4、死すら分かてぬ二人
宮殿の平和の間に広げられた巨大な地図を、ジュゼッペは一人で見つめていた。
新たに手に入れた租借地、コランダム半島の先端は大公国の中心部へと突き出している。彼はその針先のような地形を指先でなぞり、自嘲気味に笑った。
「……まるで、彼女の心臓に指をかけているようだ」
だが、その指先は震えていた。これほどの戦力差がありながら征服することはかなわなかった。物理的に大公国の心臓を狙える場所を手に入れながら、ジュゼッペは逃れようのない敗北感に苛まれていた。どれだけ領土を削り、どれだけ追い詰めても、彼女の気高さという城壁を一段も崩せていないことを、彼自身が最も理解していた。
帝国皇帝という地位を得るために自分を殺し、偽物の怪物になった自分と違い、彼女はどんな逆境でも本物の気高さを失わない。その圧倒的な光への畏怖が、彼を苛ませる。
さらに、彼女の鮮やかな防衛戦術の端々に、かつての師、フリズナ公爵の影が見えることが、ジュゼッペの胸をえぐった。
「教官……。死んでなお、あなたたちは繋がっているというのか。私だけをのけ者にして……」
死すら二人を分かつことができないという事実に、底知れぬ嫉妬が込み上げる。
「あのババアに感謝するんだな。独立を守れたのはババアのおかげだとな」
大公国への侵攻は、帝国の政略的な必然だった。両国の国境が帝国の首都からあまりにも近すぎたのだ。侵攻計画自体は宰相、将軍らから上がってきたものを認可したに過ぎなかった。
しかし、緒戦の敗北の後、ジュゼッペは、フリーデリケへの思いから軍事的な勝利に執着するようになった。彼女の戦い方は二人の師であるフリズナ公爵の教えに沿うものだった。
広大な帝国を支配し、何でも手に入る皇帝という立場にありながら、唯一、本当に欲しかったフリーデリケだけは手に入らない。手を伸ばせば、フリズナ公爵を殺した自らの血塗られた手が、彼女を汚してしまう。
だからこそ、彼は彼女をババアと呼び捨て、価値のないもの、憎むべき敵だと定義し直すしかなかった。そうでもしなければ、自分の心臓を掴んでいる彼女への圧倒的な劣等感に押し潰されてしまうからだ。これは、望んでも一生追い付けない太陽を、汚れた石ころだと思い込もうとする、哀れな皇帝の最後の防衛策であった。
軍事アカデミー時代の彼は、フリーデリケに対してかわいい後輩を演じていた。勉強熱心な青年の表面しか見せなかった。密かに恋焦がれているだけだった。
彼女は、あの後輩が今の帝国皇帝だとは知らないだろう。そんな後輩がいたことも忘れているのかもしれない。最愛を人を殺し、愛する祖国を侵略した皇帝と自分が知り合いで、こんなにも執着されているということにも。
いっそ憎んでくれたらいい。自分を裏切り者と、師の仇として呪ってくれたなら、彼女はもっと私を知ろうとするだろう。慈愛に満ちた、誰にでも優しい先輩の顔を捨てて、憎しみのこもった目で、私一人を見てくれるだろう。そう皇帝は願っていた。




