14
翌日以降も相変わらず、夜は崇史さんの部屋へ。朝に私の部屋へ寄って着替えて出社する、という日々が続いていた。今では崇史さんの部屋にメイク用品は揃えられていて、着替えも揃えるように勧められているけど、それは何とか拒否している状態。仕事は問題なく、新しいプロジェクトも今のところなくって今まで制作課が関わったWeb関連のメンテナンスや変更・更新作業が殆どだから、残業もなく定時で帰れている。
そんな比較的穏やかな日々の中、ある週末に土日続けて夕食を食べに行った。土曜日に連れられて着いた先は有名高級ホテル。3階にあるフレンチレストランへ連れて行かれた。
「崇史さん、どうしたんですか?こんな高級なところで食事なんて。」
「たまにはいいだろ?」
「でも…。」
「いいから。きっと美味しいよ。」
席に着いてしばらくすると、前菜が運ばれてきた。あれ?メニュー見てないんだけど。崇史さんが予約する時に頼んでくれてたのかな?
見た目もキレイで食べるのがもったいなく思ってしまう。でも食べるけどね。メインはお肉と魚が選べた。私は魚、崇史さんはお肉にした。
「香織。肉も食べてみる?美味しいよ。」
「いいんですか?じゃあ一口ください。」
「いいよ。ハイ。」
崇史さんは食べやすい大きさに切り分けてくれたが、それを自分のフォークで刺して私に差し出してきた。これは…、所謂『あ~ん』ってヤツですか?こんなところでやりますか!?
私が固まっていると、
「香織。はい。早く。ソースが垂れてくる。」
「う…、ハイ~。」
私は仕方なく口を開けると崇史さんがニッコリ笑いながらフォークを口に入れてきた。
「どう?おいしい?」
「…美味しいです。」
はっきり言いましょう。味なんてわかるわけないでしょ!隣のテーブルや崇史さんの後ろのテーブルの人からもチラチラ見られてるんだから。もぐもぐと口を動かしてなんとか食べてしまうと、やっぱりと言うかなんと言うか崇史さんは私に向かってさらにニッコリしながら言い放った。
「香織の魚も食べてみたいな。一口、ちょうだい?」
「……。」
ええ、一口あげるくらい良いですよ。でも、そういう事じゃないんですよね~?
私が一口分取り分けると、崇史さんの方へお皿を動かした。
「香織?わかってるよね?」
「…わかりません。」
「か・お・り?」
「う~。」
はいはい。わかりましたよ。だから笑顔で脅すのは止めてくださいよ。
私は仕方なく崇史さんの口元へ魚を差し出す。すぐに崇史さんはパクッと食いついた。なんだか餌付けしてるみたい。崇史さんは笑顔のまま、満足げに食べている。
「うん。美味しい。」
なんかもうバカップル決定ですね~。私は除外してもらいたいんだけどね。
そんな私たちを微笑ましいですね、という顔をしたウエイターさんが最後のデザートとデミコーヒーを持ってきてくれた。
「あ、可愛い~!おいしそう。」
デザートはイチゴのコンポートとムースだった。甘すぎずイチゴの酸味も感じられる。
「これなら崇史さんも食べられますね。」
あまり甘いものが好きではない崇史さんもこのデザートは全部食べられたようだ。
「はぁ~。お腹いっぱい。美味しかった~。」
「それは良かった。味は大丈夫だな。盛り方も問題ないか。」
なにやら細かいことをブツブツ言っているけど、美味しかったから気にしな~い。
その後、最上階にあるスカイラウンジで少しお酒を飲んで帰った。
翌日も夕食に連れて来られたのは結構人気のあるモダンなホテル。ここでは創作イタリアン料理だった。昨日と同じく席に着いてしばらくするとメニューではなく早速料理が出てきた。ここのお料理は色とりどりの華やかで食べやすいお料理だった。もちろん、美味しい。そして私が楽しみにしてたデザートは、スダチのシャーベットだった。あまり馴染みがないスダチだけど、たまにスーパーで売ってるのを見たことがある。ゆずみたいな形の緑色の果実。ちょっと買っていこうかな、という気分では買えないくらいの立派なお値段がする。シャーベットはレモンほど酸っぱくなくってゆずみたいな風味でもない。すっきりした後味の良いデザートだった。
「私、スダチのシャーベットって初めて食べます。さっぱりしてて美味しいですね。お口直しになりそう。」
「うん。これは良いね。珍しいかな。」
お腹いっぱいで満足して帰ると、崇史さんが聞いてきた。
「香織。昨日と今日の料理だったら、どっちが美味しかった?」
「ん~、両方美味しかったですよ。でも、そうですね。今日のお料理の方が食べやすかったですよ。」
