第6話 情報量はいつだって沢山
馬車が広大な草原を抜け、ゆるやかな坂を登り始めた。石畳に変わった路面で、車輪がカタカタと軽く軋む。朝霧がすっかり薄れ、陽光が広野を黄金色に染め上げる。目の前には、セレヴィズ王国の外郭がその全貌を現していた。
白亜の城壁は天を突くように高く、表面には風雨と戦の歴史を刻む無数の傷跡が走る。それでも荘厳さを失わず、朝日に照らされて神聖な輝きを放つ。壁の上部には鋭い槍のような突起が並び、侵入者を拒む鉄壁の意志を誇示していた。城壁の隙間には魔術の刻印が彫られ、微かな青い光が脈打つ。魔晶石で強化された石は、ただの岩ではなく、魔力を帯びた波動が肌にピリピリと響く。壁の向こうには、赤と青の瓦屋根が連なる環状都市が広がり、朝食の準備を思わせる煙突の煙がゆったりと空に溶ける。
遠くの山々は、雪がうっすら残る頂を朝日にキラキラと輝かせ、まるで絵画のような美しさだ。空には鳥の群れが舞い、城壁近くでは、七つの星を囲む銀の輪──セレヴィズ王国の紋章が描かれた旗が、風に揺れて陽光を反射する。
時折、空を漂う小さな浮遊船が、魔力の光を放ちながらゆっくり移動する姿は、まるでファンタジー映画のワンシーンだ。
「(お、おぉ、これが王都かよ…想像してたより遥かに大国だな…!)」
俺──ラーテル・マシロは、馬車の窓から身を乗り出し、思わず息を飲む。現代のビル街とは比べ物にならない、歴史と魔力が織りなす壮大な風景。人工的な無機質さはなく、生き生きとした息吹が感じられる。
「ふむ、初めて見る者の反応はいつだって面白いな」
ガルネア・エストラードが、向かいの席からクールに言い放つ。窓から差し込む光に、彼女の銀白の髪が輝き、黒銀の甲冑がカチャリと微かな音を立てる。深紅のマントが肩に軽く揺れ、騎士団長の威厳を漂わせる。青灰色の瞳は街の喧騒を冷静に見つめるが、口元には微かな笑みが浮かぶ。
「いや、だって…こんなデカい壁、見たことねぇよ。映画やゲームでしか…いや、すげぇってこと!」
やべ、現代の言葉が出ちまった。慌てて誤魔化すと、ガルネアの視線が鋭くなる。まるで俺の内心を見透かすようだ。
「映画? ゲーム?」
彼女が怪訝そうに首を傾げる。
「(しまった、この世界じゃ通じねぇ…!)」
「あ、いや、なんでもない! とにかく、迫力が桁違いってことだ!」
目を窓に逸らし、横目でガルネアを窺う。彼女の口角が上がり、クスッと笑う。
「お前は冗談が上手いな」
「(この人、ほんと鋭い…。封印から目覚めたって話、どこまで信じてくれてるんだ?)」
馬車が近づくにつれ、城壁の巨大さがさらに迫る。壁の下部には苔が生え、魔術の刻印が青く光る。傷跡は剣や矢、魔獣の爪の痕跡だろう。歴史の重みが肌に響く。魔晶石の波動が、胸のペンダント──光焔の刻印と共鳴するように脈打つ。
「(魔術でガチガチに強化されてるのか。さすが王国だな)」
ガルネアが窓の外を見ながら、静かに口を開く。
「お前は記憶喪失と聞いている。セレヴィズ王国についても忘れているだろうから、説明しておく」
彼女の声は落ち着いているが、騎士の責任感が滲む。
「セレヴィズ王国は、三つの環状都市からなる。外縁の第一環状都市は商人や職人の街。市場や工房が集まり、交易で栄えている。第二環状都市は魔術師や学者、貴族の区域。魔術院や研究施設が集中し、知の中心だ。中心の第三環状都市には王宮と聖堂がある。王族の聖地だ」
「三つも都市が…めっちゃ大きいな」
「そうだ。それぞれの区域は、強力な魔術結界で守られている。黒鐘や魔獣が侵入すれば、即座に反応し、排除する仕組みだ」
「(怖っ! リュミエに拾われてなかったら、俺、門前で即アウトだったかも…)」
