけれど、憶測だけで物事を判断するのはよくない。


 俺の腕に縋り付いて震えるルーカスをなだめながら、慎重に言葉を待った。



「こっそり向かわなきゃダメなのに、何度もお願いしたのに、バルトロメウスくんが魔法で幽霊を出すのをやめてくれなくて……」

「やっぱり、バルトロメウスか……」



 予想通り過ぎる展開に呆れながら、ルーカスを泣かせた犯人をじろりと睨む。



「すまなかったな、ルーカス。怖がる皆の様子を見ていたら、愉しくなってしまってな。ついつい、やり過ぎてしまったようだ。七八二……」

「みんな、『幽霊だ!』って怖がって、逃げちゃった。僕も逃げたかったけど、一人になるのも嫌だから……。バルトロメウスくんを引っ張って急いでここに来て、アルトくんたちを待ってたんだ」

「ルーカス、よく頑張ったな」



 ルーカスが弾かれたように駆け寄って縋り付いて来たのは、バルトロメウスのお守りが大変だっただけではなく、幽霊に対する恐怖や、頼れる人物がいないことへの心細さなど、色んな感情が綯い交ぜになった結果らしかった。



「それは余も見てみたかったのだ……。しかし、バルトロメウス。ルーカスを困らせたのは感心せぬぞ?」

「だが、私の魔法のお陰で、コソコソせずとも、誰にも見られずにここに来ることが出来たのだが。しかも一番乗りだ」

「誇らしげに語るんじゃない。魔法で脅かして騒動を起こした挙句、全員蹴散らしてどうするんだ、この問題児め」



 普段は一緒になって騒いで回っているレオンが珍しくバルトロメウスを窘めているものの、二人とも似たもの同士であるという事実は変わらない。


 行く先々で騒ぎを起こす連中だ。


 明日あたりに、七七七七不思議が七七七八不思議になっていても俺は驚かないぞ。



「それにしても、ディーとイルメラちゃんはどうしたんだ?」

「わかんない。僕も二人の方が早く来てるはずって思ってたのに誰もいなくて。時々、遠くの方から女の子の叫び声が聞こえるし、すっごく怖かったんだよ?」

「俺がバルトロメウスの方と組めば良かったかな? ルーカスには悪いことをした」



 移動の際のペアを決めたのは俺だ。


 イルメラがディーにくっついて離れなかったためそこは兄妹でペアとし、残る4人のうち二人の問題児たちを俺とルーカスで分担した形だ。


 従って、騒動を起こす心配のない兄妹ペアが一番に到着すると踏んでいたのに、一番どころか未だに姿を現さないのはどういうわけか?



「早く星詠塔に行きたいのだ」

「八五二、八五三……」



 俺は首を傾げ、ルーカスは涙を拭い、レオンはその場で足踏みし、バルトロメウスが数字をカウントしながらその場で兄妹の到着を待った。


 ルーカスの言う通り、時折女の子の叫び声のような音がどこからともなく聞こえてくる。



「なあ、なんだか叫び声が近くなってないか?」

「ひっ……」

「オバケに違いないのだ」

「九八九、九九○……」



 次第に大きく、鮮明に聞こえ始めた女性の悲鳴のような声に、思い思いのやり方で身構える。



 そして、バルトロメウスのカウントが千を迎えたちょうどその時だった。



「あ、イルメラちゃんだ」

「フンッ」


 曲がり角から姿を現した兄妹の姿を見つけて、安堵しかけた俺だったが、何故かツンとすましてご機嫌ナナメな様子のイルメラに、さらに首を首を傾げることとなった。




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