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彰子の立后と定子の怨念

 雲久と海久が出奔しゅっぽんしたあと、成忠は頼る所のない二人がいずれ頭を下げて戻ってくるものと高をくくっていた。しかし年が明けても戻って来ず、行方は全く分からなかった。元子の産み月は次第に近づいてくる。しかし元子の腹の子を流す修法を雲久と海久以外に頼めるはずもない。覚悟を決めた成忠は一人で修法を始めた。

 長徳四年(九九八)五月半ば、満月の夜、成忠は六波羅の小さな御堂みどうに入った。かつて雲久と海久がねぐらにしていた御堂である。成忠は正面に掛けられた二つの曼荼羅まんだらを外して姑獲鳥うぶめの像を祀り、その前に妊婦の土偶を置いた。土偶の周りには、堀川邸の下女を手なずけて手に入れた元子の腹巻を小さく切り刻んで並べた。

 壇に火を入れ、土偶と腹巻に香水こうずいを撒くと、成忠は不動剣印を結んで小さく慈救咒じくしゅを呟いた。

 ―ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン

 咒を三度唱えたのち、成忠は独鈷杵どっこしょを土偶の膨らんだ腹に突きたてた。土偶は腹の辺りで二つに割れた。成忠は割れた土偶を姑獲鳥の像の前に供えると新たな妊婦の土偶を取出し、再び香水を振りかけて不動剣印を結び、慈救咒を三度唱えた。

 ―ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン

 ―ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン

 ―ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン

 独鈷杵を土偶の腹に刺し、割れた土偶を再び姑獲鳥に供えてまた新しい土偶を取り出す。成忠は七日七夜の間これを繰り返した。

 八日目の朝、成忠は御堂を出て邸に戻った。食事も睡眠もとらずに修法を続けていた成忠は、邸に戻ると倒れ込むように床に入り眠った。

 成忠は薄闇の中にたたずんでいる。どうやら墓場らしい。大小の自然石を積み上げた墓石らしきものがあちこちに見える。周囲の木々は枯れ果て、骨の姿をさらしている。墓石の中から拳ほどの大きさの黒ずんだ赤い炎が生まれ、闇の空に昇り始めては途中で消える。小蠅ほどの大きさの黒いものが時折目の隅をかすめる。

 あちこちに濁った水溜りのある、暗緑色の地面に一歩踏み出す。足の裏にヌルリとした感触が伝わる。慌てて足を引く。もう一度ゆっくりと足を踏み出す。ズブリと足首まで地面に吸い込まれる。また慌てて足を引く。足首に暗緑色のねばねばした水が纏わりつく。見回すと、景色が陽炎かげろうのように細かく震えている。地面から湧きあがる霊気だ。背筋に悪寒おかんが走る。墓場全体がギシギシと音を立て始める。足元の地面が細かく揺れる。足がすくんで動けない。

 突然景色がグニャリと歪み、空に裂け目が現れた。裂け目から全身血塗ちまみれで、上半身裸の女が出てきた。腰巻一枚を腰に巻いている。長く伸びた髪は乱れ、生まれたばかりの、へその緒をぶら下げた赤子を腕に抱いている。赤子も血塗れだった。

 女は恨めしそうに成忠を見ると、赤子を成忠に差し出した。

 「お前の子。この子を抱け。」

 赤子が成忠を見てニッと笑った。同時に口から赤黒い血をゴボッと吐き出した。女が成忠に近づいた。

 「お前の子。お前の子。お前が殺した子。お前の命をこの子にくれろ。」

女の顔が一気に成忠に近づいた。

 大声とともに成忠は目覚めた。激しい動悸がしている。全身汗まみれだった。

 ―夢か・・・嫌な夢じゃった・・・

 成忠は暫くぼんやりと夢を思い出していたが、突然顔が輝いた。

 ―いや、悪い夢ではないかもしれんぞ。俺の修法がかなうお告げの夢かもしれん。そうじゃ、あの女は姑獲鳥うぶめに違いない。それも元子が姑獲鳥になった姿じゃ。で、あの赤子は元子の腹におる帝の子。そうじゃ、少し休んだらまた修法を続けねばならん。ふん、俺の修法もたいしたものじゃ。あの二人なんぞおらんでも困りはせん。

 六月一日、成忠は再び六波羅の御堂に入った。成忠は姑獲鳥の像を祀るとその前に壇をしつらえ、妊婦の土偶の周りに腹巻の切れ端を置いた。しかし今回はそれだけではなかった。成忠は正夢でなかった場合を考え、もしも子が生まれても、それが女になる修法も準備していた。求子妊胎法ぐしにんたいほうと呼ばれる秘法である。

 最初の三日間は姑獲鳥に祈った。土偶と腹巻に香水を振りかけ、不動剣印を結び慈救咒を唱えた。

 ―ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン

 百を越える割れた妊婦の土偶が姑獲鳥に供えられた。

 続く三日は求子妊胎法である。成忠は姑獲鳥の像を外し、正面に鬼子母神きしもじん、その右後ろに観音菩薩、薬師如来、佛眼佛母ぶつげんぶつもを祀った。また鬼子母神の左後ろには文殊菩薩、釈迦如来、一字金輪いちじきんりんを祀った。

 壇やその周りに香水を撒いて浄めたのち、成忠はまず佛眼佛母の真言を唱えた。

 ―オン・ボダロシャニ・ソワカ

 続いて一字金輪の真言を念じた。

 ―ノウマク・サンマンダ・ボダナン・ボロン

 三日三晩、成忠は一心に真言を唱え続けた。真言が虚空に吸い込まれていくように、成忠には感じられた。

 七日目、六月七日の朝、成忠は真言を中断し、一字金輪の印を結んで一字金輪曼荼羅いちじきんりんまんだらを観想した。中央に智拳印を結ぶ一字金輪像、周囲に馬や象、佛眼佛母を配した曼荼羅である。成忠の心の中に曼荼羅の世界が広がった。

 成忠は曼荼羅の中にいた。暖かい陽光が降り注ぎ、いたる所に見たことのない赤や青、黄や紫の花が咲き乱れている。辺りには甘い香りが漂い、心地よい楽曲の音が聴こえる。草木の間に美しい馬と白い象の姿が見える。しかし仏の姿はどこにもない。

 成忠は馬に近づいた。だが馬は成忠を避けるようにゆっくりと立ち去った。成忠は次に白象に歩み寄った。成忠が近づくと、白象は成忠に正対したかと思うと鼻を天に振り上げ、後足で立ち上がった。途端、一転して辺りは闇に覆われた。白象の全身から真っ白な光が放たれ始めた。光は一気にその強さを増し、白象は光りの中で聖天しょうてん変成へんじょうした。聖天は大きな目をさらに見開き、左手に持った剣を成忠に突き出した。

 「ガナバチ、我は聖天なり。歓喜の中に死を、死の中に歓喜を招来する。ガナバチ、命には命を、死には死を。」

 成忠は全身の血が引いていくのを感じた。胸の辺りを風が吹き抜け、心の臓が空転した。目の前が数回チカチカと輝いたかと思うと次第に視界が狭まり、全身の力が抜けていった。

 六道珍皇寺ろくどうちんのうじの裏の御堂の上空に、天に向かって昇って行く光の玉を見た人々が、堂の中で血を吐いて倒れている成忠を見つけたのは、その日の昼過ぎのことだった。その日以来、成忠の意識は戻ることなく、ひと月後の長徳四年(九九八)七月七日、七十七歳の生涯を閉じた。


 成忠が御堂で修法を行っていた六月初め、元子は宿下がりをした堀川邸で出産の準備に入っていた。初めての出産ということで不安もあったが、帝の子を産むという喜びの方が大きかった。まして皇子ならば、父顕光の栄華は約束されたようなものである。一門の期待にも応えられる。しかし様々な祈祷にもかかわらず、出産の兆候はなかなか現れなかった。不安に駆られた顕光は元子の許を訪れ、自ら寺に出向いての祈祷を勧めた。

 「女御様、月満ちていまだご出産の兆候が見えぬとは不可思議なことでございます。女御様とお生まれになる御子のため、女御様御自身が寺にお出ましになられ、安産の祈祷を命じられてはいかがでございましょう。」

少しでも早く我が子の顔を見たいと思っていた元子は顕光の申し出を受け入れた。

 「わたくしも少しばかり心配をしていました。今日こそは、明日にはきっと、と思いながら今日まで過ごしてきました。もしもわたくしが寺に出向くことで無事に帝の御子をお生みできるのなら、わたくしはいずこへでも参りましょう。それで、右大臣どのはどこの寺が相応しいとお考えなのですか。」

