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こっそり誤字修正いたしました…(汗)
また気付かれた方いらっしゃったらお教えくださいませ〜m(_ _)m
お教えくださった方、ありがとうございました!
2013.4.8
4月1日。私は初めての部署異動を経験した。
大学を卒業して、なんとか中堅広告代理店に就職できた私は総務部に配属され受付業務を担当していた。この会社では通常、3・4年で移動するのだが私は5年経って27歳にして初めての移動だ。し・か・も、いきなりWeb事業部へ!総務部長が言うには、どうやら私が美大卒だということをWeb事業部の誰かが聞きつけたらしく、それならウチの制作に欲しいと打診してきたらしい。私の勤務する会社も他の広告代理店と同じく、最近は紙媒体よりWebに力を入れているようで今回の打診が通ったとの事。でも、卒業してもう5年。はっきりいって不安だらけだ。
そうも言っていられず、私はWeb事業部へと初出勤をした。部署の入り口で「失礼します。」と声を掛けて入ると、正面奥に座っていた事業部長が気づいてくれて席を立ち私に歩み寄ってくれる。
「おはよう。君が水原さんだね。君には制作課に入ってもらうからよろくしく頼むよ。まず、皆に紹介しよう。」
「はい!よろしくお願いします!」
お辞儀をすると柔和な笑顔で「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。」と言ってくれた。優しい部長さんで良かった!
「みんな、ちょっといいかな。今日から新しく制作課に配属された水原さんだ。よろしく頼むよ。」
その声に部署内にいた皆が立ち上がり私に注目した。
「水原香織です。わからない事だらけでご迷惑をお掛けするかと思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします!」
大きめの声で言うと皆が拍手をして「よろしく」と言ってくれた。いい雰囲気で少しほっとする。部長が「じゃあ、こっちに来て。制作課の課長を紹介しよう。他の人の紹介は後でしてもらって。」といって窓側に歩いていくので、慌てて後をついていった。
「彼が制作課長の時田くんだ。時田くんが君の直属の上司になるから、何かわからない事は彼に聞くといい。」
「時田です。よろしく。」
「水原香織です。よろしくお願いします。」
「じゃ、時田くんよろしくね。」
部長はそう言って自分のデスクに戻っていった。
私の直属の上司になるという時田課長は、女性にしては166cmと身長が高めの私から見ても長身で、いわゆるイケメンの部類に入る容姿をしている。左目の下にある泣きぼくろが何だか色っぽく見えてしまってモテるんだろうなって感じる。確か今年で31歳だと聞いたような気がする。でも、ニコリとも笑わない無表情で淡々と話す話し方と雰囲気が何だか怖い印象を受けてしまって、初対面ながら苦手だなと感じてしまった。
「水原さん。ここが君のデスクだ。」
時田課長が自分のデスクの右斜め前を示した。
「はい。ありがとうございます。」
デスクに座ると、私の前、時田課長の左斜め前に座っていた男性が声を掛けてくれる。
「原田です。よろしくね!水原さんにはオレのサブについてもらうから。」
笑って挨拶してくれた。
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。あの、サブって…。」
「ああ、ちょうどいい。メンバーの顔合わせをしておくか。原田、打ち合わせブースを用意してくれ。15分後に集合するよう皆に連絡を。」
「はいよ!」
課長に指示された原田さんは、どこかに電話を掛け始めた。
そのやり取りを見ていた私に課長が簡単な説明をしてくれる。
「君には新しいHP作成のプロジェクトに参加してもらう。チームは制作課・デザイン課・設計課からメンバーが集まる。制作課はバナーやアイコン等を文字通り制作していく。細かいデザインもうちでする。デザイン課はHP全体のデザイン構成を作る。全体のイメージや内容の配置等だな。設計課はプログラミングだ。それぞれが集まってクライアントからの要望に沿ったHPを作成していく。今回、うちからは原田がメインでサブに水原さんについてもらう。実際にやってみて流れを覚えてくれ。」
課長…。簡単に言いますが、いきなりですね!どうしよう。私にできるのかな…。不安に思いながら返事をする。
