9 友達
「馬刺しうめえ!」
クマソ兄弟を惨殺し、ヲグナがタケルの名を得た直後。
逃げ出した客たちが後に残した料理を、オレたちは夕飯代わりに食っていた。
「……しかし、のんきに飯なんか食ってて平気なのか、タケル?
逃げ出した奴らが、武装して仇討ちに戻ってきたりとか……」
「兄上、クマソどもにそんな度胸はないよ。
もしあっても、お腹空いたままじゃ力でねーし」
「今さっき物凄い力見せてなかったか……?」
「あれは、ちょっとがんばったから。
がんばったからご飯休憩」
「……そういうことならゆっくり食ってくれ。
戦いが続く場合には、タケルの戦闘力が頼りだからな」
「おう、任せてくれ兄上」
タケルに頷き返して、オレはさつま揚げを食べる。
咀嚼し、呑み込んでから立ち上がる。
記憶をさぐり、古事記におけるクマソ兄弟征討の後の流れを思い出す。
つまり、オレとタケルの今後のことを考えた。
……すると、やっておきたいことが一つあるのに気が付いた。
オレはまず兄クマソ――胸に大穴の開いた死体の側へ。
上半身の衣はどうにもならないが、下半身は比較的損傷も返り血も少ない。
なので下半身だけ脱がして衣を奪う。
それから、高床建物の外へ。
出入り口の階段の下を探すと、弟タケルの死体があった。
上半身の衣も傷ついてはいるが、大穴の開いた兄タケルのものよりはマシだ。
針と糸を使って最低限の補修をすれば、身に纏えなくはないだろう。
これも、剥ぎ取って奪う。
「クマソの服なんかどうするんだ、兄上?」
「残る朝敵の帰順工作のために使いたくてな。
ボコボコにされたオレが、この服を着て歩いてたらどう見えると思う?」
「クマソの服を着たボコボコの兄上?」
「そりゃタケルから見りゃそうだろう。
だが、オレの顔を知らない奴の場合を考えてくれ。
クマソの服を着てれば、クマソの人間に見えるはずだ。
で、服に血がついててボコボコなら、
『何があったんだ?』って、見た奴は疑問に思うはず。
そこでクマソ最強だった兄弟が、ヤマトの皇子に討たれた話をする。
すると、誰も彼もビビるだろう。
その上でお前が顔を見せて名乗ったなら、戦わずして服属させられるさ」
「……なるほどなあ、兄上……」
「そう言うわけだから、後でオレのことをいい感じにボコっといてくれ。
――後で! 後でだからな!」
タケルが片手を振りかぶったのを見て、オレは慌てて強調した。
§
翌日。
「死にたかなか! おいはまだ死にたくありもはん!
クマソタケル兄弟のごと、チェストされたくなかぁぁぁ~!
ヤマトタケルは恐ろしか!」
クマソの服を着て、オレは一人先行。
かなり怪しいクマソ語を使って、そのように触れて回った。
そんな工作の甲斐があったのか。
あるいは、クマソ兄弟が討たれたことで誰もが抵抗の気力を失くしたのか。
オレとタケルの帰りの旅は、かなり順調に進んだ。
「クマソの山の神です……
偉大なるヤマト天皇の皇子、タケルさまに平伏いたします……
……どうか、命ばかりはお助けください……」
「クマソの河の神です……
偉大なるヤマト天皇の皇子、タケルさまに平伏いたします……
……どうか、命ばかりはお助けください……」
「クマソの海峡の神です……
偉大なるヤマト天皇の皇子、タケルさまに平伏いたします……
……どうか、命ばかりはお助けください……」
そのようにして、オレたちはクマソでの全ての目的を達成。
父天皇にクマソ平定が成功したことを報告するために、
ヤマトへの帰路を辿る。
§
樹々の生い茂る山道。
「見て兄上、カブトムシー」
「おお、カッコイイな。
よく捕まえたじゃないか、タケル」
「兄上もなんか虫捕まえてきてくれよー。
戦わせて遊ぼうぜ」
「えー、いやほら、オレ都会のヤマトまほろばプリンスだからさ。
エレガントさが売りっていうか……素手で虫触るのは、ちょっと……」
「えー。
オレだって都会のヤマトまほろばプリンスなんだぞ、兄上……!」
「それはそう」
……というか、タケルこそが真のヤマトまほろばプリンスだ。
現代サラリーマンの心を持ったオレなんかではなく。
「とにかく虫バトルしようぜ」
「んん……カブトとかクワガタってどこにいるんだろ……?」
とりあえず、近くの樹を見上げながら歩いてみる。
いない。
見つからない。
……ていうか、真昼間に見つかるものなんだろうか……?
