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借者の器は俺には合わない  作者: 丸Ⅸ
0.5章 始まりの道
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第2話 異世界isファンタジー


「──転生って…マジであったのかよ…」


岩肌がごつごつと突き出した洞窟の奥、俺の声が冷たく反響した。冷えた石の地面に腰を下ろし、俺──いや、天樹真城の魂を持った“誰か”は深いため息をついた。


湿った空気が肺に流れ込み、遠くで水滴がポタポタと落ちる音が耳に届く。薄暗い洞窟の壁には苔がびっしりと生え、微かな光がその緑を鈍く照らしていた。


光源は見えないのに、なぜか視界はクリアだ。まるで暗視カメラのように、岩のひび割れや苔の質感まで鮮明に見える。


「あのトラックにひかれそうになった女の子…無事だったらいいけどな…まぁ、見返りなんて求めてねぇけど」


目を閉じ、事故直前の記憶を辿ろうとした。だが、頭に浮かぶのは女の子のスカートの揺れと、チラリと見えた白いパンツの光景ばかり。すぐにその思考を振り払う。


「転生の理由が“ストーカーしてバチ当たった”だけにしか思えねぇ…見返りなんて、あのパンツで十分だったような気が…」


自分で言ってて情けなくなるが、苦笑しながら呟いた。あの瞬間、脳に焼き付いた映像は、良くも悪くも鮮烈すぎる。死ぬ直前の記憶がこんなのでいいのかよ、と自嘲が胸に広がる。


視線を落とし、自分の身体を改めて見つめる。


「にしても、すげぇな…これ」


手を目の前にかざし、ひらひらと動かしてみる。


白く、細く、しなやかな指先は、まるで精巧な人形のようだ。爪は滑らかに整えられ、まるで一度も労働したことのない貴族の手。生前の俺の手は、剣道で硬くなったタコと、スマホを握りすぎたごつごつ感があったのに。


「これ、マジで俺の手? 指、めっちゃ長ぇ。いや、女の子の手っぽいけど、なんか…」


恐る恐る胸元に手を当てる。別にやましいことをしようってわけじゃない。ただ、確認のためだ。漆黒のローブの襟元をそっと開き、中を覗く。


平坦。完全にまな板。カップ数なんて存在しない。


「…ないな。まな板か?」


ボソッと呟く。だが、すぐに自己嫌悪が襲ってくる。もし元の持ち主の魂がどこかでこの記憶を見ていたら、めっちゃ気まずい。心の中でそっと謝りながら、もう一度確認する。何度見ても同じだ。


念のため、タイトな黒ズボンの前を少し下げ、下も確認。


──結果、男のアイデンティティも完全に消滅していた。いや、待て。性別が曖昧すぎる。見た目は少年っぽいけど、女の子とも取れる。混乱が頭を埋め尽くす。


「…マジかよ。男? いや、女? どっちなんだこれ…」


頭を抱え、混乱が渦巻く。現代ならこんな発言、完全にアウトだ。多様性の時代にこんなこと口に出したら、炎上確定の失礼野郎。だが、ここは異世界。誰も俺をジャッジしない……はずだ。


水たまりを見つめ、そこに映る自分の姿に、思わず息を呑んだ。


中性的な顔。白い肌に、鋭い黒い瞳。短い灰髪が額に落ち、まるで影のような存在感。体型は華奢で、167センチほどの身長──生前の俺より少し低い。


服は漆黒のフード付きローブと質素なジャケットにタイトな黒ズボン。現代のストリートファッションにもありそうな、ジェンダーレスなデザインだ。だが、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。


「少女…はさすがに違うか? 少年もなんか違う…18歳くらいか?」


鏡のような水面を見つめながら、呟く。


男6割、女4割の感覚。フードをかぶれば完全に男に見えるし、肌を隠せば女の子と間違えられそう。声も低めで、初対面なら男と思われるだろう。


「っていうか…動きやすすぎね? 体の可動域、ヤバいんだけど」


試しにくるりとジャンプしてみる。着地の衝撃がほぼない。膝に痛みもない。生前の俺なら、剣道部の練習で膝を痛め、クラスメイトに笑われていたのを思い出すが、すぐに吹っ切れる。


