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 その一週間は瞬く間に過ぎていった。


 土曜日はまた崇史さんと出掛けた。今度はホテルのランチバイキング。それからショッピングモールの立ち並ぶ通りを一緒に見て回った。

 崇史さんは一緒に歩く時、必ず腰に手を回してくる。初めはいちいち驚いていたが、少しずつ慣れてきてしまった。これは崇史さんのクセなんだろう。今までの彼女たちにしてきたから、自然と恋人役の私にもするんだろうと。



 そうして毎週、土曜日には崇史さんと会っていた。

 あれ以来、変に噂になることもなく、私が嫌がらせをされることもなく私たちは普通の恋人のように振る舞っていた。




 また、久しぶりに母からのメールが届いた。

“お見合いの話だけど、お相手の方の仕事が落ちついてきたから、そちらの日にちのご都合いかがですかって。”

“私、断ったよね?”

“一度会うくらいいいじゃない。”

“ダメ。私、彼氏いるもん。”

“そうなの?そんな事、一言も聞いてないわよ!”

“言ってないもん。”

“屁理屈言わないの!彼氏がいるなら早く言いなさい。お相手に失礼でしょ。”

“だから、お見合いしないって言ってるじゃない。”

“彼氏がいるなら、お母さんもこんなに勧めないわよ。”

“じゃ、今度こそちゃんと断ってよ。”

“わかったわ。それと近いうちに、彼氏に会わせてよ。”

“仕事が忙しいから、ムリ!”

“会わせてくれないなら、お見合い進めるわよ!”

“…わかった。時間ができたら。でも、忙しいのはホントだから近いうちにはムリだよ。”

“時間ができた時に連絡して。お母さん、そっちに行くから。”

“わかった。”

 携帯を置いて、大きなため息を吐いた。

 どうしよう。これは本当に崇史さんに協力してもらわないといけないかも。とりあえず、月曜日にでも話をしよう。




 月曜日は崇史さんがとても忙しく、話をするタイミングがなかった。

 翌、火曜日になんとか時間を取ってもらえた。といってもお昼休みだが。

 私たちは、会社から少し離れたレストランでランチを取りながら向かい合っていた。


「課長。お忙しいのに、すいません。」

「いや。それで、話というのは?」

「あの、プライベートなことなんですが。以前、課長からの依頼を受ける時に、私も協力をお願いした事があったと思うんですが、覚えてますか?」

「…ああ。見合い、だったか。」

「はい、そうです。それで、お見合いを断るために課長の話をしたんです。…その、彼氏がいるからって。」

「ああ。」

「そうしたら、母が一度会わせて欲しいって言い出しまして…。」

「わかった、会おう。ただ、今は無理だな。このプロジェクトが終わってからじゃないと。」

「ありがとうございます。母にもそう言ってあります。時間ができたらって。」

「そうか。仕事が落ち着いたら、また話そう。」

「はい。よろしくお願いします。」


 崇史さんは、仕事モードのまま聞いてくれた。今は、会社の人もいない二人だけなのに。少し寂しく思ってしまうのは、仕事以外の崇史さんを知ってしまったから。

 少し不機嫌にも見える崇史さんと話を終えると、二人一緒に会社へと戻った。






 6月に入って、一段と仕事は忙しくなっていった。

 デザイン課からはすでにクライアントへデザインが提出されていたが、この時期になって細かい変更が相次いでいた。

 それに伴い、制作課も変更・追加・削除が増える。設計課への変更は今のところ出ていないが、いつ変更になるかもわからず当初のプログラム自体もまだ完成していない現状だった。

 当然、スケジュールにも狂いが生じる。崇史さんは何度もスケジュールを見直し、忙しいながらも休日は確保しようとしてくれていた。

 6月下旬には、いよいよヤバい、という空気が流れ始め…。



 本当に帰れなくなってきたのは7月初めのころだった。




 時田課長が怖いっ!!7月に入ったあたりから表情は変わらないはずはのに、漂う空気が明らかに黒い。崇史さんと呼ぶことも恐ろしく、顔を見なくても不機嫌さがわかる。これにはさすがに原田さんもお気楽な事は言えず、黙々と作業を進める。私も細かい作業に目をしばたかせながらも数をこなしていくしかない。ひとつ仕上げて伸びをすると、バキボキっという音が響く。ああ、マッサージに行きたい!誰か私に癒しを!


