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晴れのち雨  作者: 万里
10/10

プロローグ

夏が、ひとつ過ぎた。


東雲荘の朝は静かだった。

風が窓のカーテンをやわらかく揺らして、カーテン越しの光が、畳の上に長方形を描いている。


雨は降っていなかった。

でも、どこか濡れた匂いが残っていた。


スマホのアラームが鳴って、わたしは手を伸ばす。


今日は、大学の夏休み明け初日だった。

もう、秋学期。

変わったようで、変わらない日常のはじまり。


でも、わたしの中には、たしかに“何かが終わって、何かが始まった”感覚があった。 


ハルの声は、もう聞こえなかった。

でも、その気配がないとは思わなかった。

今のわたしは、それを“意識しないでいられる”くらい、自然に一緒に生きている。


そんな気がしていた。


鏡の前に立ち、ブラシで髪を整える。

少し伸びてきたボブの毛先が肩にふれて、ほんの少しだけ、くすぐったい。


「きれいになったね」


ふと、誰かの声を思い出して微笑んだ。


――東雲荘を出て、坂をゆっくり下った先にあるキャンパス。


教室の場所を確かめながら歩いていると、

すこし先で誰かが手を振った。


「雨ちゃん!」


わたしは立ち止まる。

視線を上げると、みちるがいた。

秋服に身を包んで、少しだけ日に焼けた頬で、明るく笑っていた。


「……えっ?」


「えっ、て。まさか、同じ大学だったの?」


みちるが笑いながら、駆け寄ってくる。


「え……うそ……」


わたしは小さくつぶやいた。

そして、少し遅れて、笑った。


「ほんとに? ほんとに?」


「うん、わたし歴史学部! 雨ちゃんは?」


「……文学部」


「すごっ、全然知らなかった! なんか、運命っぽい!」


みちるは、あっけらかんと笑った。

その声が、変わらない日常の中で、まっすぐに届いてくる。


わたしは、照れくさくてうまく返せなくて、ただ小さく笑った。


「でも、なんか変わったね」


みちるがふと、こちらを見て言った。


「いい意味で。なんか前より、今のほうが好きかも」


「前の雨ちゃんって、無理してるみたいだったから」


言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。


何かを証明したわけじゃない。

誰かに認められるために変わったわけでもない。

でも――


この“わたし”を、「好き」って言ってくれる人がいた。


わたしは、もう、うなずくことしかできなかった。

でも、それで十分だった。



秋学期最初の授業を終え、帰路に着く。

東雲荘に続く坂道を、今度は、ゆるやかにのぼっていく。


足どりは、少しだけ軽かった。

玄関の鍵を開け、靴を脱いで、わたしは部屋のドアの前で、すこしだけ立ち止まった。

扉を開ける前、ふと、胸の奥にハルの気配がよぎった。


でも、それはもう“声”ではなかった。


ただ、わたしの輪郭の内側に、静かに寄り添っている感覚だけが残っていた。

わたしは、深く息を吸って、吐いた。


「ただいま」


誰に向けたわけでもない。

ただ、“わたし”の声で言った。


扉の音が、ひとつだけ、部屋に響いた。

晴れた空の下、雨のにおいだけが、まだ少しだけ残っていた。


ふいに吹いた風が、髪を撫でて通り過ぎる。

わたしは目を閉じて、その空気を吸いこんだ。


――もう大丈夫、って、どこかで、だれかが言った気がした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


自分で書いた作品を、こうして世に出すというのは、これが初めての経験でした。

稚拙な作品ですが、こうして皆様にお届けすることができたのは、一つ、私の財産となりました。


今後も作品を投稿したいという欲に満ち満ちているので、もしご縁がありましたらよろしくお願いします。


あ、遅れましたが、"少しでも興味を持っていただけましたらブックマークや感想、お待ちしております"(笑)。


繰り返しにはなりますが、高遠雨の夏休みを、そして私の作品を見守っていただき、ありがとうございました。


万里



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