 顕光は言いにくそうに顔を伏せた。元子は顕光の返事を待った。

 顕光にとっても、元子の無事な出産は、何事にも代えられない重大な出来事である。意を決した顕光は、一つ空咳からぜきをすると顔を上げて話し始めた。

 「氏寺の興福寺とも思いましたが、興福寺は旧都平城。身重の女御様にはあまりに遠すぎましょう。」

 顕光はここでいったん言葉を切り、元子の顔をじっと見つめた。元子の顔に不安気な表情が現れた。顕光は言葉を継いだ。

 「実は、ご出産の兆候が現れないのは何者かが女御様のご出産を妨げているため、と申す者がおります。

 中宮様にも義子様にも皇子はいまだ誕生せず、また新たに娘の入内を狙っている公卿たちも多いなか、女御様のご出産を阻もうとする者がいてもおかしくはありませぬ。そしてもしこの推測が正しければ、こちらも強力な修法で対抗せねばなりませぬ。そこで選びました寺が広隆寺。」

 元子は不思議そうな顔で顕光を見た。

 「広隆寺・・・けれど広隆寺は薬師如来さまをご本尊にお祀りする寺でございましょう。お考えの修法を行うに適当な寺とは思えませぬが・・・」

顕光は小さく頷いて、さらに話しを続けた。

 「今よりおよそ百五十年も昔のことでございます。天台の慈覚大師円仁じかくだいしえんにんが、新しい仏教を招来するため唐に渡りました。その帰りの船の中でのことでございます。円仁の前に、ある神が現れました。その神は円仁に、自分は摩多羅神またらしんである、と告げました。そして、自分を祀らねば何人なんぴとも成仏できぬと伝えたそうにございます。

 これを聞き、円仁は帰朝後、叡山に阿弥陀如来を祀る常行堂じょうぎょうどう建立こんりゅうし、阿弥陀如来の背後に密かに摩多羅神を祀りました。これが本朝における摩多羅神信仰の始まりでございます。そしてこの摩多羅神信仰は瞬く間に真言に伝わり、やがて広隆寺でも祀られるようになりました。毎年広隆寺で行われる牛祭は、この摩多羅神を祀るものなのでございます。」

 元子は顕光が何を言おうとしているのかわからず、変わらず怪訝な顔をしていた。顕光はかまわず話しを続けた。

 「ところが摩多羅神は冥府の神、死と障礙しょうげの神でございました。大黒天、また荼吉尼天だきにてん、あるいは聖天しょうてんとも同一の神と言われる恐ろしく強力な神だったのです。そして一方、男と女の交わりをつかさどる神とも密かに信じられております。」

 顕光はこう言うと言葉を切り、元子の顔をじっと見た。元子の顔に恐怖の表情が現れた。それを見て顕光はさらに言葉を続けた。

 「しかしながら、摩多羅神は現世利益げんせりやくの神でもあります。この神に念ずればかなわぬことはないと・・・

 今、女御様にとって大切なことは、無事に帝の御子をお生みになられること。女御様のご安産と、それを邪魔立てする者の調伏ちょうぶくには、この摩多羅神の修法が最も相応しいかと・・・」

 これを聞いた元子は、顕光の言葉に従い広隆寺に入った。

 広隆寺では堂の正面に摩多羅神を祀り、同一神とされる大黒天、荼吉尼天、聖天の真言を日夜唱え続けた。

 ―オン・ビシビシ・シッシャ・バラギャテイ・ソワカ

 ―オン・ダキニ・ギャチ・ギャカニエイ・ソワカ

 ―オン・ギャク・ギャク・ウン・ソワカ

 三天の真言を唱えたあとは摩多羅神に従う二人の童子、丁礼多ていれいた爾子多にした囃子はやし言葉を唱える。

 ―シシリシニ・シシリシ

 ―ソソロソニ・ソソロソ

 七日目の朝、元子が突然産気づいた。あまりに急なことで堀川邸に戻る余裕はない。広隆寺の僧たちは寺が穢れると恐れ、元子を寺の外に運ぼうとしたが、女房たちはそれを拒んだ。やむなく僧たちは寺の坊を出産の場所に定め、元子を移した。

 湯を運ぶ者や布を持ち込む者、また安産を祈祷する大勢の僧たちが、坊の周りをあわただしく動きまわった。

 数刻ののち、一人の女房が顕光の待つ部屋に血相を変えて走り込んだ。

 「女御さまが、女御さまが・・・」

 顕光は立ち上がると元子の許に走った。不吉な予感がした。

 ―元子の身に何か起こったのか。あるいは死産か・・・

 坊の戸を開けた顕光はそこに立ちすくんだ。坊の中が水浸しだった。

 「どうした。何があったのだ。」

 女房たちはおろおろするばかりで誰も答えない。元子はぐったりと横たわっている。顕光はさらに声を荒げて尋ねた。

 「答えよ!御子はどこにおる!この水は何だ!」

 年長の女房が水浸しの床に平伏して答えた。

 「御子はお生まれにはなられませんでした。女御さまのお腹には水があるばかりでございました。床に溜まりおります水はすべて女御さまのお腹から出た水にございます。ご出血さえなさいませんでした。」

 言葉が出なかった。顕光はただ茫然と立ち尽くした。やがて元子が声を上げて泣き始めた。

 一条帝は元子の出産の経緯を聞き、涙を流した。

 「そうであったか。皇子はまた生まれなかったか。この度こそはと思っていたのだが・・・元子にも可哀そうなことであった。」

 元子はこののちも広隆寺に留まった。一条帝からは度々参内の催促があったが、元子は恥じて戻らなかった。

 一条帝の心に、元子流産の知らせを聞いた詮子あきこの言葉がよみがえった。

 ―このままでは冷泉帝の流れに皇統を奪われることとなりましょう。やはり中宮さまを・・・

 一条帝は再び定子のもとに通い始めた。それは一条帝が願っていたことでもあった。


 長徳四年(九九八)八月十四日、道長は病に冒され、土御門邸に籠もっていた。僧や陰陽師に祈祷をさせたが、それでも回復の兆しは見えなかった。一条帝のもとでやっと政権が安定し始めたと感じていた道長だったが、長引く病に気持ちが折れかけていた。道長は行成を邸に呼んだ。

 「行成、よく来てくれた。そなたに頼みたいことがある。よもや病がこれほど長引くとは思ってもいなかった。僧や陰陽師に祈祷をさせても一向に回復の兆しが見えぬ。このままでは政にも悪しき影響が出る。」

 行成は息を呑んだ。道長の声に全く力がない。青武者が護っている道長が病死するとは思えなかったが、御簾みすの外からでもずいぶんと痩せ衰えているのがわかる。行成は無理にも道長に声をかけた。

 「道長様、道長様のお勤めはこれからますます大切なものとなってまいりましょう。道長様のお考えのとおりに政を進めていくにはこれからが重要な時。帝も道長様のご出仕をお待ちでございます。早くご回復をされてご参内をなさいませ。

 道長様のお傍には晴明もおりますゆえ、その祈祷により、必ずご回復されましょう。お心を強くお持ちくださいますよう。」

 道長は行成に顔を向けた。

 「晴明は都にはおらぬ。息子の吉平と昨年の秋に雇い入れたという二人の従者を連れて、今、吉野に出かけていると聞いている。

 そのことはもうよい。私の頼みをまずは聞いてはくれぬか。」

行成は俯き、手をついて頭を下げた。思わず涙ぐみそうになった。

 道長は一息入れると話し始めた。

 「私はすべての職を辞そうと思う。このままでは帝にご迷惑をおかけすることになろう。帝のご恩によりこれまで朝廷を率いてきたが、これ以上ご迷惑はかけられぬ。

 ついては行成、帝が私の願いをお聞き入れになられるよう計らってはくれぬか。そなたが話しをすれば、帝もきっとお聞き入れ下さるであろう。」

青武者は行成に道長の病について何も伝えてきてはいなかった。病も青武者の計画の中にきっとあるはずと考えなおした行成は、道長の依頼を引き受けた。

 行成は土御門邸を辞して内裏に向かい、一条帝に道長の病状と希望を伝えた。しかし一条帝はそれを許さなかった。行成は安堵した。

 翌日、行成は再び土御門邸に向い、道長に会った。

 「道長様、帝は道長様のお申し出をどうしてもお許しになられませぬ。道長様の上表文をお受け取りになろうともなさいませんでした。しかしながら道長様、帝がこれほどまでに道長様を頼みにされておられるのなら、ここは帝のお心をお汲みになり、一日も早くご回復をされるようご努力をなさいませ。晴明もやがて戻ってまいりましょう。」