リュミエの琥珀色の瞳、怒りながらも涙目だった顔が脳裏に浮かぶ。彼女がくれたペンダントを握り、淡い温もりに安心する。
「ついでに、大陸についても教えてやろう」
ガルネアが姿勢を正し、詳細に語り始める。
この世界の大陸名はエテルシア大陸であり、主な軸らしい。周りの大陸は昔の災害などで削れたとか。面積は約2750万平方キロメートル、ユーラシア大陸の半分くらいか。そこに4つの国が点在しているらしい。
北にはドワーフの『グランヴァルト王国』。鍛冶と魔石加工の技術で知られ、魔晶石の供給元だ。山岳地帯に要塞都市が連なり、鉱山から採れる魔石は武器や魔道具に使われる。
東にはエルフの『シルヴァネア王国』。リュミエの故郷で、風と自然の魔術を極める。森に隠された都市は、魔術結界で守られ、セレヴィズと同盟関係にある。
南には人間と獣人の『ファルクロード王国』。交易と傭兵で成り立ち、黒鐘の動きを監視する前線。荒々しい気風だが、商業で栄える。
西には『霧の荒廃林』。魔物が跋扈し、人の住まない危険地帯。魔獣や黒鐘の噂もある地域。
大陸の真ん中には『ルナミスの大樹』とかいう、この大陸で最も守らなくてはならない技術が集まる凄いところらしい。
「(ドワーフ、エルフ、獣人…RPGの教科書通りだな。黒鐘が西に絡んでるってのが、なんか嫌な予感するけど…)」
馬車が城門に近づく。門の両側には、そびえる塔が威圧感を放つ。塔の上では、藍色のローブをまとった魔術師が監視し、弓兵が鋭い目で下を見下ろす。門は鉄と木の複合構造で、表面には複雑な魔法陣が刻まれ、青く光る。閉じれば、どんな魔物も通さないだろう。
「ここが第一環状都市の入口だ。門をくぐる前に、検査がある。身構えておけ」
ガルネアの手が腰の長剣に触れ、いつでも抜ける準備ができている。
「検査って、持ち物検査とか?」
「その通り。持ち物と身元の確認、魔力の測定もだ。黒鐘や魔物のスパイを防ぐため、厳重に行われる」
「(やっぱ黒鐘か。俺の服が似てるってだけで、めっちゃ疑われたもんな…)」
ペンダントを握り、リュミエの笑顔を思い出す。馬車が門の前で止まり、魔法駆動の木馬がカタンッと音を立て、動きを止める。
門番の兵士が近づいてくる。二人とも重装備で、腰に剣、手に盾、兜の隙間から鋭い目が覗く。一人は背が高く、筋肉質な人間の男性。もう一人は小柄で、獣人の特徴を持つ女性。猫のような耳と鋭い爪が目立つ。尾がピクピク動くのが、妙に気になる。
「親衛騎士団長、ガルネア・エストラード殿! お帰りを!」
ガルネアが降りると、俺も慌ててついて行くように馬車から降りる。背の高い兵士が敬礼し、深く頭を下げ、小柄な獣人兵士もつられて頭を下げる。
「任務を終えた。第五魔術局からの要請で、この者を連れてきた。手続きを進めろ」
「は、承知いたしました!」
獣人兵士が俺に視線を向け、兜の下の目がジロリと怪訝そうに捉える。
「そちらの方が…?」
「そうだ。ラーテル・マシロ。リュミエ・アルセリナの推薦により、第五魔術局執務長、アヴィド・ローネル殿の召喚に応じた者だ」
ガルネアの声に、騎士の誇りが宿る。俺はガルネアの隣に行き、小さく会釈する。
「リュミエ殿の…了解しました。身元確認のため、荷物と魔力の検査をさせていただきます」
背の高い兵士が一歩進み、俺の持ち物を確かめるため小声で「失礼します」と呟き、リュミエの鞄を受け取らせ、ポケットの中身も見せる。
魔導書、ペンダント、干し肉、硬いパン、ナイフ。シンプルな旅の装備だ。ナイフに何か言われるかと思ったが、護身用なら普通らしい。
「…随分軽装ですね」
獣人兵士が鞄を調べ、魔導書に目を留める。爪でページをめくり、シャッと鋭い音が響く。
