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「謹んでお断り申し上げます。」


 若干、後ずさりながら即座にお答えしましたとも!どうしていきなりそんな話になるんですか。


「香織。俺は君が心配なんだよ。またこんな事があったらどうするんだ?」


 崇史さんは相変わらず難しい顔をして少し歪ませながら言う。


「いえ。そうそうこんな事はないと思います。」

「そんな事はわからないだろう。」

「わかります!」

「…香織。前々から思っていたんだけど、君は自分が周りからどう見られているのか、正確に把握してるのか?」

「もちろんです。自分の事ですからね。」

「いや、わかってないね。香織はキレイなんだよ?その辺の男どもが放っておかないくらいには。」

「え?まさか〜。そんな訳ないですよ。普通ですよ?」

「ほら、わかってない。少しは俺の苦労も理解してくれないかな。」

「苦労って言われても…。」

「香織の周りに集まってくる男どもを排除して回るのも大変なんだよ。例えば藤本みたいにね。」

「え?藤本さん?そういえば、急に話さなくなってしまいましたけど、あれは崇史さんの仕業だったんですか?」

「そう。あいつが香織に色目使ってたからね。」

「色目って…。いろいろ気遣ってくれただけなのに。」

「本当に?付き合ってくれって言われなかったか?」

「それは…。」

「やっぱりな。」


 崇史さんはステアリングに顔を伏せて大きなため息を吐いた。


「そんなに俺の所に来るのはイヤ?」

「嫌っていうか…。そこまで迷惑はかけたくないと言うか、色々マズそうと言うか…。とにかくダメです!」

「…わかったよ。じゃあ毎朝毎晩、俺が会社まで送り迎えをする。それで我慢してやるよ。」

「えっ、そんな…。」

「香織?」


 ニッコリ笑顔で脅してこられたら、私にはもう逆うことはできませんです。ハイ。


「わかりました…。よろしくお願いします。」

「うん。」


 やっと柔らかい笑顔を見せてくれた崇史さんの手が私の頬を撫でる。少し張りつめていた空気が緩んだ。私もホッと息を吐いた途端。目の前が少し翳ったと思ったらチュッと音を立てて崇史さんにキスをされた。すぐに顔を離して私を幸せそうな笑顔で見つめる。なんだかすごく恥ずかしいです〜。

 そうしてすぐに車を発進させた。




 会社に着いたのはもうお昼近くだった。昨日の内に事情を聞いた何人かの人たちが心配して声をかけてくれた。それになんだか申し訳なく思って返事をしていると、部長に呼ばれた。

 会議室へ行くと、そこに崇史さんもいた。


「水原さん。どうぞ、座ってください。」


 部長が声をかけてくれる。


「はい。ありがとうございます。」


 私と崇史さんが座ったのを待ってから部長は話を始めた。


「時田くんから報告がありました。今回は大変でしたね。」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

「いえ、大丈夫ですよ。今現在進行中の大きなプロジェクトはありませんから。それでですね、しばらくの間は水原さんも不安でしょうから、時田くんが帰りは送って行くと申し出てくれまして。水原さんにとっては窮屈かもしれませんが危険な目に合うよりはいいでしょう。どうですか?」


 ついつい崇史さんを胡乱な目で見てしまう。さっき私が了承したにもかかわらず、さらに部長から話をさせるなんて。これじゃ逃げられないじゃない。


「…わかりました。課長、よろしくお願いします。」

「わかった。」


 仕事モードの崇史さんが無表情に言った。


「そうか。良かったよ。一人ではやっぱり怖いだろうからね。あ、それからしばらくは残業もしなくていいよ。定時で帰るようにね。」

「わかりました。ご配慮いただいて、ありがとうございます。」


 軽く頭を下げると、部長は「話はそれだけだよ。気をつけてね。」と言って部屋を出て行った。それを見送って、完全にドアが閉まってしまうのを待って、私は崇史さんに向き直った。


「崇史さん!わざわざ、部長にまで言わせるなんてどういう事ですか!」

「ん?香織の事だから、また俺から逃げようと考えてるんじゃないかと思ってね。これでもう皆の前で堂々と一緒に帰れるな。」


 ニヤリと笑って言った。やられた…!