 道長の表情がさらに暗くなったように行成には見えた。

 「分かった。手間をかけた。」

 それだけ言うと、道長は口を閉じてもう何も言おうとはしなかった。行成も頭を下げると黙って土御門邸を後にした。

 道長は床の中でぼんやりと天井を眺めていた。ひのき杢目もくめが薄く濃く流れている。それは書の美しさに通じているように道長には感じられた。

 ―いつの間にか私はここまで来てしまった。書と詩を志していた私が・・・羲之ぎしや李白を目指し、少しでも二人に近づきたいと思っていたというのに・・・

 道長は目を閉じた。脳裏に二人の兄、道隆・道兼の姿が浮かんだ。

 ―兄上たちが死んだことで私の人生は変わってしまった。

 その時、頭の中にブーンという音が微かに聞こえた。音は次第に大きくなり、やがて太い男の声に変った。

 ―道長、お前には与えられた使命がある。

 道長ははっとして目を開けた。どこかで聞いた覚えのある声だった。

 「誰だ!」

 声は道長の全身に響き始めた。不快感はなかった。むしろ全身に力がみなぎってくる気がした。

 ―お前は夢の中で俺に会っている。道隆の邸でお前たち兄弟に咒が送られた折、お前を救ったのも俺だ。

 道長は思い出した。しかしあの時晴明は、送られてきた咒は晴明自身が泰山府君たいざんふくんの像に封じ込めたと言っていた。道長がそれを確かめようとした時、また声が聞こえた。

 ―そうだ。そう言うよう俺が晴明に命じた。俺自身がお前の前に現れるにはまだ早すぎたからだ。しかしそろそろお前はお前自身のこの世での役割を知らねばならぬ。

 聞け。今天道は狂い始めている。それに伴い、地道も狂いだした。お前は地道を正道に戻す役割を負っている。お前はその手にこの世のすべての権力を集中させ、正しい政をせねばならぬ。そのために俺はお前を護ってきた。どのような病に冒されようと、それを果たすまでお前は死ねぬ。

 思いもよらぬ言葉だった。自分が何者かに護られているなどと、道長は考えたこともなかった。確かに道長は権力の頂点に立てるような立場ではなかった。それが、気づいてみると、いつの間にか筆頭公卿になっている。道長は声の主が誰なのか考えた。口ぶりから仏とは思えない。ただこの世の者でないことだけは感じ取れた。また途方もない力を持っていることも感じられた。

 「あなたはどなたなのです。何ゆえ私が選ばれたのでしょう。私にそのような力があるとは思えませぬが・・・」

 声は言葉を続けた。

 ―俺は青武者と呼ばれている。お前も今後俺を青武者と呼ぶがいい。お前が選ばれた理由など知らずともよい。まずお前は娘の彰子を入内させるのだ。筆頭公卿のお前の娘なら、反対する者など誰もおらぬ。そしてすぐに中宮にせよ。そうすればお前はいずれ帝の外戚がいせきとなる。

 道長は目を見張った。それでも筆頭公卿としての重みが心の動揺を抑えさせた。

 「青武者殿、そうは申されても彰子はまだ十一。いまだ裳着もぎも終えてはおりませぬ。入内には早すぎましょう。それに中宮にはすでに定子様が・・・彰子が中宮になどなれるはずがありませぬ。」

 青武者の笑い声が聞こえた。

 ―ふふ、その時が来たなら方法は行成に尋ねよ。あの者ならばよい理屈を考えるだろう。いいか、すぐに入内の準備に入るのだ。お前の後ろには俺がいる。お前は正しい政をするに必要と思うことをせよ。何が正しいかなどと迷うことはない。お前が正しいと思うなら、それが正しいのだ。

 声は次第に小さくなり、やがてプンという音とともに消えた。

 内覧に就任して以来、道長の心のどこかに彰子を入内させたいと思う気持ちはあった。道長はそれを今、はっきりと意識した。青武者の声を聞いた日を境に道長の体調はすっかり回復したが、一条帝には病はいまだ回復せずと奏上し、邸に籠もって彰子を入内させる策を練った。

 八月も終わりの日、道長は行成を邸に呼んだ。また辞任の話だろうと考えた行成は、どのようにして道長を説得しようかと悩みながら土御門邸に入った。しかし道長の顔を見た行成はその変貌ぶりに驚いた。肌はつやつやとしており、声にも強さが戻り、何より全身に力が漲っている。半月ほど前の道長とは全く違っていた。

 「道長様、すっかりご回復のご様子。安心いたしました。」

 道長はにっこりと笑うと行成に話しかけた。

 「うむ、心配をかけた。もう大丈夫だ。数日の内には参内できよう。帝にもそのようにお伝えした。

 ところで、今日はそなたに帝への使いを頼みたいと思い、来てもらった。私は娘の彰子の入内を考えている。彰子もやっと十一になった。そろそろ入内を考えてもよい頃だ。そなた、その旨、帝に伝えてはくれぬか。

 入内となれば内裏では様々な準備が必要となろう。無論準備はこの道長がすべて引き受けるが、それより何より、帝のお心を確かめねばならぬ。その辺り、内々に帝に申し上げてはくれぬか。」

 道長の申し出を帝が断るはずはないと行成は思った。ただ心配なのは彰子の年齢。入内するには女になっていなければならない。まだ裳着もぎも済ませていない彰子が子供の身体であることは明らかである。行成は、彰子が裳着を終えたのちの入内を条件に、話しを進めることを引き受けた。

吉日を選び、行成は内裏に向かった。蔵人たちを下がらせ、一条帝と二人だけになった行成は道長の意向を奏上した。

 「帝、左大臣道長様の姫君彰子様はすでに十一歳におなりでございます。左大臣様は彰子様の入内をお考えのご様子。左大臣様の後ろ盾ならば申し分なく、数年の内には皇子ご誕生の期待ももてましょう。また彰子様なら、公卿たちはこぞって祝福するものと思われます。

 女御元子様はいまだご体調がすぐれず、同じく女御義子様にはご懐妊の兆しも見られませぬ。この入内の件、帝におかれましても良きお話しかと・・・」

 行成は定子には触れなかった。触れれば定子が職曹司しきのそうじにいることへの公卿たちの反発の強さにも触れねばならない。一条帝の機嫌を損ねるのは目に見えている。

 一方一条帝も焦っていた。元子の出産は異常な形での流産だった。不吉な気もする。そして定子に対する公卿たちの反感も如実に感じていた。

 「反対する理由はない。道長の姫とあればなおさらのこと。しかし彰子はまだ裳着を済ませていないと聞く。裳着を済ませていない者の入内は先例がない。」

 行成は落ち着いて答えた。

 「もちろん今すぐにというわけではありませぬ。裳着を済ませたのちということになりましょう。帝のご内諾をいただければそれでひとまずよろしいのではと・・・左大臣様にはそのようにお伝えいたします。」

 明けて長徳五年(九九九)一月十三日、なお続く流行り病と天候の不順を理由に改元が行われ、長保元年となった。これに先立つ一月三日、一条帝は定子を職曹司から、一条大宮内裏の北の対に入れた。元子は内裏に戻らず、義子には愛情を感じられない一条帝にとって、今は定子を内裏に戻して皇子誕生を期するよりほかなかった。また内裏に戻すことにより、定子の中宮としての地位を改めて朝廷に知らしめる意味もあった。しかし職曹司にいてさえ反発が大きかった定子の内裏への帰還は、さらに公卿たちの反感をかった。公卿たちは定子と顔を合わせることを避け、陰では何か不吉なことが起こらねばよいがと、小声で噂し合った。

 定子は女房たちには明るく振る舞っていたが、心の中には不安が山津波のように流れ込んでいた。両親はすでにこの世を去り、赦免された年の暮れに帰京した兄伊周は帰京後も人と会うことを避け、邸に籠もりがちだった。頼れるのは一条帝ただ一人。しかしその一条帝も定子の心に気づいてはいなかった。定子は日々孤独にさいなまれ、その孤独感は定子の魂の世界を圧し潰し始めていた。

 そんな中、二月九日に、十二歳になった道長の娘彰子の裳着が行われた。夜の内は雨が降っていたがやがて上がり、朝には晴れ間が広がった。寝殿の南廂にいた道長は晴れ晴れとした表情で青空を見上げ、裳着が行われる寝殿内をゆっくりと見回した。

