反撃の男子
【南校舎・裏口】
それまで防戦一方だった男子達からの突然の反撃であった。
屋上にいる香月からの援護もあり戦闘を優位に進めていた佐倉たちであったが、香月の使用していた狙撃銃、《PSG1》とは異なる雷鳴のような銃声が鳴り響いた直後、彼女からの援護がなくなり一気に形勢が傾いたのだ。――おそらく、香月がやられたのだろう。佐倉は下唇を強く噛みしめた。
男子は全員がサブマシンガンを所持しているが、こちらは自分含めアサルトライフルを持っているのは四人だけだ。人数こそ勝っているものの、装備に差がありすぎる。このまま戦闘を拮抗させたまま持続するのは困難だった。
「弾が残っているうちに撤退します。いったん職員室にいる真冬先輩と合流しましょう。予想より抵抗、激しすぎです」
だから佐倉のそんな提案に異を唱える者は誰もいなかった。
『私は職員室にいるから、あなたはとびきり派手に動きなさい。それで男子を殲滅できればそれで良し。できなければ、ここまで後退して私とあなたで男子を挟み撃ち。敵は必ず殲滅させる』
作戦が始まる前、氷堂真冬に言われたことを思い出す。
これまで弾を惜しまず攻撃を続け忠実に命令を守ってきたが、それも限界に近い。真冬には時間を稼げと言われていたが、その真意は佐倉も聞かされていないのだ。一度合流して指示をもらう必要があった。
「まだハンドガンの弾倉が残ってる人は?」
佐倉の問いに二人の仲間が手を上げる。内の一人から弾倉を受け取ると、
「私が後列で弾幕を張ります。みんなはその間に校舎の中へ。校舎の中に入ってしまえば隠れる場所も多いですから、ここよりかまともに戦えるでしょう」
空になったマガジンを投げ捨て受け取った弾倉を装填する。これを含め残った弾倉はあと二つ。お世辞にも余裕があると言える数ではない。
佐倉は隠れている物陰から顔をだし敵の様子を窺った。何人かは撃ち倒したものの、それでもまだ五人の敵が残っている。その中で敵の指揮を執っているのは眼鏡をかけた一人の男、神崎真司。真冬からは成績優秀、スポーツ万能の優等生だと聞いている。間違いなくこの中では最も厄介な相手だろう。
――そして、西条京介。
彼の姿はここにはない。屋上にいた香月を倒したのは、おそらく奴。どんなことをしてでも京介だけには負けたくない。真冬に認めてもらうためにも、彼を倒して必ず自分の仕事をやり遂げる。
「煙幕を使います。私が投げると同時に撤退してください!」
佐倉はポッケトに入れていた丸い球を取り出しライターで火をつけた。仲間たちとアイコンタクトを交わし、躊躇いなく男子側バリケードの中心へと投げ入れる。
玉は乾いた音を立てながら敵の中央へと転がり、一泊置いて大量の煙を吐き出した。
「今です! 行ってください!」
言いながら佐倉は立ち上がり、ハンドガンを構えた。仲間たちが走り去っていく気配を背中で感じる。敵が煙で怯んだ瞬間を見計らい、隙だらけとなった彼らに向けて銃のトリガーを引き絞った。
「伏せろ!」
すぐに状況を把握した神崎の声が響き、バリケードの影に隠れて敵の姿が見えなくなる。だが構わず派手な音をまき散らしながら銃を撃ち放ち、敵を牽制する。
マガジンが空になるまで弾を撃ち尽くすと、素早くリロードを済ませ佐倉は背中を向けて走り出した。後退し南校舎の中へと身を滑らせる。二階へと続く階段は廊下の端、佐倉は全速力で駆けた。早く仲間に追いつき真冬と合流しなければ。通信機器のある職員室は南校舎の四階、敵だっていつまでも同じ場所で待っていてはくれないのだ。
だがそうして階段に辿り着き階段を駆け上がる佐倉の耳に、突然二階から折り重なるように銃声が聞こえた。その意味するものは。
「……ッ! 何で上に敵が……!?」
佐倉がさらにスピードを上げて二階に飛び込むと、仲間たちが壁を背にしながら何者かと応戦していた。敵の姿は廊下の奥、壁の向こうであるため佐倉の位置からは確認できない。
「何があったんですか!?」
響く銃声の中で叫んだ佐倉に仲間の一人が負けじと大声で返した。
「敵襲です! どうやら待ち伏せされたようです! 仲間が二人やられました!」
「待ち伏せ!? 南校舎にまだ敵が残っていたのですか!?」
「分かりません! ですが敵は一人、西条京介です!」
佐倉は息を呑んだ。なぜ彼がここにいる? 狙撃手がやられ、男子が猛攻を仕掛けてきて、自分たちは校舎の中へと追いやられ……。分解していく思考を繋ぎ合わせて導き出された結論、佐倉は全てを理解した。
「……私たちは、嵌められた?」
だが思考する佐倉の意識は階段の下からいくつもの足音が聞こえたことで現実に引き戻された。
「上に行ったぞ、一気に制圧する!」
足音と重なるように神崎の叫び声も聞こえた。挟み撃ちによる完全制圧を狙っているようだ。
まさか自分たちの狙っていた策で追い詰められるとは、何という皮肉か。このまま何もしなければ確実に全滅。味方で生き残っているのは自分含め五人。戦力を二分すれば両方を抑え込める。が、返り討ちにされる可能性も大きくなる。それならば、少しでも勝率の高い賭けに出た方が得策だろう。
