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第十章 囚われ人と恨み言

 『はいはい。言う事を聞きますよ、ご主人様』

「吉原め……」

 鎮乃目は腕時計のスイッチを切って、流れてくる吉原の声を断ち切った。

 鎮乃目は、薄暗い部屋に立っていた。ブラインドから漏れる光が体に横じま模様を描く。

「どうします? 鎮乃目様、その和樹とかいう奴」

 スキンヘッドに黒スーツの部下、柴田が訊いてきた。

「ここまでなめられたら、報復しないと。私の目の前で殺すしかないですよ」

「しかし、まだ子供でしょう」

「私が殺せといったら殺すんですよ! わかりますね、柴田。下の連中に連絡を入れておけ」

 鎮乃目は駄々っ子のように床を踏みつけた。

 ていねいな言葉と命令が入り混じる鎮乃目独特の言い回しに、柴田は頭を下げた。

「はい、わかりました。それから、あのYSO会社の息子、あれはどうしますか?」

「まだ治さないよ。もっと粘れば金を搾りとれそうだ。だいたい、あれは娘の力を借りなくても治る病気だよ」

(我が主人ながら、えげつない……)

 鎮乃目は、娘の力を軽々しく使うことはしなかった。金持ちや裏の権力者から病気の人間を預かって、放っておく。いよいよ患者が死に掛け、ミコトとかいう女に治療をしてもらうまで、患者は苦しみ続けるのだ。娘のありがたさを思い知らせるためと、高額な入院費を得るために。

「では、黒瀬の奥さんはどうします?」

「容体は?」

「かなり酷いですよ。苦しんで」

 彼女のすすり泣きを思い出して、柴田は眉間にシワを寄せた。

「じゃあ、そろそろ治してやるか。武器も場所ももらったし」

「そうしてください。もう黒瀬に催促されるのは嫌ですよ」

 鎮乃目の目が細くなる。なにげなく言った自分の言葉が、上司の機嫌を損ねたことを知って柴田は焦った。

 鎮乃目の声が低くなっている。

「もう嫌? 私に命令するつもりですか?」

「い、いえ……別にそういうつもりでは」

 しかし、いい訳は遅すぎた。

 磨かれた柴田の革靴が、ふわりと熱でゆらめいた。焼けた鉄板を踏んだようにつま先が熱くなる。

「うああああ!」

 ブレイクダンスとコサックダンスの中間のような踊りを柴田は踊る。悲鳴を上げた口に焦げ臭い匂いが入り込む。

 床にとけた靴底の後がスタンプのように残った。革とゴムの焦げる、気持ち悪くなるような匂い。

「し、鎮乃目様、すみませんでした。お許しを」

 鎮乃目は面倒くさそうに手を振った。煙も残さず一瞬で火が消えた。

 柴田はその場に倒れこみ、爪先を抱える。

 鎮乃目は、柴田を静かに見下ろした。胸のポケットからジッポを取り出す。

「君達は、この私の言う事を聞いていればいいんですよ。この小さな女神のようにな」

 鎮乃目は、ジッポの蓋を開けた。部屋の中が照らし出される。

 そこには、小さな森があった。部屋の真中に四角く盛られた土が、オレンジ色の灯りに照らし出される。その四隅には榊が立てられていた。それぞれの榊は不思議な模様の描かれた布で結ばれている。

その土俵の真中に座り込んで、女の子が泣いていた。まだ幼稚園ほどの年だろう。溶岩のように真っ赤な緋色の着物の袖で目を押さえてうつむいている。東洋的な周りの状況と着ている物に似合わない髪は金色だ。それも当然で、彼女はジッポのつくも神だった。

鎮乃目は、タバコを吸わない。職業がら、タバコの害は知っている。金を払ってまで、寿命を縮めるようなことをするほどバカではないのだ。

それでも一応ライターを持っているのは父の形見だったからだ。それに、いくらか骨董品の価値があると聞いたからというのもある。まさか、何となくとっておいた物に、つくも神が宿っていたとは。