 寝殿の東には東三条院詮子ひがしさんじょういんあきこから贈られた装束や、太皇太后昌子だいこうたいごうまさこからの装飾品、さらには中宮定子からの祝いの香壺こうこはこ一揃えが飾られている。また春宮からは馬一頭 が届けられた。

 の刻(午後9時)を過ぎた頃、彰子が寝殿の中央に進み出た。額の髪を上げ、唐衣からぎぬを纏い、裳を着けた、成人した女の姿である。五位、六位の殿上人が祝詞のりとを述べ、道長主宰の盛大な宴が開かれた。宴は三日にわたり続けられた。

 三日目の十一日、一条帝からの勅使が土御門邸にやって来た。行成である。行成は彰子を従三位に叙すとの詔を道長と彰子に伝えた。定子が入内したときに較べ、二段階も高い位である。それは彰子を近々入内させるという、一条帝の意思表明でもあった。しかし十二歳の彰子がすぐに懐妊する可能性は極めて薄く、皇子誕生の期待を定子に懸ける一条帝の思いに変わりはなかった。

 勅使としての仕事を終えたあと、行成は北の対で道長と二人だけで会い、一条帝の意向を道長に伝えた。

 「帝は彰子様を内裏にお迎えすることをすでにお考えだったお口ぶりでした。そして彰子様は女御のままでよいのだろうかと、密かにお尋ねでございました。中宮位にはすでに定子様がおいででございますとお答えいたしますと、帝は頷いておられましたが、何かお心の内につかえるものがおありのようにお見受けいたしました。

 もしや帝は、定子様を中宮位から廃そうとお考えなのでは。しかし帝の中宮様へのご寵愛を思えばそれもあり得ぬことと・・・

道長様、何かお心当たりはございませぬか。」

 道長は青武者の言葉を思い出した。

 ―青武者が帝に何か働きかけをしたのか・・・その時が来ればこの行成に相談せよと・・・今がその時なのか・・・

 道長は辺りを見回し誰も近くにいないことを確かめると、声をひそめて話し始めた。

 「私にもわからぬ。だが行成、彰子を中宮にする方法があると思うか。もし帝が中宮様を廃そうとお考えになられておられるのなら、そのお気持ちを尊重せねばならぬ。一度はご出家なさった中宮様、帝もその辺りをお考えなのやもしれぬ。

 すぐにとは言わぬ。そなた、彰子を中宮にする方法を考えよ。だが決してこのこと、他言はならぬ。」

 道長は青武者の言った通りに事態が進んでいるように感じた。


 二月の末、定子懐妊の知らせが一条帝のもとに届いた。公卿たちはとんでもない不吉なことが起こったと眉をひそめたが、しかし一条帝にとって、それはこの上ない吉報だった。一気に気持ちが晴れた気がした。一条帝はすぐに寺や神社に皇子誕生の祈祷を命じた。

 一方、道長の気持ちは複雑だった。定子に皇子が生まれればその皇子が立太子されることはほぼ間違いない。外舅がいしゅうとして伊周が復権すれば筆頭公卿の座も危うい。

 しかし道長の心のうちには喜びもあった。一条帝は、幼いころから道長を導いてくれた姉、詮子が生んだ帝である。もしも皇子誕生となれば詮子が喜ばないはずはない。それは道長にとっても嬉しいことだった。春宮居貞親王とうぐういやさだしんのうにはすでに敦明親王あつあきらしんのうが誕生しており、春宮が帝位に就く際、定子の子との間に立太子を巡って争いが起こることは十分に考えられる。道長は、その時は、定子が生んだ皇子を支えようという気持ちにさえなっていた。

 三月七日、富士山が噴火し、駿河の国から何の祟りか調べてほしいという書状が都に届いた。さらに六月十四日、内裏の西にある修理職しゅりしきから出火し、内裏が全焼した。一条帝らは職曹司へ、さらには太政官庁へと逃れて一夜を明かし、翌日詮子の住む一条大宮院に移った。公卿たちは、中宮が出家したにもかかわらず内裏に戻り、その上懐妊までしたための異変だと噂した。なかには、白馬寺の尼と呼ばれた則天武后そくてんぶこうが宮廷に入ったことで唐が滅びたといわれる故事を引いてまで定子を誹謗ひぼうするものさえいた。公卿たちの定子への反感は頂点に達した。

 八月九日、出産のため定子は輿こしに乗り、僅か二名の公卿を従えて中宮職大進平生昌ちゅうぐうしきだいしんたいらのなりまさの邸に移った。ところが、幸い定子の輿は門を通ることができたが、女房たちが乗った車は門が狭いため内に入ることができなかった。女房たちは牛車を降り、敷かれたむしろの上を歩いて門をくぐった。これを見た定子は唇をんだ。

 ―何という恥辱。中宮であるわたくしの出産の場が何ゆえ昇殿も許されておらぬ、このみすぼらしい生昌の邸なのか。生まれてくる御子が皇子ならば帝にもなられようという御子。その上、そもそも生昌は伊周どのを密告した張本人。何ゆえ帝はこのような仕打ちをわたくしに・・・

大宰府に流される途中、伊周は滞在していた播磨から密かに帰京し、定子の許に身を寄せていた。生昌はそれを朝廷に密告した。伊周が播磨に戻る寸前のことだった。

 ―中宮の行啓ぎょうけいというに、供奉ぐぶする公卿はわずかに二人。それほどまでに公卿たちはわたくしを忌み嫌っているのか。

定子の悲しみが憎悪と怨念に変った瞬間だった。

 一方その頃、道長は宇治の別邸での宴の席にいた。彰子の入内が確実になったことを祝う内々の宴である。しかし中宮の行啓ぎょうけいの日に都にいなかったことを道長は後悔していた。陰陽師に日取りを占わせ、多くの公卿たちに招き状を送るなど、以前から準備をしていた宴だっただけに中止の決断ができなかったのだ。

 ―帝にも中宮様にも申し訳のないことをした。二人しか来ないことが分かっていれば中止したものを。来なかった者たちは中宮様のお伴をしたのだろう。お二人のお怒りをこうむるかもしれぬが仕方がない。それにしても中宮様は間の悪いお方だ。よりによって生昌なりまさの邸がご出産の場とは。私にご相談くだされば、中宮様に相応しい邸をお選びして差し上げたのに。

 しかし、宇治を訪れなかった公卿たちは邸に籠もっていた。道長と中宮とを天秤にかけ、どちらに行くべきか決めかねたのだった。   

 九月三日、一条大宮内裏の馬場殿の下で犬の死骸が発見された。また六日には、右近衛府うこんえふの仗のじょうのざに犬の糞が置かれていた。さらには八日、内裏の道長の宿所の床下から男児の死体が発見された。近所の野犬が腕をくわえて引き摺りだしたのである。死体はあちこち野犬に喰われ、ひどく傷んでいた。内裏は触穢しょくえとなった。一条帝は相次ぐ不吉に内裏が咒詛されていると考え、陰陽師賀茂光栄かものみつよし・安倍吉平の二人を内裏に呼んだが、すでに咒は消滅しており、誰がどこから咒詛していたかを知ることはできなかった。

 十一月一日夕刻、彰子の入内の行列が内裏へと向かった。それはかつてないほど壮麗なものだった。十一人もの公卿が随行し、女房は四十人。姿形が美しいことは無論のこと、人柄や両親・祖父母の出自さえも調べ尽くして選ばれた女房たちである。また女童めのわらわは六人。東三条院詮子が選び抜いて彰子に付けた。さらに下仕えの者が六人従っている。後ろには衣服や調度品などを載せた牛車や輿が何台も続いた。七日には彰子に対する女御宣旨が出されることも決まっていた。

 生昌なりまさの邸にいた定子は、彰子の入内の様子を聞くと女房たちを下がらせた。一人になった定子は部屋の南の隅の、几帳きちょうの陰に隠すようにおかれている厨子を開いた。そこには羅刹天らせつてんの像が祀られていた。

 定子は手を合わせて羅刹天に祈った。

 ―オン・ジリチエイ・ソワカ。羅刹天さま、どうかわたくしの願いをお聞き届けくださいませ。わたくしは夫である帝に見捨てられ、また公卿たちは臣としての礼節を忘れてわたくしを忌み嫌います。道長に至っては、わたくしの行動にことごとく邪魔立てをし、わたくしに恥をかかせます。どうぞあの者たちをお滅ぼしくださいませ。そのためならば、わたくしの身に何が起ころうともかまいませぬ。

