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トリガーハッピー!  作者: 赤色ぼっち
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女スナイパー、香月ちゃん

 【南校舎・屋上】


 楽な仕事だなあ、スナイパーライフルを構えながら香月真美は思った。敵を狙いトリガーを引く、それだけでいいのだから。


 氷堂真冬からこの作戦を持ちかけられた時は正直気が進まなかったが、自分の役割が狙撃手だと聞いて快く引き受けた。香月はもともと女子弓道部に所属していたために、激しい運動は苦手だったが集中力には自信があったのだ。おそらく真冬もそれを見越して自分を引き抜いたのだろう。


 香月は南校舎の屋上にある給水塔の上で横になり、狙撃銃、《PSG1》のスコープを覗きこんだ。《PSG1》は高い威力と圧倒的な精度を誇るセミオート式狙撃銃だ。唯一の欠点は内部の構造が複雑なために重量が半端じゃなく、取り回しや運用が困難なことだが、屋上から階下の敵を狙い撃つだけでよい香月にとっては大した問題ではなかった。もしかしたらそれも香月の脆弱な腕力を計算に入れた真冬の作戦なのかもしれないが、さすがにそこまで考えると全てが見透かされているようで気持ちが悪い。


「おっと。いけない、いけない」

 ぼんやりと考え事に耽ってしまうのは自分の悪い癖だ。見れば敵の一人が無防備に立ち上がって銃を乱射しており、まさに恰好の的になっている。

 香月は下唇をぺろりと舐めた。改めてスコープを覗きこみ、ゆっくりと照準を合わせていく。《PSG1》はスコープの倍率が三倍までと、あまり長距離射撃には向いていない。さらに射程距離も他の銃と比べると短い方だ。しかし香月と敵の距離は五十メートルと離れていない。銃の性能と香月の腕を以ってすれば、必中の間合い。


 給水塔の上で寝そべったまま銃口を壁面から出さず、銃身の真下に手を添えるように持ってくる。バイポッドが取り付けてあるために、多少の手ブレは心配いらない。右目でスコープを見やりながら左目も開いておき、平常心を維持し続ける。小さく息を吸いゆっくりと右手の人差し指をトリガーに押し当て、そして――撃つ。


 タ――ン――


 香月がトリガーを引くと同時に甲高い破裂音が周囲に響き渡り、銃を乱射していた生徒が音もなく倒れた。香月の放った弾丸が狙いを寸分違えることなく、彼の眉間に命中したのだ。

「……ぷはぁー」

 香月はスコープから顔を上げると胸に手を当て大きく息を吐いた。もう一度自らの成果を肉眼で確認し、顔をほころばせる。


 香月は的を射ぬいた時の肩が上下する感覚と充足感が好きだった。思えば運動があまり得意ではない香月が弓道部で三年間やってこられたのも、的中の達成感を追い求めてだったのかもしれない。その点では弓を引き絞り矢を放つ弓道と、照準を合わせて引金を引く狙撃は似通ったものがあった。的と人間、動くか動かないかの差はあれど、香月にとっては力を使わず引金を引くだけでよい銃の方がよっぽど楽だ。氷堂真冬は香月に「屋上から敵を撃つだけでいい」と言っていたが、確かに。ここならば敵に狙われる心配もない。


「私、ひょっとすると天才か」

 やっぱり楽な仕事、気楽なものだ。自分の性分に合っている。


 だが仕事はまだ終わったわけではない。敵はまだ残っている。ここから見える限りではバリケードの影にあと六、七人。下からでは見えないだろうが、香月のいる屋上からは月の光に照らされ男子たちの姿がはっきり見えた。


 マガジンを取り出し減った分の弾を補充していく。弾にはまだまだ余裕がある。全員、始末してやる。

 そうして再び狙いを付けようとスコープを覗きこんだとき、突然辺り一帯に強烈な突風が吹き荒れた。敵を狙撃するために目を見開いていた香月は巻き上がった埃をもろにくらい、思わず銃から手を離して目元をゴシゴシと拭った。

 ついてないなあ、などと思いながら再び狙いをつけようと涙で滲む両目を開いた香月の視界に、だが奇妙なものが映った。


(何あれ? 黒い、影?)