洞窟の天井を見上げる。おそらく5メートルはある高い天井。試しに軽く跳んでみると、まるで重力を無視したようにふわりと浮かんだ。


「さすが異世界って感じだな。これくらいやってくれねぇと!」


テンションが上がるが、すぐに我に返る。深呼吸し、頭を整理する。異世界なら、まずは状況確認が必須だ。


「…まずは現状確認だな」


周囲を見渡すも、鞄や荷物は見当たらない。手ぶらでここに放り込まれたらしい。現状は洞窟の中。声が反響するし、湿気も強い。


ローブのポケットに違和感を感じ、探ってみる。


ジャリンジャリン…


ポケットから引き出したものが手から滑り落ち、地面に落ち、金属音が洞窟内に響いた。


少しその音に戸惑い、地面に落ちたものを見ると、そこには──


「ん…? これって…」


ナイフだった。

数本の鋭い刃が、苔むした地面に鈍く光っている。突然の凶器に、冷や汗が背中を伝う。慌てて目を逸らし、再度確認するが、やっぱりナイフだ。


「なんでナイフが? 正当防衛用か? それとも果物ナイフか?」


頭に浮かんだのは最悪の憶測。暗殺者、殺し屋、秘密組織…。この身体、前に何かやらかした奴のじゃねぇよな? 魂神の「元の所有者は今はいない」という言葉が脳裏をよぎる。


「この身体…ヤバいことに関わってたんじゃ…?」


独り言を呟きながら、気分を紛らわすように洞窟内をナイフを軸にぐるぐる歩き回る。だが、すぐに結論に至る。


「うん、気にしてたら負けだな。一応持っとくか。損はない…よな?」


深く考えても仕方ない。慎重にナイフを全て拾い、ローブのポケットに大事に仕舞う。


「異世界って言ってたし、武器は持っとかないとな! うん!」


ポジティブに考えるが、内心はビビっていた。2回目の人生でまた死ぬなんて、冗談じゃない。


他に持ち物がないか周りを探るが、何もない。どうやら、持ち物はこのナイフ数本だけだ。


「ここから出てみるか。動かなきゃ何も始まらねぇし」


直感で洞窟を進む。光源はないが、不思議と目が暗闇に慣れている。岩の隙間や地面の起伏がはっきり見える。松明や日光がないのに、暗視効果があるかのように水滴や苔も鮮明だ。


「暗視能力…? 実はチートスキルとか持ってんじゃね?」


一瞬テンションが上がるが、すぐに魂神の言葉を思い出す。「能力は多分ない。だが、肉体は特別だ」。

つまり、この身体や感覚自体が異常なまでに強いってことか。ジャンプもスピードも、生前の俺より圧倒的に上。だが、同時に不満も湧く。


「全く、チート能力くらいつけろよな…」


不満を心に押し込め、なんとか納得する。2度目の人生を歩ませてくれただけ感謝だ。

生前も一回だけ事故で死にかけたことがあった。あの時も、運で助かったようなもんだった。


「まぁ、魂神が俺を不憫に思って、身体能力だけ強くしてくれたのか…それともこの身体が元々化け物だったのか…?」


考えがぐちゃぐちゃになり、頭を振って思考を止める。化け物だろうとなんだろうと、この身体は俺のものだ。


「…誰の身体か知らねぇけど、俺のものになったんだ。割り切るしかない!」


洞窟の壁に手を触れる。ひんやりとした感触が指先に吸い付く。肌の感覚まで異様に鋭い。奥へ進むと、風が強くなってきた。出口が近い。風の流れでそれが分かる。


瞬間的に外だと察知し、俺は走り出した。

そして、光が差した。


「おぉ…」


洞窟を抜けた先は、断崖絶壁の縁だった。足元には緑の絨毯のような森が広がり、遠くには鋭く切り立った山々が連なる。青空には、不自然なほど大きな月が浮かんでいた。まるでゲームのCGのような、息を呑む美しさ。

