5 旅の始まり
オレは景行天皇の皇子、オオウス。
話の食い違いで弟のヲグナに惨殺される運命からは、どうにか逃れられた。
しかし父なる天皇が、ヲグナの残虐性に警戒心を抱く流れは変えられなかった。
実際にオオウスが死んではいない以上、古事記の記述より状況はマシだ。
「熊襲建って、不敬逆賊兄弟が西にいるんだが……
ヲグナ、行って連中を殺してこい」
それでも、ヲグナはクマソ征討を命じられてしまった。
ここから古事記の記述通りに状況が推移すると仮定しよう。
その場合ヲグナは、華々しい戦果を挙げ続け――
――その果てに、悲劇的な死を遂げてしまう。
それはかわいそうだ。
惨殺されるはずのオレが生きながらえたように、どうにか助けてやりたいが……
「わかったぞ、父上。
謹んで拝命いたします」
ヲグナの方でも、クマソ征討に抵抗はないらしい。
このままじゃ、流れは変えられないんじゃ……?
「おう、素直だなヲグナ。
兄を弑殺しようと思った奴にしては上出来だ。
予算の関係で兵隊は一人も貸してやれねえが、まあなんとかしろ」
「はい、父上ー」
「ついでに出雲建も殺しとけ。
クマソまでの途中にいるから丁度いいだろ」
「はい、父上ー」
「そのほか、このヤマトまほろば天皇に礼儀の足らねえ野郎ども。
全員、殺すか服属させろ。
人だろうが神だろうがな」
「はい、父上ー」
「よし、それじゃあ食い終わりしだい大御食は終わりだ。
とっとと征けよ、ヲグナ」
最後にそう仰せられ、父天皇は御退出あそばされた。
「クマソ退治がんばろうな、兄上」
「え? オレも行くのか?」
「だってよー、ひとり旅じゃつまんねえし。
兄上は皇子であって兵隊じゃないんだから、連れてったっていいだろー?」
「まあ、そうか……」
征旅に同行すれば、ヲグナの人となりについて、多くを知れるはずだ。
父と子の仲を改善するヒントを、何か見つけられるかもしれない。
……それに、少しばかり興味がある。
このヲグナが、〝タケル〟の名を得ることになる冒険がどんなものなのかを。
古事記において、オオウスはこの時点で既に死んでいる。
同行しようがするまいが、大局に影響はないだろう。
というわけで、せいぜい見物させてもらうとしよう。
オレが自発的にヲグナの供をする分には、父天皇も咎めるまいし。
§
「よし。
それじゃあ伊勢に行くか、ヲグナ」
旅姿に着かえて、オレは言った。
御衣は、ジャーニーカジュアル6番。
金縁涙型サングラスを襟に掛けて抜け感を演出。
ヤマトまほろばスタイルの出で立ちだ。
「?
なんでだよ兄上ー? クマソどもは西にいるんだろ。
伊勢は逆じゃないか」
「方角としちゃそうだが、戦の前にゲンを担ごうぜ。
斎王である叔母上に御挨拶して、天照大御神の御加護に与ろうじゃないか」
加えて、クマソ征討に重要なアイテムを手に入れる機会でもある。
叔母である倭比売命から賜るとあるものが、実に有効活用されるのだ。
「なるほど……
叔母上のとこはご飯おいしいしな。
よし、伊勢行こう、兄上」
§
オレとヲグナは、伊勢のヤマトヒメのもとを目指して旅をした。
「見て兄上、タマムシー」
「おお、きれいだな。
よく捕まえたじゃないか、ヲグナ」
「見て兄上、うさぎー」
「おお、すごいな。
よく捕まえたじゃないか、ヲグナ。
今夜の夕飯は豪華になるな」
「見て兄上、クワガター」
「おお、カッコイイな。
よく捕まえたじゃないか、ヲグ――おわっ!? やめろ、やめなさいヲグナ!
人の顔にクワガタを乗せるな! あおっ! 鼻が! ぉうふ! 痛ぇ!」
「あはは」
……そんな風に旅をして、オレたちは伊勢にたどり着いた。
§
「あらあらあら! まぁまぁまぁ~♡♡♡
ヲグナきゅん久しぶりぃ~♡
しばらく見ないうちにずいぶん大きくなっちゃいまちたねぇ~♡ ウフフ♡」
伊勢にて。
喜色に溢れた声を上げながら、乳房の豊満な妙齢の美女がヲグナを抱きしめた。
彼女が伊勢の斎王、ヤマトヒメ――らしい。
たぶん。
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