「そうか。わかった。」
私が答えると、目を細めて優しい顔で頭を撫でてくれた。なんだろ?美味しかったから良いか。
その週末はそんな風に過ごした。
なんだか最近、崇史さんの様子がおかしい。私の送り迎えは変わらずしてくれてるんだけど、帰ってきてから書斎に篭る時間が長くなった。一度、『忙しいんですか?』って聞いてみたけど、『構ってやれなくて寂しいのか?』って言われて上手くはぐらかされてしまった。
次の土曜日。崇史さんと買い物に出掛けた。買い物っていっても何も買ってないけど。駅前のデパートに連れて行かれて、いろいろ見て回った。下着まで試着させられました。さすがに見せてって言われても見せられません!っていうか、下着売り場にいるの恥ずかしくないんですか!?そんな風に服もいろいろ試着させられて手ぶらでデパートを出た。なんか崇史さんはやたらと楽しそう。手をつないで通りをぶらぶら歩いてたら、突然引っ張られてどこかへ連れて行かれた。
「香織。コレ、着てみて。」
「え?」
「見たい。」
崇史さんが見ているのはウエディングドレス。歩いてる途中に見つけて連れてきたみたいだ。そのままお店の中に入った。
「すいません。試着、お願いしたいんですけど。」
「いらっしゃいませ。ご試着ですね。どういったドレスがよろしいですか?」
「ウエディングドレス。それと、カクテルドレスもお願いします。」
店員さんは私たちを奥のフィッティングルームへ案内した。そこには色んなドレスが沢山揃えられていた。
「すごい、いっぱい。」
「へぇ~、こんなにあるんですね。」
私は部屋を見渡してあまりの数に圧倒されてしまった。崇史さんのただの思いつきなのに、なんだか申し訳なく思ってしまう。
「それでは、まずウエディングを選びましょうね。いろんなラインがあるんですが、新婦さまは身長が高くていらっしゃいますからスレンダーラインのものやマーメイドラインのものも良くお似合いになると思いますよ。」
「人気があるのは、どういうドレスなんですか?」
崇史さんが質問する。私が『新婦さま』なんて呼ばれたからご機嫌みたいだ。なんかノリノリですね?試着なのに随分熱心。
「そうですね。やはり一番人気なのはAラインでしょうか。このラインは比較的どんな体型の方にもお似合いになりますから。」
店員さんはドレスを見せながら崇史さんに説明している。
「彼女に似合いそうって言ったスレンダーラインとマーメイドラインってどんなものなんですか?」
「そうですね。例えば、こちらのドレスですね。こちらがスレンダーで、こちらがマーメイドです。」
「へぇ~。確かに似合いそうだ。」
「はい。特にスレンダーラインはお似合いになる方が少なくて…。こちらは長身で細身の方じゃないと、なかなか着こなせないラインになります。日本人には少し難しいと言われているんですが、新婦さまにはおそらく良くお似合いになるでしょう。」
「香織はどう?好きなラインはある?」
「え?えっと…、私は身長があるから、あんまり可愛いのはちょっと。」
「では、こちらはいかがですか?こちらはスレンダーラインとAラインの中間くらいになります。」
「あ、キレイ。」
「香織、着てみて。」
「こちらへどうぞ。」
「はい。」
私は店員さんに連れられてカーテンで仕切られた部屋に入った。普通の試着室の3倍くらい広い。店員さんに手伝ってもらいながら、着替えてカーテンを開けると。
音に気づいて座っていた崇史さんが立ち上がってこちらを凝視している。あれ?ダメかな?ゆっくりと崇史さんが近づいてきて、また私をじっと見る。
「香織。キレイだよ。…驚いた。こんなに変わるものなんだね。」
「ありがとうございます。髪もアップにしてもらったんですよ。」
「うん。よく似合ってるよ。決まりだな。」
「え?」
「いや。せっかくだから、写真撮ろうよ。」
「はい。」
崇史さんはバッグからデジカメを取り出した。…用意のいい事で。
「新郎さま。よろしければ、新郎さまもお着替えになりませんか?」
「そうですね。」
崇史さんも『新郎さま』なんて呼ばれて超嬉しそう。いそいそと衣装を見ている。崇史さんは振り向いて私に聞いた。
「香織は俺にはどんなのが似合うと思う?」
「そうですね…。そうだ!崇史さん、フロックコート着てくださいよ!背が高くってスタイル良いから似合いますよ!」
「そうですね。では、こちらのショートフロックなんていかがですか?通常のフロックは膝丈くらいなんですが、ショートは太もも丈になります。」