「う、ううう」

 柴田が呻く。

「ああ、だいぶ痛そうだ。反省しているならそれでいい。黒瀬の奥さんのついでに治してもらいましょう」

 自分で傷をつけたのを忘れたように、鎮乃目は柴田に肩を貸す。

「震えているね。大丈夫かい?」

 大丈夫なわけないだろう。柴田は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 恐かった。ついさっき自分で傷つけた人間をこうやっていたわる気まぐれな鎮乃目が。ついでに、あの聖域にいるという見えない女神が。

「鎮乃目様」

 扉の向こうから、部下が声を掛けてきた。

「黒瀬の奥さんの容態が……」

「やれやれ。和樹君を殺すのはお預けだ。これで奥さんを殺しちゃったら黒瀬に間違いなく僕も殺される」

鎮乃目はハアッと溜息をついて、首を振りながら薄暗い部屋の外へ出ていった。


19842567。それが建物の中に入る番号だった。重たそうに戸がゆっくりと開く。

「おお、吉原」

 吉原とおそろいのスーツで身を固めた男が壁に寄りかかり、かったるそうにタバコを吸っていた。金色の髪を全部オールバックにしていて、なんだがずぶぬれになったライオンの鬣を和樹は連想した。

「村田。ちっとは働けよ」

「ん? なんだそのガキは」

 和樹は吉原の隣にぴったりと寄り添っていた。もちろんナイフを吉原の腰に突きつけているのだが、一見すると仲のいい友達かVIPとそれに従うSPのようだった。

「そいつ、何ヶ月か前に本土の病院から抜け出した奴だよな。見つかったのか」

 村田は、和樹達にゆっくりと近づいた。

ナイフをつかむ和樹の手が汗ばんだ。

 肩に小さな糸クズが張りついているのに気づけるほど、村田は距離をつめてくる。そしてスッと和樹とすれ違った。和樹は漏れそうになった安堵の溜息を思い切り飲み込む。

振り向けば和樹が握るナイフが見えるはずだが、天気が気になるのか、村田はガラス戸から外を覗いたきり動かない。

(うう、邪魔だ、どけ)

 羽原を助けるまで逃げる気はないけれど、出口をふさがれるのはあまり気持ちのいい物ではない。

「そいつ、見つけたら殺せって言われてなかったか?」

(そんな連絡がまわってたのか)

 やっぱり引越しの船に乗ったのは考えが浅かったらしい。

「ああ、連れて来いって言われたんだよ」

 これ以上無駄話をしたくない。和樹は指で吉原の背をつついた。

「じゃ、急ぐよう言われてるから」

「ふうん、じゃ、いってらっしゃい」

 パタパタと振られた村田の手が、不自然に止まった。

「……なあんてな」

 スーツの裾がひるがえる。まるでダンサーかと思うほど軽やかに村田は振り返った。手には、拳銃が握られている。

「な……」

「もうばれてるんだよ和樹君。とっとと吉原返してもらおうか」

「おいおい、いいのかよ。俺を撃ったら吉原も死ぬぜ」

 和樹は半分泣き出しそうなのを堪えて、余裕たっぷり、という表情をして見せた。

(お願いだ、ナイフの先が震えているのに気がつかないでくれ! 頼む!)

 それに、人を殺したくないんだ。情けないくらいに震える膝をできる限り押さえる。酷く混乱してしまって、追い詰められたら自分でもとんでもないことをしそうだった。

 村田が、手本のように余裕っぷりの表情を浮かべてみせた。

「ぶっちゃけ、かまわない」

「ああ、ひでえ!」

 吉原の非難も聞かず、ずぶぬれライオンはニヤリと笑った。

「そいつには色々と借りがあってな」

 ごくりと和樹はツバを飲み込んだ。

 やっぱり、こういう汚い組織の人間は、友情なんてあいまいな物では結びついてないのだろうか。きっと、自分の利益のために仲間を利用する、なんて珍しくない世界なのだろう。

