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最終章 平和に対する一考察

 夕暮れの本屋は、例によって時間の流れがやたらとゆっくりだった。黄金色の夕日が店内に入り込んで、本をほんのちょっとだけ黄ばませていく。平積みされたファッション誌は、早くも冬の小物特集だ。外の木は緑がだいぶ深くなって、もう少しすれば茶色くなるだろう。

本当はいけないのだが、店長がいないことをいいことに和樹はレジのイスに腰を下ろしてカウンターに肘をつく。

「ねえ、和樹」

 羽原は、隣でコミックに立ち読み防止のビニール袋をかけていた。

「さっきから何考えてるの?」

「平和のありがたさについて」

「随分と哲学的なことを考えているのね」

 和樹が帰ってきたとき、当然ながらちょっとした騒ぎがあった。テレビに流されていたおかげで、和樹は地元でしばらく有名人になっていた。今まで連絡なかった中学時代の同級生から連絡があったり、親戚から連絡があったり。いたずら電話やら、何を考えているのか『無事に帰ってこられたのは我輩が祈ってあげていたからだ。だからお布施をよこせ』なんて怪しげな霊能力者からの電話まであった。

(冗談じゃねえって。こっちはお布施どころか当分神社とかイワク着きの物には近づきたくないっての)

 嬉しい事に、ちょうどそのゴタゴタも落ち着いてきた所で、和樹は久々に平凡な日々、という物を満喫していた。

「平和ね」

 羽原がぽつんと呟く。

「いい人だったな、黒埼の奥さん」


見慣れないおばさんが部屋に来たのは、和樹は自分がどんな風にここまでたどり着いたか羽原に語り終わった頃だった。

おばさんは病み上がりらしく、白いネグリジェから見える手足は痩せてしまっていた。それでもやわらかい眼差しとか、色が薄いけれどふっくらした唇とかから、健康な時なら結構キレイな人なんだろう、と想像がついた。

「あ……」

 生き別れの娘でも見つけたように、彼女は固まったまましばらく羽原の姿をみつめていた。

「良かった…… 目が覚めたのね」

ぽろぽろ涙を流しながら抱きついて来た見知らぬ女性に、羽原は少し目を大きく開いた彼女は正美という名前らしく、黒崎に説得され病気の治療のためにこの島に来たらしい。

「羽原さん。あなたの事は鎮乃目さんから聞いているわ。眠っている間、ケガや病気を治す力を持っているって。ごめんなさい。私はあなたを利用して……」

「いいの、別に。自分の命が掛かっていることだもの。仕方ないわ」

和樹は、実の父親のたくらみも隠さずに話していた。羽原にごまかしは通用しない。

「しかたないって。随分心が広いな」

 半分呆れて和樹は言った。自分が衰弱しながら眠っているのを知っていながら治療に利用した奴なんて、一樹だったら許せないのだが。

「何を利用しても生きたいと思うのは人間の本能だから、しかたないわ。私が許せないのは、鎮乃目を信じた自分のバカさ加減だけよ」

 クールというよりはドライな羽原の言葉に、正美はちょっと目を丸くしていた。

「ああ。こういう奴なんだよ、羽原は。ところでおばさん、外にも誰か、患者さんがいるの?」

「ええ。あと何人か」

「まだ、鎮乃目の計画が始めの方でよかったわ。もし何人もいたら大変だったわよ」

 ルリがフンと鼻を鳴らした。

「そうだ。医者! 医者呼ばなくちゃ!」

 まったりとした夢から覚めてハッと遅刻に気がついたように、和樹は慌てて立ち上がった。

 もしもまだ病人が残っていたら、早い事なんとかしなければならない。たぶん、この島に鎮乃目以外の医者はいないだろう。羽原が目を覚ました以上、誰かが発作か何か起こしても、こっちは処置の仕方がわからないのだ。

「おやめなさい!」

 いきなり正美に怒鳴られて、和樹はびっくりした。

「他の人なら大丈夫。不治の病ってわけじゃないし、すぐに容態が悪くなるって病気じゃないわ。中には風邪なんて人もいる。鎮乃目は、病気の重度じゃなくて金や地位で治療する人を決めたのよ。そうすれば、宣伝代わりになるから。もっと羽原さんの力が認められてから、病院を大きくして、一般の人にも開放するつもりだったのね」

「つくづくむかつく話だな」

「だから、外の患者さんの心配しないではやくここから出た方がいい」

 いつの間にか、妻は泣くのをやめていた。本性が出たというか、落ち込んでいたのが治ったというか、ちょっと変身したみたいだった。

「ここには、銃やら何やら、物騒な物が多い。あなた方がここにいたことが警察に知れたら、何かと面倒なことになるでしょう。今すぐここを出るのです」

 たしかに、銃やら怪しい団体について説明するのは色々面倒なことになりそうだ。それに、何かの罪で鎮乃目が逮捕されたら、一番被害を受けるのは羽原だ。父親が犯罪者、となると、余計な苦労が増えるに違いない。

「でも……」

「ここの事なら、心配無用」

 まるでどこかの女帝のように、彼女は胸を張って余裕たっぷりの笑みを浮かべた。

「こう見えても黒瀬の妻ですからね。後片付けには慣れています」

「ハ、ハア」

 浮かべた笑みが引きつっているのが、和樹には自分でよく分かった。

(死んだ婆ちゃん。食堂の漁師さん。なんだか、アブなそうな人間と仲よくなってる俺の人生ってどうなんでしょう? このままでいいんでしょうか?)