「それいいですね。で、色はシルバーが良いなぁ。」
「シルバーですね。ご用意いたします。こちらへどうぞ。」
崇史さんが着替え終わるのを私は楽しみに待っていた。
出てきた崇史さんは…。
「あら。よくお似合いですね~。」
店員さんに先に言われてしまった。ホントに見惚れてしまう。
「崇史さん、カッコいい!ホント、よく似合ってます!」
「そう?よかった。」
満面の笑みを見せてくれた。
「すいません。写真、撮ってもらっていいですか?」
ちゃっかり店員さんにお願いしている。
「はい。ではこちらへどうぞ。」
私の隣に来ると、腰を引き寄せて寄り添ってくる。なんだかすごく照れてしまう~。
そんな風にしてカクテルドレスも着せられて写真を撮ってもらった。
「結構、面白かったですね。」
「そうだね。香織のドレス姿、キレイで可愛かったよ。また見せてね。」
「…ソウデスネ~。」
それ、どういう意味でしょう?深読みしないほうが良さそうな気がしますね。
部屋に帰ってからも写真を眺めてニヤニヤしてますよ。そして何かを思いついたように書斎に入って行って暫くすると、何か大きめの紙を持って出て来た。
「香織。見て見て。コレ!」
珍しいくらい、やたらとテンションの高い声で言った。見てみると。
「うわっ!ちょっとそれ!恥ずかしいから止めてください!」
崇史さんの手には、引き延ばされた大きな写真。それを部屋に飾ろうとしている。
「キレイじゃないか。しょうがないな~。じゃあ、ここじゃなくって寝室に飾ろうかな。」
「ぎゃ~!それこそ止めてください!」
「じゃ、ここに飾るよ?」
「変態!!」
「なんとでも。」
崇史さんはとても楽しそう。わざわざ飾らなくてもいいのに~!
崇史さんの様子がおかしいまま、明日はクリスマスイブという日。
いつも通り、仕事帰りに夕食に行った。今日は以前に連れて来てもらって私が食べやすくて美味しいと行ったモダンなホテルだった。予約をしてくれていたらしく、個室に通された。
なんだか崇史さんの様子がおかしい。いや、ずっとおかしかったんだけど、今日は特に。崇史さんが何も言わないから私も黙っていた。最後にデザートとエスプレッソが運ばれてきた時、やっと崇史さんが口を開いた。
「香織。大事な話があるんだ。」
「…はい。」
なんだろう、改まって。なにかあったんだろうか?そう思って崇史さんをじっと見ていると、ポケットから何かを取り出した。小さめの箱をテーブルにコトリ、と置いた。
「香織にこれを受け取って欲しい。」
そう言って、私に見えないように箱を開けて取り出すと、私の方へ近づいてきてそっと手を取る。そのままゆっくりと崇史さんは膝まづいて私の手の甲に軽くキスをすると、手に持っていた箱の中身を指に嵌めた。
見ると、私の左手の薬指に指輪が嵌っていた。シンプルなプラチナのリング。ダイヤが表面にグルッと埋め込まれキラキラ輝いている。
「えっ?指輪?」
「うん。香織、愛してるよ。俺と結婚して?」
真剣な顔をして私を見ている。私は崇史さんを見つめ返しながら思う。よく考えれば、崇史さんに今までで『愛してる』って言われたのは今回が初めて。いつも『可愛い』とは言ってくれてるけど、『好き』って言われたのもそう言えば一度きりだ。きっと崇史さんにとっては大事な言葉なんだろう。そう思うと目が潤んできてしまう。
「…指輪。もうしちゃってるじゃないですか。」
そう微笑みながら私が言うと、崇史さんはだんだん笑顔になって、私を抱きしめて言った。
「香織!ありがとう!良かった…。」
少し涙声で言う。私もそっと崇史さんを抱きしめ返す。私もちゃんと言わなきゃ。崇史さんが『好きだ』って言ってくれた時から、ううんその前から、たぶん崇史さんを好きになっちゃいけないって自分に言い聞かせてた時からホントは崇史さんのことが好きだったんだ。好きになってもいいんだってわかった途端、もう気持ちは止められなかった。だから、なんだかんだ言っても崇史さんのする突飛な事も許してこれたんだ。
崇史さんから少し身体を離して、私はきちんと崇史さんの目を見て言った。
「私も大好きです。よろしくお願いします。」
そうすると軽いキスを何度もされた。崇史さんは私の顔を見ながら、にっこり笑ってとても、とても嬉しそうに爆弾発言をした。
「本当に良かった!香織、今日はこのホテルに泊まるから。で、明日は結婚式だからね。」
「はっっ!?」
もう一度、声を大にして言いましょう。はぁっっ!?
やっとここまで辿り着きました。次回は結婚式です!




