戦い終わって……
【南校舎三階・生徒指導室】
「で。お前ら、これは一体何だ?」
「はい、見ての通り、ハンドガンにアサルトライフルにスナイパーライフルにサブマシンガンです」
南校舎、職員室の隣にある生徒指導室。学年主任の英語教諭、武田の手にした一丁のハンドガンと傍らに山のように積まれた銃器を見やりながら、真面目くさって西条京介が答えた。
同じく京介の隣に立っている氷堂真冬が、ご丁寧に説明を加える。
「厳密に言うと、ハンドガンは《ベレッタM92F》に《H&K USP》、アサルトライフルは《H&K G36C》、スナイパーライフルは《H&K PSG1》と《M24A3 SWS》、サブマシンガンは《FN P90》と《イングラムM10》、ですね」
武田には訳の分からぬ横文字を大量に並べながら、真冬はまるで天使のような笑顔で小首を傾げ、にっこりと笑った。武田の額に青筋が浮かぶ。
「誰が銃の正式名称を聞いた! 一体何のつもりかと聞いておるんだ!」
「はい、それは来月行われる文化祭のためです」
答えたのは、やはり真面目くさった京介だ。
「文化祭で三年十組は何の出し物をやるのか揉めてたんです。俺たち男子は演劇をやろうとしてたんですけど、真冬たち女子はコスプレ喫茶がやりたかったらしくて。結局まとまらないままお互いがそれぞれの準備を勝手に始めだして、さすがにこのままではまずいから、どちらかに出し物を絞ろうということになったんですが……」
京介の言葉を真冬が引き継いだ。
「やっぱり全然決まらなかったんで、サバイバルゲームをやって実力で決めようってことになったんです。何かの漫画でやってるのを見て面白そうだなって思ってたんですよ。私がゲリラ担当で、京介が防衛を担当してました。男子を殲滅するか教室を占拠すれば女子の勝ち。女子を殲滅するか首謀者である私を倒せば男子の勝ち。他にも細かいルールはかなりありますけど、聞きます?」
「いや、俺は最後まで反対してたんですよ? 見つかったらヤバいし、そんな決め方は間違ってるって。でも真冬が強引に……」
「一緒になって銃ぶっ放しとったら同罪じゃバカたれが!」
首を傾げながら天使のような微笑みを浮かべる真冬と、自分は関係ないみたいに素知らぬ顔をしている京介。二人の顔を見ながら武田は大きくため息をついた。そのためにわざわざ教師を宿直室に閉じ込めまでしていたのだから、もうここまでくると手を叩いて褒めてやりたい。
教師たちの間で十組の出し物が決まっていないことが話題になっていたのは記憶に新しい。密かにどうするのか、武田は憂いていたのだ。そんな時、十組の生徒が数人職員室にやって来て、「演劇をやることになったので、土日を利用して泊まり込みの作業をさせてほしい」と言った時は、嬉しくてつい監督役を引き受けてしまったものだ。――だが蓋を開けてみればこれだ。若いうちはやりたいことも多いだろうからしっかり話し合って決めなさい、などと楽観していた数日前の自分を思い出し、深くため息をついた。
「……それで、武器やら煙幕はどこで入手した?」
「俺と二年の佐倉が一式調達しました。趣味でよくサバゲーやってるんですよ、俺たち。まあ佐倉まで参加していたのは予想外でしたが。銃を人数分集めるのにはそれなりに費用もかかりましたけど、でも楽しかったです」
律儀に答える京介。校則なんて破ったことありませんよ? とでも言いたげな優等生面が腹立たしい。
もはや得意気に真冬も続ける。
「煙幕は自分たちで自作しました。大量のピンポン球を粉々に砕いてアルミホイルで包むんです。それを軽く熱すると、すごい量の煙を吐いてくれるんですよ。アルミホイルで包んでるから、たぶん火事の心配もありません。あ、ちなみに使っている弾は全てバイオBB弾といいまして、時間が経てば全て土に還ります。教室や廊下に落ちてる弾は知りませんが」
京介の言葉を捕捉してくれる真冬も真面目面で、個別に見れば見栄えのいい二人なのに、いざ二人揃うとやらかすことはろくでもない。しかもそれでいて学年の成績トップがこの二人なのだから、いよいよタチが悪い。まだタバコを隠し持っているような分かりやすい不良のほうが何倍もマシだ。
このアホ共が、そう呟いた武田に京介が恐る恐る尋ねた。
「あの、俺たちまさか、退学ですか?」
武田の額に浮かび上がった青筋がブチンと切れた。
「校長に報告できるかこんな事! 監督役を任せてくれた担任の先生に申し訳が立たんわ! それとも何か? お前らは儂の首まで飛ばす気か、ええ!?」
武田の怒号に二人はビクリと首を竦めた。本当に反省しているのか、断言してもいい。こいつらはしていない。
「いいか、今すぐこの騒ぎに関わった者全員で後始末だ! BB弾一つ残してみろ、ただじゃ済まさん! 弾が一発見つかるごとに反省文十枚だ!」
「ちょっと、冗談ですよね!?」
天使が一転、風神の如く速さで真冬が噛み付いた。
「BB弾を全部回収するなんて不可能です! 一体どれだけばら撒いたと思ってんですか!」
「聞きたくもないわアホンダラ! ちょうど今日は日曜日だ、何があっても明日までに片付けろ! もしもこれ以上儂にくだらん説教をさせるつもりなら……」
「今すぐ関係者全員での校内清掃に取り掛かります!」
京介が背筋を伸ばし大声を張り上げた。これ以上は状況が悪くなるだけだと判断したのだろう。京介は毎度、引き際をわきまえている。
そうして逃げるように出口へと歩き出す京介と真冬に、武田は逃すまいと一言を付け加えた。
「お前ら、後始末が済んだら反省文十枚と一週間校内ボランティア活動に参加だ。それで処分は勘弁してやる」
「……〜〜! りょーかい!!」
やけくそになった京介と肩をがっくり落とした真冬。それ以上は何も言わず、二人は生徒指導室を後にした。
二人が去り、静かになった部屋の中に武田のため息だけが響き渡る。
校長には黙っておいてやるにしても担任の先生に報告しないわけにはいかないだろう。それに閉じ込められた宿直室から脱出するために武田は窓ガラスを破壊しているのだ。一体どう説明したものか……。
それを思うと気が重い武田なのであった。




