ベランダに落ちてきたものは
『第6回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品です。
俺は、眼下の夜景を眺めながら、グラスを傾けた。
先日、高級マンションの最上階を買った。ここは、そのベランダだ。
これまでに会社をいくつも立ち上げ、売却を繰り返した。恨みも買った。だが、この景色を見ていると、すべて報われた気がする。
「あなた、そろそろ入らない? 風邪引くわよ」
部屋の中から、妻が声をかけてきた。
俺は部屋に戻った。その直前、足元に小さな膨らみを感じた。何か踏んだようだ。
翌日の朝、ベランダを見ると、ひまわりの種が落ちていた。
「珍しいわね」
妻が言った。鳥が落としたのだろうか。
俺は、種をゴミ箱に捨てた。
その翌朝には、鉛筆が落ちていた。持ち上げて眺めていると、妻が口を開く。
「あら、また絵を描き始めたの?」
「まさか。昔の話だよ」
4Bの鉛筆だ。確かに、この硬さは使ったことがある。
「不気味だわ」
不安がる妻をよそに、俺は、鉛筆をゴミ箱に捨てた。
それからも、ベランダに物が落ちてきた。
次の日はバスケットボール、次はピッケルだった。
俺は、気付いた。全部、俺が捨てた物だ。小学生のころ、たくさん拾ったひまわりの種を、持て余して捨てた。中学は美術部、高校はバスケットボール部、大学は登山部だった。卒業と同時に、道具を捨てた。
俺は、不安で眠れなくなっていた妻を、実家に避難させた。
もっとも、俺には好都合だった。
一週間後の夜、リビングで酒を飲んでいると、ベランダからストンと物音がした。
ベランダに出ると、端に若い女が立っていた。
俺は、彼女に近づくと、抱きしめて耳元でささやく。
「会いたかったよ」
俺が捨てた女だ。
部屋に入れようと、俺は彼女の手をつかむ。
その時、背後からドサドサと音がした。
「社長、こんなところに。探しましたよ」
男の声がした。
振り向くと、中年の男たち五人に囲まれていた。どの顔にも覚えがある。起業した会社の幹部たちだ。
しかし、彼らは死んだはずだ。経営が傾き始めた会社を、俺が捨てたあとに。
「逃げよう」
俺は、彼女の手を引く。だが、一歩も動かない。
誰かが俺の足を払った。男たちが、胴上げするように、倒れた俺を持ち上げる。
彼女の声が聞こえた。
「今度は、あなたの番」
ベランダから、俺は落ちた。