眠れる森の美女と野獣
昔々、とても豊かな国の心優しい国王夫妻に、待望の女の赤ちゃんが生まれました。
喜んだ国王夫妻は、世界中の魔法使いを呼び、その女の子のお披露目パーティを開きます。
けれど、たった一人、呼ばれなかった魔女がおりました。
お披露目パーティの日、招かれた魔法使いたちは、女の子に祝福を送ります。
そうして、パーティも終わりに近づいた時、呼ばれなかった魔女が、その場に突然現れます。
「よくも、この妾を蔑ろにしてくれたわね。
そのお礼に、この子に呪いを授けましょう。」
パーティ会場は阿鼻叫喚の坩堝となりました。
魔女は高笑いと共に呪いをかけます。
「この姫は、16歳の誕生日に糸車に指をさして、二度と覚める事の無い眠りにつく。王国と共に!」
ピカッ、ゴロゴロ。
晴天は突如として、雷鳴と嵐にとって代わられ、右往左往する人々に紛れて、魔女は消えてしまいました。
王様もお妃さまも絶望に崩れ落ちます。
その時、最後の魔法使いが現れて言いました。
「私にあの魔女の呪いを解く力はありません。けれど、軽くすることは可能です。」
そうして最後の魔法使いは、女の子は魔女の呪いで王国と共に眠りにつくものの、真実の愛を込めた口付けで目覚め、王国も繁栄を取り戻す、と呪いを書き換えて力尽きました。
それから16年。女の子は美しく心優しいお姫様に育ちました。
女の子を眠らせる可能性のある糸車はこの国から一掃されていました。
女の子には婚約者が出来ました。隣の国の王子様で二人はとても仲良しでした。
けれど、魔女の呪いは強力で。
16歳の誕生日に女の子はお城の高い塔の一室で、おばあさんが糸を紡いでいるのを偶然見かけます。
「こんにちわ、おばあさん。こんな所で何をしていらっしゃるの?」
「こんにちわ、お嬢さん。わしは糸を紡いでいるのさ。」
「糸を紡ぐ?その道具は私、初めて見ました。」
「そりゃあそうさね。これは、この国にはたった一つしか残っていないからね。」
「まあ!たった一つ?それは、とても貴重な物なのね。」
「ひっひっひっ。そうさね、貴重さ。お嬢さんもやってみるかい?」
「よろしいの?」
そう言って伸ばしたお姫様の指は、糸車の針を刺してしまいます。
「呪いは成就した!」
老婆は呪いをかけた魔女本人だったのです。
お姫様はその場でぱたりと倒れると、深い眠りにつきました。
呪いの茨が国を覆い始めます。
「姫!」
駆け付けた婚約者の隣国の王子様は、魔女に向かってするりと剣を抜きます。
魔女の呪いで、この国の国民は皆、お姫様と共に眠りについたのですが、婚約者の王子様は隣国の人間だったために、呪いにはかからなかったのです。
魔女を倒せば呪いは解ける。
王子様は、懸命に戦いましたが、魔女には叶いませんでした。
「妾に剣を向けた罪は重い。その身で償うがよい。」
そう言うと魔女は王子様にも呪いをかけたのです。
「妾の呪いを歪めたあの魔法使いの真似をして、真実の愛でなければ解けない野獣としてやろう。」
美しい王子様は、毛むくじゃらの醜い野獣となりました。
その鋭い爪は、大切なお姫様の肌を裂き、尖った牙が剥きだした口では、お姫様に口付けも出来ません。悲しみにあげる声は、人語ですらなく、恐怖をもたらす雄叫びの様。
それでも、王子様は、愛するお姫様の傍で彼女を守り続けました。
そして100年の時が過ぎました。
茨の国には野獣に囚われた美しいお姫様が、眠っている。真実の愛だけがそのお姫様の呪いを解くことが出来、お姫様が目覚めれば、茨の国もかつての栄華を取り戻す。
そんなおとぎ話を確かめに、すっかり茨に取り囲まれたかつての王国に、一人の従者を連れた王子様が訪れます。