佐倉は一瞬で最善の結論を弾き出すと、指示を待っている仲間たちに告げた。
「京介先輩の相手は私がやります。残った全員で神崎さんらの迎撃にあたってください」
その提案に仲間たちが驚きの声を上げた。
「危険です! それより人数を割いて確実に西条京介を潰した方が!」
「京介先輩はそんなに甘くないですよ。それにその戦法だと神崎先輩が抑えられません。挟み撃ちにされたらその瞬間ゲームオーバーです。もう議論している暇はありませんよ」
佐倉の身を案じ抗議の声を上げる仲間は言葉に詰まり、押し黙った。
「私たちの任務は真冬先輩のために時間を稼ぐことです。それは例え、全員が死ぬことになっても、です」
「で、でも」
それでもまだ動こうとしない仲間に、佐倉の放つ空気が冷たいものへと変わった。
「さっさと行けばいいんですよ。敵に殺される前に、私に殺されたいんですか?」
声のトーンを落とし、銃を突きつけた佐倉に誰かが「ひっ……」と短い悲鳴を漏らした。そして四人が我先にと転がるように階段を駆け下りていく。
佐倉は三年生で構成された襲撃者の中で唯一の二年生だ。年下でありながら真冬にその腕を買われて突入班の隊長を任されていたのだが、それでも年上の仲間たちには丁寧な態度と言葉遣いを心掛けてきた。それは真冬の馬鹿げた計画に賛同した仲間たちに対する佐倉なりの敬意の表れであったのだが、肝心な時に動けないような役立たずに用はない。礼儀正しい姿勢など、見せてやる必要はない。
佐倉は壁を背にもたれながら、腰のホルスターからハンドガン、《USP》を取り出した。
役に立たないクズでも数が揃えば足止めくらいにはなる。いくら神崎先輩といえど、階段という優劣が明確に表れるフィールドでは防衛線を簡単に突破することはできないだろう。下の階は当面心配しなくてもいい。今はそんなことよりも。
佐倉は胸の動悸を押さえながら、しかし一切怖じることなく廊下の中央にその身を晒した。暗く静まり返った、どこまでも続いているかのような長い廊下。この奥に、西条京介がいる。
「京介先輩、私です、佐倉美鈴です。隠れてないで出てきてくださいよ」
今は敵を倒すことだけを考える。それ以外余計なことは考えない、考える余裕などない。間違いなく相手は敵の最高戦力、油断などできるはずもない。
今が戦いの真っ最中で、ここが戦闘のど真ん中だとは微塵も思わせない軽い調子で佐倉は呼びかけた。それに対しての返事はなかったが、やがて暗闇の中から静かにコツコツと足音が聞こえてくる。
佐倉は背中に汗が伝うのを感じながら、《USP》の銃身をスライドさせた。手元の弾倉はこれが最後だ。
暗闇の中からゆっくりと姿を現す京介は、まるで顔のない幽鬼のようにも見える。
そんな“鬼”は、止まることなく静かに口を開いた。
「……佐倉、どうしてお前がここにいる?」
重く発された言葉に思わず気圧されそうになるが、堪えた。
「……京介先輩には言ってなかったですけれど、私は百合です。真冬先輩を性的な意味で愛しています。だから、真冬先輩の恋人であるあなたを私の手で倒すために……」
「そんなことを聞いてんじゃねえよ」
佐倉のびっくりカミングアウトを“そんなこと”と切り捨て――恋敵は言った。
「今真冬のやってる事が正しくないってことくらい、お前も気付いてんだろ。真冬のことを好きだってんなら、なぜ止めてやらない」
息を呑む。言葉が詰まった。いきなり核心を突かれ、僅かに目が細まる。だがすぐに元の笑顔を取り繕い、感情の変化を覆い隠す。この男に、小細工は通用しない。
「……京介先輩。教えてほしいですか、真冬先輩の居場所」
廊下に響く足音が止まった。予想通りの反応に思わず笑みがこぼれる。
僅かに入り込む月光の中で京介の姿が浮かびあがり、二人は長い廊下の上で対峙した。夏だというのに学校指定の学ランを着込んだ京介は、闇に溶け込みはっきりとその姿を視認することはできない。佐倉は自らの内で燻る黒い感情を押さえつけ、柔らかな笑みを浮かべた。
「もう何も言わなくていいですよ。真冬先輩は三階、職員室にいます。ここは二階、唯一の階段は私の後ろ。ここを通りたければ……私を倒してから行ってください」
佐倉は刃のように尖った声で、そう言い放った。
しばしの沈黙の後、京介は「分かった」と一言だけ呟くと、手に持っていた短機関銃、《イングラムM10》を投げ捨て、懐からハンドガン、《ベレッタ》を取り出した。敢えて短機関銃を捨てハンドガンを取り出したのは余裕か、驕りか。それともハンドガン一つしか持たない佐倉と同じ土俵で戦おうという、敬意か。……京介の性格を考えると、きっと後者なのだろう。そういう男だ、こいつは。
両者にもはや、語り合う言葉など不要。張り詰めた空気の中で、余計な思考は命取り。
――真冬先輩、どうか、私に力を。
静寂を切り裂き地を蹴り抜いて、二人は同時に走り出した。