空気は澄んでいて、肺に吸い込むたびに草木の香りが広がる。遠くで鳥のさえずり、風が木々を揺らす音。異世界だ。ガチのファンタジーだ。


「ゲームのグラフィックかよ…」


深呼吸する。現実離れした美しさに、言葉を失う。

しばし絶景に見とれていると──


「…あれ?」


視力が良すぎるのか、森の奥、10キロ先に何かが見えた。草むらの中に動く人影。複数だ。

本能的にしゃがみ込む。身体が軽いせいか、動きに無駄がない。


人影は、鉄の装備を身にまとった兵士たちだった。重そうな鎧なのに、動きは異様に速い。手に持つ弓や剣が、陽光にキラリと光る。彼らの目は鋭く、まるで獲物を追う猟犬のようだ。よく目を凝らすと、犬のような耳や猫のような耳を持つ者もいる。獣人だ。


「うわ、ヤバい。これ、異世界ファンタジー的な出会いじゃね?」


だが、すぐに魂神の言葉が脳裏をよぎる。「元の所有者」。この身体の過去を知る者に会ったら、絶対面倒なことになる。

仮に知人だった場合、俺がその人を完全に模倣するのは無理だ。こんな身体能力で、中性的な見た目で、どう装えってんだ。


「(名前、どうしよう…)」


命の危機より先に、名前をどうするか考えていた。本名を名乗るか、仮の名前をでっち上げるか。記憶喪失だと誤魔化せば、なんとかなるか?

そう考えていた矢先、兵士の隊長らしき獣人──犬耳の男がこちらに気づいた。


「──! 誰だ!?」


鋭い声が響く。剣を握る手はすでに構えを取り、目には警戒心に満ちている。他の兵士も一斉に俺に視線を向ける。

しゃがんでたのに、よく見えたな。獣人の勘や匂いか?


「…えーと、僕は敵じゃない! 安心してほしい!」


立ち上がって、声を上げる。初めて自分の声を意識する。低く、滑らかで、どこか冷たい。自分で聞いてもゾッとするような声だ。自然と「僕」と一人称を変えたが、失敗だったか。声のトーンが怖すぎる。


相手は一瞬唖然としたが、すぐに表情が硬くなり、警戒の雰囲気が漂う。


「貴様、その服…黒鐘(こくしょう)の者か!?」


「え、こく…? 何!?」


いきなり出てきた知らない単語に、俺は戸惑った。日本語が通じてることに驚きつつ、服に反応されたことにさらに困惑。ローブとズボンを見てみるが、ただの黒い服だ。


兵士たちの何人かは後退りし、怯えた目で俺を見る。だが、隊長らしき男は逆に部下を鼓舞した。


「黒鐘がなんだというのだ! 怯まず進め!」


「待ってくれ、なんか誤解が──!」


慌てた声が、つい怖く低いトーンになってしまった。その瞬間、どこかで弦を引く音が聞こえる。


シュッ!


──矢だ。

無意識に手を伸ばすと、鉄製の矢を片手で握り止めていた。痛みもない。


「……なっ!?」


兵士たちが絶句する。だが、俺も自分で驚く。矢を目の前で止めるなんて、剣道部の木刀受けより難しいぞ!


「は、はぁ!? 反射神経…ってやつか? この身体、何者だよ…」


小声で呟きながら、矢を地面に落とす。手の甲や平を交互に見るも、傷一つない。安堵のため息を吐き、弁解を続けようとする。


「ちょっと、話を──」


話を続けようとした瞬間、茂みから複数の人影が飛び出してきた。ざっと15人。矢で俺の視線をそらし、体制を整えていたのだろう。考えたな、と言いたいが、絶体絶命だ。


「黒鐘の者を討て!」


「え、ちょ、待──!」


鉄の矢が一斉に飛んでくる。さすがに死にたくないから、咄嗟に岩の陰に飛び込み、矢を防ぐ。岩に当たる矢がバチバチと火花を散らす。話くらい聞いてくれよ!

