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異世界恋愛短編

婚約破棄されたのなら泣き喚きます! 全身!! 全霊!! で!!

作者: 白澤 睡蓮

「お、お前との婚約破棄する」


 婚約者である第二王子イーフェンにそんなことを宣言されても、辺境伯令嬢リアリは至って冷静だった。


 イーフェンは明らかに演技をしている。どもった上に微妙にカタコトだ。様々な才能に恵まれたイーフェンであるが、演技力にだけは恵まれなかったらしい。


 王立学園の学園祭が終わり、後夜祭とも呼ばれる打ち上げパーティーで、開始早々婚約破棄ともなれば一大事件と言える。ちょうど近くにいてイーフェンの声が聞こえてしまった人々は、息も忘れて相対するイーフェンとリアリに見入っていた。


 婚約破棄を宣言したイーフェンの傍らには、隣国からの留学生である男爵令嬢が控えている。彼女は非常に成績優秀で、勉強以外でもデキる女と評判だ。


 留学生の男爵令嬢は、しきりに誰かの様子をうかがっていた。彼女の視線の先にいるのは、付かず離れずの位置にスタンバイした、これまた隣国から留学中の隣国の第一皇子。


 後夜祭の前に隣国の第一皇子が言っていた言葉が、リアリの中で蘇る。


『今日は楽しみだね』


 これか。これのことか。なぜこんなことになっているのか状況を把握して、リアリは腹を括った。これからとる行動が最善だと信じて。


「イヤ! イヤイヤ!! 絶対イヤですうううう!!」


 リアリが大粒の涙を流し大声で叫べば、周囲どころではなく会場中の注目を集めるには十分だった。


「婚約破棄なんて! 絶対にしません! うわ~ん!! びえ~ん!!」


 楚々とした普段の言動とかけ離れて大号泣するリアリ。リアリが泣き止む気配はなく、誰かが口を挟める雰囲気ではない。


 化粧は崩れに崩れて何が何だか分からない状態に陥っており、辺境の至宝と言われる美貌が台無しだった。事実、隣国の第一皇子は顎が外れんばかりに唖然としていた。


「あーんでクッキーを食べさせあったり、お互いの良い所言い合いゲームをしましたり、あんなにいちゃいちゃしたではありませんかぁ! 披露してくれた自作のラブソングは、今も私の胸にしまいこんでありますううう! 今日の学園祭デートだって、かなり邪魔が入ったけれど、ここでは言えないあんなことやこんなことをしましたのに~~~~!!」


 リアリに頼まれて仕方なく行ったものも含まれていたのだが、周囲の人間はそんなこと知る由もない。信じられないと複数の視線が刺さり、イーフェンはそっと顔を背けた。


「まさか、誰かに無理やり脅されて、心にも無い婚約破棄をさせられていますか!?」


 イーフェンの表情が目に見えて動いた。分かりやすい。分かりやす過ぎる。リアリはバレバレだと突っ込みたい衝動にかられたが、何とか我慢した。


「そそそそそんなことはない。オラは自分の意思で」


 もはや演技力がどうとかの問題を超える、演技力の無さだった。イーフェンは盛大に目を泳がせ、言っていることはなんだかおかしい。イーフェンの普段の一人称はオラではなく俺だ。


 元よりイーフェンが認めるわけはないので、リアリはそのまま話をつき進める。


「どこの誰ですか!? 愛し合う二人を引き裂こうとするなんて悪魔の所業です!! そんな奴私は大っ嫌いです!! 大嫌いと言えばここから先は私の友人の話ですが、僕の方が先に好きだったのになどと宣って、彼女の現婚約者に見当違いな恨みを抱いている輩がいると。そんな奴も私は絶対許せません!! また別の友人の話ですが、婚約者のことが嫌いだなんて一言も言っていないのに、婚約者が嫌いだと決めつけてかかってくる奴もいるそうです! 『国境が二人を阻むなら、国境を無くしてしまおうか』って、それは侵略宣言ですか!? 怖すぎます~~~!!」


 友人の話と称して妙に具体的な実例を混ぜつつ、特定の人物を集中攻撃しているようなリアリの物言いで、聡い一部の人間は事情を把握したようだ。ちらちらと隣国の第一皇子に、意味深な視線が注がれている。


「私はイーフェンが好き! 大好きなの!! え~~ん!!」


 どさくさ紛れでイーフェンを呼び捨てにしていたが、この場でリアリを咎める度胸がある者はいなかった。


 リアリは全く泣き止まず、イーフェンは無言を貫き膠着状態が続く。


 ここまでイーフェンの隣にいる留学生の男爵令嬢は、立ったままで一言も発していない。彼女は何らかの役割を担っていたが、役割を果たす機会を失ったのだと、リアリは推測した。自国の皇子である手前、留学生の男爵令嬢は言うことを聞くしかなかったのだろう。


