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晴れのち雨  作者: 万里
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プロローグ

はじめての投稿です。


展開は少々遅いかもしれませんが、今の自分なりに全てを出し切れたように思います。


誤字脱字や、読みづらい!等ございましたらご報告いただけると幸いです。

雨が降っているのに、陽が差していた。

空は澄んでいて、雲ひとつないのに、電線の上から、つうっと雫が垂れていく。


狐の嫁入りだ。そう思った。

でも、声にはしなかった。

この部屋で、声を出す理由が、もうずっとない気がしていた。


カーテン越しに光が透けていた。

押し入れの縁には埃が浮かんでいて、畳の目に沿って、布団の端がしわをつくっている。


わたし、高遠 (たかとおあめ)はまだ、布団の中でまるくなっていた。

まるで、ここから出たら、何かが変わってしまうかのように。


でも、そんなはずはない。


京都・紫野にある名前ばかりが立派な東雲荘。

六畳一間。小さな洗面台。引き戸の音がやけに大きい。

古くて、軋む。けれど、それがちょうどいいと思っていた。


ちょうどよかった。

……ついこの間まで、たしかにそう思っていた。


スマホを手に取ると、画面がふわっと明るくなった。

通知が並んでいた。でも、開かなかった。

開けば、外の世界に引きずり出される気がして。


返す言葉を、持っていなかった。

笑顔も、同意も、謝罪も。

どれも、いまのわたしには、ほんの少しだけ重たかった。


カーテンを少しだけめくると、雨がまだ降っていた。

陽射しのなか、ぽつ、ぽつ、と、静かに。


(変な天気)


そう思った瞬間、背中の髪が、ぴたりと肌に張りついた。

わたしはゆっくりと顔を上げ、濡れた頬に指をあてた。


それが、自分の涙だったと気づくまでに、少しだけ、時間がかかった。


髪が張りつく感覚は、いつもわたしを現実に戻す。

前髪は、斜めに流していた。結べるくらいの長さを保って。

セミロング。ずっと変えていない。

切ろうと思ったことは何度もあったけど、けっきょく、変えられなかった。


似合うとか、似合わないとかじゃない。

変えることで、何かが壊れてしまいそうだった。

それがなんなのか、自分でもよくわからないまま。


わたしの髪は、ずっとお守りみたいだった。


ほんとうは、変わりたかった。

変わらなきゃ、って思ってた。


でも、変わるのは怖かった。


何かを失うことが怖かったわけじゃない。

失うほどのものなんて、最初から持っていなかった。

それでも、なぜか、怖かった。


しがみついているものが、何なのかもわからないのに、手を離すのが怖かった。


自分を好きになれないくせに、誰かに嫌われるのはもっと怖かった。


だから、笑うことも、怒ることも、泣くことさえ、どこか他人事のようにやっていた。

演じているわけじゃないのに、演じているみたいな毎日。


自分が、自分であることに、自信が持てなかった。


(でも、変わりたい)


その声が、喉の奥にあった。

わたしの声じゃない気がした。


自分の中から出てきたのに、どこか“他人”の気配があった。


(……誰?)


問いかけるように胸に手を置いてみる。

でも返事はなかった。

ただ、しんと静かなまま、わたしのなかの“わたしじゃない何か”が、そこにいた。


「海が見たいな」と、ふと思った。

行きたいわけじゃない。泳ぎたいわけでもない。


ただ、眺めていたいと思った。

風の中に混ざる塩の匂いとか、波のきらめきとか。

遠くにあるものが、わたしの奥を揺らす気がして。


でも、足を入れる想像をすると、体の輪郭が崩れてしまいそうだった。

わたしがわたしじゃなくなる気がして、息が止まりそうになった。


……きっと、泳げない。

それ以上に、最初から泳ごうとしてこなかった。


だから、髪も、変えなかった。

変えたら、どこかへ流されてしまいそうで。


それでも、いつかの未来で、変わった自分が、あの光の中に立っている気がした。


風に揺れる髪と、まぶしい笑顔と。

そんな自分が、どこかで“わたし”を待っているような気がした。


外では、まだ雨が降っていた。

陽は差したままで、風はなかった。


狐の嫁入りだ。

誰かが、そう呼んだ天気。


わたしはひとり、雨に濡れる街を眺めていた。

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