 そんな中、メンバーが会議室に集められなんとかテストまで漕ぎ着けたが、これまた問題が!

 クリックしても動かない。なぜだ!

 動画がロード画面でフリーズ。どうして~!

 レイアウトされたイラストは文字化け。アウトラインかけ忘れてるよ!

 どうして色味が違うの。なぜかCMYKになってる!などなど…。

 諸々の問題点を書き出す。そして、崇史さんが低~い声でおっしゃいました。


「デスマ突入…。」


 ぎゃ~!!この頃になると、私にもわかりますよ。この言葉の怖さが!皆さん、天井を仰いで大きなため息。諦めでしょうか、全員何も言いません。




 私はようやく現実を知りました。本当にお休みないんですね…。会社に着替えを持ってくるなんて。それに、会社の地下にシャワールームがあるなんて、私、知りたくありませんでした。


 死・ぬ!!


 デスマ突入後、崇史さんは慣れない私にべったり張り付いて指導してくれた。時々、原田さんの視線を感じる事もありましたが。

 その甲斐があってやっと修正を終え、あとは一部の動作確認だけ、という所でどうしても同じところが引っかかる。設計課の3人だけではチェックしきれないので、メンバー8人でプログラムを8等分してそれぞれをチェックをする。

 あ、私プログラムを書く事はできませんが、チェックするだけならなんとかできます。

 それでやっとバグが見つかった。何カ所か。構文の最後がちゃんと閉じれてなかったり、スペルミスだったり。

 私も見つけました!


「あれ?これって…。課長、ちょっと見てもらえますか?」

「どれ?」

「ここです。このif構文なんですけど、三重の入れ子になってるんです。こことここ、てれこになってませんか?」

「……これだな。水原、よく見つけた。松本さん、ここ修正お願いします。」

「はぁ~、水原さんありがとう。これで動いてくれるといいんだけどね。」


 そして再度、確認。今度は修正箇所の後が動かない。またですか!皆さん、こんな事を毎回やってるんですね。ちょっと遠い目をになってしまうよ。

 またまた全員でチェック!今度はなかなか見つからない。皆さん無言でイライラしてきた中、崇史さんは無表情。だけど、一番怖~い雰囲気を醸し出してます。正直、近寄りたくない!


「あっ!」

「なんだ。」


 だから、崇史さん怖いんですって!いえいえ、今はそれは置いといて。


「これじゃないですか?ここ。」

「どれ。」


 全員が集まってた。違ったらどうしよ…。


「ここのスペル、頭だけ全角になってませんか?」

「………。」


 崇史さんはじっと画面を見つめる。


「それだ!」


 原田さんが叫び、勢いよく私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「よく見つけたね~。」

「はぁ~、これで最後まで動くかな。」


 口々に言うと席に戻っていく。 




 結果、動きました!最後まで。良かった~。

 全員で大きなため息。


「今日はみんな帰ろう。明日は昼からの出社で構わない。ゆっくり休んでくれ。」


 崇史さんの言葉で全員がほっとしたような表情。私もやっとお風呂に浸かって自分のベッドで寝れると思っただけで疲れが一気に襲ってきた。そうだ、明日の午前中はマッサージに行って来よう!

 全員が会議室を出ていく中、私はまだイスから立ち上がれずに脱力していた。もうこのまま寝てしまいたい…。

 そんな私を見て、崇史さんがさすがに疲れた顔で言う。


「香織、送っていこう。」

「はい。お願いします~。」


 こんな時に遠慮なんてしませんよ。私も疲れてるんです!