 村田がじっと吉原を見すえる。吉原は、視線をそらせた。

「今でも忘れられないよ。あれは小学三年生のときだ」

「お前ら幼馴染か」

「俺が大好きな子の下駄箱に入れたラブレターに、こいつはコイツはこっそりとトカゲの尻尾を忍ばせた!」

「た、たしかにそれは酷い……」

「それだけじゃないぞ。俺のグレートマンのキラカードを接着剤でくっつけたし……」

「そんな下らんことで見殺しにしないでくれ。俺、仲間だろ? な、村っちゃん」

 吉原の言葉に、和樹は思わず同意しそうになった。たしかに、殺人の動機がお菓子のおまけでは、事件が発覚した後に犯罪心理学者もどうやって解説したらいいのかワイドショーのスタジオで困るに違いない。

「さあ、どうだかな」

「二年前、一緒に警察をやり込めた仲だろ?」

「ああ。あの時はどうやったっけ?」

「たしか…… こう!」

 すっと吉原の背中が消えた。

和樹は耳の隅で、村田が床を蹴る音を聞く。

おもいきり手を捻り上げられて、和樹はナイフを落とした。いつの間にか後ろに回っていた吉原に半分吊るされるようにして動きを封じられた。

和樹の額に、村田の銃口が押し当てられる。

「まったく。妙なマネしやがって」

 吉原がコツンと和樹の後頭部をこづく。

「つーか、吉原。お前、いつでも逃げることできるだろ?」

「あ、ばれた? あはは。だって、どの道コイツを見つけたら、鎮乃目の所まで連れていかないといけねえから。ふんじばって連れてくるよりこうしたほうが楽じゃねえか」

 吉原は笑いを引っ込めて、低い声で囁いた。

「せっかくだから少しゲロッてもらおうか。お前一人でここまで来られるわけないよな。誰に手伝ってもらった?」

「それは……」

 和樹の唇がもそもそ動く。

「あ? なんだ聞こえねえよ」

 村田が耳を近づけてきたのを見計らって、和樹は大きく息を吸い込んだ。

「言えるか、バカ!」

 耳を押さえる村田に、和樹はにやりと笑った。

「うん。友達を売らないのはいいことだよ」

 勇敢な男の子が、いじめられている女の子を助けたのを見た保育士さんのように、村田はにっこりと笑顔を浮かべる。しかしそれは一瞬で消えた。

「でもムカつくんだよ!」

 村田が銃尻で和樹の頬を殴りつけた。

歯で頬の内側が切れて、和樹の口の端から血が垂れる。足に力が入らなくなって、和樹はがっくりと床に膝をついた。視界にちらつく光と床の模様が万華鏡のように回っている。

吉原は、腕時計のスイッチを入れた。

「もしもし、鎮乃目様? 姫君の恋人を捕まえましたぜ。ドーゾ」

『そうか。今、黒瀬の奥さんが治療中なんだよ。あと十分したらいく。それまで、どこかに捕まえておいて』

 時計から聞こえる声に、和樹の唇が震えた。本当は噛締めるところなのだが、うまく力が入らない。アイツがミコトをさらったんだ。なにか酷い悪口を叫んでやりたかったけれど、とっさに思い浮かばなかった。

『そしたら、私じきじきに殺すから』

 機会を通したザラザラした声が、あまり有難くない和樹の未来を教えてくれた。

「待ってろってさ。どうする?」

「言うとおりにするしかないだろ?」

 手足を縛られ、引越しの荷物のように肩に担がれて、和樹は建物の三階に連れて行かれた。

 鎮乃目が来る前から、ここを使う計画はあったのだろう。建物はなんとか使える程度にまで補修されていた。階段や廊下もそれなりに掃除をしてある。

「ほれ。入ってろ」

 放りこまれたのは、三階の隅の寒々しい部屋だった。

四方の壁は、壁紙が剥がれてほとんど打ちっぱなしになっている。たぶん吉原達の休憩所になっているのだろう。床には毛布が置かれていた。

傍に小さなちゃぶ台があり、ワンカップのビンやら、教育上よろしくない雑誌などが散らかっている。インスタントラーメンのカップがある所を見ると、ちゃんと水道とガスは通っているようだ。

