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 私は眠ったふりをして崇史さんが寝入るのを待っていた。後ろから規則的な寝息が聞こえてくると、私を抱きしめた崇史さんの腕をそっと退ける。寝入っているためか、重いけれど案外すんなりと腕が退けられた。ゆっくりベッドを出る。ソファーに向かうと静かに座った。


 さっきの崇史さんの言葉。「香織のおかげで恋愛してみたいと思ったよ。」潮時、という事だろう。崇史さんは私と恋人役をしていて、また恋愛をしたいと思ったんだ。それは崇史さんに恋愛をしたいと思わせた、本当に好きな人ができたという事。それなら、もうすぐ私への依頼は終了する。崇史さんはその人と付き合うのだろう。

 ……離れるための心の準備をしておかないと、ね。まだ、大丈夫。崇史さんは気になる人だけど、まだ好きな人ではない。このまま離れて忘れるんだ。…好きになる前で良かったんだよ。あの崇史さんが3年かかって見つけた人だ。私が邪魔していいわけがない。

 私はそのまま広いソファーに横になって目を閉じた。



 翌日は崇史さんより早く起きて身支度を整えた。

 目を覚ました崇史さんはちょっとビックリした顔をしていたが、私は何も言わず荷物を整理する。


「崇史さん、新幹線の時間まで今日はどうしますか?」

「そうだな。まだ行ってなくて香織がおススメのところはあるかな?」

「そうですね〜。昨日、大体回りましたからね。…スカイビルの空中庭園はどうですか?気持ちいいですよ。」

「空中庭園?庭園があるの?」

「いえ、展望台ですね。ビルの屋上にあるんです。」

「へえ、面白そう。行ってみようか。」

「はい。」


 私は荷物を整理しながら話す。なんだか、崇史さんの目が見れない。不信に思われるかもしれない、とわかってはいるが今はまだ無理みたいだ。





 空中庭園へ上るエスカレーターに乗る。


「ここ、夜に来るともっとキレイなんですよ。」

「へえ、このエスカレーターも空中にあるんだね。面白い。」

「展望台も夜のほうが良かったかもしれませんね。昼間も眺め、良いですけど。」

「……前に誰かと来たことがあるんだ、夜に。」

「…はい。」


 以前、ここに来た時の事を思い出しそうになり、あわてて違う話題を振る。


「ちょっと風が強いですね。でも気持ちいい。」

「ああ。」


 崇史さんが急に言葉少なになったので、私も沈黙を守る。なんだか居心地が悪い。なにが原因かわからないが機嫌が悪くなったみたい。でも、いつも通り崇史さんは私の腰をしっかり抱いているので顔を見なくて済んで良かったと思う。うまく笑える自信がない。もう、あの言葉を聞く前みたいに振る舞えそうになかった。



 17時。予定通り新幹線が駅に着いた。

 早く帰りたい。


「じゃあ、崇史さん。私、ここで失礼します。ありがとうございました。」


 軽く頭を下げて目線が合わないようにする。


「え?夕食、どこかで食べて帰らないか?」

「いえ、ちょっと疲れたみたいなんで、早く帰って休みます。」

「…そうか。残念だけど、仕方ないか。じゃあ、気をつけて帰るんだよ。」

「はい。お疲れさまでした。」


 そう言うとすぐさま崇史さんに背中を向けて歩き出した。





 それからは、会社ではなるべく今まで通りに接するようにして、会社以外では会わないようにした。週末も何かと理由をつけて断っていたが、さすがに4週続くと崇史さんもおかしいと思い始めたようだ。なにかと私に話かけようとする。できるだけ避けていたが、限界がある。そんな時はほとんど私は話さない。崇史さんの話を聞くだけ聞いてその場を去る。そんな私の態度に、周りもおかしいと気付き始めた。


「水原さん。最近、どうしたの?時田課長となにかあった?」


 見かねたのか、藤本さんが話かけてくる。


「…いえ。なにもありません。」

「なにもないって様子じゃないでしょ。今日、晩飯付き合って。そこで聞くよ。」


 私は少し躊躇ったが、その好意に甘えることにした。





「で、なにがあったの?」

「…なにも、ありませんよ。」

「またそういう…。」

「いえ、ホントに。時田課長とは最初からなにもありませんから。」

「…どういう事?」

「それ以上は言えません。ただ、私と時田課長は最初からなにもないんです。付き合ってるっていうのは、皆さんの誤解なんです。それに時田課長には、本当に好きな人がいますから。」