「!」
代わりに、人間を見つけた。
枝葉の間を透かして、少年と目が合った。
歳はタケルと同じくらい。
「……!……」
繁みをガサゴソ騒がせながら、少年はこっちにやってくる。
「なあお前、カブト捕まえたん?」
やってきた少年は、気軽にタケルに声をかける。
「おお、すげーだろ」
タケルの方でも気軽に応じる。
「いいカブトじゃん。
おれのオオクワと戦わせよーぜ!」
「よし! 虫バトルだ!」
……というわけで、タケルに友達ができた。
どういうわけだろう?
古墳時代の少年たちはコミュ強だなぁ。
§
「なあ兄上、腹減ったー」
「おれもー」
タケルと友人とが、口々に言った。
「……確かにそんな時間かな、昼飯にしよう。
乾飯用意してやるからちょっと待て」
「えー、おれ乾飯飽きたー」
「おれも肉喰いてえ。
なんか獣狩ってくるから、兄上は火熾しといてー」
タケルの言葉に友人が頷いて言い、茂みの中に去って行った。
「おれも狩り行くー」
タケルもそう言い残して、友人を追って行ってしまった。
……オレ、あの少年の兄じゃないんだけどなぁ。
でも厳密なことを言ったら、タケルの兄ですらないのだ。
肉体はオオウスのものに違いはないが、意識はほとんど現代人なのだから。
敢えて訂正することもあるまい。
そんなことを思いつつ、調理用の焚火を熾しておく。
「見て兄上、シカー」
しばらくして、獣を狩り果たした少年たちが戻って来た。
「おお、すごいな。
よく捕まえたじゃないか、タケル」
「おれはクマ獲ったー」
「お、おお。
すごいな君。
……素手で、よくこんなデカい野生動物を倒せるな……」
見れば、クマの頭部は一部えぐれて、脳と血がこぼれ落ちている。
どういう力で攻撃すればこんなことになるのだろう?
さっぱりわからない。
おそらく、この少年もタケルと同じ恐るべき怪力の持ち主だ。
クマの傷に、この前のクマソたちの致命傷と似たような雰囲気がある。
「……とりあえず捌かねえとな……」
せっかく弟たちが狩ってきてくれた貴重な肉だ。
うまく捌いてやらなくては。
前世で見たサバイバル動画を思い出しつつ、勘頼みに手を動かす。
少年たちにも手伝ってもらう。
彼らの怪力のためか。
あるいはやり方がうまいのか。
狩られたての獣の死骸は、あっという間に肉に解体されていった。
枝に刺して焚火で炙り、十分に加熱させてから食う。
「うめえ!」
「肉最高!」
「どんどん食ってくれ。
君らが狩ってくれたんだからな」
「「はい、兄上ー」」
同時に言って、少年たちは再び肉を食い始める。
「……そういやさー」
「なんだー?」
「お前、タケルって名前なん?」
「そだよー、ヤマトタケル」
「へー、ヤマトの奴なのか。
おれもタケルって名前なんだ。イズモタケル」
「!」
少年が名乗った瞬間、タケル――オレの弟の、ヤマトタケルの目の色が変わる。
「死ね、イズモ。
ヤマト天皇の大御言だ」
言うなり、タケルは肉を口に咥え、空いた手で抜剣。
立ち上がり、一瞬の内にイズモタケルの頭部に刃を叩き込む。
あまりに、素早く迷いのない攻撃動作だった。
オレも、イズモタケルでさえも、全く反応できなかった。
「…………んっ、んぐっ」
タケルは残りの肉を食べ、咀嚼して呑み込む。
「見て兄上、イズモー」
それからイズモタケルの死体を掲げ、いつものように言った。
死せる少年の頭部は一部えぐれて、脳と血がこぼれ落ちている。
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