「これは…リュミエ殿の私記ですか。確かに彼女の筆跡。花のイラストまで、相変わらずですね」
「(あの丸文字と花のイラスト、めっちゃリュミエらしいよな…)」
背の高い兵士がペンダントを手に取り、眉を上げる。
「光焔の刻印…貴重な品だ。リュミエ殿から預かったものか?」
「えっと、そうです。闇を浄化してくれるって」
「ほう…確かに何かと気が良くなるな、問題なし」
獣人兵士が鼻をクンクンと動かし、俺をジロジロと見ながら、「懐かしい匂いと…魔力の匂い、普通じゃないですね」と言い始めた。
「(匂い!? 怪しい目で見るなよ!)」
内心で動揺するが、ガルネアが冷静に割り込むように場を納める。
「それがリュミエの報告した『異質な魔素』だ。問題はない」
「……了解しました、ガルネア殿が仰るなら。では、魔素の測定をお願いします」
獣人兵士が小さな水晶球を取り出す。表面に青い光が揺らめく。魔力を測る道具だ。彼女の尾がピクピク動く。
「手をこちらに。異常があれば、即座に措置を取ります」
「(物騒だな…)」
水晶球に手を置く。瞬間、球が眩く光り、緑から青、赤、黄、そして白と黒が交差するように色を変える。空気がビリビリ震え、兵士たちが身構える。
「こ、これは…!」
「落ち着け。リュミエの報告通り、異質な魔素だ。黒鐘のものとは異なる」
ガルネアの声に、兵士たちが緊張を緩める。
「確かに…黒鐘の魔素は濁って光がない。この者は…闇と光が混ざった奇妙な波動です」
背の高い兵士が水晶球を仕舞い、頷く。
「問題なし。通行を許可する。ラーテル殿、セレヴィズ王国へようこそ」
「(ふぅ、ひとまず安心…。闇と光が混ざった魔素…なんかかっこいいな!)」
ガルネアが馬車に戻り、俺もウキウキで後に続くように馬車に乗る。門が開き、鉄の軋む音が響く。門の向こうには、石畳の道が続き、色とりどりの屋根が広がる第一環状都市が現れる。
市場の喧騒、馬車の音、子供の笑い声が響く。石造りの建物には花や旗が飾られ、通りには商人や旅人が行き交う。人間、エルフ、獣人、ドワーフ、角人、鱗を持つ竜人──種族の多様性が街を彩る。
市場では、果物、魔獣の革、輝く魔石が並び、異国の香辛料やハーブの匂いが漂う。エルフの女性が風魔法で果物を浮かせて客を呼び、獣人の子供が尾を振って走り回る。ドワーフの鍛冶屋が魔石を加工し、火花が散る。竜人の旅人が鱗のマントを翻して歩く姿は、誇り高き戦士のようだ。街灯には魔石が嵌め込まれ、自動で点灯する。水路が流れ、風車のような装置が水を汲み上げる。
「(すげぇ、異世界の都市だ…現代の都会より、温かみがあるな……現代でもこんなに暖かったらいいのに)」
生前の出来事を思い出し、俯いているとガルネアが窓から街の風景から俺をの横目で見て話し出す。
「第一環状都市は、セレヴィズ王国の玄関口だ。交易で栄え、種族が集う。人間が最も多いが、エルフ、ドワーフ、獣人、角人、竜人なども珍しくない。ファルクロード王国からの傭兵、シルヴァネア王国からの魔術師もなど訪れることもある」
突然の言葉に少し焦ったがなんとか飲み込み、窓から街を見る。
みんな楽しそうで、不満もなさそうな感じが雰囲気でよくわかる。揉め事も特にないのが不思議なくらいだ。
「種族の違いで揉めたりしないの?」
「あぁ…昔は対立もあった。だが、七素聖団の教えで、種族を超えた均衡を重んじる。黒鐘の脅威が、結束を強めた」
「なるほど…すげぇな」
七素聖団がこの世界のバランスを保ってるってことはクラリスの失踪は公になっていないのだろう。公になればきっと、早く見つかるのだろうが立場的にもそうはいかない。難しいものだな。
