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96話 デートと捜索隊




「ディー!」


 通路の向こう側からやってきたディーの姿を見つけて名前を呼べば彼はふるふると首を振る。


「どこにもいない、か……」


 白陽寮メンバー全員で学園中を捜し回ったものの、ルーカスの姿を見つける事が出来なかった。


 昼食の時まではいたのだ。

いなくなったのは、その後だ。


 この状況で嫌でも思い出すのは、ホームシックの事だ。


「これだけ捜して見つからないとなると、学園の外に出ている可能性が高い、か……」

「でも、外へといってもいったい何処へ行ったというのだね、アルトくん?」


 わらわらとルーカスを欠く白陽寮メンバーが集合したところで見解を述べると、バルトロメウスが結論を急くように訊ねてくる。


「それが判るなら、今頃こうしていないだろう」

「外出届け及び、外泊届けも出されていないそうですわ」

「つまり、大人の人にバレる前にルーカスを連れ戻さないといけないね」

「しかし、居場所が判らねば説得も出来ぬぞ?」

「これから捜すにあたって、一つだけ良さそうな方法があるんだ」


 本人と接触出来なければ、連れ戻す事など到底不可能ではないか?

そう考えてハラハラと落ち着かなげなイルメラたちだったが、俺だけに皆には見えない希望の光が見えていた。


「もしや、千枚鏡をやるのか?」

「いや、それよりもっといい方法がある。もっとも、これが使えるのは俺か、ルーカスに対してだけだがな」

「むっ……。皆が噂しておったのに、余はまたあれを見れぬのか……」


 自分を捜す為に使用された為に、千枚鏡を見る事が出来なかったレオンは、俺の言う「良い方法」を千枚鏡ではないかと期待して興奮気味に身を乗り出す。


 しかし、俺はそれをあっさりと否定した。

正直、誰かがいなくなる、もしくは何かが無くなる度にあれを使っていたら、俺の精神力と身が保たない。

不満げなレオンには悪いが、あれは奥の手も奥の手、最終手段にしておきたい。


「俺はこれからちょっと外に出てくる。皆は寮で待機していてくれ。ただし、イルメラちゃんだけは、俺について来てほしい」

「えっ……?」


 急な俺の指名に、イルメラ本人だけでなく皆が面食らった様子だった。

全員が全員、同じ表情をしている。


「待つのだ、アルト! 何故、余ではなくイルメラなのだ?」

「そりゃあ、あれだよ。イルメラちゃんが女の子だからだよ」


 自分が選ばれなかった事にレオンは不平を溢す。

一見ふざけているようにしか見えないかもしれないが、これで実は大真面目だし、ここにいるメンバーにおいて連れていく意味がある者はイルメラしかいない。


「……というわけで。イルメラちゃん、俺とデートしよう」

「なっ……。破廉恥ですわ!」


 もう一度きちんと向き合ってお願いすると、イルメラはぶわわわという効果音が付きそうな勢いで真っ赤になった。


「良かったね、イルメラ」

「お兄様!」


 暢気に祝福を述べる兄の言葉にイルメラはさらに頬を紅潮させた。

四方から視線が飛んでくる為に顔を逸らして赤面を誤魔化すわけにもいかず、可憐なかんばせを仕方なく両手で覆っている。


 だが、小さな両手では全てを覆い隠す事など到底難しく、隙間から熟れた果実のように真っ赤な、それでいて瑞々しくプニプニとした可愛らしい頬が覗いていた。

さわってみたいと思うのは致し方のない事だろう。


「ならば、余が……」

「行かないとは申し上げておりませんわ」

「だからイルメラちゃんじゃないと意味がないんだって」

「むむむっ。残念なのである……」


 お邪魔虫の気配を察知したイルメラは、皆まで言わせる事なくレオンの言葉を封じる。


 だからなんだってそんなに一緒に行きたがるのか。

好奇心旺盛過ぎる王子には困りものだ。


「だけど、このような状況でその……デデデデートだなんて不謹慎ですわ」

「ああ、ごめんごめん。場合によってはイルメラちゃんの力を借りなくちゃいけなくなるかもしれないなと思って」

「そっ、そういう事ならそうと早く仰って下されば良いのですわ……」

「残念だね、イルメラ」

「今日のお兄様は意地悪ですわ!」


 不謹慎と怒られて軽く事情を説明すれば、イルメラはホッとしたような顔をしつつも、少し残念そうな素振りを見せていて。

そこを的確に兄に指摘されたイルメラは、再び頬を赤らめながらポカポカと兄の胸を叩いた。


 本気でぶっ飛ばすつもりで殴っているわけではないので、ディーにダメージはなさそうだ。

むしろ、ちょっとディーが羨ましい。


「行きますわよ」

「待って」

「何かしら?」

「はい、イルメラちゃん。お手をどうぞ」


 ひとしきり兄の胸を叩いて気が済んだのか、イルメラは開き直ったように宣言して、一人でさっさと先に行こうとする。

それを呼び止めて差し出された俺の手に、イルメラは大いに戸惑った。

俺の手と顔を、薔薇の花のような瞳を閃かせながら、交互に見遣る。