 南校舎の向かいにある北校舎の屋上に、先ほどまでは気付かなかった黒い影のような物が見えた。埃が目に入ったせいで視界が霞み、はっきりとその姿を見ることができない。


 それが何か気になった香月は好奇心に負けた。真冬から何があっても身を起こさないようきつく言われていたにも関わらず、目元を擦りながらただ何となく体を起こしてしまった。この場にいれば敵は自分を見つけられないと、そう思っていたのかもしれない。見つかったところで自分が殺されるわけがないと、タカをくくっていたのかもしれない。だが何であったにせよ、その行動が彼女の命運を別けた。


 香月が体を起こした途端、黒い影がものすごい勢いでこちらを振り向いた。あまりにも突然の動きだったため驚きびくりと体が跳ねる。その時になってようやく香月は自分が敵に捕捉されたのだと気が付いた。慌てて頭を伏せて寝転がるが、もう遅い。体を起こさずライフルのスコープで見ればよかったと後悔の念が頭をよぎった。


(でも、サブマシンガンじゃ相手は私を狙えない……。先に撃ち殺せばいい!)

 香月は北校舎の玄関に照準の向けられた《PSG1》を両手で持ち上げ、黒い人影へと銃口を向けた。その重さに腕の筋肉が悲鳴を上げるが、今は構っていられない。一刻も早く敵を排除しなければ。

 そうしてまだ僅かに霞む両の瞳を目一杯に見開きスコープで相手を捉えた香月は、そこに信じられないものを見た。北校舎にいるその男が手に持っているのはサブマシンガンなどではない。


 銃口からグリップまで黒に染まった無骨な外観。香月の使用している《PSG1》も決して小さくはないが、それよりもさらに大きい。

 黒い影が手にしているのは《M24A3》。長距離用、ポンプアクション式狙撃銃だ。対人用に作られた《PSG1》と違い、《M24A3》は対物用。射程は二千メートルに及ぶ。それを男は三脚もバイポッドも使わず素手で構えている。足を縦に大きく開き、腰を低く落として構える銃の先端は真っ直ぐこちらを向いている。スコープ越しに見える男の顔が、口を歪めて笑った。


「……やっばい!」

 《M24A3》は重量もヘビィ級。単発式で連射もきかないが、それらを補って余りある馬鹿みたいな火力を備えているのだ。もし生身の体で直撃を受ければ……想像するのも恐ろしい。


 殺される、そう直感した香月はそれ以上の思考を放棄した。給水塔の上で跳ね起き、銃も放りだして屋上のタイルの上へと飛び下りる。全身から嫌な汗が噴き出して止まらない。着地と同時に横に転がり衝撃を少しでも外に逃がす。それでも殺しきれなかった衝撃に体の節々が痛んだが、そんなことはもう本当にどうでもよかった。立ち上がるなり香月はなりふり構わず駆け出した。


(――やばいやばいやばい! あいつ、こっちの銃口見て、笑ってた! 信じらんない、何であの状況で笑えるのよー!)

 頭の中に叩き付けられる圧倒的な力量差。もしあの場に留まっていれば間違いなく自分は殺されていた。その事実が香月を焦燥に駆り立てた。


 屋上の出口まであと十メートル。後ろは振り返らない。いつ背中を撃たれるか分からないのだ、立ち止まることなどできるわけもない。


 出口まであと五メートル。もうすぐ逃げ切れる。校舎の中に入ってしまえばいくら対物用ライフルといえど、どうすることもできない。まだこんな所で死にたくない。必ず逃げ切る。


 そして扉まであと一メートル。香月がドアノブへと手を伸ばしたのと同時に、背後で重い音が炸裂した。《PSG1》とはまるで違う、重く低音の銃声。

 もはや涙目になりながら、香月は叫んだ。


「きょ、京介君のアホオオオォォォ!! …………ふぎゃ!!」


 《M24A3》から放たれた弾丸が、香月の背中に直撃した。





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