「虐待され捨てられて、拾われ育った村は魔物に滅ぼされた悲劇の勇者」の彼と、ただの田舎娘の私と。
「アーシャ。ずっと、君が好きだったんだ」
満点の星の下、新緑の匂いを乗せた柔らかい風が、彼の銀髪を揺らす。
「帰ってこられるか分からない身で、言おうかどうか迷ったんだけど」
ここはふたりのお気に入りの場所。家の裏山のてっぺんで、一面の星空と、窓から灯りが漏れる村の家々も一望できる場所だ。
寝たフリをして、母の目を盗んでふたりでよく満点の星を見に来ていた。
「待っていて、とは言わない。イヤだけど、他の誰かを好きになってもいい。だけど、僕のこと。忘れないで」
彼の銀髪が、月明かりを反射してキラキラと光る。この光景が、好きだった。
「知ってた?私もクリスのこと、好きだったんだよ」
泣き虫のクリス。ほら、すぐにその蒼い瞳に涙が溜まる。
「ずっと待ってるから。無事に戻ってきて」
明日、彼は顕現した聖剣と共に、勇者としてこの村から旅立つことになっている。
彼の瞳から、きらきら光をこぼしながら溢れた雫を視界に入れつつ、最初で最後のキスをした。
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「待ってれば帰ってくる、と思ってた時期もありました」
私、アーシャは、故郷のイスカ村から領都を挟んで反対側の東タトテェニで働いている。
故郷のイスカ村は、3年前、増え続ける魔物のスタンピードに襲われ村が壊滅してしまった。
村人は、領主と村長の機転で先に領都に避難しており、その直後の事だった。
危機一髪。
帰る故郷を無くした村人は散り散りになり、私も両親共に、父の仕事の伝手を辿りここの雑貨屋さんで働かせてもらっている。
村が壊滅した翌年、勇者が聖剣を携えて騎士団と共に魔王を討伐したため、今は平和なものだ。
5年前、イスカ村で勇者として旅立つクリスに待っている約束をしたが、14才の彼が村長と共に領主の元に旅立ったあとのことは、この田舎町ではよく分からない。
「貴族の庶子として虐待され捨てられて、拾い育てられた村は魔物に滅ぼされた、銀髪麗しい悲劇の勇者」の名前くらいで、魔王討伐後の彼の話も耳にしない。
約束をしたのは5年も前で、今となっては王様の覚えもめでたい勇者様がこんな田舎町に戻ってくるわけもない。
そもそも、一方的に待ってると言っただけで、約束にすらなってなかったかもしれない。
そう思いながら20才になってしまった訳だが、新しい恋をする気にもなれないので、このままダラダラお婆ちゃんになっていくんだろう。
首にかけてある、指輪を引っ張り出してみる。かつてクリスがイスカ村のお祭りでプレゼントしてくれた、彼の瞳の色の石がはまった指輪だ。
ひとしきり眺めてから、また服の下に戻した。
クリスと出会ったのは、7才の頃だった。
父とイスカ村の隣の森にベリーを取りに行った時に、行き倒れているのを連れ帰ったのだ。
あちこち傷だらけのアザだらけで、洗って手当して寝かせて食べさせたのだが、2才の弟を高熱で亡くしたばかりで、両親も放っておくことができず家族になった。
ひとつ下のクリスは泣き虫で、すぐに泣いてはひっついてきた。傷やアザがあったことから複雑な生い立ちかもしれなかったので、割とみんなで甘やかして育てた。
同じ子供部屋で寝る時に度々魘されていたので、彼のお布団に潜り込んで寝かしつけることもしょっちゅうだった。
8年くらい一緒に過ごして私が15才になった時には、魔物があちこちに出現して時々襲われる人も出始めていた。
私とクリスと父で森に入った時に魔物に襲われたことがあって、魔物に飛びかかられた時にクリスに聖剣が顕現した。
クリスは沢山悩んでいたけど、私たちとイスカ村を守りたくて、勇者として魔物と戦うことを決めたらしかった。
噂ではクリスは勇者として活躍していたようだが、王都の近くで魔物のスタンピードが起こって対応してる時、同時にイスカ村の森でもスタンピードが起こり、村は壊滅、廃村となった。
魔物のスタンピードにあってから3年、イスカ村は壊されたそのままの状態で残っているが、故郷恋しさにポツリポツリと戻ってきてる村人もいるようだった。
私も両親も今の生活があるから壊れた村には戻らないけど、魔王が倒されてからは、小さい頃亡くした弟の命日のお墓参りには来るようにしていた。クリスがいた頃からの習慣だけど、弟のお墓は難を逃れていて良かった。
誰かが先にお花を飾ってくれていたようで、そういえば去年もそんな事があったような気がした。
お墓参りを終えたら、壊れた元我が家をひと眺めして、裏山に登る。
壊れた村と独り身では夜にフラフラして夜空を眺めることはできないけど、山のてっぺんから村をひと眺めして、ちょっと思い出に浸ってから帰りたかった。
サクサクと草を踏んで、山のてっぺんを目指す。
開ける視界。
広い青空。
視界の端にゆらめく銀髪。
高い背に引き締まった身体つきの見慣れぬ男がゆっくりと振り返り、蒼い瞳を見開いた。
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ポロポロポロポロと、透明な雫が溢れてはこぼれ落ちる。
高い背を丸めてぎゅっと抱きしめられて、身動きが取れない。
「アーシャ、良かった、会いたかった…会いたかった…」
譫言のように何度も何度も繰り返される言葉に、震える背中をゆっくりと撫でる。
流れる銀髪はサラリと長くひとくくりに背中に流れ、背は高くなり、手も大きくなった。
顔も更に美しくなった気がする。
大きくなったのに、泣き虫、治ってないじゃん。
諦めることはできなかったけど、もう会うこともないと思っていて。
全然現実感はないけど、体温と匂いは別れる前の、彼そのままで。
背中を撫でていた手を上に持ち上げて、今度は頭をゆっくり撫でる。
「よく頑張ったね。おかえり、クリス」




