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99話 幽霊騒動




 ルーカスの失踪事件から約三月後。


 初めての夏季休暇で各々実家の快適さを堪能し、静養を終えて戻ると、白陽寮の前で俺を待ち構えていたのはゲルダ少年だった。


 てっきり寮生の誰かとばかり思っていたところに思わぬ人物の姿を認めて、俺は目を丸くした。



「遅いじゃないか!」

「遅いって、まだ休暇は三日残ってるんだけど?」



 開口一番に文句を言われた俺は、鞄を手に下げたまま首を傾げる。


 休暇中に帰省するか、そのまま学園で過ごすかは基本的に自由で、休暇初日から最終日までの約二カ月を学園外で過ごす者もいれば、途中で学園外での休養を切り上げて残りの期間を学園で過ごす者もいる。


 ここら辺は各家庭や個人の都合もあるのだろう。


 実家が遠方であれば行き帰りにも時間がかかるし、移動にかかる費用だってバカにならない。


 皆が俺みたいに魔法で一瞬というわけにはいかないのだ。


 そんな中で俺は休暇初日から帰省し、始業の三日前に学園に戻るという、比較的多数派に属していると思う。


 それなのに遅いとは何事なのか?



 休暇前の記憶を掘り起こしても、特に何かを彼と約束した覚えはない。


 そもそも彼は突然やってきては場を掻き乱し、嵐のように去っていく人物だ。



「うっ、うるさい! お、オレなんて一週間も前から、毎日ここでお前待ってたんだからな!」

「えっ、なんで?」

「休暇中にパワーアップしたから、前のオレとは違うってことをお前に見せつけてやろうと思って。なのに、なんでお前はいないんだよぉ……!」

「いや、そりゃあ休暇中だからね……」



 よくよく話を聞くと、どうやら自分が帰ってきたタイミングで俺も学園に戻っていると思い込んでいたらしい。


 相も変わらずなにかにつけて俺に挑んでくるゲルダ少年は、学園に戻って早々に勝負を仕掛けてこようとしていたみたいだ。


 目の前の彼は泣き言交じりに憤慨している。



「朝から、夕方まで。毎日、毎日……」

「うん、なんかごめん……?」



 約束などしていないのだから、俺は悪くない。


 だけど、来る日も来る日も俺を待ち続けたと聞いて何だかいたたまれない気持ちになり、何となく謝罪の言葉を口にしていた。


 だからと言って、彼が失った時間は取り戻せないし、何かが解決するわけではないのだけれど。



「お、オレと勝負するなら、許してやらなくもないっ!」

「……やっぱり、そうなるのか」



 子どもとて下手に出れば図に乗る。


 いや、むしろ子どもだから余計に調子づくのだろうか?


 強気に出るゲルダ少年に、俺はひっそりと眉根を寄せた。


 正直、荷解きもまだなこの状況でいざこざに巻き込まれたくはない。


 けれど、勝負を断ればきっと彼は納得してはくれないだろう。



「するのか? しないのか?」

「わかった、わかった……すればいいんだろう」



 涙の滲んだ、けれど期待に満ちた幼気な少年の眼差しに、俺は陥落せざるを得なかった。


 俺だって、まだ幼気な少年なのに。



「それで、今日は何だ?」

「良くぞ聞いてくれたなっ! オレは休暇中、ワイルドな男になったんだ!」

「わいるど……?」



 こうなったら、さっさと終わらせよう。


 そう心に決めた俺だが、涙を拭いて得意げに語るゲルダの言葉に再度首を傾げることとなった。


 ワイルドといえば野性的だとか、荒々しい様を形容する言葉だったはずだ。


 だけどさっきまでの泣きそうな顔はワイルドとは程遠いし、彼の服装にも目立った変化は見られない。


 授業はまだ始まっていないので、彼は制服ではなく飾り気のない生成りな色合いの上下を身につけている。


 地味な服装だが、独断裕福というわけでもない一般家庭の子が身に着けるものといえばこんなものだろう。


 変わったといえば、顔から首元、両手両足に至るまで、肌がこんがりと日焼けしていることくらいだろうか?


 外遊びを存分に楽しんだのだろうが、ワイルドとはこの日焼けのことを言っているのだろうか? 