「さあ、そうときまったら、ぐずぐずしないでいきましょ。ボート、盗まれていなければいいけど」

 ルリがポケットからボートの鍵を取り出す。鈴のついたキーホルダーを指に引っ掛けてくるくると回しながら、廊下へ出て行った。

「和樹。あなたも神にあったのね。あのコンガさんがつくも神?」

 ルリの後を追いながら、羽原は胸にかけられていた十字架のペンダントを握りしめた。たぶん、あのペンダントに癒しの神が宿っていたのだろう。どんな神様か、見たかったような気がしないでもない。

「見えるのか。たぶん、お前も能力を持っていたからだな」

 和樹はちょっと顔をしかめた。目が覚めたことで、羽原の能力は消えている。それでもコンガの姿が見えるということは、仮に和樹が能力を失ったとしても、町角で奇妙な半透明の生き物を見ることになる、という証拠だ。

「そう。そういえば、貴方は今嘘をつけないのね」

 ほんの少し、羽原は微笑んだ。

「つけないわけじゃないけれど、ついたら私がわかるわね」

 フワッと寄って来たコンガはニヤついていた。

「辛かったでしょう? ここまでくるのに」

「ま、まあな」

「トゥルー」

 いちいち本当だとコンガが請け負ってくれた。

「じゃあ、私のこと、嫌いになった?」

「い、いいや」

「トゥルー」

「私の事、好き?」

 別に迷ったわけではないが、照れくさくて、和樹は答えるまでに時間をかけた。

「ああ」

「トゥルー!」

 羽原はにっこりと微笑んだ。今までした苦労では安いくらいの笑顔だった。


ぼけっと過去の羽原にみとれている和樹を邪魔するように、ジャージ姿のおじさんがレジに週刊誌を置いた。

表紙は、テーブルの上にズラッと並べられた銃の写真だった。その真横に、『葉巻島・謎のカルト教団』とゴテゴテした字で書いてある。

もちろん、島から大量の武器が見つかった事件は、新聞とワイドショーをにぎわせることになったが、事実とちょっと違っていた。集めていたのは黒瀬でも鎮乃目でもなく、ナントカいう謎の集団。その集団は、武器を買うお金は病人をターゲットにした霊感商法で稼いでいたとか、いないとか。

あの奥さんがどんなふうに警察に嘘を信じ込ませたのか知らない。たぶん彼女には二度と会わないので、真相は永遠に分からないだろう。

そして鎮乃目は完全に行方不明になっていた。また羽原にちょっかいを出してくるんじゃないか? と思ったけれど、羽原は首を振った。『黒瀬の後ろ盾がなくなったからには、父も下手なことをしないはず』だそうだ。黒瀬のバックがなければ、鎮乃目にテキパキとした誘拐なんてできないし、もし失敗したら鎮乃目に警察を動かす力はないから、間違いなくつかまる。

『それに、目が覚めた時点で、私に利用価値はないはずだから』

『何も、お前の能力が欲しいだけでさらったわけじゃないぞ』

『だったら、手紙でも出そうかしら。いつまでも大好きだとかなんとか』

 自分で言ってみた冗談が、思いの他不愉快だっただしく、羽原は形のいい眉をしかめていた。

 ちなみに、彼女の母親のことは言っていない。羽原に言っても、過去は変わらないし、変に彼女の心を乱したくないからだ。

 それに、はっきりと口には出さない物の、ことの真相を羽原は薄々感づいているようだった。だとしたら、その事実をどうやって受け取るかは彼女自身の問題なわけで。

「お?」

 写真の隅の小さな文字に気付き、和樹はクスッと笑った。

『撮影者/RURI』

 同じ物に気がついたのか、羽原がこっちに目配せしてくる。二人は顔を見合わせて、クスクスと笑った。

「へえ、やるじゃん、ルリちゃん」

 今まで消えていたコンガがひょっこりと姿を現した。もちろん、本屋のエプロンをつけて。すっかり妹分になったジッポが表紙を覗き込む。

「なあ、お前、もう目的果たして契約解除したはずなのに、なんでまだ取り憑いてるの? おまけにジッポまで増えてるしさ」

 お客に聞こえないように小声で和樹は言った。

 ジッポはもじもじとコンガの背中に隠れた。

「堅い事言わない」

「あの、レジ……」

 営業スマイルとは違う店員さんの笑顔に、おじさんは少しためらいながら声をかけてきた。


ー完ー

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