8 クマソ征伐
宵の口、クマソタケル兄弟の居館、入り口前。
「こんばんは~♡」
「ギャラ飲みの件で来たとよ~♡」
「こんばんは!」
「ゆくさおいじゃもした!」
ギャルメイクのクマソ港区女子たちを、愛想よく門番たちが受け入れる。
……どうやら、新居落成を祝う宴ゆえ、わりと気軽に客を招いているらしい。
古事記においても、女装したヲグナは女性たちと共に、すんなり潜入している。
「女だからって、知らない顔の人間がそんなすぐ受け入れられるか……?」
と、前世で古事記を読んだときには思ったものだ。
しかしこういう軽いノリだったなら、わからないでもない。
オレはヲグナと連れ立って進む。
ヲグナはヤマトまほろばスタイル爆乳美少女姿。
オレはヤマトまほろばスタイル御衣、パーティーモード4番でキメてきた。
「ご苦労、ミスタ門番」
「こんばんはー」
金縁涙型サングラスをずらして目を見せつつ、ヲグナ共々声を掛ける。
ごく自然にやれた。
館の主に対する殺意を秘めているとは思われまい。
「なんじゃあ貴様!?」
「ヤマトもんじゃな! 名を申せ! さもなくばチェストじゃ!」
……そのはずだったのだが、門番たちは泡を食って色めき立つ。
各々腰の剣を抜き、今にも斬り掛かって来そうな勢いだ。
とはいえ、暗殺目的だと気付かれた訳ではなさそうだ。
もしそうなら、誰何もせずに襲い掛かってくるはずだ。
ヤマトの貴人が現れたことに純粋に驚いている、という程度だろう。
ならば、どうとでも丸め込める。
「おっと、そう尖らんでくれよ、ミスタ門番。
オレはヤマトまほろばプリンスのオオウス、
こっちは妹の……ヲグナヒメだ」
「よろしくー」
「ヲグナヒメじゃと!?」
「ボーイッシュな名前にごつ! 爆乳ロリじゃのに!」
……そういえば。
ヲグナってこの時代だと〝少年〟とかそういう意味だったらしいなあ。
もっとちゃんとした偽名考えるべきだったかな……?
「よかギャップ萌えにごつ!」
あっ、これはこれで好感度高いっぽい。
よかった……
「男はチェストして、女子のみ招くんは如何?」
「名案にごつ!」
「よしてくれ、ミスタ門番。
クマソを訪れたのは、単に観光が目的なのだから。
――見てくれ、手土産のドン・ペリニヨンのロゼだ。
2本あるゆえ、1本を進ぜよう。
交代の折りにでも開けてくれ」
「……よか……」
「失礼ん無かごつに……」
「サンキュー、ミスタ門番」
「ありがとー」
こうしてオレとヲグナは、クマソタケル兄弟の居館へ潜入した。
「……すごか乳にごつ!」
「ヤマト女子の爆乳ごったましか!」
§
敷地内を進んで、宴の会場である新築の高床建物へ。
「よか酒にごつ!」
「うまかつけあげじゃ!」
「馬刺しうんめなあ!」
既に宴はたけなわで、あちこちから楽しげな声が聞こえてくる。
「なあ兄上ー、どいつがクマソタケルかなあ?」
「そこは飲み食いしてるうちに、自然とわかってく――」
「退けざまたれ!」
言い終わらぬうちにぶん殴られ、オレはその場に横転する。
「客にぼてくり喰らわすな! ハハハ!」
「じゃっどん、おいはヤマトんよかぶいごろ好かん!」
「おいもじゃ! ハハハ!」
「うぜらし、おまんら!
――そこなよか乳ヤマト女子、こっち来て酌したもんせ!」
上座に座る男が、オレをダシに戯れる者たちを一喝。
ヲグナを見て手招きしつつ言った。
「…………ん、わかったー」
ヲグナは一瞬戸惑ったあと、素直に呼ばれた方へ向かう。
「おいが酌ん仕方を教えちたも、ヤマト女子!