王子様と従者は、茨を切り開いて、お城にたどり着きました。
野獣はその様子をじっと物陰から見つめています。
これまでもお城にたどり着いた者は何人もいました。
けれど、彼らの多くは、お城の財宝を狙ってやってきた盗賊たちでした。
お城にかかっている魔女の呪いは強力で、このお城の物を勝手に持ち出すことは出来ません。燭台一つを持ち上げただけで、盗賊たちもお城勤めの人達同様、昏倒してしまいます。
それを見て逃げ出した仲間たちには、野獣が罰を与えました。
野獣は、お姫様に醜いモノを見て欲しくなかったのです。
ですから、野獣はどんなにお姫様を愛していても、彼女に触れる事はありませんでした。
野獣は、醜くなってしまった自分がお姫様の愛に相応しいと思えません。真実の愛でなれけば、お姫様は目覚めないのですから。
ですから、自分に代わってお姫様を真実、愛してくれる人の現れを、ずっと待っているのです。
王子様は、塔の最上階で眠るお姫様を一目見て、その美しさに恋に落ちました。
惹きこまれるように、そのピンクの小さな唇に口付けを落とします。
それを見ていた野獣の心は、パリンと音を立てて壊れました。
けれど。
立ち去ろうとした野獣の目に映ったのは、王子に向かって剣を振りかぶる従者の姿でした。
「死ね!」
「グワーッ!」
気が付けば、野獣は叫び声をあげて、隠れていた場所から飛び出して王子様たちに向かって走り出していました。
野獣の叫び声に振り向いた従者の目が驚愕に見開かれ、王子様に向けられていた剣は、野獣の胸に吸い込まれるように突き刺さりました。けれど、野獣は勢いを殺すことなく、従者に抱き着くように抱え、そのまま塔の窓から飛び出しました。
従者の悲鳴だけが長く尾を引いて、やがて、どさり、と重い音がして、辺りは再び沈黙します。
王子様には、何が起こったのかわかりませんでした。
自分に「死ね」と叫んだ従者は、幼い頃から、共に育った兄弟の様な者でした。今回の、世界を巡る旅の間も、愚痴一つ言わずについて来てくれました。
どうして、殺したくなるほど恨まれているのか、見当もつきません。
恐る恐る、窓から下を確認しようと、した時、お姫様のベッドから、小さな息を吐く音がしました。
王子様は慌ててお姫様の顔を覗き込みます。
美しい青い瞳が、王子様を見つめています。
「愛しています、美しい人。」
王子様は、お姫様を抱き締めて愛を囁きました。
お姫様が目覚めた事で、お城の呪いも解けました。眠っていた王様も、お城の召使たちも目を覚まします。国中に拡がっていた茨は光となって消えていきました。
目覚めた人たちの歓喜の声が、塔の中のお姫様と王子様の所にまで届きます。
「貴方が、私を目覚めさせてくれたのですか?」
お姫様は、王子様に問いかけます。
王子様は満面の笑みで頷きました。
塔の下に横たわる野獣と従者の死体は、王子様の頭から、完全に忘れられていました。
魔女の呪いを跳ねのけた王子様の真実の愛の話は、世界を駆け回り、王子様とお姫様は結婚式を上げました。
豊かなお姫様の国で、王子様は幸せに暮らし始めました。
世界の果てで、自分のかけた100年前の呪いの結末を、魔女は、お腹をよじって笑いながら聞きました。
「真実の愛?
ああ、そうさ、呪いを解いたのは真実の愛だろうさ。
だけど、それがあの王子の愛だと、誰が証明出来るんだい?
今の幸せが続くといいねぇ。」
愛する者の幸せの為に、醜い野獣となってまで、彼女を守り、命を懸けて貫いたもう一人の王子がいる事を、魔女以外の誰も知りません。
このお話はめでたしめでたし?




