激突! 京介VS佐倉
開いていた距離が急速に縮まっていく中で、佐倉は両手を前に突き出し《USP》のトリガーを引き絞った。銃口からフルオートで吐き出された弾丸が京介へと直進し、一瞬で装弾数十三発のマガジンを空にする。あわよくば、これで勝負を決めるつもりだったのだが――
京介は身を低く屈めると、窓枠に足をかけそのまま信じられない跳躍力で跳び上がった。寸前まで京介がいた場所を目標を見失った弾丸が貫き廊下の奥へと消える。
さらに京介は天井すれすれで体を捻り、空中で落下しながら佐倉へとベレッタを構えた。同じくフルオートで撃ち出される弾丸が正確に佐倉を狙って飛来する。だが完全に読んでいた佐倉は真横に転がることでそれを難なく回避した。
地に下り立ち、再び互いを見据える二人は何も語らない。佐倉は空になった銃を投げ捨てナイフを抜き放った。それを見た京介もナイフを取り出す。ベレッタの残弾も今の攻防で尽きたようだ。
佐倉の手持ちの武器はこれが最後、京介も銃は持っていない。正真正銘、自らの腕だけの戦い。先に仕掛けたのは佐倉だった。
床を蹴りぬき爆発的加速と共に京介へと肉薄する。二人の距離がゼロになる刹那、姿勢を低く保ったままナイフを下段から上段に斬り上げた。京介がすぐさまそれに反応しナイフを下段に振り下ろす。両者のナイフが目の前でぶつかり合い火花を散らす。しかし佐倉は構うことなく力任せに振りぬいた。ナイフの切っ先が京介の鼻先を掠めるが、クリーンヒットではない。小さく舌打ちがこぼれた。
「まだまだぁ!!」
攻撃の手は休めない。ナイフを振りぬいた態勢のまま右足を頭の上に持ち上げ、振り下ろす。相手の脳天を狙った踵落とし。もし直撃すれば大怪我は免れない。しかし京介は動じることなく、後ろへ飛び退くことでその攻撃を回避した。だが、佐倉にとってはそれすらも予想通り。
京介が態勢を立て直す間も与えない。佐倉は無防備な京介の顔面目掛け全力のハイキックを繰り出した。
タイミングは完璧。回避は不可能。それで勝負をつけようかという渾身の一撃だったが、京介は避けることもせず、“自らもハイキックを繰り出し”迎え撃った。
バシィィィン!!
両者の右足がぶつかり、空気が激しく振動する。
案山子のような姿勢のままに交錯する二人の視線。だがそれもほんの数秒。弾かれたように佐倉は後ろへと飛び退った。
「はあ、はあ、はあ……」
止めどなく流れる汗をそのままに、大きく息を吐いた。
――強い。べらぼうに強い。楽に勝てるとは思っていなかったが、これほどか。
京介にとってはまだ様子見なのか、息一つ乱していない。なのに自分は今の攻防だけでこの有様だ。
――これが西条京介。
どう考えても戦況は不利。しかし佐倉は唇の端を持ち上げニヤリと笑った。
確かに京介は強い。だが、強さイコール勝利というわけではない。格下を相手取っているつもりでいるなら、それは決定的な油断だ。勝機はそこにある。
佐倉は懐から手の平サイズの小包を取り出した。それを京介目掛け、投げつける。
一直線に飛来するそれを、京介は無表情のまま手にしたナイフで一閃、切り裂いた。が、
「……!?」
その瞬間、辺り一面に白い粉が舞い上がった。京介の表情が驚愕に染まる。小包の中身は大量の石灰だ。
目潰し。卑怯だと言いたくば言えばいい。その言葉は敗者が吠えた瞬間、負け惜しみに変わる。だから負けてはならない。勝たなければ、意味などない!
佐倉は京介が怯んだ一瞬の隙を逃さず、滑るように移動し背後をとった。
手加減はしない。そんな余裕、今の自分にはない。実質、京介に気圧され潰されかかっていたのは自身のほうなのだから。
「やああああああああ!!」
気合一閃、躊躇なく京介の背中めがけて全力の回し蹴りを叩き込んだ。
「……がはッ!」
必殺の一撃をまともに受けた京介は激しい苦悶の声を上げながら数メートル先まで吹っ飛び、壁にぶち当たることでようやく止まった。
まだ左足に残る感触に確かな手ごたえを感じる。今度こそ間違いなく、クリーンヒット。佐倉の攻撃は京介の背骨に直撃、これでしばらくは体を起こすこともできないだろう。
「……その反射神経と動体視力がアダになりましたね」
佐倉は手で口元を押さえながら傍らの窓を開いた。たいして広くない廊下に充満しつつあった煙が夜風にさらわれ流れていく。しばらくして再び視界が開けた廊下の中には倒れたまま動かぬ京介と、ナイフを片手に立ち尽くす佐倉の姿だけが残った。
――これで良かったんだ。
乱れた息を整えながら、誰にともなく呟いた。
――京介は真冬の敵だった。そこに私情を挟む余地などない。真冬の行く道を邪魔するものは誰であろうとどんな手段を使おうとも排除する、これでいいはずなのだ。戦いが始まる前にそう決めた、覚悟を決めた。はずなのに。
なぜだろうか、廊下に伏したまま動かない京介の姿に、ひどく胸が痛んだ。まるで自分が大きな過ちを犯してしまったかのように、ズキズキと。まさか姑息な不意打ちで勝ったことを悔いているわけでもあるまい。ならば、なぜ?
「……私は、悪くない」
強く胸を押さえながら佐倉は歩き出した。動かぬ京介の横を通り過ぎ、階段へと向かう。下の階ではまだ仲間たちが戦っているはずだ、援護に向かわなければならない。
そう自分に言い聞かせることで自らの感情を置き去りにし、佐倉は二階をあとにしようとしたのだが、
「……待てよ」
狙い澄ましたかのように背後からそんな声が掛けられたことで、足を止めた。




