第1話 バチ当たりの転生者
「(俺…死んだ、よな?)」
意識がぼんやりと浮上する中、俺は確信していた。俺は死んだ。あのトラックに轢かれて、間違いなく死んだはずだ。
事故の衝撃、血の味、遠ざかる悲鳴──すべてが鮮明に蘇る。なのに、今ここにいる。痛みもない。ただ、浮遊感だけ。
「(これが…走馬灯か? なんて真っ黒な…真っ白な…?)」
死んだことはないが、何か変な違和感を感じ目を開けると、そこは無限に広がる白い空間が交差していた。上下も前後もなく、ただ純白がどこまでも続く。まるで光に包まれたような空間。
自分の手を見ようとするが、動かすものがない。体も、感触もない。ただ、魂だけが漂っているような感覚。風もないのに、冷たい空気が肌を撫でるような錯覚。静寂が耳を圧迫し、自身の心臓の音すら聞こえない。
「(ここ、どこだ…? というか、俺、死んで…)」
現実を受け止めきれず、単語を絞り出すのが精一杯だった。それに、声も出せない状況だった。口がない? 体がない? 思考だけが虚空に浮かぶ。パニックがじわじわと胸に広がる。
夏休み明けのあの朝、学校、いじめ、事故──すべてが遠い夢のように感じるのに、記憶ははっきりしている。
「貴様が死んだから、ちょっと拾ってやった」
その謎の声が、聞いてもいないのに、いや心の声が聞こえたのか、淡々と答える。声はどこからともなく響き、空間全体を震わせる。まるで頭の中に直接注入されるようだ。
「(拾っ…た? ちょっと何言ってるかわかんねぇんだけど…)」
頭が混乱でぐちゃぐちゃだ。死んだことすら受け入れられないのに、こんなわけのわからない話についていけるはずがない。俺はオタクだけど、こんなファンタジーみたいな状況、二次元でしか見たことない。心の中で叫ぶように質問を重ねるが、体がないせいで声が出ない。苛立ちが募る。
「なんというか…適合する“空の器”が、たまたま一つ空いててな。そこに突っ込んだだけだ」
神のような存在なのか、システムなのか、よくわからない何か。だが、その言葉は妙に軽快だった。まるで日常会話のように。虚空にぼんやりとした光が浮かび、声の主の輪郭が薄く見える気がする──無機質な影のようなもの。感情がないのに、どこか楽しげだ。
「安心しろ、死因は“善意による行動”と判定した」
判断したという言葉通り、きっとこの神のような存在が俺をどうにかしてくれてるのだろうと解釈する。
あの行為が善意かどうかはさておき──女子高生を助けたのは、確かに衝動だったけど、チラ見の欲もあったし──俺は気になったことを口にする。いや、心で思う。
「(えっと…それって、俺、生き返るってこと?)」
「あぁ…まぁ、生き返るようなもんだな。貴様はこれから、別の世界で第二の人生を送る。肉体は別物だが、中身は貴様のまま。光栄に思えよ?」
「(え、待て待て。それって、よくある展開じゃ?)」
心の中で興奮が湧く。異世界転生! アニメや小説で何度も見たやつだ。モブの俺が、ついに主人公に? でも、喜びの前に疑問が次々と浮かぶ。
「そうだ。最近そっち系流行ってるからな。割とあるあるだ」
「(な、なんかメタいな…)」
メタ発言にツッコミを入れる俺。
でも、都合がいい。こういう展開なら、だいたいチートスキルとかがついてくるもんだろ? 俺の女の子フェチも活かせる世界なら最高だ。心が少し軽くなる。
「(…なら能力とか、俺にはあるのか?)」
間を置かず、即答が返ってきた。
「知らない」
「(即答!?)」
心の中で叫ぶ。あまりのあっさりさに、虚空で体が震えるような感覚。期待が一気にしぼむ。
神のような存在は少し唸るような声を出して、考え込むように続けた。虚空に小さな波紋が広がるように、声のトーンが微妙に変わる。
「だがな、肉体そのものはちょっと特別だ。元の所有者は今はいない。詳細は……私にもわからない。貴様が扱いきれれば、それなりに強くなれるはずだ。多分な」
「(所有者って…つまり、俺は誰かの身体で生きていくってことか?)」
借り物の体か。違和感が胸に刺さる。自分の体じゃないなんて、想像しただけでぞっとする。
「その通りだ、少年。察しが早い奴は嫌いじゃない。頑張れ」
「(いやいやいや、待て! 説明少なすぎだろ! 異世界ってマジであるの? なんで俺なの? もっと優秀な奴いただろ! 聞きたいこといっぱいあるんだけど!)」
慌てて質問をまくし立てるが、神的な存在はまるで意に介さない。虚空が少し揺れ、声が淡々と続く。まるで退屈したように。
「ふむ、質問が多いな。異世界は存在する。多次元的なものだ。なぜ貴様か?運だ。善意の行動が条件を満たしただけ。他に優秀な奴? いるさ。でも、タイミングが合ってよく動いてくれそうなのが貴様だ。満足か?」
「(いや、全然!もっと詳しく…例えば、その世界ってどんなところ? 魔法あるの? モンスター?女の子は可愛い? エルフとかいる?)」