「えっ。そうなの?」

「あっ!すいません。今のは聞かなかったことにしてください!お願いします。」

「ふ〜ん。まあ、いいけど。じゃあ、水原さんは今フリーって事なんだよね?」

「…そうですね。」

「じゃさ、僕はどう?時田課長と付き合ってると思ってたから諦めたけど、違うのなら僕の事考えてよ。」

「え…。」

「ね?考えてみてよ。」

「……わかりました。」


 藤本さんの勢いに押されたのと、もし藤本さんと付き合えば崇史さんの事を早く忘れられるかもしれない、という打算でそう答えた。


「良かった!あ、水原さんのこと僕も名前で呼んでもいいかな?」

「あ、はい。別に構いませんけど…。」

「やった!じゃ、香織ちゃん。最近ご飯食べてる?なんだか痩せたような気がしてたんだ。」

「最近、なんだか食欲がなくて…。あんまり食べたいと思わないんですよね。」

「それはダメだよ。この仕事、ほとんど体力勝負だからね。ちゃんと食べないと倒れるよ?」

「はい。気をつけます。」


 久しぶりに崇史さん意外の男性としゃべったような気がする。なんだかちょっと気分が晴れたような気がした。

 大阪から戻って以来初めて笑ったような気がした。






――最近、香織の様子がおかしい。


 大阪から帰ってからだと思うが、今までと様子が違う。初めはあの言葉でなんとなく俺の想いに気づいてくれたのかと思っていたが、どうもおかしい。会社ではいつも通りだが、まず目を合わさなくなった。食事も理由を付けて断る。それから、いままで習慣にしていた週末のデートも断るようになった。最初は本当に用事があるのだろうと思っていたが、こうも続くとさすがにおかしい。出掛ける予定があると言った日に以前のように香織のマンション近くに車を止めて見ていたが、外出した様子はなかった。それに2人で話すことがなくなった。俺が話しかけようとすると、なんとなく避けられる。

 極めつけは、終業後に藤本と2人で食事に行くところを見てしまった。気になって、つい追いかけてしまった。すると、香織は最近俺には見せない笑顔を藤本に見せていた。

 どういうことだ!なぜ藤本となら食事に行くんだ!なぜ藤本になら笑顔を見せるんだ!

 俺の腹の底からどす黒い気持ちが噴出する。いますぐ、香織を問い詰めたい。どんな言い訳をするつもりだ!お前は俺のモノだろう。なぜ、他の男と一緒にいるんだ。

 あまりの怒りに目の前が真っ暗になる。香織は俺のモノだ。誰にも渡さないし、逃がさないぞ!






 一緒に食事に行って以来、藤本さんと話すことがなくなった。なぜか前みたいに気軽に話しかけてくれる事もなくなり、私が話しかけようとしても目を逸らされてしまう。どうしてだろう?あの時の返事をしないといけないと思ったんだけど、結局断るつもりだったからむしろこの方がいいのかもしれない。 

 私はもともと社内で話す人がそう多かったわけではないので、さらに話す人は減ってしまった。今では原田さんくらい。あとは、智美。智美とも最近なかなか話せていないんだけど。ますます無口になってしまう。

 私はこんな状態にもかかわらず、崇史さんから依頼終了を言い渡されるのが怖くて逃げ回っている。いつまでも今のままではいけないとはわかっていながら。





 大阪から戻って1ヶ月。私はおかしな事に気づいた。

 毎日の会社の帰り道。マンション近くまで帰ってくると視線を感じる。私を見ているわけではないのだろうが、強い視線を感じるのだ。それから、ポストに花びら。入っているのは花びらであって、花そのものではない。しかも、毎日。ある日を境にして毎日入っている。それは決まった花ではなく、毎日種類が違う。少し気味悪く思ってはいたが、実害がある訳でもないのでそのまま放っておいた。

 それからもう一つ。社内で気がつくと崇史さんがいる。もともとデスクは隣だからそれは当たり前なんだが、私がロビーにいる時や社食にいる時、休憩コーナーにいる時など。最初は偶然か、私が気にしてるから見つけてしまうのかと思っていたが、時々もの言いたげな顔でこちらを見てくることがある。でも私はまだ覚悟ができていない。お願い、もう少しだけ待って…。




