京介の解釈
【北校舎・屋上】
「……ふう。やっぱ重てえな、これ」
手にした狙撃銃、《M24A3》を眺めながら京介は呟いた。確かにとんでもない威力と精度だが、如何せん重すぎる。それに何より連射ができない。今のように一対一で敵を狙撃する場合には有効だが、三脚もなく、素手で構えなければならない今の状況では複数人を相手取るには向いていないだろう。それに、ちまちま一人ずつ狙い撃つのは趣味じゃあない。
京介は南校舎の方に視線を移し、扉付近で倒れている敵の狙撃手に目をやった。ここからでは距離があるため敵の狙撃手が誰であったのかを確認することはできないが、間違いなく相手は京介のクラスメイトだ。それも女子。屋上唯一の扉を盛大な血で染め上げ倒れているその相手に僅かばかりの罪悪感を感じながら、京介は手を合わせた。冥福を祈る。なむなむ。
さて。
京介は重くて仕方のなかった対物用狙撃銃を屋上に投げ捨てた。もう使う気はない。
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、登録されている番号の中から一つを選びボタンをプッシュ。呼び出し音が数回続いたあと、すぐに通話中の画面が表示された。
「……神崎か。今南校舎にいた敵の狙撃手を始末した。……ああ、一人だけだったみたいだ。敵にもう屋上からの援護はない」
携帯電話を耳に押し当てながら南校舎に視線をやる。そこには倒れている敵の狙撃手を除き、人影はない。
「俺はこのまま南校舎に移動する。武器と弾薬はまだあるな? そっちは女子を校舎の中まで追い込め。挟み撃ちにする。残弾に余裕があるうちに、ケリつけるぞ」
用件だけを簡潔に告げると、返事を待たず京介は通話を切った。携帯をポケットの中にしまい、階下で今も続いている銃撃戦を見下ろす。
――なるほど。確かにここは狙撃にはもってこいの場所だ。ここ、屋上なら月の光に照らされ下の様子がよく見える。しかも下からは逆光になってこちらを視認することはできない。仮に見えたとしても、男子の持つサブマシンガンでは一階から屋上を狙うこともできない。まるで詰め将棋のような鮮やかな手際、地理と銃の特性を理解した完璧な作戦だ。
そうやって階下にいる襲撃者たちの動きを眺めていた京介は、ふと奇妙な違和感に気が付いた。
(なぜ奴らは北校舎に攻めてこないんだ――?)
襲撃者は今も南校舎の裏口に留まり激しい銃撃を続けている。かれこれ戦闘が始まってから十五分は経過しているだろうか、その間あれだけのペースで弾を吐き出し続けて残弾が尽きないということは、相当数の予備弾倉があるということだ。しかしそれこそが妙なのだ。だったらなぜ多少の無理をしてでも強行突破を図ろうとしない?
よくよく見ていると、襲撃者たちは間断なく攻撃を続けているものの、決して無理に攻めようとはせず撃っては隠れと、ヒットアンドアウェイを繰り返している。
女子の狙いは我らが三年十組、その教室の占拠。もしくは男子の殲滅だ。男子を殲滅させたいのなら狙撃手がいる間にゴリ押しすることもできただろうし、教室の占拠を目論んでいるのだとしても三年十組の教室は北校舎の四階。ヒットアンドアウェイを繰り返していても、無駄に弾を消費するだけで何のメリットもない。南校舎に侵入し、瞬く間に視聴覚室を占拠してみせたり、考えうる限り最高のポイントだったであろう位置に狙撃手を配置したような人物がとる戦法とは思えない。
不自然な物事の流れには常に人の作為があると思え。京介はその言葉を何度も頭の中で繰り返した。敵である襲撃者たちの指揮を執っているのが京介の考えている通りの人物であれば、まず間違いなくこんな意味のない消耗戦を仕掛けてくるようなことはしない。
ここから見えるだけで女子の数は……七名。何人か倒れている者と狙撃手を合わせれば十一人だ。普通に考えればこれだけの人数、全戦力を投入した総力戦だ。よほど装備に自信があるのか知らないが、今の戦況を鑑みれば誰だってそう思うだろう……普通ならば。
しかし京介は人の思考の裏をかくことに異常に長けた人物を知っている。もし彼女なら、こんな膠着状態を維持するだけのでたらめな作戦は立てない。この時点で持久戦に持ち込んでも何ら勝利条件は手に入らないのだ。例え犠牲を出そうとも強行突破を図ったほうがまだ可能性はあるだろう。
ならば、このでたらめには意味がある。まるで京介らの注意を引きつけるかのような正面突破、ジリ貧を待つばかりの戦い方、それらに意味を持たせるとするならば、そう――時間稼ぎとか。
「……なるほどな。真冬の考えそうなことだ」
仮にそうだとして、問題は敵の大将がどこにいるかだ。女子の狙いは四階、三年十組の教室。ここをやられると京介らの負けが決定する。こうなると真冬が狙っているのもそこだろうが、北校舎の全ての扉と窓は施錠してあるために侵入することはできない。唯一鍵のかかっていない玄関は神崎らがバリケードを築いて応戦しているのでそこからの突破も不可能だ。なら、真冬は何を狙っている?
「……考えても、俺に分かるわけねーか」
あいつ、狡賢さに関してはめっぽう長けてるからなー。
神崎の采配で十組には数人の生徒が防衛についているはずだ。襲撃を受けても時間を稼いでくれるだろう。今京介が為すことは、敵の殲滅。真冬のことは、体を動かしながら考えよう。
京介は用意していた背嚢の中から短機関銃にハンドガン、それとロープを取り出した。ロープの先端を屋上の手すりに固く結びつけ、自らのベルトにも固定する。右手でロープを引き強度を確認してから左手で銃を握りしめた。夜とはいえ、雲一つない空に輝く月のおかげで足場ははっきり見える。高さは四、五メートルといったところだろう。
京介は物音を立てぬよう身長に、もう一度足場と高さをしっかり確認すると、手すりを乗り越え三階渡り廊下の屋根へとゆっくり降下していった。