 最終的に、迷いに迷った挙げ句、イルメラは俺の手に自分のそれをそっと重ねてきた。


「それじゃあ、行こうか」


 にこりと微笑んでそう言えば、イルメラははにかみながら黙ってこくんと頷いた。


「イルメラとルーカスを宜しく」

「任せてくれ」


 見送る側と見送られる側。

互いに頷きあって、場を立ち去る。

その足で白陽寮エントランス近くの寮母さんの部屋に向かい、外出届けを提出する事にした。


「あら? 今日は手を繋いでとっても仲良しなのですね?」

「そうなんです。これからデートなんですよ?」

「まあ。でも、あんまり楽しいからといって遅くならないように。門限までにはきちんと戻ってくるのですよ?」

「はい」


 繋がれた俺たちの手に気付いたリタさんには怪しまれないようにデートだと言っておく。


「どうしてそんなに落ち着いていられますの? 前回は……殿下の時はもっと慌てていた筈なのに……」

「前回とは状況が違うから、かな。ルーカスにはレオンにはいない保護者がいるんだ。それと、俺自身もあの時より男として成長しているから」


 学外への道中、人目を憚りながら訊ねてくるイルメラの言葉に、レオン失踪事件の時の事を思い出す。

そういえばあの時も、イルメラと二人で迎えに行ったんだ。


 あの時は本当に危なかった。

魔力の使い過ぎで砂漠の真っ只中でぶっ倒れて、イルメラがいてくれなければ、イルメラが念話で助けを呼んでくれなければ恐らく俺も死んでいただろう。


「……あれ? そういえばあの時、砂漠で意識を失う直前に何か物凄く大事な事を言われたような……?」


 久方振りに掘り起こした記憶に、疑問点を思い出して首を傾げる。

確か、クラウゼヴィッツ家本邸に保護されている間にも同じように疑問に思っていた筈だ。

だけど何か途中で気が削がれて、結論には至らなかった。


「何て言われたんだっけ? 大事な事だったような気がするんだけど」

「き、気のせいですわ!」


 当時、一緒に居て何か俺に言うとしたらイルメラしかいない。

そう思って約一年越しに訊ねれば、彼女は何故かひどく動揺していた。


「気のせい? じゃああの時、気を失いかけた俺に向かって何て言ったの?」

「知りませんわ、そんなもの! 一年も前の事ですもの、覚えておりませんわ!」

「そうか、そうだよな。確かに一年前に何を言ったかなんて急に聞かれたって覚えてないよな、普通。覚えていないって事は逆に、そんなに大したこと事じゃないって事か。ごめん、急に変な事を聞いて」

「アルト様のバカ……」

「え? 何だって?」

「何でもありませんわ!」


 怒っているというよりも、どこか拗ねたように唇を尖らせる。

そんなイルメラが可愛くて、少しは自分で考えろと怒られているのに、行方不明のルーカスの捜索中なのに、ついついにやけてしまう。

イルメラの言う通り、不謹慎な男だな、俺は。


「この辺りで跳躍するか」


 気を引き締めて、一度表情も引き締める。


「孤高なる光よ、我らをかの地へ運び給え」


 イルメラとしっかり手を繋がれている事を確認し、呪文を詠唱して目的地へと転位した。



「ここは……お城の近く?」

「そうだよ」


 俺たちが転位したのは、城の外周地区だった。

城門前にいきなり転位しなかったのは、何もない虚空からいきなり人が現れたとかいって騒ぎになるからだ。


 母上や俺が使いまくっているせいで身内では一々騒ぐほどのものではなくなってしまっているが、世間的には見かけたら「稀代の大天才の再来だ!」と騒動が起きてしまう。


「ルーカス様はお邸に戻られたのですか?」

「いや、そうしたかっただろうけど道がわからなくて迷っている可能性の方が高いだろうな」

「だったらどうしてお城などに? それに、ルーカス様の説得なら私で無くてももっと相応しい方がいらっしゃる筈……」

「俺たちが説得するのはルーカスじゃないんだ。ルーカスの行方を知っているだろう奴がここにいるんだ」


 足早にブロックマイアー家別邸に向かいながら、イルメラは俺の行動の意図が今一つ掴めない様子だった。


 顔も名前も知らない相手との交渉で、自分が本当に切り札になり得るのだろうかと疑問視しているようだ。

同時に、自分が何かヘマをやらかして失敗してしまうのではないかと不安を抱いている。


「大丈夫だよ。イルメラちゃんは俺の傍らにただ居てくれるだけでいいんだ」

「べっ、別に不安にだなんてなっておりませんわ! 貴方の方こそ、ただ私の隣に木偶人形のように立っていればいいのですわ。この私に出来ぬ事などありませんもの」

「ふふっ、そうだね。俺はイルメラちゃんのそういうところが好きだな。イルメラちゃんが傍に居てくれたら本当に何だって出来るような気がするよ」


 繋いだ手を軽く握れば、イルメラは小生意気で挑戦的な言葉を返してくる。


 頼もしい。

それでこそイルメラだと思いながら、勇気付けるつもりが、逆に元気をもらった気がした。




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