俺のフェチが顔を出す。転生するなら、せめて夢のような世界がいい。心の中で必死に訴える。虚空に俺の願望が渦巻くように感じる。
「魔法? ある。モンスター? うじゃうじゃだ。女の子? …まぁ、いるだろうな。エルフ? 獣人?知らん。貴様の趣味は知らんが、楽しめばいいさ。でも、ハーレムなんて期待するなよ。現実味がない」
「(え、でも転生ものならチートでハーレムとか…)」
「メタいこと言うな。貴様の人生は貴様次第だ。能力の詳細は自分で探れ。借り物の器、うまく使えよ」
神的な存在の声に、少しからかうようなニュアンスが混じる。無機質なのに、ユーモアがある。俺はさらに食い下がる。
「(せめて、名前教えてよ。貴様貴様って、なんか腹立つんだけど)」
虚空が一瞬静かになる。すると、声が少し低く響く。
「あぁ、そうだな…。また私とこうして出会う可能性もあるからな、名を残してやろう。私の名は"魂神。魂の神だ"」
「(こ、魂神? 待って、まじで、や───)」
言葉を最後まで発する前に、虚空が白く輝き始める。転送の予感。慌てて最後の質問を投げかける。
「(魂神!せめて女の子いっぱいの世界がいい! メイドとか、エルフとか、猫耳とか、ハーレムとか、そういうの頼むから!)」
心の中でそんな願望を叫びながら、視界が再び白く染まる。魂神の声が遠くから聞こえる。
「ふん、贅沢言うな。第二の人生歩めるだけ、善意の報酬だぞ。行け、少年」
もし、その言葉が本当なら第二の人生を歩むことになる。そうなるとやはり、楽に生きたいという本能が俺には勝った。興奮と不安が混じり、意識が闇に落ちる。
◆◆◆
目が覚めた瞬間、冷たい感触が全身を包んだ。
ゴツゴツとした岩の上に寝そべっている。首を動かすと、薄暗い空間が広がっていた。どこか遠くで水滴がポタポタと落ちる音が響き、湿った空気が鼻腔を満たす。
苔むした洞窟の壁が、かすかな光に照らされて鈍く輝いている。風がどこからか吹き込み、肌寒さが背筋を這う。空気はカビ臭く、土の匂いが混じる。遠くで小さな生き物の気配──虫か小動物か──がする。虚空から一転、リアルな世界。異世界だ、と直感する。
「(え、ここどこだ?洞窟か…? てか、体が軽い…?)」
立ち上がろうとすると、驚くほどスムーズに体が動いた。
いつもなら朝の硬い関節が軋むのに、今はまるで羽が生えたように軽い。視界も広く、異様に鮮明だ。足元の石の凹凸、苔の湿った匂い、遠くで羽音を立てる虫の音まで、すべてがクリアに感じられる。体が熱く、力に満ちている。まるで剣道部時代以上のコンディションだ。
だが、何より違和感があった。
自分の手を見下ろす。
細く、白く、骨ばっていて、爪まで丁寧に整えられた手。まるで女の子の手のようだった。
「(この手、俺のじゃねぇ…!?)」
心臓がどきりと鳴る。慌てて自分の服装をしばし見る。
服装は黒一色のローブとタイトの黒ズボンに質素なパーカーらしいもの。動きやすそうだが、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。布地は滑らかで、冷たい感触。すぐそばの水たまりに映る“俺”を見て、心臓が止まりそうになった。
そこにいたのは、灰色な瞳を持ち、灰色のショートヘアーをした恐ろしく美しい少年。
──いや、少女か? 性別すら曖昧なその姿は、まるで影が人の形を取ったようだった。短い灰髪が額に落ち、白い肌はまるで陶器のように滑らか。鋭い眼光が、水面越しに俺を突き刺す。唇は薄く、表情は無機質。美しすぎて、ぞっとする。
「(だ、誰だよこれ…いや、これが俺!?)」
状況がまるで掴めない。
さっきまで魂神と話していたはずなのに、気がつけばこの異様な身体に放り込まれている。だが、一つだけ確かなことがある。
体を触ってみる──腕の筋肉、顔の輪郭、胸の平坦さ。男の体だ。でも、中性的で美しい。元の俺の平凡な顔とは大違い。
「女の子の身体より、男の身体の方が良かったな…」
そう呟きながら自分の体を触ってみる。腕、顔、胸…どれも自分のものではじゃない。声すら低く、冷たく、ぞっとするほど他人のものだ。
正直、異世界って感じもする。声に出すと、洞窟に反響して不気味に響く。
「(いや、他人じゃねぇ…今、俺がこの身体なんだ…)」
開き直るように、生前の記憶が失われていないか確認する。名前、天樹真城。家族の写真、女の子フェチの情熱…──すべて残っている。
欠陥はないみたいだ。ただ、身体の感覚が鋭すぎて、戸惑う。
風の流れ、岩の冷たさ、遠くの水音──すべてが鮮やか。魂神の言葉を思い出す。「肉体は特別だ」。これがそれか? 強くなれるかも、と言っていたけど、どうやって?
事故直前のことを思い返すと良いようで悪いような感じがしたがただ一つわかったことは天罰が降ったということだ。
「俺が死んだの…ストーカーしたからバチ当たっただけじゃね…?」
洞窟の奥から、かすかに風が吹き抜ける。
この身体で、この世界を生きていくしかない。
そう覚悟を決めたいがやはり頭を抱えた。