 崇史さんは私の荷物を持ってくれてタクシーが待機している会社裏へと導いた。

 さすがに疲れている時は、自分の車で帰るのは控えているらしい。


 タクシーが私のマンションに着くと、崇史さんはまた私の荷物を持って車を降りた。どうやら部屋まで運んでくれるようだ。疲れきった私の頭は、ありがたく思いながら特に疑問も持たずにオートロックを解除しエレベータへと共に乗り込む。

 そのときチラッと見えた入り口前にタクシーがいない事にも気づかなかった。


 5階フロアに到着し廊下を歩き出す。崇史さんは何も言わず私について部屋の前まで来た。


「あの、ありがとうございました。」

「いや。荷物、中まで運ぶよ。さすがに疲れただろう。」

「はい。…じゃあ、すいませんがお願いします。」


 部屋の鍵を開け、崇史さんを入れる。


「荷物、その辺に置いてください。」

「ああ。」


 わざわざ荷物を運んでもらって、これで帰ってくださいとも言えずに。


「崇史さんも疲れたでしょう?少し休んでいって下さい。コーヒー入れますから。」

「わるいな。ありがとう。」


 若干ぼーっとした頭でそう言うとコーヒーを入れ、崇史さんが座るソファー前のテーブルに置く。


「香織。俺はコーヒーを戴いているから、風呂に入ってきたら?」

「え?あぁ、そうですね。じゃあ、そうさせてもらいます。」


 ふらふらとお風呂場へ向かった。




――シャワーの音が聞こえる。


 俺は今、香織の部屋のソファーでコーヒーを飲みながら寛いでいる。


 なんとか仕事を終え、初めてのデスマで疲れきった香織を送ってきたが、部屋にまで入れてもらえるとは。

 よほど疲れていたんだろう。普段なら恐らく断るだろう、風呂に入ってきたら、と言う言葉に素直に従う香織はとても可愛かった。この部屋も香織のようにほんわりとしていて、とても居心地が良い。

 

 しばらくすると香織が出てきた。

 風呂上がりのため、頬がほんのり赤く上気している。その様子をじっと見つめている俺に構わず、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し飲むと、俺の隣へと倒れ込むように座った。


「香織、大丈夫か?」


 声を掛けると、俺がいることに今気づいたというように見上げてくる。その顔を覗き込むと、若干とろんとした目を向けてくるから、堪らずにその身体を抱き寄せた。

 暖かくて、柔らかい。

 その感触を確かめていると、腕の中から規則的な小さな息づかいが聞こえてきた。どうやら眠ってしまったようだ。

 こんなに無防備でいられるなんて…。少し複雑な気分だ。

 暫く抱きしめた後、香織を抱き上げ部屋の隅にあるベッドへと運び、一旦香織を降ろすと部屋の電気を消した。

 そして俺もベッドに潜り込むと一緒に横になる。

 香織の寝顔を眺め、ゆっくりと髪を梳く。俺の可愛い香織…。

 もっと見ていたいが、俺もこの疲労感にはもう限界だった。

 もう一度、香織をしっかりと抱きしめ、その頬に軽いキスをするとゆるやかに幸せな眠りへと堕ちていった。







――お風呂を出て。


 あったまったせいか、やけに眠気が襲ってくる。喉が乾いていたので、冷蔵庫に入れてある水を飲みソファーへと座る。

 すると、私を呼ぶ声がした。

 そうだ、崇史さんがいるんだった。あいかわらず、ぼーっとした頭で思い出す。そんな私を崇史さんは覗き込むと、ぎゅっと抱きしめてきた。

 あぁ、崇史さんの匂いがする。柑橘系の清潔で爽やかな香り。それに、あったか~い。なんかすごく安心する~。そのまま崇史さんに凭れかかる。眠い。もうムリ…。

 崇史さんに包まれながら、私は眠りについたのだった。



今回はお仕事編でした。

崇史さん、せっかくのチャンスだったのに寝ちゃうなんてね〜。

お疲れさまでした!

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