 ―オン・ジリチエイ・ソワカ。どうかわたくしのこの願い、かなえてくださいませ。そしてもう一つ。わたくしに皇子をお与えください。これがわたくしの恥をそそぐただ一つの道でございます。

 定子は一心に祈った。その顔からはかつての慈愛深い、優しい面立おもだちは消えていた。

 十一月六日夜、陣痛が始まり、翌七日未明皇子が誕生した。敦康親王あつやすしんのうである。定子は子の顔を見ながら、床の中で羅刹天に感謝の祈りを捧げた。

 ―羅刹天さま、わたくしの願いをお聞き届けくださり、心から感謝をいたします。この子が帝になりましたなら、わたくしの心も少しは晴れましょう。そしてもう一つの願い、果たされる日をお待ちしております。

 定子が祈りを捧げている頃、一条帝の許に皇子誕生の知らせが届いた。すぐにでも定子の許に駆けつけたかったが、出産のけがれに触れるため、一条帝にはそれはできなかった。

 一条帝は行成を内裏に呼んだ。

 「帝、皇子ご誕生とのこと。まことにおめでたき知らせでございます。臣として、これほどの喜びはありませぬ。」

 行成は両手をついて祝辞を述べた。一条帝の顔は喜びに輝いていた。今にも玉座を降りて行成の傍に駆け寄らんばかりだった。七夜の祝いの準備を行成に命じ、また右近衛権中将成信うこんえごんのちゅうじょうしげのぶを呼んで中宮の許に遣わし、この日のためにと三条院詮子が用意していた御釼みはかしを皇子に与えた。

 だが、この日は彰子に女御宣旨が下される日でもあった。道長は定子の度重なる、あまりの間の悪さを嘆いた。

 ―生昌なりまさの邸への行啓といい、この度のご出産といい、本当に何という間の悪いお方なのだろう。彰子への女御宣旨の日はすでに決まっていたというのに、まるで示し合わせたかのようなこの日のご出産。祝宴を延ばすわけにもいかぬし、集まってくれる公卿たちを追い返すわけにもいかぬ。これでまた私は中宮様から恨まれよう。

 祝宴は行われ、公卿たちは定子の許には行かず、全員道長主催の宴に参加した。舞や朗詠などが披露され、公卿たちは祝いの盃を勢いよくあおった。道長も次第に酔いがまわり、公卿たちの手を取り、自慢の調度品を見せに彰子の部屋に案内することさえした。

 あちこちで公卿たちが酔いつぶれるなか、道長は散会の直前、公卿たちの前でつぶやいた。

 「姫が女御にょうごになった。めでたいことだ。しかし子が生まれるのはまだ先のこと。私は今朝お生まれになられた皇子を、わが子同様に大切にお育てしようぞ。」

 しかしこの言葉は酔った公卿たちの耳に届いてはいなかった。

 翌日、一人の女房が祝宴の様子を定子に伝えた。定子は笑みを浮かべて言った。

 「姫君が女御におなりなのですから、お喜びは当然です。けれどもこの世は無常。権勢を極めておられる道長どのも、いいえ、間もなく十三におなりになる姫君であってさえ、何が起こるか知れませぬ。」

 定子の笑みの中にひやりとした冷たいものを感じ取った女房は、慈愛深かった定子がこのような物言いをするとは思ってもいなかっただけに、ぞくりとした寒気を感じた。


 十一月二十六日、一条帝は行成を内裏に呼んだ。

 「行成、私は心を痛めている。彰子は女御のままでよいのか。私は彰子を中宮にしてもよいと思う。しかし今は定子が中宮。中宮が二人いるなど古今に例がない。定子を廃すつもりもない。

 そなたに何か良い考えはないのか。定子を悲しませず、また道長をも納得させる考えは。」

 近頃では、一条帝も道長も行成を相談相手として扱っている。青武者が望んだとおりになった。だが行成は常に二人には控えめに接することを心掛けていた。

 「朝廷での決め事でさえ私には難しきこと。まして立后りつごうのような大切なことに考えが及ぶわけもござりませぬ。私にできますことはせいぜい先例をひもとき、過去に似たような出来事がないか調べるのみでございます。」

 一条帝は小さく頷いた。しかしその表情は暗かった。

 内裏を出た行成は土御門邸に向った。帝が行成に尋ねた内容を、今夜中に道長に伝えなければならないと考えたからである。

 深夜にもかかわらず、道長はすぐに行成を部屋に通した。行成が帝と会うことを聞いていた道長は、行成が自分を訪れることを予期していた。普段は鷹揚おうような道長の表情が今夜は少し硬い。

 「やはり来たか、行成。訪れて来ると思い、待っていた。」

 行成は道長の前に座り、帝との話の内容を語った。

 「道長様、帝は間違いなく彰子様の立后をお考えです。しかし定子様を廃すおつもりもないとのこと。今の中宮様を廃さず彰子様を后にする方法を考えよ、とのお言葉でした。ここはもう先例に捉われず、お二人を中宮にお立てする以外にありませぬ。問題は先例のないこの事態を、常に先例を重んじられる帝にいかにご納得いただくかでありましょう。

 道長様、東三条院様のお力をお借りすることはできませぬか。東三条院様ならば帝をご説得いただけましょう。」

 国母こくもとして今なお一条帝に影響力を持ち、道長の後ろ盾となってこれまでも動いてきた詮子あきこならそれができるかもしれないと行成は考えた。他に手立てがないと思った道長もこれに同意した。

 「分かった。しかし私が表だって動くわけにもいくまい。そなたが折を見て東三条院様の許へ行ってはくれぬか。」

 十二月七日、行成は詮子の許を訪れた。事の次第を聞いた詮子は一条帝に手紙を書き、その手紙を預かった行成は内裏に向かった。

 行成が妙案を持ってきたと考えた一条帝はすぐに行成と会い、詮子からの書状を受け取った。書状には、先例にこだわらず二人の中宮の鼎立ていりつを認めるように、と書かれていた。しかしそれでも先例を重んじる一条帝は彰子の立后を決めかねた。

 「東三条院様のお考えは分かった。道長の気持ちも知った。だがこれを行えば新たな先例を作ることとなる。しかるべき理由がいる。後世の者たちをも納得させる理由が。それがあるなら私は中宮の鼎立を認めよう。」

 「承知いたしました。それでは今暫くのお時間を・・・」

 行成は自信あり気に答えたが、二人の中宮の鼎立を正当化させる考えがあるわけではなかった。行成の微かな動揺を読み取った一条帝は行成に指示を与えた。

 「東三条院様と道長にそのように伝えよ。」

 だが、一条帝の言葉は二人の間に大きな齟齬を生じさせていた。一条帝は正当な理由がなければ中宮の鼎立を認めないと言ったつもりだったが、行成は帝が中宮の鼎立を認めたと聞いた。あとはそれを正当化する理由を作ればよいのだと判断した。

 行成は内裏を出ると土御門邸に向い、道長に会って帝の書状を手渡した。

 「道長様、帝は彰子様の立后をお認めになられました。おめでとうございます。」

 道長は手を打って喜んだ。

 「行成、そなたの尽力のお蔭だ。何と礼を言えばよいかわからぬ。

 そなたがこれまで、陰日向なく私のために働いてくれていたことはよく知っている。だが今までそなたの働きに報いることができなかった。これからは、そなたとはもちろんのこと、子や孫の代まで兄弟のように親しく交わり、この働きに報いたい。子供たちにこのこと、はっきりと伝えよう。」

 行成は道長の言葉に涙ぐみながら土御門邸を後にした。しかし邸に戻った行成は頭を抱えた。二人の中宮が並び立つ理由が思いつかないのだ。漢の国では四人の后が並び立ったことがある。しかしそれは国力が衰え、国が乱れた時代のことで、のちに四人は全員廃された。事由に引くにはあまりに不吉だった。

 行成は先祖の藤原忠平や師輔もろすけを初め、祖父伊尹これただ、保光、さらには実頼さねよりの日記までも調べた。それでも見つからない。道長からあれほどの言葉を貰った以上、理由が付けられないではすまされない。実資にそれとなく尋ねても、その意図をはっきりとは言えないため、不審な目を向けられるばかりだった。

