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3.恩人は天才でした

 その後、夢香は何度か義祐の席へ再アタックを仕掛けようとした。

 が、どういう訳か義祐は休み時間になると速攻で姿を消してしまい、授業のチャイムが鳴るのとほぼ同時に教室に戻ってくるという奇行を繰り返していた。

 夢香は流石に気分が凹んできた。

 どう見ても、自分が義祐に避けられている様にしか思えなかったからだ。

 そうして昼休みを迎えた現在、亜希菜とふたりで弁当箱を広げている最中も、溜息が何度も漏れ出してしまっていた。


「何だよ、夢香。そんな、あたし困ってますーみたいな溜息ついて」

「いや、マジで困ってんだって……」


 浮かない顔でかぶりを振ってから、夢香は義祐の席に視線を向けた。矢張りこの時間も、彼の大柄な姿はどこにも見えない。

 その夢香の視線を追って、亜希菜も義祐の席方向に顔を向けた。


「痴漢から助けてくれたっていう、彼のこと?」

「うん……何だかさ、アタシすっごく避けられてる気がするんだけど」


 そして今日何度目になるのか分からない盛大な溜息を、ここでも漏らした夢香。

 対する亜希菜は、ふぅんと頷きながら義祐の席と夢香の美貌との間で数度、視線を往復させた。


「そりゃやっぱりさぁ、向こうも驚いたんでないかい? だって夢香と天堂君って全然、タイプ違うじゃん」


 亜希菜曰く、義祐は見るからに陰キャでぼっちでスクールカースト最底辺に居そうなタイプだ。

 それに対して夢香はクラスナンバーワン美少女として男女問わず人気があり、いつも周りに誰かが居るという典型的なリア充にして陽キャだ。

 そんな彼女がごくごく普通に声をかけたものだから、義祐も驚き、警戒しているんじゃないかという推測を立ててきた。

 夢香は、そんなまさかと驚きを禁じ得ない。


「だってさ、天堂君アタシを痴漢から守ってくれたんだよ? めっちゃイイひとなんだよ? なのに、何でそんな、アタシなんかにビビる必要あんの?」

「んー……まぁ、夢香にはぼっちの気持ちとか、分かんないかなー」


 ソーセージをパクつきながら、苦笑を滲ませる亜希菜。

 夢香はやっぱり訳が分からず、頭の中に疑問符を幾つも並べる有様だった。義祐は、何も悪くない。もしも何かがあるなら、それは恐らく夢香の方だろう。

 だから彼とちゃんと話をする為ならば、直すべきところは直したい。しかし、何をどう直せば良いのかが分からない為、困り果ててしまっているのが現状だった。


「本人に訊こうにも、ずーっと逃げ回っちゃってるし……はぁ~、ホント、マジでどーしよ」


 それ以上、弁当の中身が喉を通らなくなってしまった夢香は、半分近くを食べ残したまま通学鞄に仕舞い込んでしまった。


「そんなに気になるんなら、放課後も追っかければ? 休み時間は次の授業があるからあんまりあっちこっち行けないけど、放課後なら時間ありまくりじゃん」

「んー、そだねー……いっちょ、やってみっか」


 夢香は自らに気合を入れようと、白くて柔らかな頬を掌で軽く叩いた。


◆ ◇ ◆


 そして、問題の放課後。

 夢香は素知らぬ風を装いながら、ちらちらと義祐の席に視線を流していた。その義祐は帰り支度を整えると、通学鞄を抱えて教室をのっそりと出て行った。

 ここで夢香も行動開始。彼女は他の面々が変な顔で見てくるのも全く気にせず、そそくさと身を隠す様な素振りを見せながら義祐の後をつけた。

 義祐はそのまま帰宅するものかと思われたが、意外にも彼は下駄箱へは向かわず、校舎二階へと階段を昇っていった。


(どこ行くんだろ?)


 不思議に思いながらも、義祐を尾行する夢香。

 やがて義祐は、何故か音楽室へと吸い込まれていった。吹奏楽部か何かに入っているのかとも思ったが、しかし室内には大勢のひとの気配は無い。

 一体何の用事があるというのだろう。

 そんなことを思いながら、扉を僅かに開いて隙間から覗いた夢香。

 見ると、室内には義祐の他に音楽科の教師の姿もある。教師の方はひと言ふた言何かを告げてから、隣の音楽準備室へと姿を消した。

 そして室内にひとり残った義祐は、アコースティックギターを抱えている。


(え……もしかして天堂君、ギター出来たりすんの?)


 夢香の疑問に対しては、すぐに軽やかなメロディーという形で答えが得られた。

 義祐はまるで本物の、プロのギタリストかと思える程の慣れた手つきで、軽快な音色を奏でてゆく。一瞬たりとも間違えたり、詰まったりするところが無い。

 彼は頭の中で楽譜を諳んじるかの如く、静かに目を閉じて無心の表情でただ両の指先だけを動かし続けた。


(わ……凄い……めっちゃ凄い! こんな綺麗な音色、アタシ、初めて聞いたかも……)


 義祐が紡ぐ弦と弦のハーモニーは、時には明るく高揚し、時には静かなせせらぎの様に揺蕩い、聞き入っている夢香の心の奥底に、とてつもない感動の波を湧き起こさせた。

 そうして義祐は次に、と或るバラード曲へと音の流れを遷移させた。

 それは、夢香が他のどの曲よりも大好きな、彼女にとっては音のバイブルとでも呼ぶべき最高の一曲だった。義祐はその甘く切ない緩やかな音色を、完璧に爪弾いてみせた。


(あ……あ……)


 夢香はもう、その場から離れられなくなった。

 余りに美しく、余りに心震わせる響きに、涙が溢れてきてしまった。


(ヤだ……嘘……こんな……こんな綺麗な音、初めて、聞いた……)


 扉の隙間を覗き見ながら、溢れる涙を拭おうともせず、夢香はぺたんとその場に座り込んでしまった。

 痴漢の恐怖から自分を救ってくれた勇気ある恩人は、夢香の心の琴線を激しく揺さぶる天才的なギタリストでもあったのだ。

 その事実に夢香は、全身が震える様な思いだった。

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