断崖の端に隠れながら、深呼吸して考える。


「(黒鐘の者って、異名か? この身体の過去の所属か? 何かヤバいことに関わってたんじゃ…)」


疑問が頭を埋め尽くす。だが、答えなんて今探しても見つからない。自分の手を見ながら、考えるのは無駄だと言い聞かせる。


ポケットのナイフを思い出す。戦闘は避けたいが、敵意がないことを示せばなんとかなるか?


ゆっくりナイフを握ったまま両手を上げ、岩の陰から姿を現す。


「あ、あの~…敵意は無い! 僕は──ここで生きていくことになっただけなんだ!」


嘘偽りなく叫んだが、誰も耳を貸さない。ナイフが逆効果だったか、兵士たちは一斉に弓を構える。失敗だった。手を下げ、諦めかける。


「…うわ、ガチで殺しに来る気かよ…」


不安で目が泳ぎ、周囲を見る。その一瞬の隙を突くように、左から矢が飛んでくる。


「──っ、危なっ!」


身体の超人的な動きを活かし、矢をかわしながら跳躍。弓の射程外へ飛び出すも、足を滑らせ崖から飛び降りる形になり、兵士の隊列に突入してしまう。

慣れない身体の素早さに、俺自身が振り回されている。相手も俺の動きについていけない様子だ。


突進してきた兵士が腰の剣を抜き、俺に向かって斬りつけてくる。咄嗟に避けながら、ナイフで首筋を軽く切りつけてしまう。


「(やっべ……やらかした……!)」


焦りと困惑が湧き上がる。斬られた兵士が怯み、周囲の目が変わる。完全に敵とみなされた。これ以上はきつい。


背を向け、逃げる体制に入る。後ろから複数の兵士の喊声が聞こえる。木々を駆け巡り、矢が飛んでくる中、まるで狩人から逃げる猪のようだ。


「(うわ、まだやるのかよ…)」


この身体に慣れていない俺は、下手したら死ぬかもしれない。いや、逆に誰かを殺してしまうかもしれない。その恐怖が胸を締め付ける。傷つけるのはごめんだと、こっそりナイフをポケットにしまう。


その時、突然、横の茂みから鋭い女性の声が響いた。


「──空紡の帳(エアヴェリ)!」


俺を囲むように、まるで魔法のように風が吹き荒れ、兵士たちが混乱に陥り動きが止まる。風は目に見えるほど渦を巻き、木の葉や土を巻き上げ、視界を遮る。魔法だ。ガチのファンタジー魔法!


いつの間にか、茂みから人影が飛び出し、俺の腕を掴んで引っ張っていく。


茶色の髪が肩まで揺れ、鋭い目元にどこか寂しげな影がある。服は軽やかな薄緑ローブで、まるで冒険者のような出で立ち。腰には小さなポーチと短剣。人間とは思えない、異世界らしい神秘的な雰囲気をまとっている。


「ちょ…! 何!?」


いきなりのことにパニックになるが、一つ分かったことは、女の子だということだ。長年女の子に触れられたことのない俺は、頬を赤らめ、彼女の手の温かさに一瞬ドキッとする。


「(女の子の手、めっちゃ柔らかいな…)」


そんな呑気なことを考えていると、女の子が怒りを込めたように叫ぶ。


「黙って引っ張られてなさい!」


尖った声で叱られ、俺は素直に従う。女の子の柔らかい手に引っ張られる感触が心地よい。人生で初めて女の子に触れられたんだから、文句なんてない。


彼女は尋常じゃない速さで森を駆け抜ける。まるで空を滑るように、木々の間を縫う動き。俺の身体も軽いが、彼女の動きはさらに別次元だ。


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