 せめて考える手掛かりでもないかと、行成は何度も何度も日記を読み返した。しかしやはり見当たらない。行成は追い詰められた。

 ―先例などない。どこにもない。どうする。どうすればよい。このままでは道長様の信頼をすべて失う。地位も、官位も・・・お爺様、私はどうすれば・・・やはり私には無理だったのか・・・

 その時、背後に低い笑い声が聞こえた。青武者だった。

 「行成、もう諦めたのか。」

 行成は青武者の顔を見ると涙がこぼれた。

 「青武者様、私はもうこれまでです。ようやく道長様のご信頼を得られたというのに・・・ 

 私にはお二人が中宮にお立ちになられる理由を見出すことができません。似たようなことが過去になかったかを調べても、どこにもありませぬ。青武者様のご期待をも裏切ることに・・・」

 行成は手をついたまま涙を流し続けた。青武者は変わらず笑みを浮かべている。

 「行成、簡単なことだ。お前は過去にこだわり過ぎる。中宮が二人になると考えるから難しくなる。〝后〟とは何を指すのだ。太皇太后、皇太后、皇后ではないか。そこに中宮の名はない。」

 行成は、はっと顔を上げた。しかしまた力なく顔を伏せた。

 「青武者様、皇后様と中宮様とは同じでございます。それは無理でございます。昔から中宮様といえば皇后様のことです。帝もご納得はなさらないでしょう。」

 青武者の顔から笑みが消えた。

 「よいか行成。定子は髪を下ろし、出家している。本来ならば中宮に留まれるはずがない。それが一条の一存で中宮に留まっている。また藤原出身の后は藤原の氏の神事を勤めねばならぬ。だが定子は出家しているため神事を勤めていない。朝廷から中宮職に費用が出ているにも関わらずだ。一条には、藤原の氏の神事を勤める必要からも中宮を新たに立て、定子を皇后にすると言えばよい。一条が欲しいのは彰子を中宮に立てるためのことわり。従わざるを得ない理を立てれば一条は必ず従う。心の中ではそれを待っている。多少の無理を一条は承知している。

 だが行成、一条はまだ彰子を中宮にすると決めたわけではない。心の中では迷っている。してはならぬことは、定子の非のみを責めることだ。責めれば一条は定子を守る。一条はお前の奏上のすべてを却下するだろう。」

 青武者は去り、行成は青武者の言葉をじっと噛みしめた。

 数日後、定子は彰子の立后を一条帝が認めたとの噂を耳にした。

 ―帝は彰子を中宮に立て、わたくしを廃するおつもりか。中宮を廃されることになどなれば、わたくしは世の笑いものになる。絶対に許さぬ。

 十二月二十六日、敦康の五十日いかの祝いが行われた。太皇太后昌子の死の直後ということで祝宴は内輪の控えめなものだったが、それでも一条帝は数々の祝いの品を贈り、敦康を腕に抱いて喜びに顔を上気させていた。定子はそれを冷ややかに見ていた。

 祝宴が終り、一条帝と二人になった定子は、一条帝に静かに語りかけた。しかし一条帝を見る目は細められ、視線は鋭かった。

 「彰子さまを中宮にお立てになられるとか。道長どのへのご遠慮でございましょうか。筆頭公卿の道長どのの姫君が中宮となれば、政は必ずや円滑に進みましょう。道長どのもお喜びのことと存じます。」

 定子の視線の冷たさに、一条帝はたじろいだ。

 「いや、まだ決めたわけではない。後々のため、それができるや否や下問したにすぎぬ。」

 「後々のため・・・それはどのような後々でございましょう。」

 一条帝は言葉に詰まった。定子はさらに言葉を継いだ。

 「わたくしは中宮であり、また帝の一の皇子の母となりました。

 古来中宮はただ一人。彰子さまが中宮と決められればわたくしは廃されましょう。けれども一の皇子の母が罪なくして廃されるなど、義が立ちませぬ。義を大切になさっておられる帝がお認めになられるとは思いませんでした。」

 定子はこう言うと帝から視線を逸らした。一条帝は口籠りながらも話し始めた。

 「いや違う。そうではない。そうだ、うむ、そうなのだ。どのような未来にも対処せねばならぬ。それが帝の務めだ。しかし、いや、今すぐにどうこうするというわけではない。案ずることはない。道長が、いや、行成が、筆頭公卿の姫が女御のままでよいかと尋ねてきたゆえ、そのように下問した。 何を、いや、そなたを廃すなど、そなたが中宮ではないか。」

 定子は黙って頭を下げ、帝の前から立ち去った。一条帝は去っていく定子の後ろ姿をじっと見つめていた。

 翌長保二年(一〇〇〇) 正月十二日、一条帝は再び行成を内裏に呼んだ。改めて新年の挨拶を済ませた行成は、一条帝に中宮鼎立の件を奏上しようとした。

 「帝、女御彰子様の中宮立后の件でございますが・・・」

 一条帝は行成の話を遮った。

 「待て、行成。その件、今は不要である。」

 行成は驚いて一条帝を見上げた。

 「帝、それは・・・」

 一条帝は行成から目をらした。

 「行成、今日はそれをそなたに伝えるため内裏に呼んだ。話はそれだけだ。下がってよい。」

 「しかし・・・」

 「下がってよい。」

 取り付く島もなかった。帝の心変わりにどうしても納得ができない行成は、内裏を出て土御門邸に向った。

 「道長様、帝のお心変わり、どうにも解せませぬ。しかし私はその理由をお尋ねすることができませんでした。もう一度東三条院様のお力にすがるよりほかございませぬ。」

 道長の顔には失望の色がありありと見て取れた。しかし青武者の言葉を思い出した道長は、まだ諦めるのは早いと考え直し、詮子に手紙を書いた。

 「行成、この文を東三条院様に届けてはもらえぬか。帝の説得をお願いする手紙だ。この度の帝のお心変わりは、おそらく先日の敦康様の五十日いかの祝いの日に関わる。帝は中宮様とお会いになられた。その折にお二人の間で何ぞお話し合いになられたのであろう。

 行成、帝から先日ご下問のあった中宮鼎立の道理、折を見て、しかと帝に申し上げるように。頼んだぞ。」

 一月十五日、道長の依頼を受けた行成は内裏に入った。懐には今朝がた道長から預かった詮子の手紙を忍ばせている。

 朝議を終え一条帝と対面した行成は、まず詮子からの手紙を帝に手渡した。読み終わった頃合いを見計らい、行成は口を開いた。

 「ご覧の通り、東三条院様も女御彰子様の立后を強くお望みでございます。また私もそうなさるべきかと存じます。」

 行成はこう言うと顔を上げて一条帝を見た。一条帝の顔には何の表情も読み取れなかった。

 「先日、その話は終わったと言ったはず。なにゆえさらに蒸し返そうとする。」

 行成は背筋を伸ばして帝と相対した。

 「どのようにお決めなされましてもそれは帝のお心ひとつ。しかし、せめて私の話だけでもお聞きくださりませ。

 わが国は神国にございます。ゆえに何事においても神事を優先させねばなりませぬ。

 古来、大原野おおはらのの神事は后のきさいのみや様がお勤めをなさるべきもの。それがご出家のため勤められませぬ。その上、后の宮様のお勤めにかかる費用の一部は朝廷が負担しており、これは公費を空しく費やしていると言わざるを得ませぬ。今は左大臣道長様が氏の長者ということで代わりをお勤めになられておられますが、しかしながら、これでは神のご満足を得るというわけにはまいりませぬ。神祀官じんぎかんや陰陽師が度々神事違例の奏上をしておりますのも、この故でございましょう。

 中宮定子様は、正妃とはいえ、ご出家入道されておられます。定子様が中宮に留まり、封戸ふこをもお受けになられておられるのは、帝の深きご恩の賜物たまものでございましょう。」

 眉をひそめながらも黙って聞いていた一条帝がここで口を挟んだ。

 「待て、行成。そなたたちはみな中宮が出家したと言うが、中宮は出家したわけではない。尼削ぎをしたにすぎぬ。そなたらの思い違いだ。」

 行成は落ち着いた声で続けた。

 「尼削ぎはすなわち出家にほかなりませぬ。先例にお詳しい帝のこと、それはよくご存知のことと・・・」

 実資のみならず、行成までもが定子が出家したと考えていることを知った一条帝は、再び黙り込んだ。行成はさらに続けた。

 「今、后の宮には東三条院詮子あきこ様、皇后宮遵子のぶこ様、中宮定子様のお三方がおられます。定子様が中宮にお立ちになられた時には、太皇太后昌子様がお亡くなりになられる前のことゆえ、四后鼎立しこうていりつが存在したと言えましょう。漢の国でも、哀帝の御世には四后鼎立の時期がございました。まして今、后の宮様はお二人のみにございます。ここで新たにお一人を后の宮に加え、神事をつかさどっていただくことに何の不都合がございましょうか。