瓶はラベルを上に向けち注ぐんじゃ」
「こんな感じかー?」
「そいじゃそいじゃ! よか、よか……」
満たされた杯を、男は一瞬で空にする。
「ついでに教えてほしいことがあるんだけど」
「何じゃ? 申せ」
「クマソタケルって人はどこにいんの?」
「「ハハハ! それはわいらのことじゃ!」」
ヲグナの両隣の男たちが、同時に言った。
「おいが兄タケル!」
「おいが弟タケル!」
「わかった、ありがとう」
言ってヲグナは芋焼酎の瓶を横に置き、衣をくつろげて上半身を露わにした。
「おほっ! 大胆じゃのう!」
「そうか?
慎重を期して策に頼ったんだけど」
「!?」
ヲグナの言葉と共に、兄タケルの顔が驚愕に変わる。
色んなことを理解してしまったのだろう。
酌をしたロリの爆乳は偽乳であり、というかそもそもロリですらなく、
また、既に死の運命は決していることを。
「死ね、クマソ。
ヤマト天皇の大御言だ」
兄タケルは抵抗を試みるも、もはや遅い。
襟を左手で掴まれて拘束され、短剣を抜き放ったヲグナの刺突が襲い来る。
短剣の切先が、兄タケルの胸に直撃。
刺突の勢いそのままに、短剣を握るヲグナの腕までもが肉体を貫通。
鮮血と骨肉の入り混じった赤い飛沫を、勢いよく後方に弾けさせた。
「見て兄上、クマソー」
胸に大穴の開いた惨殺体を掲げ、ヲグナは何気なく言った。
虫や動物なんかを捕まえてきたときと同じように。
「お、おお。
すごいぞ、よくやったなヲグナ」
びっくりしつつ、オレはどうにかそれだけ返す。
……古事記の記述通りになっただけなので、驚くには至らない。
そのはずなのだが。
あまりにも簡単かつ荒々しく、人が殺され、物言わぬ死体になってしまった。
そのことに鮮烈過ぎる衝撃があり、動じないではいられない。
「ひ! ひぃいいーっ!」
それは惰弱な現代人の心を持ったオレだけでなく、クマソ連中もらしい。
次々に怒号や悲鳴が上がる。
男も女も、誰もが我先にと争って、館の外を目指して駆けていく。
「あっ、待て、逃げるな!」
ヲグナが焦った声で言って追う。
弟クマソは、高床建物の出入り口にある木製の階段を、跳んで一気に降りる。
そして着地して速度の鈍った一瞬の隙に、ヲグナに衣の背中を掴まれた。
短剣が振り下ろされる。
刺突の勢いで、弟クマソの下半身が少しだけ弾け飛んだ。
「ぐぁああああ!?」
「あぶねー、尻に手突っ込んじゃうところだった……
それじゃあ、お前も死ね、クマソ」
「ま、待て!
す、少し話すこつがあっ……!」
「なんだよー?」
ヲグナは問い返しつつ、弟クマソを俯せに寝かせて逃走を完全に封じる。
「おまんは誰じゃ?」
「ヤマト天皇の皇子、ヲグナ」
「……そげな名では、おまんには足らん。
わいら兄弟はクマソで最強。
じゃっでクマソタケルを名乗っちょった。
わいらを殺すヤマトの皇子は、〝ヤマトタケル〟と名乗るがよかばい……!」
「いい名だ。もらってやる」
弟クマソに応え、朝敵征討の英雄は短剣を振り抜く。
瞬間、鮮血が弾け飛び、熟瓜のように人体が破壊された。
「……ふう。
クマソ退治終わったぜ」
「ああ、すごいな。
ほんとによくやったな、タケル……!」
本作をご覧くださりありがとうございます。
感想、評価、いいね、ブクマなど、
お気軽にリアクションくだされば幸いにございます。
次回更新も、明日の夜を予定しております。