スキル“ハエ”
カオスな感じに仕上がりました。
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
「おい、リュート! 焼きそばパン、買ってきたのかよ!?」
僕の名前は、立川颯馬。
……なのに、なぜか彼は僕のことを「リュート」と呼ぶ。中二病なのだろうか。
「ご、ごめん……マー君。焼きそばパンは人気で……売り切れてたんだ……」
そう、僕に“焼きそばパンのクエスト”を依頼したのは──
“山田権座礼須黄昏似染丸涙幕二”……略して“マー君”だ。
「はあ!? 俺の昼飯、どうすんだよ!?」
「ごめん……代わりに、これを買ってきた……」
僕が差し出したのは──
“フーセンガム焼きそばパン味”。
「……お? やるじゃねぇか。これでいつでも焼きそばパンと一緒……」
マー君はそう言いながら、フーセンガムを一枚取り出し、クッチャクッチャと噛みはじめた。
「……な、なんだ、この……不味さ……?」
そう言いつつも、彼はフーセンを膨らます。
すかさず僕は、そのフーセンを叩き割った。
「まだ、味がしてる途中でしょうが!!」
胸ぐらを掴んだ僕を、マー君が逆に押し返す。僕は廊下に尻もちをついた。
ペッタン、ペッタン。
……あ、そういえば、ここ学校だったな。
ぺっ。
マー君がガムを吐き捨てる。
「こんなガムで……俺が喜ぶとでも思ったのかよっ! ぜ、全然、嬉しくないんだからねっ!」
ツンデレか。マー君、ツンデレか。
しかし次の瞬間、マー君は倒れた僕の胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。
僕は反射的に目を閉じ、両腕で顔をガードする。
けれど──
いつまでたっても拳は飛んでこない。
おそるおそる目を開けると──
マー君の動きが止まっていた。
いや、マー君だけじゃない。
空を飛ぶ鳥も、校庭の生徒も、花壇の花をむさぼり食う校長先生まで。
すべてが、時を止められたかのように静止していた。
その時、不思議な声が響く。
『力が欲しいか……?』
『え?』
『力が欲しいか?』
『え? “力が、干しイカ?” ……スルメってこと?』
『ち、違う……スルメではない!! 私は聞いているのだ、力が欲しいか!?』
『え? “スルメではない力”? なんだそれ。ていうか、あなた誰?』
『私は……“フーセンガム焼きそばパン味”の神だ』
『な、なんだって!? 長い……長すぎる……“焼きそパン”でいいかな?』
『“焼きそパン”だと!? それではフーセンガムの要素が全くないではないか!』
『じゃあ……“フーパン”で』
『それでよかろう……。では契約しよう、リュートよ! 力が欲しいか!?』
『え……スルメ以外の力なら……欲しい!』
『よかろう! お前に授けるスキルは──“ハエ”!』
『……は? ハエ? いやいやいや、ハエってあの“ブーン”って飛ぶ、あの?』
『そうだ! 汝は今から“ハエ”となるのだ!』
『やめろォォォ!! もっとカッコいいのにしてくれよォォォ!!』
叫んだ瞬間、僕の身体が光に包まれた。
視界がギラつき、感覚が研ぎ澄まされていく。
……そして次の瞬間。
マー君の振り下ろす拳が──
スローで見える。
説明しよう!
ハエの視覚情報処理能力は、人間よりはるかに速いため、人間の動きがスローモーションのように感じられるのだ。
『うおっ……!? スローだ! 僕の反射神経が上がったのか!?』
僕はサッと横に避ける。
──いや、避けたつもりなのに。
「ブーン」
え、今の音……僕の口が勝手に!?
手足をバタバタさせ、ジグザグに動く僕。
そう、完全に「ハエの動き」だった。
「な、なんだお前……? その動き……ウザっ!!」
マー君が苛立つ。
──その時。
廊下の床が割れ、黒い穴が開いた。
そこから、異形のモンスターたちがぞろぞろと這い出してきた。
「……え、この学校……“異世界”と繋がってるじゃん! なんでやね~ん!!」
僕のツッコミもむなしく、獣のような牙を持つ怪物が吠える。
『行け、リュート! お前のスキルを試す時だ!』
フーパン(“フーセンガム焼きそばパン味”の神)が叫ぶ。
「う、うわぁぁぁぁっ! ……ブーン!!」
僕はモンスターに向かって突っ込んだ。
その瞬間、モンスターの動きが、超スローで見える。
牙をむき出しにした咆哮も、
爪を振り上げる仕草も、
ぜんぶ「ゆっくり」。
「な、なんだこれ……!? ハエ視点……!? 最強じゃん!!」
僕はスッ……スッ……と左右に揺れ、モンスターの攻撃を回避する。
「ブブブブブブブーン!!」
意志に反して、口が勝手に動く。
そして──
偶然、モンスターに激突。
「ギャアアアアアッ!!」
モンスターがのたうちまわり、床に崩れ落ちる。
「お、おい……ウソだろ……? リュートが、モンスター倒した……?」
マー君が呆然と呟く。
僕は胸を張った。
「これが俺の……スキル《ハエ》だ!」
──その時、さらに巨大な影が穴から這い出してきた。今度はドラゴンのような怪物だ。
『さあリュート! 次の相手は“ドライなドラゴン”だ!』
「出てくんなよォォォ!! ていうか“ドライなドラゴン”ってなんだよォォォ!!」
だが僕は飛ぶ。
「ブーン!」と口ずさみながら、廊下を舞う。
ドラゴンの炎のブレスもスローで見える!
「今だ! フンッ!!」
僕は思い切りドラゴンの鼻先に着地した。
……ぺた。
「ブ、ブブブブーン!」
そう言いながら、
僕はドラゴンの目玉に体当たりしてやった。
「グワアアアアアアアアアッ!!」
ドラゴンは悶絶し、校舎の壁を突き破って気絶する。
『見事だ……! お前は今日から“生え抜きのハエ男”だ!』
「いやダサいな? 全然、上手くないし!!」
こうして僕は──
ハエとして覚醒し、モンスターから学校を守る運命に巻き込まれていったのだった。
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