 中宮定子様を皇后様とお呼びし、また女御彰子様を中宮様とお呼びすれば、どなた様のお心も安らかでいられましょう。」

 行成は話し終えた。前の皇太后だった詮子を后の宮と述べたことに何か反論があるはずだと思ったが、一条帝は微かに笑みを浮かべて黙っている。二人は互いの顔を見ていた。

 やがて一条帝が口を開いた。

 「よく分かった。そなたの話しを聞き、少し心が晴れた気がする。東三条院様には、近いうちにお返事を差し上げるとお伝えするように。」

一月二十八日、彰子に立后の宣旨が下り、二月二十五日に立后の儀が行われた。女御彰子はついに中宮となった。これに伴い、皇后遵子のぶこは皇太后に転上した。以来、中宮定子の中宮職は皇后宮職こうごうぐうしきと呼ばれ、彰子の新中宮職が中宮職と呼ばれるようになった。中宮職大夫には大納言源時中、権大夫には参議藤原斉信ただのぶすけには蔵人頭藤原正光という錚々(そうそう)たる公卿たちが新中宮職に配された。 しかし定子のいる皇后宮職は、何一つ変わらなかった。

 これに先立つ二月十八日、一条大宮内裏の北の対で敦康の百日ももかの祝いが行われた。彰子の立后を決めたということもあって、一条帝は定子と会うことに気後れを感じていたが、それでも敦康の顔を見られる喜びの方が大きかった。集まった公卿たちの前で一条帝は敦康を腕に抱き、笑顔で定子を見た。定子も笑顔を浮かべていると思ったのだった。しかし定子の表情は硬く、一条帝に視線を向けることもなかった。宴が終わるまで、定子に笑顔は見られなかった。

 公卿たちが帰り始めた頃、定子は一条帝に小声で囁いた。

 「帝、このあと少しお時間をいただきとうございます。」

 彰子の立后を決めたことへの不満でも言いたいのだろうと考えた一条帝は、一瞬その申し出を断ろうと思った。しかし逆に、彰子立后の理由を説明する良い機会だと思い直し、定子の申し出を受けた。

定子と向き合った一条帝はすぐに彰子立后の理由を話し始めたが、定子はそれを遮った。

 「帝、そのことはもうよいのです。いずれこのようになると分かっておりました。今宵は敦康どののことにございます。」

 定子の表情は変わらず硬い。冷たい視線が真っ直ぐに一条帝に向けられている。

 「敦康・・・何かあったのか。」

 定子は視線を外すことなく答えた。

 「いいえ、何もございません。ただ敦康どのの将来について、帝にお約束をいただきたいのです。

 敦康どのは帝の一の皇子。それも中宮であるわたくしがお生みいたしました。帝になられてしかるべき皇子でございましょう。帝が居貞親王いやさだしんのうさまに御位をお譲りになられる際には、敦康どのを春宮にお立てくださるようお約束をしていただきたいのです。

 帝は先日、彰子さまを中宮にするおつもりはないと仰せになられました。けれどもそのお言葉は守られませんでした。先程申し上げましたとおり、そのことについて、今何かを申し上げるつもりはございません。敦康どのを春宮に立てることをお約束していただけさえすれば、それでよいのです。」

 定子の言葉は彰子を中宮にすることを決めた自分への意趣返しだと感じた一条帝は、笑顔を浮かべて定子の手を取ろうとした。しかし定子はそれをさりげなく避けた。仕方なく手を戻した一条帝は、定子に優しく語りかけた。

 「定子、そのような無理を言ってはならぬ。言葉をたがえ、彰子を中宮にしたことについては済まなかったと思っている。しかしそなたを皇后としたことで、そなたの体面は保たれたであろう。

 確かに敦康は一の皇子。いずれ帝になってもよい立場だ。だが親王宣下しんのうせんげもまだすませていない。決めるには早い。そなたもそうは思わぬか。」

 定子はわずかに唇を歪めた。視線は変わらず一条帝に向けられている。

 「それではお約束はいただけないと・・・」

 「約束をしないのではない。まだ時期が早いと言っているのだ。

 定子、中宮になるとはいえ彰子はまだ十三。子の生める体ではない。そなたは何をそれほど気に掛けているのだ。私にとって中宮は常にそなたのみ。そう思っているからこそ、そなたを内裏に戻した。それに偽りはない。

 子を生むのだ、定子。皇子を生め。そのなかに帝に立つに相応しい子が必ず現れる。決めるのはそれからでもよいではないか。」

 定子の表情は最後まで硬いままだった。そして翌三月、定子は再び懐妊した。また四月十七日、敦康に親王宣下が下され、翌十八日、親王となった。         

 数日後、道長は病に襲われた。しばしば昏睡状態に陥るほどの思い病だった。死を覚悟した道長は行成を邸に呼んだ。

 「行成か。よく来てくれた。そなたに是非にも頼みたいことがある。私はもう、そう永くない。いや、よいのだ。私はこれで満足をしている。左大臣など、本来私が望める地位ではなかった。兄の死によって転がり込んだもの。だが心配なのは皇后様や中宮様、敦康親王様、そして子供たちのことだ。とりわけ長子の田鶴たづのことが心配でならぬ。田鶴はまだ元服も終えていない。そこでそなたに頼みたい。田鶴の後ろ盾となってやってはくれぬか。そなたが後ろ盾になってくれれば心強い。頼まれてはくれぬか。」

 道長のやつれ果てた姿を想像していた行成だったが、思いのほか顔色は良かった。青武者が護っている道長がそんなに簡単に死ぬはずはないと行成は思った。

 「道長様、私などが後ろ盾になっても何のお力にもなれませぬ。そのようなことをお話しにならず、お気を強くお持ちになられ、早く内裏にお戻りくださいませ。お顔の色も決してお悪くありませぬ。今、晴明は内裏に籠もっていますが、遠からず戻ると聞いています。晴明ならばこのような厄病神、すぐにも退散させましょう。」

 晴明は一条帝から百日ももかの祝いや親王宣下の日取り、その後の様々な節会せちえ寺詣もうでの日程や場所についての占いを命じられ、内裏を離れられずにいた。しかし道長が倒れたと聞き、早く戻らねばと気を揉んでいた。

 五月十一日、道長への咒詛が行われた話しを耳にした晴明は、十五日、急いで内裏を出た。晴明は私邸に戻って身を浄めたのち、二人の従者を連れて土御門邸に向った。

 「雲久、海久、そなたたちが道長様にお目通りするのは初めてであったな。以前と異なり、この度は道長様をお救いする修法を行うことになる。どのような気分だ。」

 晴明は笑みを浮かべながら尋ねた。二人は苦笑いを浮かべた。

 「晴明様、おからかいを・・・私たち兄弟は晴明様とともに吉野に籠もったことで生まれ変わりました。今は道長様をお守りし、天道を正しい方向に戻そうと考えております。」

 晴明と雲久・海久の三人は土御門邸に入ると、道長のいる北の対に向かった。挨拶を済ませた晴明は、すぐに雲久と海久に命じ、北の対の南の渡殿わたどのに祭壇をしつらえさせた。祭壇の正面には九曜七星図を掛け、その前に九体の九曜尊像を祀った。供物には道長の守護星である禄存星ろくぞんしょうに因み、にれの小枝と稲を捧げた。さらに魔除けのセーマン・ドーマンの咒符を経机の上に広げた。

 祝詞のりとをあげ、禄存星の印を結んだ晴明は小さく咒文を唱えた。その後、印を解いて九字を切った。

 〝臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前″

 気合とともに、晴明は右上から左下に袈裟懸けに腕を振り下ろした。雲久と海久も加わった。三人の声は次第に大きくなり、空に響いた。三人の額に汗が流れ始めた。

 四日目の夕刻、海久が倒れた。三人は修法を中断した。ちょうどその時、道長が床の中で上体を起こし、大声で叫んだ。

 「我は関白道兼なり。世に伝えたき事あるゆえ現れた。世が乱るるは天道を犯すがゆえなり。世の本習ほんしゅうに則り、政をあるべき姿に戻すべし・・・」

 その声はまさしく道兼だった。晴明は急いで悪を退ける降三世明王ごうさんぜみょうおうの印を結び、真言を唱えた。

 ―オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バサラ・ウン・ハッタ

 真言を三度唱え、気合とともに印を道長に向かって突き出した。道長は床の上に倒れ込んだ。しばらくすると道長は目を開けたが、うつけた表情をしている。やがて再びばたりと床に倒れた。