「はい…。頑張ります。」
不安な気持ちが表情に出ていたのか、原田さんがフォローしてくれた。
「大丈夫だよ!オレもいるし、今回のプロジェクトは時田が指揮するからね。大変だけど少しづつ覚えてくれればいいから。」
打ち合わせブースに集まったのは全部で8人。指揮の時田制作課長。制作から、原田・水原。デザインから、藤本・和泉。設計から、松本・広田・玉井。
私と和泉さん以外は全員男性だ。課長から今回のクライアントに関する説明と依頼内容、希望イメージ等が伝えられる。期限は4ヶ月。8月1日から本格稼働をさせなければいけないらしい。テスト稼働や修正の時間を考えると実質3ヶ月ちょっとで仕上げないといけない。初経験の私でも大変だとわかるスケジュールだ。さっそく設計課の人たちは課長に細かい内容を確認している。すると、私の隣に座っていたデザイン課の藤本さんが小声で話しかけてきた。
「水原さん。異動していきなりで大変だね。このプロジェクト、デスマの可能性大だからね~。女子にはキツいと思うよ。困った事があったら何でも言ってね!」
ニッコリ笑顔で言った。
小声で話していたため、藤本との距離が近くなり王子様と人気の甘い顔を間近に見てビックリした。この人、ホントに王子様なんだ~。スゴイ!こんなに近づいても毛穴が見えないよ!ズルイな~。なんて思って話の内容に反応するのが遅れてしまった。
「…ありがとうございます。あの~、さっそくなんですけどデスマってなんですか?」
少し距離を空けて聞く。なんだか顔が赤くなってきたような気がするんだもん。
そんな私を見て藤本さんはクスッと笑って教えてくれる。
「デスマっていうのはね、デスマーチの事だよ。死の行軍ってね。ん~、簡単にいえば家に帰れないくらい忙しいって事。クライアントの要望の割に納期が短かったり、予算を押さえるためにメンバーが少なかったり。だから、時田課長が指揮についたんだと思うけどね。」
「えっ!そうなんですか…。」
その様子をじっと課長が見ていたなんて、私は全く気づいていなかった。
濃い一日をなんとか終え、一人暮らしの自分の部屋に帰り着くと母から携帯にメールが来ているのに気づいた。
”香織、お見合いしてみない?良いお話をもらったのよ。どう?”
お見合い!?いくら私が27歳で今現在彼氏がいないからって、まだお見合いなんて…。結婚なんてまだ先だと思ってたし今はそんな事考えてる時間ないと思うな~。新しい部署、忙しくなりそうだし。ポチポチとリプライする。
”異動したばかりで忙しいから、お見合いは遠慮します。ってか、まだお見合いなんてしなくてもいいでしょ?”
送信、っと。とりあえず、お風呂入ってこよう。
お風呂からあがると、母からまたメールがきていた。
”え~、もったいない!今忙しいなら、もうちょっと先でもいいのよ?お母さん、いい人だと思ったのよ。”
いや、お母さんがいい人だと思ったってね…。
”今回はパス!”
そう送信して携帯をベッドに放り投げた。なんか疲れた~。晩ご飯はもういいや。寝よう。
異動初日はそうして終わった。
そして怒濤の日々が始まった。
私は原田さんと一緒にデザイン課の2人と何度も打ち合わせを重ね、なんとか指示通りにこなしていった。その度に藤本さんが何かと気にかけてくれるのをありがたく思いながら、和泉さんとはあまり打ち解けられず必要な事以外は話すことができずに少し残念に思っていた。そんな事も日々の仕事のなかでは些細な事で私は必死に仕事をしていた。
「水原~。今朝頼んだトップページのアイコンできたか~?」
「はい。すぐにメールで送信します。確認お願いします。」
急いで原田さんに送信する。
「ん。届いた。ん~、これさ~もうちょっとハッキリした色にできないか?トップの中にこれだと、他となじんで見にくいぞ。それにサイズ、小さい。指定サイズのガイドいっぱいに作っていいから直して。」
「わかりました。ハッキリした色ってビビット系とかのがいいんですか?」
「水原。君、デザイン課からのイメージちゃんとわかってるのか?『シックに』ってなってるだろう。ビビットにしてどうする。ちょっと考えろ。」
「はいっ。すいません。」
時田課長から低い声で言われる。
課長~、怖いです。お願い、こっち見ないで~!
「まあまあ。それと、地図。作ってくれ。これ、会社案内のパンフ。参考にして。」
「はい。ありがとうございます。」
原田さんが間に入ってくれて、課長の視線が逸れた。助かった!
