表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/12

11.恩人はセッションに応じてくれました

 夢香が亜希菜を伴って音楽室を訪れると、義祐はギターを弾く手を止めて、不思議そうな顔を向けてきた。

 その視線は亜希菜に据えられている。何故あなたがここに、といわんばかりの表情ではあったが、しかし決して嫌悪感の様な色は見られない。

 単純に、夢香以外の者が姿を現したことに対して、意外に思っているだけの様だった。


「あー、御免ね天堂君。亜希菜がどーしても、天堂君のギター、聞きたいんだって」

「おぃーっす。片山っすー。ヨロッ」


 ギャルピースを披露しながらすたすたと義祐の前へと歩を寄せていって、当たり前の様に椅子を引いて腰を落ち着ける亜希菜。

 わざとパンツを見せようとでもしているのか、ミニスカートから伸びる白くて柔らかな脚を派手に組んで、ずいっと上体を前に傾けた。


「さー、どんどんやってくれたまえー。うちのことはカボチャかジャガイモとでも思ってくれたらイイよ」

「大丈夫だって……天堂君、大観衆の前で試合する度胸のあるひとだよ?」


 つい苦笑が漏れてしまった夢香だが、義祐も同じ感想を抱いたのか、こちらも僅かに苦笑を滲ませていた。

 そうして夢香が亜希菜の隣に椅子を並べたところで、義祐が夢香リクエストのメドレーを奏で始めた。

 自宅やカラオケ店で聞く、スピーカーやアンプなどからの音ではない。

 紛れも無く、生の演奏だ。

 その艶やかな響きと感性を刺激する調べは、夢香の心に至福のひと時を与えてくれた。

 しばらく義祐の爪弾く様をじっと見つめていた亜希菜も、途中でだんだん目と耳が離せなくなってきのか、気が付けば呆けた様な表情に変わっていた。

 やがて、何曲目かで一旦手を止めた義祐。少し手が疲れたのか、休憩を入れようという訳だろう。

 ところがその時、亜希菜がガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり、心底驚嘆した表情で大きな拍手を贈り始めた。


「マ……マジで、凄かったよ天堂君! いやホント、サイのコウだよ! てか、マジで惚れそうなんだが?」


 口早に称賛の声を連ねる亜希菜。但し最後のひと言だけは、どうにも聞き捨てならなかった。

 クラスの中で先に義祐のポテンシャルを見出したのは、夢香の方だ。その自分を差し置いて、いきなり亜希菜が義祐にモーションをかけるなど、これは決して見過ごすことは出来ない。

 しかし亜希菜はそんな夢香の警戒心など知ってか知らずか、ペットボトルのお茶を口にしている義祐の巨躯の前にずいっと身を寄せていった。


「けどさぁ、こんな近くにこんな才能が眠ってたなんて、ホント信じらんないよねー。うちら、めーっちゃ損してたんじゃない?」


 亜希菜のこの台詞は、夢香もつい先日実感した想いではあった。矢張り義祐の才能に触れた者は、誰もが同じことを思うものなのだろうか。


「こんなイイもん聞けるんだったら、そりゃー夢香がカラオケをパスしまくるのも分かるよねー。あいつらの歌なんてマジで聞けたもんじゃねーし、あんなのに付き合うぐらいなら断然、こっちっしょ」

「亜希菜、ちょっとそれディスり過ぎ」


 つい笑ってしまった夢香だが、しかし亜希菜のいうことも尤もだった。

 同じクラスの男子連中がカラオケでがなり立てる歌声は、あれはもうメロディーと呼べるものではなく、ただ本人達が気持ち良くなる為だけに、無駄にシャウトしまくっているだけだった。

 わざわざカラオケ代を出してまで、どうしてあんな雑音を聞きに行かなければならないのか。

 そう考えると、亜希菜がいうことも十分に頷ける。


「けどさー。うちと亜希菜が一緒になってブッチしちゃったら、流石にあいつら、気付くかな?」

「まー、イんじゃない? あっちはあっちで楽しくやってるだろーし」


 夢香は本気で、義祐のギター以外の音源はもう耳にしたくないと思い始めていた。それ程に彼の演奏は、余りに魅力的過ぎた。

 と、ここで亜希菜が音楽準備室に飛び込んで行って、村上教諭と何事かを話し始めた。

 それから数分後には、彼女はタンバリンとカスタネットを持って引き返してきた。


「ほい、夢香」

「いや、ほいって……コレで何すんの?」


 タンバリンを受け取った夢香は困惑の色を隠せなかったが、亜希菜は自信ありげにニヤっと笑った。


「決まってんじゃん。セッションだよ、セッション。天堂君にさ、何かノリノリなのを一曲流して貰って、うちらも一緒にウェーイってやろうって訳」


 ただ聞いているだけじゃ勿体無い、折角なら一緒に楽しもう。

 それが亜希菜の発想らしい。

 最初は驚いた夢香だったが、しかしそれも悪くない。寧ろ、義祐と一緒になって楽しめるなら、これはこれで大いにアリだ。


「じゃ天堂君。ちょっとテンポの良さげなのをお願い!」


 夢香のリクエストに義祐は小さく頷き返して、アップテンポなロック調の音色を奏で始めた。


「あー、これ知ってる! こないだ洋楽チャートでトップ3に入ってたやつじゃん! めっちゃアガる~!」


 亜希菜がノリにノって小さく踊り出しながら、カスタネットでリズムを合わせ始めた。

 夢香も段々楽しくなってきて、義祐の弦に合わせて自身も鈴の様な音色を響かせる。

 音楽室内はちょっとした演奏会の様な空気に包まれた。

 カラオケでただマイクを握っているだけでは絶対に味わえない、本物の音楽を楽しんでいる気分だった。

 するとそこへ村上教諭も笑顔で姿を現し、近くに置いてあったドラムでリズムを合わせ始めた。


「ひゅー! サイコー!」

「めーっちゃ楽しー!」


 美少女ふたりと天才ギタリスト、そして音楽教諭らによる即興セッションは、夢香にとって近年味わえなかった感情の高ぶりを感じさせてくれた。

 そして何曲か立て続けに音を合わせ終えたところで、夢香も亜希菜も軽い汗をかいていた。


「センセー、ありがと! めっちゃ楽しかった!」

「それは何より……音楽は確かに教育科目ではあるけど、やっぱり楽しむのが一番だからね」


 村上教諭のひと言に、夢香は本当にその通りだと思った。

 そして義祐も穏やかに笑いながら、納得した様子で何度も頷いている。

 彼のその笑顔に、夢香は雷にでも撃たれたかの様な衝撃を覚えた。


(あ……何か、天堂君……めっちゃ可愛い……)


 決してイケメンでもなければ、体が小さい訳でもない。

 それでも義祐に対して湧き起こったこの感情は、何なのだろう。

 夢香自身にも、よく分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