 黙ったままの男爵令嬢は、リアリとイーフェンの様子をうかがった後、隣国の第一皇子を冷たい目でじっと見つめ始めた。その瞳は如実に物語っていた。


『殿下が責任をもって、早くどうにかしてください』


 男爵令嬢の目力に負けたのか、隣国の第一皇子はリアリとイーフェンにゆっくりと歩み寄った。


「彼女がここまで言っているのだから、婚約破棄は考え直してみたらどうだい?」


 イーフェンに声をかけた隣国の第一皇子の表情は、とんでもなく引きつっていた。



 何とか収拾がついた後夜祭から数日後、辺境伯家の屋敷の応接室では、リアリとイーフェンが一緒にお茶会を楽しんでいた。


「唖然としているあいつの顔を見たらスカッとしました」


 リアリは晴れ晴れとした笑顔で紅茶を飲み、イーフェンは黙々とケーキを食べている。心穏やかに同じ時を過ごせるのは久しぶりで、リアリは隣にいるイーフェンを嬉しそうに何度も見た。


 あれ以来リアリとイーフェンは、隣国の第一皇子からちょっかいをかけられていない。とても平和だ。


「本当に危機一発だった。リアリの機転で助かった。ありがとう」

「どういたしまして」


 笑顔で応えたリアリは、心の底からイーフェンを愛している。


 二人の関係の始まりは、リアリがイーフェンに一目惚れしたことだった。


 当時王家と辺境伯家の仲は非常に険悪で、イーフェンは辺境伯家のご機嫌取りのため、生贄にされたと言っても過言ではなかった。イーフェンがリアリと婚約したのも、リアリの期待に応えようとするのも、イーフェンの意思に関係なく、そうせざるを得なかったからだった。


 あれから辺境伯家と王家の不仲は大幅に改善し、イーフェンが婚約を続ける理由はもうなくなった。それでもイーフェンが婚約破棄したくないと思ってくれたことが、リアリは嬉しい。


 あのまま隣国の第一皇子の思惑通りに事が運んでいたらと考えると、リアリは身の毛がよだってしまう。リアリは隣国の第一皇子がとても苦手だった。


 まず隣国の第一皇子は、人の話をよく聞かない。リアリが人の話をちゃんと聞けと思ったことは、一度や二度ではなかった。


 また隣国の第一皇子は時々人の話を聞いたとしても、全て自分に都合の良いように、明後日の方向に解釈してしまう。はっきり言って話が通じない。皇族にあるまじきコミュニケーション能力の欠如ぶりだ。


 隣国の第一皇子がリアリに執着していたのは、王立学園で会ったのが初めてではなく、幼い頃に会った初恋の相手だったかららしい。らしいというのは、リアリは全く覚えていないからだった。


 人違いではないかと思えるほどに身に覚えがない相手から、思い込み交じりで一方的に言い寄られてみればどうなるか。


 リアリは怖いの一言に尽きた。


「あいつ色々と問題ありすぎだろ……」


 たった一言の呟きでも、イーフェンの疲労感は隠しきれていない。思い出しただけでうんざりなのは、リアリも同じだ。


 リアリよりもイーフェンの方が、隣国の第一皇子に絡まれていただろう。きっとリアリの知らないことも、たくさんあったはずだ。


「第一皇子でありながら皇太子でない時点で、お察しですね」


 隣国では第二皇子が皇太子とされている。第一皇子、第二皇子ともに皇妃の子でありながら、第一皇子は皇太子に選ばれることはなかった。


 現在隣国の第一皇子がこの王国に留学しているのも、自国の学園にいられなくなったからではないかと、リアリは考えていた。


「それで、どんな弱みを握られていたのですか?」


 尋ねられた途端、イーフェンは苦々しい表情を浮かべた。


 誰にも相談しなかったことを考えると、隣国の第一皇子に握られていた弱みは国全体に関わることではなく、イーフェンの個人的なものだろう。


 リアリはイーフェンの弱みを知らないが、イーフェンはリアリの弱みをいくつも知っている。いつも助けてもらっている。リアリだってイーフェンの力になりたい。


「婚約破棄の危機を回避できたのは、誰のおかげでしたっけ?」


 リアリが唇を尖らせて拗ねて見せると、イーフェンは渋々口を開いた。


「何を言っても幻滅しないでくれるか?」

「もちろんです!」


 リアリはにっこり微笑んでみせた。イーフェンの不安を和らげるためであったが、それ以上に、イーフェンがリアリに幻滅されたくないと思ってくれていることが、リアリは嬉しかった。


 イーフェンは口元を拭ってから、リアリの耳元に顔を近づけた。少し低めの魅惑の声で囁かれ、リアリの胸は否応なしに高鳴った。


 ナイス囁き。立っていたら間違いなく、リアリの腰は抜けていただろう。座っていて良かった。いやそんなことは置いておいて。


 イーフェンからカミングアウトされた内容に対して、リアリは二度三度と目を瞬かせた。


 元の場所に座りなおしたイーフェンの顔は赤い。めったに見られないナイス赤面。いやそんなことも置いておいて。


「そんなの皆知っています」

「えっ」

「えっ」

「「えっ」」


 応接室の時が止まった。

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