 どうも、話の終着点が見えない。



「知らないのか? 男はちょっとくらい悪い奴の方がモテるってオレの母ちゃんが言ってたんだぞ」

「いや、知らないけど。お前のお母さん、子どもに何を教えてるんだよ!?」

「父ちゃんも村一番の悪で、カッコよかったって」

「それ、ちょっとって言えるのか?」



 ツッコミどころの多い話に、軽く目眩を覚える。


 自分の趣味全開な教えを我が子に授けるという点において、ゲルダの母親は某女神様を彷彿とさせる。


 だからなのか、妙に親近感を抱いてしまうけれど、子どもの教育にはあまりよろしくないだろう。



「だから、オレも父ちゃんみたいにカッコイイ男になるために頑張ったんだ」

「そ、そうなのか……」



 頑張ってまで目指すべきことなのか甚だ疑問だけど、かつでの自分もこの年頃なら母親の言うことは疑いもしなかったなと遠い目をしてしまう。


 子どもが自分で考えて働く悪事など、きっと可愛い悪戯のようなものだろうが、将来が心配だ。


 どうやって考えを改めさせようか、頭をフル回転させて考える。


 しかし、それは要らぬ心配だった。



「聞いて驚くなよ。俺はこの休み期間中、毎日母ちゃんの肩を殴ってお金をもらってたんだぞ!」

「それは肩たたきなのでは?」

「ついでに寝そべった父ちゃんの背中も踏んでやった」

「それもマッサージだな」



 うん、全然悪くなかった。


 本人は悪逆非道の限りを尽くしているつもりらしいが、実際は善行しかしていない。



「ち、違うぞ! だってオレが踏んでる間に父ちゃん、『あ~っ、そこそこ!』ってうめき声を上げてたし!」

「気持ちよかったんだろうな」

「その後なんて、父ちゃんも母ちゃんも揃って泣いてたんだからな!」

「息子の親孝行がよほど嬉しかったんだろう。お前、いい子だな」



 むきになって悪ぶっているゲルダ少年の様子が微笑ましくなって、彼の頭に手を伸ばし撫でてやる。


 しかし、顔を真っ赤にしたゲルダはパッと俺の手を振り払った。



「オレは、オレはいい子なんかじゃないんだからな! お前なんか、星詠塔の幽霊にさらわれてしまえばいいんだ!」



 ビシッと俺を指差して捨て台詞のように呪詛の言葉を吐くと、ゲルダ少年は走り去っていった。


 彼は今日も元気いっぱいだ。そのまま、まっすぐいい子に育ってほしい。



「……なんだ、アルトであったか」

「ホントだ」



 星詠塔の幽霊ってなんだ?


 そんなことを考えながら、ぐんぐん遠ざかっていくゲルダの背中をぼんやりと見つめていたところへ、新たに声がかかる。


 声のした方――寮の門扉へと向き直ると、見知った顔が上下に並んでいた。



「レオン、それにルーカス」



 柱の陰に身を隠して頭だけを出してこちらの様子を窺っていた金色と白銀の頭の二人は、それぞれ好奇心と不安を顔に貼り付けている。


 名前を呼ぶと二人は重い金属音をさせながら扉を押し開けて、俺に駆け寄った。



「何やら表が騒がしいと思って来てみれば、アルトだったのだな」

「いや、主に騒いでいたのは俺じゃなくてゲルダだ。それに、レオンにだけはやかましいとか言われたくない」

「むっ、どういう意味なのだ!?」



 荷物を小脇に抱えたまま建物の方に向かって歩く俺と、そんな俺に追従するレオンが軽口の応酬を始めると、ルーカスが小走りで後を追ってくる。



「そのままの意味……」



 三人がちょうど横一列に並んだ時、不服そうに唇を尖らせるレオンを揶揄する台詞を俺は途中で呑み込んだ。



「ルーカス? どうした?」



 足を止め、ついさっきまでやり合っていた王子の向こう側に視線を向けると、心許なげな紫色の瞳とぶつかった。



「あ、うん……。お化けじゃなくて、アルトくんで良かったなって」

「お化け……?」



 良かったと言うわりに、ルーカスの表情は優れない。


 オウム返しに訊ねながら、そういえばゲルダ少年も幽霊がどうとか言っていたなぁと考えを巡らせる。



「えっと……」

「そうだったのだ、アルト! こうしている場合ではないのだ!」

「いったい何があったんだ?」



 何かを言おうとして、口に出すのを躊躇う様子のルーカスの代わりにレオンが言葉を継ぐ。今思い出したと言わんばりだが、何か急き立てるような口調だ。


 その青い瞳は何故か、感興をそそられたようにキラキラとした光に満ちている。それはそれは楽しいことを思いついたかのように。


 友人が、とくにレオンがこういう目をしている時はだいたいろくなことがない。



「学園に、お~化~け~が出たのだ」

「ひっ……」



 恨めしや~と胸の前で両腕を曲げて独特なポーズをするレオンと、それを見て短く息を呑むルーカス。


 お化けの真似をしているのはレオンの方なのに、ルーカスの顔色の方が余程青白い。


 対照的な表情を浮かべる二人を前に、何やらまた面倒ごとが舞い込んできたようだと俺は深く嘆息した。




当面の間、週一ペースで更新していこうと思います。

ある程度書き溜めが出来れば、ペースUPしていくつもりですので、完結に向けてよろしくお願いします。

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