真冬の行方
【南校舎・三階廊下】
極力音を立てないように気を配りながら、京介は誰もいない三階の廊下を走った。
佐倉の前では平静を装っていたが、彼女の回し蹴りを背中に受けた時は本当に意識がとぶかと思った。正直、半分とんでいた。今も背中の真ん中あたりが心臓の鼓動とシンクロして全身に絶え間ない痛みを与え続けている。
「……佐倉め、本気の本気で蹴りとばしやがって。骨でも折れたらどうすんだ」
あまりにも佐倉の蹴りが効いたためムキになり、本気の本気で彼女に一本背負いを決めたことはこの際棚に上げておく。こんなことなら格好つけず素直に銃を使っておけばよかったと思わなくもなかった。
ここは三階でありながらも、一階からは未だ激しい銃撃音が聞こえてくる。女子の残党を相手に神崎らが応戦しているのだろう。しかし京介にとって、もはや優先すべきは氷堂真冬ただ一人。神崎には悪いが、応援には向かわず職員室へと一直線に突き進む。
そうしてたどり着いたのは南校舎の最も奥、窓がいくつも並んだ職員室だ。京介は音もなく職員室の前に辿り着くと、壁に張り付きながら僅かに扉を開けて中の様子を窺った。明かりが点けられていないため中は薄暗いが、窓から月の光を取り込んでいるために思ったよりも明るい。部屋の中には、顔は見えないが黒い人影が二つ。どちらも銃を所持している。
京介は静かに扉から一歩下がり、大きく息を吸って乱れた呼吸を整えた。そして一息に職員室の扉を蹴り破り、転がるようにして部屋の中へと飛び込んだ。
「動くな! 武器を捨てろ!」
扉を蹴破った音に驚いたのか、はたまた京介の怒号に驚いたのか、職員室を占拠していた二人の女子はびくりと体を跳ねさせながら入り口を振り返った。そこに銃を構えた京介の姿を確認すると、二人は武器を握りしめたままの態勢で固まった。
「動くなよ。抵抗するなら止めはしないが、銃だけ撃ち落としてやるほど俺は優しくねえからな」
京介の本気の声での脅しは十全に効果を発揮し、二人は悔しそうにしながらも拳銃を床に落とし両手を上げて後ろに下がった。拳銃を素早く回収すると、銃を突きつけたまま二人を後ろ手に拘束していく。
しかし、ここに真冬の姿はない。それは何を意味するのか。
真冬は職員室にいると、佐倉は言っていた。まさかあの状況で嘘をついていたということはないだろう。しかしだとすると、真冬は佐倉にも本当の行き先を告げていなかったということになる。正面から突入班をけしかけ派手に注意を惹き、自らは部下を率いて職員室を占拠、そしてそこからもう一転。真冬らしい、悪辣で手の込んだ作戦だ。
「ここに氷堂真冬がいたはずだ。あいつは今どこにいる?」
不本意ながら、拘束した女子の一人に銃を突きつけ尋ねると、二人は揃って天井の通気口を視線で指し示した。そこには確かに通気口の入り口があり、最近取り外したような痕跡もみられる。真冬はこの中に入っていったと、二人は言っているのだ。
それを見たとき、どくりと心臓が跳ねた。
ここで真冬は何をしていたのか、俺ならば何を考える? 通気口の中で誰にも見つからずに移動できる者がいるとすれば、そいつは京介らにとって何にもまして危険な相手だ。北校舎の四階、三年十組の教室を占拠されればその瞬間こちらの負けが決定するのだから。だからこそ神崎が一階玄関を除くすべての出入り口を封鎖し、バリケードまで築いていたのだが、しかしそれ故に北校舎に敵が侵入することはないとそう思っていたのだが――もしも通気口を通り、北校舎への侵入が可能だとするならば。
その可能性に思考が至った瞬間、捕虜をほったらかして職員室を飛び出した。もう嫌な予感で頭が一杯だ。
氷堂真冬。相変わらず人の嫌がることをさせたら天下一品。天井裏を通って移動だと?そんなこと他の誰が思いつく? 普通は思いつかないし、考えたとしても普通に実行しない。だが、それ故に盲点。あいつはそういう人の裏をかくのが何よりも得意な女だ。
現在、ほとんどの侵入者たちを制圧することには成功したが、氷堂真冬だけはその残党などではない。未だ戦局をひっくり返そうと暗躍する女子側の首領。一人泳がしておくには最も危険な相手。まだ状況は真冬の手の内で、本当に追い詰められているのは俺たちのほうだ。




