婚約を破棄された私が王妃になるまで
短編です。
良くある展開ですけど、私なりにちょっと添えて書いてみました。
よろしくお願いしますm(_ _)m
きらびやかなシャンデリアの光がホールを照らし、舞踏会場にいる令嬢達をさらに美しく艶めかせる。
色とりどりの花が王城の夜会で芳しく咲き誇る中、私は一人萎れ、地に伏せていた。
私という花を上から押さえつけるのは、王太子の取り巻きの騎士達。
そして、僅かに顔を上げると冷え冷えとした視線が突き刺さる。
「エリザベス、お前との婚約を破棄させてもらう。ロッタに対する虐待など、愚かな振る舞い。お前を糾弾するのに十分な罪だ」
私へ、今まで見たことのない冷たい表情で罪を告げるこの国の王太子。
この方は、私の婚約者だった。
⋯⋯愚かな振る舞いとは、何のことかしら。
私は、王太子やその腹心達に糾弾されるような行いは神に誓ってしていないわ。
「クォーズ様。エリザベス様がお可哀想ですわ。ほら、あのように蛙のように地べたに⋯⋯わたくし、見ていられませんわ」
どこか媚びたような、舌足らずな愛らしい声が聞こえる。
「ロッタ、君は優しいな。こんなに愛らしくて優しい君をこの女は虐げたのだぞ」
一度も聞いたことのないような、甘さを含んでいる王太子の声は、私にはドロドロとした欲望に満ちた声にしか聞こえない。
「でもほら、エリザベス様はこんなに大勢に見られながら⋯⋯公爵令嬢でお綺麗な方なのに、不憫ですわ」
可哀想、の次は不憫⋯⋯そうね。
私は今、この世界で一番惨めだと思うわ。
理不尽な罪と、屈辱的なこの状況。
私を慕っていた令嬢や、令息たち。
私財で支援をしていた楽団員たち。
公爵家だからとすり寄って来ていた大人たち。
失敗を何度も繰り返すのを見守りながら成長を促してきた侍女たち。
婚約者として支えていたと思っていた王太子殿下。
そのすべてが、視界の隅で歪んだ。
◇◇◇
「殿下。次に行う春の園遊会はどのようにいたしましょうか?」
「はあ、そんな事は女の仕事だろう?お前に任せる、俺はお茶とか分からない。お前が全部手配しておけ」
「承知いたしましたわ」
園遊会の準備は私に任せた王太子。当日も私との挨拶回りもそこそこに、令息たちとギャンブルのお話。
それも公式ではなく、あまりよろしくない賭場の話題でしたわね。
「学園では俺の後ろを歩いていろ」
「でも、それでは婚約者としての立場が――」
「母上はそうしていたそうだ」
「⋯⋯承知いたしましたわ」
いつも目の前にあるのは王太子殿下の背中だけ。
私の存在は、王太子殿下にとって何なのかしら?
――そう思い始めた頃。
王宮の人けのない庭園で、いつものように私は王太子殿下に詰められていた。
「エリザベス!なんだあの態度は!」
「あの態度とは、何のことでしょうか?」
「ロッタへの嫌がらせだ!それと、隣国のあいつといちゃついてるのを皆が見ているぞ」
「私はどちらもしておりません。ナイジェル殿下は隣国の王子殿下――」
「煩い!とにかく自重しろ、いいな」
「⋯⋯はい。承知、いたしましたわ」
王太子殿下は、ふんと鼻息荒く立ち去っていった。
後ろ姿を見送ったあとに、思わず地面に視線を落としてスカートを握りしめてしまった。
スカートの皺を気にしながらも、他に拠り所がなくさらに手に力が籠る。
あんなふうに言われるなんて、とても悲しく胸が苦しくなった。
涙が出てきそうになり、思わず唇を噛みしめる。
「⋯⋯君も大変だね。唇を噛むのは我慢する時の癖になるからやめたほうがいい」