 早速、その日の帰り。定時を少し過ぎた頃に崇史さんがおっしゃいましたよ。


「水原。一緒に帰るぞ。用意して。」

「…は〜い。」


 私のちょっと嫌そうな返事に崇史さんはチラッとこちらを見ただけ。


「行くぞ。」


 崇史さんの後ろをおとなしく付いていく。駐車場のある会社の地下に付いた途端、崇史さんに急に腰を引き寄せられた。うおっ!今、背中がピキってなった。ピキって!ビックリした〜。


「さっきの返事はなんだ?」

「…なんの事でしょう?」

「ふふっ、反抗的だね。あとで覚悟しておく事だね。」


 私を覗き込みながら黒い笑みで小さく言った。私、なにかを間違ったようです。どうしよう。


「晩飯、食べて帰ろう。香織は何が食べたい?」

「…おいしいモノ。」

「いいよ、美味しい物ね。…後でたっぷり、ね。」


 ソレ、なんか違いますよね?ね?身の危険を感じます。…だからといって崇史さんからは逃げられないのです。しかっり助手席に押し込まれましたよ。はぁ〜。


 そして連れて行かれた先は、高級中華でした。もちろん、おいしく頂きましたよ。お会計は崇史さんが私の知らない間に済ませてくれていました。一体、いつ済ませたんだろう?さすが、モテる人は違いますな。


 お腹もいっぱいになったところで、私のマンションに送ってくれるのかと思ったら崇史さんのマンション。なぜに?笑顔で私の質問を押しとどめた崇史さんは、さっさとエレベーターに乗り込み部屋の鍵を開ける。そのままリビングへと通された。

 ソファーに私と並んで座った崇史さんをそっと覗き見る。うわぁお!見なきゃ良かった!満面の笑顔ですよ〜。嫌な予感しかいたしません。それでも、私は頑張って聞いてみましたよ!


「あの〜、崇史さん?私の部屋に帰るんじゃ…。」

「ん?香織の部屋でもいいんだけど、こっちの方が広いだろ?」


 …それは自慢ですか?そりゃ、私の部屋はここのリビングくらいの広さしかありませんよ。っじゃなくって!


「私の部屋に送ってくれるんじゃなかったんですか?」

「ちゃんと送るよ?明日の朝ね。」

「はっ!?」


 この言葉、私今日何回言いましたかね。2回は言いましたね〜。


「あの、それはどういう…。」

「言葉の通りだよ?俺、毎朝毎晩送り迎えするって言ったよね?でも、どこまで、とは言ってないよ?」

「嘘つき!」

「だから、嘘は言ってないよ。酷いな〜香織。」


 崇史さんはとっても怪しい笑顔で寄ってくる。


「屁理屈!普通、自分の部屋って思うでしょ?」

「ん〜、でも香織の部屋までって俺、言ってないもん。」

「もん、じゃありません!」

「ふっ。怒った香織も可愛いね。」


 こいつ〜!私の話を聞きやがれ!んで、私を部屋に帰してくれ、今すぐ!

 って思ってるのに、いつの間にか身動きできない。崇史さんの左隣に座った私を左腕でがっちり腰を抱き寄せ、右手で肩を抱き寄せられている。動けなくした上で、私を見つめてうっとりとした目で「可愛い」って言われてもね〜。なんか複雑。


「やっと香織が俺の本当の彼女になったんだもんな。こんなにかかるなんて思ってなかったよ…。」


 なにやら感慨に耽っております。今なら逃げられるかも、と思った私が悪うございました。私が少し身体に力を入れたのを敏感に感じ取った崇史さんに、さらに強く抱き込まれ、すぐにキスをされてしまった。


 咄嗟に口を閉じた私の唇を崇史さんの舌がゆっくりとなぞっていく。丁寧に執拗に。確かめるように唇同士を柔らかく擦り合わせたり、軽く吸ったり。下唇を優しく食んでみたり。あまりの執拗さに、息苦しくなってきて僅かにうめき声をあげて訴える。


「んん…ふっ、んっんっ。」


 その声を聞いた崇史さんは更に貪るように、次第に激しいキスを何度も角度を変えながら繰り返す。ついに絶えきれなくなった私が口を開いて空気を吸い込もうとすると、すぐさま崇史さんの舌が入り込んできた。優しく歯列をゆっくりとなぞり、上あごを軽く撫でる。その感覚にゾクッとしてしまう。そんな私の震えを感じた崇史さんはねっとりと舌を絡めてきた。クチュ、クチュリ…。音を立てて絡め、擦り、吸い上げてくる。私はもう他の事を考えている余裕もなくなって、身体の力が抜けてくる。凭れかかると、崇史さんが微かに笑った。それがわかっていながら、私はもうどうにも出来ない。ボーッとしてきた私を抱き上げて崇史さんは寝室へ向かった。