「ま、人生最後のお昼寝場所だ。毛布ぐらいサービスしてやるよ」

 サービスしてくれるにしては手荒く、和樹は毛布の上に放りだされた。その衝撃で目覚まし時計がガシャンと音を立てる。今どきめずらしい、文字盤の上にベルが二つ付いているアンティークな物だ。

 和樹はちらっと窓をみた。外で見たとき、壁に非常階段があったはずだ。近くの壁にパイプか何かが張り付いていれば、それにつかまってそこまで壁伝いに行けるかもしれない。落ちたら間違いなく死ぬけれど。

「あ、言っとくけど窓を開けたらだめだよ~ 顔でも乗り出したら即効で額に銃で穴があくから。一応建物を見回ってる奴がいるからね」

 語尾にハートマークでもつけそうなほどご機嫌で吉原がいう。嘘じゃない証拠に、鼓動は冷静だ。

「じゃ、あと十分後に」

 二人は手を振ると、しっかりと扉にドアをかけていった。

「く、くそ」

 普段怠け気味の腹筋と背筋を酷使して、和樹はなんとか体を反らした。あごをちゃぶ台に乗っけ、立ち上がる。

「それにしても、なんにもない部屋だねえ」

「出たな、つくも神」

 和樹は縛られた足でちょこちょこと歩き始めた。

「きゃはは! まるでトイレ我慢しているアヒルみたいな歩き方だねえ」

「そうか」

「おや。つまんないねえ。もっとギャーギャー反論してくるとは思ったんだが」

「そんな時間ねえんだよ」

和樹はワンカップのビンの縁をくわえて立ち上がる。

「きゃ! 誰とも知らない野郎と関節キッス。不潔だわ」

 あまり考えたくないことをおばさん臭い言い方で言われて、和樹のこめかみがヒクついた。なんだか脱出する気をそがれた気分だ。

 くわえたビンを思いきり壁に叩きつけると、微かにヒビが入る。それを何度か繰り返してビンを割ってしまうと、ガラスのカケラを使ってロープを切り始めた。

 つるつるするガラスの切り口はなかなか縄にひっかからないで、切るのにかなり時間がかかった。おまけに指までちょっと切ってしまった。

「教訓。縄を切るときは、のこぎりみたいなギザギザのある物を使うこと」

 血の流れが悪くなった手首を擦りつつ、和樹は台所に向かった。

「なあ、コンガ」

 小さなコンロをどかして、ガスの元栓を探し出す。コックは開いていて、ガスは通っているようだった。

「もし、俺が死んだら、羽原によろしくな」

 和樹の言葉が少し震えていた。

「ん~ 人間の味方しちゃいけないんだけど、今際の頼み事だからね。それぐらいなら聞いてあげるよ」

「そうか。ありがとな」

「まかしてよ。しっかり伝えてあげるから。あなたがルリが船の上で一夜を共に過ごしたってね」

「なんだ、明らかに悪意に満ちた言い方は。お前、本当は俺のこと嫌いだろ」

「そんなことないわよ」

 コンガはにっこり笑ったが、本当かどうか。

 ゴムのホースを思い切り引っこ抜く。シューっという音と、くさった玉ネギのような匂いがあふれ出した。

 和樹は床に横たわった。そして自分自身の鼓動に精神を集中する。肋骨から出ようとでもしているように心臓が暴れまくっている。呼吸を浅く、ゆっくりにする。走るのをやめたときのように、鼓動の感覚が大きくなっているのを和樹は感じた。

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