木の上から声が降ってきた。
「⋯⋯どなたか、聞いていらしたのですか?恥ずかしいですわ」
見上げて声をかけると、その人物は軽やかに飛び降りてきた。
その方は、賓客として滞在している隣国のナイジェル王子だった。
「ナイジェル殿下、いつからいらしたのですか?」
「あはは、気にしないで。それより君だよ。そんなに我慢して、君は苦しいだろう?」
私自身も気づかなかった気持ちを、ナイジェル殿下がストレートに言い当てた。
「わ、私はそのような事は⋯⋯」
「そうか。困ったら誰かに相談するといい。例えば――俺とか」
そして、ナイジェル殿下は無遠慮に距離を詰めて私の顔を覗き込む。
「近いですわ!」
思わず手を振りかぶる。
ナイジェル殿下は私の平手を何なく避けた。
「はは、ごめんごめん。でも、安心したよ。ちゃんと怒れるんだな」
「⋯⋯怒らせたいのですか?」
「我慢するなよ。君は人形じゃないんだから、じゃあな」
家族以外で、私を私として見てくれる方は初めてだったわ。
私と目を合わせて労ってくれるのはあの方だけだったわ。
「あっ、ナイジェル殿下!」
呼びかけると、彼は一度足を止めて振り向いた。
「殿下ではなく。次は名前で呼んでくれ」
そう言い残して、彼は立ち去った。
少し気恥ずかしいけれども、嬉しかったわ。
王太子殿下は、結局私に目を向ける事はなかったわね。
◇◇◇
そんな以前の事を思い出していた。
殿下とは⋯⋯面と向かって、顔を見合わせたのはいつぶりかしら。
とは言っても、今私は彼を見上げているし。背中を押さえられていて息が苦しくて話せないわ。
殿下が、そんな私を見てつまらなそうに息を吐いた。
「そろそろ、頃合いか。おい、この女を連れて行け。明日公開処刑にしよう。罪状は⋯⋯そうだな、未来の王妃を虐げた罪にすればいい」
「クォーズ様、恐ろしい光景はあまり見たくありません。わたくしたちの愛の門出に血なまぐさいのは嫌ですわ」
「大丈夫だ、見えなくなるようにするから。要ははエリザベスと分からなければ良い。顔を潰しておけ」
その言葉に、仮面のようだった人間たちがざわりとした。
「貴族令嬢の顔をだと?」
「もう貴族ではないでしょう?あのお綺麗な顔が⋯⋯ねえ」
「次の王妃様に無礼を働いたそうだから、相応の罪だろう」
肯定する周囲の人間たち。
私を抑えつける騎士が「ちっ、顔だけは綺麗なのに勿体ない」と呟いたのが耳に届く。
下衆が、と罵りたいけど声が出せない。
「ふん。エリザベスだけではつまらないな、まあいい。余興だ」
王太子がパチンと指を鳴らすとホールの入り口の扉が開き、拘束された者が騎士に押されて倒れ込む。
その人たちを見て、私は血の気が引き、咄嗟に立ち上がろうとした。
けれども、上から抑えつけられて顔を床にぶつけて思わず呻いた。
「お⋯⋯とう、さま⋯⋯おかあ、さま⋯⋯にい、さま」
ホールの入り口で転がされて足蹴にされている私の家族。
少しずつ感情が胸の中でドロドロと黒く熱くなり、涙が溢れてきた。
私⋯⋯も、私の家族も、何か罪を犯したかしら?
私が憎かったとしても、家族は何もしていないわ。
どうして家族まで罪に問おうとしているの⋯⋯?
「⋯⋯なぜ⋯⋯?」
ゆるせ、ない。
ゆるせない。
許せない。
許せない。
許せ⋯⋯ないわ!
――プツン、何かが切れた。
それと同時に、私を私として見ていてくれる彼の声が耳に届いた。
「俺が傍にいて見ていてやる。さあ、怒ってみろエリザベス」
怒る?