 「妙だ。何かおかしい。道兼様とは思えぬ。本命星ほんみょうしょうである文曲星もんごくしょうに動きは見られぬ。誰が道長様に憑りついたのか。もう一度現れれば分かるのだが・・・

 雲久、今宵はそなたと二人で道長様をお守りするぞ。

 海久、そなたは一旦邸に戻れ。このままではそなたは命を落しかねぬ。」

 海久は雲久の手を借りて立ち上がった。

 「晴明様、大丈夫です。私はまだ続けられます。」

 「無理をしてはならぬ。今宵以上にお前を必要とする日が必ず来る。命を賭けても闘わねばならぬはその時だ。今宵は帰れ。今のそなたは足手まといでしかない。」

 海久は土御門邸から去った。残された二人は再び修法を始めた。道長は眠り続けていた。

 五月二十五日、行成は土御門邸に向った。道長の病状が落ち着いたとの知らせがあったためである。晴明と雲久は海久の様子を見るため、前日から土御門邸を離れていた。

 行成は道長の部屋の前に座った。

 「道長様、病状ご回復とのこと。安心をいたしました。」

 しかし道長の顔は妙に歪んでいた。顔の右半分は吊り上り、左半分は垂れ下がっている。両の目は真っ赤に充血し、黒目は薄い膜がかかったように濁っている。声もどことなくいつもとは違っていた。道長は歪んだ笑みを浮かべながら言った。

 「行成、今日は使いを頼まれてはくれぬか。実は伊周これちかの官位を元に復したいのだ。このこと、帝に奏上してほしい。考え抜いた末のことだと申し上げてくれ。」

 行成は素直に引き受ける気持ちになれなかった。強い胸騒ぎがした。

 「道長様、そのような重大な事柄、私などが帝に奏上するわけにはまいりませぬ。ご病気が回復なさったあと、道長様自ら奏上なさいませ。」

 道長の目が鋭く光った。

 「できぬと申すか。関白の頼みが聞けぬと言うか。」

 行成は、これは道長ではない、と直感した。誰かが道長にりついている。生命の危険を感じた行成はひとまず頼みを受けた。

 「分かりました。そこまで仰せならばお引き受けいたしましょう。これからただちに帝の許に参ります。」

 土御門邸を出た行成は東三条院の許に向かった。道長の異常をまずは詮子に知らせる必要があると考えたのである。

 「東三条院様、只今、道長様にお会いしてまいりました。しかし道長様のお振る舞い、尋常ではございませぬ。何者かに憑りつかれておられるご様子。先日はご自分を道兼様とお話しになられたとお聞きしております。本日もご自分を関白とお話しになりました。道長様は道兼様の霊に憑りつかれておられるのやもしれませぬ。しかしながら、道長様は伊周様の復位を奏上せよと仰せでした。道兼様の霊が伊周様の復位をお望みとは・・・」

 詮子の顔は蒼白だった。体調が優れないせいもあったが、それより、道長が気懸りだった。

 「晴明はいかがしておる。晴明ならば憑りついた霊をはらえるのではありませぬか。」

 「晴明は昨日から邸に戻っております。それではこれからすぐに晴明の邸に参りましょう。そのあと内裏へ・・・」

 詮子は行成を止めた。

 「よい。そなたはこのまま内裏に向かうように。晴明にはわたくしが使いを出しましょう。帝にお会いしても余計なことは申し上げぬよう。帝は伊周の復位などお認めにはなられませぬ。」

 詮子の使いが晴明の邸に向い、行成は内裏に向かった。一条帝と対面した行成は道長の言葉を伝えたが、一条帝は道長の言葉は病中のもので認められないと答えた。行成は再び土御門邸に向った。北の対の南の渡殿には、すでに雲久を従えた晴明がいた。

 行成は道長に一条帝の返事を伝えた。それを聞いた道長の表情が一変した。見開かれた目が吊り上がり、裂けるのではないかと思われるほどに口を大きく開けて行成を罵った。口辺からは涎が一筋どろっと垂れた。

 「お前は帝の説得もできんのか!役立たずめ!任官など関白である俺の言う通りにすればよいのだ。もうよいわ、下がれ、下がれ!」

 行成は部屋を出ると渡殿わたどのにいた晴明に目配せをした。そしてそのまま黙って東の対を抜け、牛車ぎっしゃを待たせている車宿に向かった。晴明と雲久が後に続いた。

 行成は二人を牛車の中に招き入れた。

 「晴明殿、道長様のご様子、どのように思われる。」

 晴明の身分は行成より遥かに下だが、青武者から仲間と聞いて以来、行成の言葉遣いは丁寧だった。

 「行成様、道長様は確かに憑りつかれておられます。しかし憑りついているのは道兼様ではございません。

 先程道長様が行成様に大声でお話しをされた折、私は北斗七星の動きを調べました。すると巨門星こもんしょうが奇妙な動きをしていたのです。この巨門星は丑年うしどし本命星ほんみょうしょう。そして道隆様は丑年のお生まれ。道長様は兄君の道隆様に憑りつかれたようにございます。道長様が伊周様の復位を奏上なさったのもこれで説明がつきましょう。またご自分を関白と仰せになられたことも。」

 行成は二度三度と頷いた。

 「やはりそうでしたか。私も伊周殿の件があって以来、道隆様ではないかと考えていました。それで、道隆様の霊ははらえるのでしょうか。」

 晴明は一瞬笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻った。

 「ここ数日のうちに。ただ、一つ気になることがございます。青武者様にもお尋ねしたいと思っているのですが、道隆様の霊は、ただ単に伊周これちか様の復位を目的に蘇られたのではないように思われてならないのです。」

 「え、ではなにゆえ。」

 行成は不安と恐怖に襲われた。

 「まだはっきりとは・・・邸に戻り、天道の動き全体を調べねば何とも言えませぬ。分かり次第お知らせをいたします。」

 邸に戻った晴明は壇の正面に北辰妙見菩薩ほくしんみょうけんぼさつを祀った。龍に跨り、右手に剣を持ち、北斗七星をかたどった光背を背負った像である。

 晴明は北辰妙見菩薩の印を結んで神咒しんしゅを唱えた。

 ―ボチテイ・トソダ・アジャビダ・ウドタ・グギタ・ハラチタ・ヤビジャタ・ウドタ・クラチタ・ギマタ・ソワカ

 龍が口から藍色の霧を吐き出し始めた。霧の中に天井まで届くほどの巨大な大日如来が現れた。如来は一瞬にして青武者に変った。

 「晴明、お前の考えている通りだ。道長に憑りつき、伊周の復位を求めたのは道隆だ。そして伊周の復位が道隆の真の目的ではないこともお前の考える通りだ。

 もし一条が伊周の復位を認め、さらに敦康の立太子を認めたなら、道隆の霊はあちらの世に帰るだろう。だがそうならないことを道隆は知っている。道隆はこの世を魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする世界におとそうと考えている。今はまだ人に憑りつく程度の霊力しか持ってはいないが、時とともに力を蓄え、やがて強力な怨霊となるだろう。

 そうだ。今お前が考えた通り、俺は道隆をたおせる。だが道隆の邪気を吸い、都を覆い尽さんばかりの多くの魍魎たちがすでに蘇っている。俺が道隆と闘っている間にその魍魎たちが人狩りを始めるだろう。お前一人で闘うのは無理だ。相手が多すぎる。今はまだ手は出せぬ。今お前たちを死なせるわけにはいかぬ。魍魎たちが暴れ出さぬよう抑えておくだけだ。

 だが覚えておけ、晴明。道隆と闘うのはお前だ。お前の命は数年後に尽きる。死なねばお前は道隆とは闘えぬ。吉平と二人の兄弟にお前の修法のすべてを伝える時間も数年しかない。

 吉平や雲久・海久にすべてを伝え、そしてお前が死んだのちに闘いが始まる。その時には俺が選んだ者たちも蘇える。」

 晴明は穏やかな表情で青武者を見ていた。

 「青武者様、私もすでによわい八十。まだ何かのお役に立てるとは幸せなことでございます。その上死んでもなお青武者様のお役に立てるとは、この上もない喜びでございます。」

 晴明が頭を下げ再び顔を上げた時、青武者はすでに消えていた。


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