馬車ら市場を抜け、通りが賑やかになる。屋台の焼き魚や菓子の香りが漂う。エルフの楽師が風の音を模した笛を吹き、子供たちが手を叩く。獣人の商人が毛皮や骨細工を売り、ドワーフが魔石のアクセサリーを並べる。竜人の戦士が堂々と歩く。
「(この街、活き活きしてる。羨ましい限りだ、ほんと)」
馬車が第二環状都市の入口に差し掛かる。石畳が滑らかになり、建物は豪華でさっきの外壁より高い気もする。白い石造りの邸宅は、魔術結界が光り、窓から虹色の光が漏れる。青や銀のローブの魔術師、豪華な服の貴族が行き交う。エルフの学者が魔導書を抱え、獣人の護衛が剣を携える。角人の魔術師が杖を振り、光球を浮かべる。
「(高級感すごいな…貴族の街って感じ)」
「第二環状都市は、魔術と学問の中心だ。魔術院、図書館、研究施設が集まり、アヴィド・ローネル殿のような学者が活動する。第五魔術局もそこにある」
「第五魔術局…第五魔術局って?」
「王国の魔術研究の要だ。黒鐘や魔物の動向を探り、魔素の異常を監視する。訓練や学習の場でもある。アヴィド殿は『発現の兆候』に注目している。お前の魔素が関係している可能性が高い」
「(発現の兆候…身体と関係してりゃいいけ)」
「そして──」
ガルネアが突然言葉を切り、馬車の外を見て、表情が硬くなる。
「どうした?」
「…すまない、急用だ。騎士団長として、陛下に報告せねばならん。お前はここで待機だ」
「え、置いてかれるの?」
「焦るな。第五魔術局の関係者がすぐに来る。私の部下が護衛につく」
ガルネアが馬車から降り、俺もすかさず降りる。彼女は門近くの騎士に指示を出す。銀の甲冑を着た若い角人男性。額に小さな角、瞳は金色。彼は敬礼し、俺の側に立つ。
「ラーテル殿、こちらでお待ちを。局の者が到着次第、案内します」
「り、了解…ガルネアはどこ行くんだ?」
「王宮だ。陛下にお前のことを報告する。黒鐘の動きが活発化している今、遅れは許されん」
声に重みが宿る。深紅のマントが翻り、ガルネアは生きた黒馬に跨る。銀白の髪が風に揺れ、騎士団長の姿が際立ち、蹄の音が石畳に響き、彼女の背中が第二環状都市の入口方向へ消える。
「(リュミエもガルネアも、黒鐘にめっちゃ警戒してる…いずれ対立するのか)」
角人の騎士が咳払いし、俺を現実に引き戻す。
「ラーテル殿、こちらへ。局の使いが到着したようです」
振り返ると、藍色のローブをまとった人物が近づく。銀の紋章が輝き、手には細い杖。フードで顔が隠れ、性別はわからない。ちょこっと見える耳が尖っているから、エルフかもしれない。
「ラーテル・マシロ殿ですね。第五魔術局、アヴィド・ローネル殿の命令により、お迎えに参りました」
右手を胸に当て、深くお辞儀する。声は低く、落ち着いている。男か女か判断がつかない。フードで顔を隠す姿に、親近感が湧く。
「えっと、よろしくお願いします」
「ご存知の通り、魔術院へ行きます。アヴィド様が貴方の魔力を詳しく調べたいと。さぁ、こちらへ」
角人の騎士とエルフらしき人物に挟まれ、石畳の道を進む。市場の喧騒、魔石の光、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。見上げると、第二環状都市の高い塔がそびえる。中心に、王宮と魔術院が見える。塔の頂には、魔力が集まる巨大な水晶が星のように瞬く。
「(ここからが本番か…アヴィドって奴、どんなヤツだ? 何でもかんでも鋭かったら、俺、終わるな…)」
リュミエの鞄を握り、彼女の丸い字と花のイラストを思い出す。ペンダントの光が微かに脈打つ。
そうして、覚悟を決めるように、二人に挟まれ魔術院へと進んでいった。