 ゆっくりベッドへ降ろされる。寝室はベッドサイドのライトを点けただけ。柔らかい光が2人を照らしている。

 崇史さんは再びキスをしてきた。私の髪をかきあげ、右の耳に。次に目元。頬にも。そして唇。今度は初めから息も出来ないほどのキス。あまりの気持ち良さに自分からも自然と舌を絡めてしまう。そんな私の反応を確かめて、崇史さんの指が私のブラウスのボタンにかけられた。その指がボタンを外していく様子を静かに眺めていた。

 細すぎる事もなく長くしっかりとした指。筋張った男らしい手。Yシャツから時々見える腕は、適度に筋肉が付いていて手を動かす度に筋が浮き出る様子がやけに色っぽいと思う。

 ボタンを外し終わった崇史さんは、ブラウスの前をはだけると私の首筋に歯を当てないように噛み付いてきた。


「あっ!」


 その急な刺激に思わず声があがる。崇史さんはそのまま舌でなぞりながら鎖骨まで降りてくる。たまらず、崇史さんを抱きしめると、顔を上げて私を見つめてきた。

 私は崇史さんの左目のホクロにそっと指を這わす。崇史さんの目に熱が篭っているのがよくわかる。私のその指をそっと握った崇史さんはペロッと舐めて少し掠れた柔らかい声で言った。


「甘い…。香織。俺をたっぷり味わって。」






 その後の記憶は熱に魘されたようにぼんやりとしていた。どうやら気を失うように眠ったようだ。お風呂に入れたのも結局翌朝。私はひどく疲れていて、なんとかシャワーを浴び自分の部屋で着替えたというのに…。隣にいるこの男ときたら、朝から満面の笑み。やけに爽やかな笑顔で私を見ている。私の部屋にまで付いて来た崇史さんは、怠そうに着替える私に「着替えさせてあげる」なんて言って迫って来た時は全力で拒否しましたとも。余計に疲れるわ!

 その疲れのままやっと出勤した私たちを見た原田さんはニヤニヤしてるし。もう勘弁してください!




 ほぼ拉致監禁される毎日が過ぎていった。当たり前に週末も部屋に強制連行されていたある日、崇史さんが出掛けようと言い出した。一泊すると言っていたから、少し遠出するらしい。

 土曜日の朝、早めの時間に出発した。東名高速に乗ったから、西に向かう事はわかった。行き先を聞いても「秘密」と言って教えてくれなかったのだ。

 富士山を右手に見ながら、お昼前になってやっと高速を降りた。ICは静岡県の清水。見慣れない風景を眺めながめていると、どうやら市内に向かっているようだ。ここになにがあるんだろう?

 相変わらず崇史さんは何も教えてくれない。でも、楽しそうに笑っている。休日仕様のラフな服装に、前髪を下ろして笑っている崇史さんは会社の人に会っても気づかれないくらい別人だ。見た目は私と同じくらいの年齢にしか見えない。ちょっと悔しく思っていると車が止まった。


「香織。疲れただろ?ここで昼飯、食べて行こう。」


 そう言って連れて来られたお店は鮮魚のお店だった。もうすでに長蛇の列ができている。


「すご〜い。いっぱい並んでるんですね。有名なんですか?」

「そうだね。前に雑誌に載ったりもしたからね。安くておいしいんだよ。」

「楽しみです!」


 しばらく並ぶと店内に入ることができた。メニューがズラッと並んでいて迷ってしまう。私はそんなにいっぱいは食べられないから、とろ鉄火丼を頼んだ。崇史さんはネギトロ丼にしたみたい。

 料理が届くと、ビックリ!


「すごいですね!こんなに大きくって分厚いマグロ初めてです!」

「喜んでもらえてよかった。」


 にっこり笑い合って「お腹いっぱい」と言いながらも完食してしまいました。だって、おいしかったんだもん。


 それからまた車で移動する。市内中心部から少し離れた住宅街。その中の一軒の家の前で止まった。


「着いたよ。」

「ここって、なんですか?」

「ん?俺の実家。」

「へっ!?」


 驚いて目を見開いて素っ頓狂な声を出してしまったじゃないですか。いきなり崇史さんの実家とはこれいかに!?いや、おちつけ、私!




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