⋯⋯そうね、そうよ⋯⋯私、今までも怒って良かったのよ。
「エリザベスを離せ!」ナイジェル様の声が響いた直後、頭上で鈍い音がした。
「ぐぅっ!!」
騎士の呻き声とともに、ふっと、私を抑えつけていた力がなくなる。
「⋯⋯軽いわ」
ナイジェル様の言葉に、今まで私を縛っていたものから解放された。そして、体の奥から魔力が湧き上がってくる。
「⋯⋯ええ、ありがとう。ナイジェル様」
声の方は見ずに、目の前の王太子とロッタを一瞥する。
「うっ、お前っ!なんだその魔力は!!」
王太子が目を剥き私に怯えた表情を向ける。
あら、彼はこんなに醜く怯えられたのね。
面白くて思わず笑みがこぼれた。
「ひっ!」
後ずさったロッタは、私の顔を見て指さし叫んだ。
「お、怯えてる私たちを見て笑うなんておかしいわ!あくま、悪魔憑きよあの女!!」
「エリザベスっ!お前、悪魔に魂を売ってたのか!どおりで何でも出来るわけかっ」
私は首を傾げた。
「魔力は元々高いのです⋯⋯殿下が、出来なさすぎるだけですわ」
「何だと!貴様あああ!!」
「あっ、殿下、待って」
王太子は恐怖より、怒りが勝ったようだ。
ロッタの制止も聞かずに、近くの騎士から剣を取り上げた。
そして、私に向かって雄叫びを上げながら剣を振りかぶる。
「しねえええええ!」
「大爆発」
私の意思で体から出た魔力が、熱の塊として王太子に向かって放出された。
「ぐはあ!!」
直撃した王太子は吹き飛び、受け止めようとした騎士と一緒に壁へと打ち付けられた。
そのまま白目を剥き動かなくなる。
まるで糸を失ったマリオネットだ。
「ひいい!!!」
「きゃああああ!」
周囲から悲鳴が聞こえた。
王太子が吹き飛んだのを見て、騎士が何人かこちらへ向かってくる。
「お姫様には指一本触れさせない」
そんな気障な台詞と共に騎士達がなぎ倒された。
「お姫様ばかりに舞台の主役は奪わせたくないからな」
「あら。主役と認めて下さってるの?」
「俺の中では、君はヒロインだ」
「⋯⋯魔女で悪女で、これから死神になるかもしれなくてよ」
「君は最高だ。俺には女神だよ」
そう言った彼は、私の手に恭しく額をつけた。
「ぐ⋯⋯エリザベス、隣国と手を組んだのか」
「クォーズ様!ナイジェル様って、隣の帝国の?」
「クォーズ、お前は自分から女神を手放したんだ。俺がもらってやるから安心しろ」
「ナイジェル様。そろそろ終幕いたしましょう⋯⋯この国に、未練はありませんわ」
「エリザベスの家族は俺の部下が保護した。さあ、思い切りやれ」
私は頷き、魔力を練り込む。
深く息を吸って、吐いた。
「これだけは、使いたくなかったのですけれどもね」
そして――私が使える究極の破壊魔法を唱えた。
「消滅」
――その日、私の生まれ育った王国は王族という象徴を失った。
王族にまつわるすべてが、国民の記憶から消えてしまったのだ。
『婚約を破棄された私が王妃になるまで(国を壊して)』
◇◇◇
――エピローグ――
その後、魔力を使い切った私は三日間眠りについた。
「ん⋯⋯私は」
目を開けると見知らぬメイドが侍っていた。
「王妃様、お目覚めですね」
「私、どうして⋯⋯」
「王妃様は三日間、眠っておられました」
三日間も、眠っていたのね⋯⋯って。
「あの⋯⋯王妃って」
「ナイジェル様の、王妃さまてございますが」
「は?」
そこへ、タイミングを見計らっていたようにナイジェル様がやってきた。
「やあ、気分はどうかな」
「ナイジェル様、王妃って――」
「君のいた王国は王家がなくなった。だから俺が『君』も、『君の国』ももらったんだ」
「もらうって、そんな簡単に⋯⋯壊したのは、私ですけれども」
「気にすることはない。君がしなくても、いずれ俺たちがしていただろう。それよりも、君を大事にするから結婚してほしい」
ナイジェル様は跪いて愛を乞うてきた。
「⋯⋯私は⋯⋯」
戸惑う私にナイジェル様は顔を近づけた。
「今度は手を挙げないよな?⋯⋯その前に、返事がほしい。はいか、いいえか」
私は逡巡する。
しかし、ナイジェル様は私の目をじっと見つめた後に笑いながらこう言った。
「断られるとは、思っていない」
どこから来る自信なのか、私を見つめる瞳は熱を帯びながらも笑っている。
「⋯⋯はい。負けましたわ」
こうして、私は新王国の王妃になったのだった。
◇◇◇
――余談――
ナイジェル様が新たな国王として即位して間もない頃、城下ではちょっとした事件が起きた。
自分こそが正統なる王と名乗る者が現れて、街の自警団に追い出された、と報告を受けている。
そういえば、元婚約者の王太子殿下はどうしたのかしら?
「エリザベス。王妃なのに執務中に余所見とは⋯⋯俺の一番格好良いところを見てほしいんだが」
「ナイジェル様はいつも素敵ですわ。執務だけではなく、私の事も構ってくださる?」
「君はいつも素直で可愛らしいな」
二人で額を寄せて笑い合う。
私は、とても幸せだ。