 そんな中、私はある事に気づいてしまった。毎日ポストに入っている花びらの枚数が増えていっている。毎日1枚づつ。さすがに気持ち悪くなった私は、夜、智美に電話した。


「智美。ごめんね、今大丈夫?」

「うん。なにかあったの?声がおかしいよ。」

「それが、この前からウチのポストに悪戯されてて。」

「悪戯って、どんな?」

「気味が悪いのよ。毎日ポストに花びらが入ってるの。」

「花びら?花じゃなくって?」

「そう、花びら。で、花びらの大きさとか種類がバラバラで今まで気づかなかったんだけど、その花びら、どうも毎日1枚づつ増えてるみたいなの。」

「なにそれ?気持ち悪〜い。」

「でしょ?でもそれ以外なにもないのよ。どう思う?」

「それって、悪戯っていうレベル?嫌がらせにしても気味が悪過ぎるでしょ。心当たりないの?」

「ないよ〜。私、なんか恨まれる事したかな?」

「ねぇ、それ時田課長に相談したの?」

「…してない。」

「どうしてしないの?課長ならなんとかしてくれるかもしれないのに!」

「だって、そこまで迷惑掛けられないよ。私は依頼されて恋人役をしてただけなんだし。」

「どうしてよ?恋人役なんだったら恋人らしく頼ればいいのに!」

「だから、ホントの彼女でもないのに図々し過ぎるでしょ。それに、課長、…好きな人いるよ。」

「…そうなの?相手、誰か聞いた?」

「そんなの聞ける訳ないでしょ!私は部外者だよ。」

「ふふっ。案外、部外者じゃないかもよ。ってそれよりも、その花びらよね。今日は何枚だったの?」

「今日で25枚目。」

「じゃ、始まって25回目ってことね。ってそれほぼ1ヶ月じゃない!」

「そう。」

「それ、警察に相談した方が良くない?なんか、危ないかもよ。」

「そうした方がいいのかな。」

「行った方がいいよ。一人で行くのが心細いなら、あたし付いて行こうか?」

「ううん。大丈夫。明日の帰りにでも行ってみるよ。」

「そう?とにかく、気をつけてね。」

「うん。ありがと。」


 翌日の帰り、早速警察の相談窓口へ行った。案の定、警察ではなにか事件が起った訳ではないからどうにもできないと言われたが、被害届けを出すように勧められたので届けだけでも出しておく事にした。それから、マンション周辺の巡回の回数を増やしてくれる事になった。




 警察に行った翌日。仕事を終えて帰ろうと会社を出たところでついに、崇史さんに捕まった。そのまま腕を掴まれて会社裏へと引きずられるようにして連れて行かれる。

 崇史さんが怖い顔をして私を睨みながら、低い声で言う。


「昨日、警察に行ったな。なにがあった。なぜ、俺になにも言わない。」

「っ!どうして警察のこと…。これ以上、崇史さんにご迷惑は掛けられません。」


 私は目を逸らして固い声で答える。


「どういう事だ。」

「ですから、崇史さんには関係のない事です。」

「香織!!」


 初めて聞く崇史さんの怒鳴り声にビクッと身体を縮ませる。その様子に崇史さんの腕を掴む力がわずかに緩んだ。その瞬間に私は思い切り腕を引いて、すぐさま駅へと走った。

 

「待て、香織!」


 私のすぐ後ろを崇史さんが追いかけてきているのがわかる。私は必死で駅まで走って、ホームで扉が閉まりかけの電車に飛び乗った。一瞬後、崇史さんが閉まった扉の窓を叩き付ける音が聞こえた。

崇史さんに背を向けたまま「ごめんなさい…。」小さく呟いて目を伏せる。これ以上崇史さんと関わりたくないの。今は、もうはっきりと自覚している。崇史さんが好きだって…。でも、ダメなのよ。私は崇史さんの邪魔にはなりたくないの。


 電車を降りて、自宅マンションまでの道のりをゆっくりと歩いて行く。あんな風に逃げてしまって、崇史さんすごく怒ってるだろうな。もう、口も聞いてくれないかもしれない。…いっその事、その方がいいか。そうすれば諦めもつくかもしれない。


 そんな考えに捕われていて、マンション近くから私に注がれる強い視線にも全く気づかなかった。そしていつものようにマンションの入り口でポストを確認する。



 —花びらは入っていなかった。




今回はちょっとサスペンスちっくに終わりました。

崇史さんの行動が危険になってきましたよ〜。

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