しかしその後も時田課長が何かと私を見ている事があって、また何か言われるんじゃないかとドキドキしていた。
5月に入って。クライアントから追加要望があった。動画を見れるようにして欲しい、と。すぐに設計課から問題点が上がってきた。今から組み込む事はできない事もないが、動画は容量が大きい為サーバ容量も増やす必要がある。が、今の予算では無理だと。それに納期に間に合わない可能性がある、とも。時田課長は追加予算の交渉と納期延長のため、営業部へ打ち合わせに出向いた。そして、私のところに動画フレームの作成がまわってきていた。なんとか今日中に、ある程度は仕上げてしまいたくて残業をしていると。
「水原?」
入り口付近から声がした。節電のため、自分がいる場所しか電気をつけていなかったので暗くてよく見えなかったが、声で時田課長だと気づいた。
「課長?お疲れさまです。いままで営業部だったんですか?」
そう答えると課長は私の近くまできて、若干疲れた声で「ああ。」と漏らした。そして私のすぐ隣のイスに腰を下ろし、私の作成中画面をのぞき込む。
「フレームか。だいたい出来てるじゃないか。まだ帰らないのか?」
「もう帰ろうかと思っていたところです。細かい調整は明日、原田さんに見てもらってから修正しようと思って。」
「そうか…。あぁ、追加予算な、OKが出た。でも、納期は変更ナシだ。これはデスマ突入かもな。」
「そうなんですか?私、初めてなんでよくわからないんですが…。覚悟しておいたほうがいいって事ですね。」
そう言うと、課長はフッと表情を緩めて「そうだな。」と答えてくれた。
「!」
課長が笑った!いや、正確には笑った、ではなく微笑んだ、なのだが。初めて見た課長の顔についじっと見つめてしまう。課長って笑うとすごく優しい雰囲気になるんだ~。普段は怖いのに。そんな事を思っている私を課長もじっと見つめている事を気に留めていなかった。
すっと課長の手が上がって私の頬を僅かにかすめてから頭を優しく撫でると、私の肩下までのゆるくパーマがかかった栗色の髪をゆっくりと梳く。驚いて目を見開くと、
「君はよくやってくれているよ。期待通りだ。できるだけフォローするから、この調子で頑張ってくれ。このプロジェクトが終わったら、ゆっくりできるから。」
「…はい。」
なんだか恥ずかしくなって、少し俯いて返事をした。課長の手がポンポンと頭を叩いて、「今日は帰ろう。」そう言って私の帰り支度を待って一緒に会社を後にした。
翌日。なんだか見られてる?ロビーを入ったところでそんな風に感じた。
「香織!」
いきなり大きな声で呼ばれて、びっくりして振り向く。そこには、同期で友人の秘書課 高田智美がいた。異動してから忙しくてひと月以上話していなかったので、笑顔で返す。
「智美!久しぶり!ここんとこ忙しくって話もできなくてゴメンね~。」
「そんな事、どうでもいいのよ!ちょっと来て!」
腕を掴まれて非常階段へと引っ張られて行った。
「ちょっと香織!あんた時田課長と付き合ってるの!?」
「はっ?時田課長?」
いきなり予想外の事を言われ、思考停止。なんでそんな事聞かれるの?
「昨日、見た子がいるのよ!あんた、残業中に課長と二人きりだったんでしょ?それに!あの課長が香織に笑いかけてたって!」
「う?残業?してたよ。だって間に合わないんだもん。そしたら課長が営業部から戻ってきて…。あぁ、確かに笑ってたね。私もびっっくりしたよ~。」
「びっくりしたよ~、じゃないわよ!付き合ってるんじゃないの?」
「ううん。付き合ってないよ~。だって課長、怖いんだもん。」
「ホントに?…でもな~。」
智美さん、何やら考え中。「ま、いっか。面白そうだし。」ぼそっと囁いて顔をあげた。ニヤリと笑うと。
「香織、今日から大変よ~。昨日、見たって子ね。時田課長のファンなのよ。で、課長が帰る時を狙って声を掛けようと待ち伏せてたらしいのね。そしたら、あんたと二人っきりの所を見ちゃったのよね~。課長の笑顔付きで。昨日のうちにメールが回ってるみたいだから、社内の女子ほとんどが知ってるはずよ。時田課長のファンって藤本王子ほどじゃないけど、多いのよ。気をつけてね~。」
「え…。」
あの、智美さん。なんでそんなに笑顔なんですか。それにさっき、面白そうって聞こえたんですけど。だけど、頭を撫でられたのは見られてなかったらしい。良かった~!あれを見られてたら本気で誤解されかねないからね。
「智美…。私、どうしたらいいの?」
「ま、頑張ってよ!情報なら教えてあげるわ~。あ、途中経過どうなったか教えてね~。」
私を残して笑顔のままエレベータへと歩いていってしまった。薄情者め!
読んでいただけて、大変うれしゅうございます!がんばって早め更新を目指しますので、よろしくお願いします。
※R15は念のため、です。